++■チェスの国■++








『翼が生えた騎士の秘密の話』


騎士の駒である彼の住むここは『チェスの国』
王の駒に絶対の権利があり、王以外の駒たちに意思は無い。
自分がその時、共にいる王が主なのだ。勝負で相手に敗れた時、自らを捕られた時。
それが主の変更となる。
王以外の駒達に選択権は無い。
ここはそんな国だ。

そんな国で、ある騎士の駒がいた。
翼が生えた騎士の駒だ。
彼は騎士の駒の中でも最強との声が高い駒である。彼を手にした王達は勝負で負けることが無いという。

だから、彼を手にした王達は決して彼を手放そうとはしない。
だというのに、彼は特定の王の元に長い間留まることが無いという。
それは、王に絶対の権利があるこの国であるにも関わらず、彼は王の命に従うことはせず、自ら考え実行するからだ。敵陣の真っ只中に飛び込み、自らの傷にも目を向けず、王を勝利に導くのが彼なのだ。

だが、それでも彼はまれに、不可解な行動を取ることがある。
それは、何の意味も無い場面で、彼は突然捕られる事があるのだ。
それも、その行動はまるで自ら進んで捕られに行っている様にも取れるという。
そして、彼はそのまま別の盤上へ戦いの場を移すのである。

だから、彼は長い間一人の王の元にいることが無いのである。

多くの駒達はこんな彼の行動に、疑問しか浮かんではこない。
自分達にとっては、王を護ることのみが全てのはずなのだ。

だというのに――

それは、駒たちの間で隠しもせずに囁かれている、噂。
秘密であって秘密でない噂―――。


彼は王を歯牙にもかけていないのではないかと。


だが、そんなある時。
彼を古くから知っている、金髪の若い王が言った。

彼は白の女王を探しているんです。
彼は彼女にしか仕えないし、護ることもしない。


きっと、その光景を見たら誰もが驚く。
金髪の王は笑う。

でも、本当は女王の駒は護る必要なんて無いんです。
女王の駒はチェス界で、最強の駒なのだから。
それも彼女は別格の強さを誇っていた。


それでも彼は彼女の傍を離れなかった。


だから過去に離された。
別々に在った方が彼らは強いからと。
それも卑劣な方法で―――

だから彼は彼女を今も探している。
ずっと――
駒がいくつもあるこの『チェスの国』で彼女を




『大昔でもなく最近でもないときの話』


これは、深い森で行われた盤上でのこと。
大昔でもなく最近でもないときの話。

翼が生えた騎士の駒の相手には、あの白の女王がいた。
とても聡明で、国中の者から愛されている美しい女王の駒。
彼は彼女が好かなかった。
嫌いなのではなく、好かないのだ。

白の女王の隊には王がいなかった。
彼女自身が王の立場も担っているのだ。

それはつまり、勝負を始める前から相手よりも一駒少ない状態での開始を意味する。
それは、強さのみを求めるこの国においてそれは、おごり高ぶった、まさに傲慢だと言える行動だった。

だが、女王はそんなことをしているわけでは勿論無い。
この行動をとることにより、自ら示しているのだ。
王だけが全てを握っているこのチェスの国においても、道を開けると。進めると。自由だと。

女王は虐げられた立場の駒や、全てにおいて傷ついた駒達を自らの隊へと引き入れ、その後、彼女独特のセンスで各駒達本来の能力を引き出し、自らの行動を示し続けているのだ。

階級が絶対であるこの国において、彼女は稀有の存在だった。

そんな女王と騎士の勝負だ。
戦況は明らかに女王が押されていた。
翼が生えた騎士は、次々と女王の駒達を討っていく。
その為、白と黒で構成された盤上は今や血の海だ。

桁外れに強い。

騎士の駒の中でも最強と言われるほどの彼なのだ。その力は伊達ではないと、誰もが衝撃を受ける中、唐突に女王の駒が動いた。
彼までの距離をものともせず、ゆっくりと彼に向かって歩いていく。途中、味方の兵士が倒れていようとも、ドレスの裾が血を吸って盤上にはりつこうが、止まる事はせず歩いた。

女王はここで止まる訳には行かなかった。

そして、女王は騎士の所へ辿り着き、騎士に問う。
何故、そこまでするのか
勝負は既についているのに、何故そこまで痛めつけるのかと。
それに対し騎士は言う。
それは、これから遣り合おうとしている自らの為に問うているのかと。
どこまでも希薄な笑みを浮かべ言う。
そんな騎士に対して女王は顔色を変化させることもせずに言う。
いいえと。

白の女王にはある秘密があった。
それは、女王が直接攻め入る所を誰も見たことが無いという。常に後方から指示を出し、自らが手を下すことが無いという。
それだというに、白の女王は負けたことが一度も無いのだ。
確かに望んで盤上に赴くこともないが、これだけの知名度だ。戦局の数は計り知れない。

そんな女王に騎士は背筋に寒気を覚えるほどに低い声で言う。
自分の手を汚したことすらないお前が、自分とどう遣り合うつもりなのか、興味があると。
翼の騎士は、相手の階級だとか、女や子供だといったことで、手を抜くことをしないことで知れていた。

そんな盤上で誰もが息を飲むような緊迫する中、女王は静かに微笑み、言う。
確かに、そのとおりだと。ただ自分は、攻めるよりも護る方が性に合っているのだと。自分が今出来る、最良のことをしたいだけなのだと。
その言葉に騎士は何も答えることは無かった。

そして、先手である女王の攻撃に備える為騎士は武器であるランサーを構えるが、そんな騎士に対して彼女が取った行動は、手に持った錫杖を振りかざす訳でも、魔法を使う訳でも無く、騎士の血で塗れた頬にそっと―――口付けをした。




『いつもと同じ、変哲の無いある日の話』


白の女王と翼の騎士の隊の話は国中を駆け巡った。
この国の均衡をも揺るがすほどの強い隊が出来上がってしまったのではないかと。

通常、力のある駒は同じ所に集まることが少ないのだ。例え集まっても直に再び離れたりと。これがこの国での自然だ。
だから彼らの隊はそういう意味では異色だ。ある者達から見れば、とても目障りとも映る程…。

これはある盤上でのことだ。
いつもと何も変わらない、普通の盤上だった。
ただ、相手には黒の女王がいた。

黒の女王。
全てにおいて攻撃を主とし、味方の負傷などには目もくれず、自らも率先して最前線へと赴く女王。白の女王とは何もかもかもが対極にあると言われる黒の女王が相手だった。

そして、白の女王の隊には以前には居なかった王が居た。
白の女王の戦い方を学びたいと数ヶ月前にふらりと現れたのだ。
本当にいつもとなんら変わらない戦局だったのだ。

だからこれが全て仕組まれていたのだと知ったのは騎士が討たれた後の事。

後から考えれば、攻めの方法も変わっていた。
白の女王の隊のある駒だけが狙われた。

子供のクマの駒だ。
騎士と女王が出会ってからすぐに森でさまよっていた所を女王が助けたのだ。
その本来狙われるはずも無い兵士であるクマの駒が、敵兵に1箇所を除いて囲まれたところで、黒の女王が騎士にある提案を持ちかけてきたのだ。

その女王は騎士に言う。
貴方が欲しいと。騎士の駒の中で最強の強さを誇る貴方が欲しいのだと。他の役にも立たない駒や、戦うことを嫌う女王など自分たちは興味が無いのだと。
騎士である彼が自分の物にさえなれば、自分たちは手を退くのだと。
黒の女王は騎士にだけ届くようにささやく様に告げる。

つまり騎士が捕られればクマは見逃すと言う。
通常ならば騎士は聞く耳すら持たない。
クマの駒が討たれるよりも前に敵の王を討てば良いだけなのだ。

だが、黒の女王は白の女王を知っている。
クマの駒を取り囲んでいる敵兵達の一箇所の隙間。
それは騎士の居る位置から直線上に存在し、更に騎士の後ろには白の女王が居る。
騎士は直線を進むことが出来ない。
そして、相手の王を攻めるためにと、この場所を空けた瞬間。
女王は必ず行く。
想定ではなく断言だ。
敵兵の囲むあの場所へと躊躇することも無く白の女王は行くだろう。
白の女王の隊とは違い、個々の能力が断然なまでに高い黒の女王の隊の駒達。
騎士の取る道は1つだ。
騎士が護るのは王ではなく、彼女なのだから。

そして、騎士は知っている。白の女王が決して負けることが無いことを。
それは、あの、自分が討たれた日。
白の女王の本当の能力を知った瞬間呆れたほどだ。
彼女がその気になりさえすれば、この世界など今すぐにでも手に入るではないかと。

この国には相手を討つ際。戦う以外にもう一つだけ禁じ手に近いが、方法がある。本来は階級の高い駒が同じ隊の自分よりも階級が低い駒を従わせる為にとる手段だ。それも、あることを知らねば実行不可能な方法。

『名』だ。

その駒を縛る、本来の名を呼ぶだけで戦いは終わる。
だから駒達にとって名は命取りだ。
絶対である自分の王以外には知られて良いものではない。味方の駒達だとは言え秘密のことだ。
戦いの場で相手に降参する際、引き換えに告げる以外、他の駒に名がもれることは無い。
それほどまでに重要なのだ。
だが、白の女王はそれが解るのだと言う。
そして、この能力はあまり使いたくないのだと。

真偽など確認するまでも無い。
翼の騎士は生まれてこの方、自分の名を呼ばれたのはあの時が初めてなのだから。
今まで居た数多くの王ですら、騎士の名を知るものは居なかったのだ。

だから、この場面でも白の女王がクマの駒を助けに行ったとしても、彼女が負けることははじめから有り得ないのだ。傷つくことすらなく、全てが終わるだろう。

だが、それが解っていても、騎士が譲れない、あること。

騎士は彼女が戦うことを嫌っていることを知っていた。


そして、騎士は驚くほどなまでにあっさりと討たれ、その突然の状況に白の女王の表情は驚愕に満ちていた。
騎士は、白の女王に何も言うことはしなかった。
しかし、次の瞬間黒の女王が不敵な笑みを浮かべたのと同時に、白の女王の細身は頑丈な鎖で囚われ、盤上へと崩れ落ちたのだった。


あとから考えれば何のことは無い。
数ヶ月前に白の女王の元にやって来た王と、黒の女王は仲間だったのだ。
白の女王が負けないと言うのであれば、自分が取り込んでしまえばよいと。
奴らは王と言う絶対の権利を振りかざし、彼女の隊の駒達を使って捕らえた。敵ではなく、味方を使って…!




『Gチームの話』


騎士と何の因果か、腐れ縁とでも言うべき仲の全身黒ずくめの僧正(ビショップ)の駒は言う
西の方で最近、とてつもなく強力な隊が居ると言う噂聞いたと。
何でも、この攻撃に関しては溢れるほど強い者が居るこの国で、護りにとてつもなく長けたある女王の駒を手に入れた為、ここまで強大になったと。
面白そうだ。
力を貸してやると。それに対し騎士は断るが、僧正の駒はペースを崩さない。
騎士がそこまでぞっこんになる程のお姫様を見てみたいと。



騎士とどこか似たような雰囲気を持つ兵士(ポーン)の駒は言う
噂の強大な隊はOZという名で、現在この国で最大の駒達を抱え、一筋縄ではいかない隊だと噂を聞いたと。
お前たちだけでは大変だろうと言う。力を貸してやると。兵士の駒を捨石の様に扱うOZが気に食わないのだと。
騎士は僧正の時とは違い反論することはなかった。



騎士と古くから付き合いのある金髪の王(キング)の駒は言う
騎士の大事な女王の噂を聞いたと。
OZの城の最奥にある高名な駒達が居るという一角の更に奥の秘密の部屋にとても美しい女王が居るらしいと。
隊には王は必要だろう。と、金髪の王は言う。
加えて自分も彼女とは君と出会う以前からの古い付き合いだからと、笑顔を向けてきた。
騎士は表情を変えることも無く黙っていた。



騎士と駒の種類は違えども力は均衡すると評されていた城(ルーク)の駒は言う
OZに勝負を持ちかけようとしている奴等が居るという噂を聞いたと。
城の駒はOZの王をずっと追ってきたという。あそこまで飛びぬけた力は悪だと。
目的は違えど、道は同じ。
騎士は好きにしろと答えた。




++++++++


この後の、『白の女王が討たれる日』…かぼちゃの夜の夢に収録…


いや、全部載せちゃうのはまた、もうちょっと経ってから。










2007/3/28







←モドル





inserted by FC2 system