LOVER INDEX

#23冷たくない雪―4―


「ラシード。すぐに列車から薬と機材全てを持ってくるよう連絡を。アウダとアブドルはすぐに大量の水にお湯、それから清潔な布を用意してください」
「ハッ!カトル様」
 カトルの指示に、マグアナック隊の誰もがてきぱきと与えられた仕事をこなしていった。
そんな様子をリリーナは言葉も出せずにただ見ていることしか出来ず、その場に立ち尽くしていた。
 手が、足が、震えてどうしようもないのだ。

 回廊の先に居たのは、カトルたちだった。
 尋常で無い様子で走ってきたリリーナを、落ち着かせ、話を聞いたカトルはすぐに安心してよいと街に散っていたマグアナック隊を教会へと呼んでくれたのだ。

 何故この村に、カトルが居るのかなど、今のリリーナにはまるで考えもつかない。そうではない、今のリリーナにはそんなことはどうでもいいことなのだ。
 ヒイロを助けてくれる人物ならば、きっと今の自分ならばOZだって歓迎した。

 だが、カトルがここに居ることは勿論偶然ではなかった。
 この事は、もう少し落ち着いてから知ったことだが、ゼロが自爆した際、カトルにその連絡が入るように、元から設計されていたそうだ。
 だから、これはゼロが助けてくれたのだ。
 他の誰が何と言おうと、リリーナはそう思う。そうとしか思えない。
 ゼロがヒイロを助けてくれたのだと。
 
「リリーナさん」
 部屋の外で、廊下の壁に背を預けたまま立ちつくしていたリリーナにカトルがそっと声を掛けてきた。
 部屋にはこの格好では入るなと言われているのだ。服にヒイロの先程吐いた血等がついてしまっているため、感染症を起こすなど、よくないからと。
 つまり、今のヒイロにはそんな微かなことですら死に繋がりかねないということ。
「これから手術をします。終わるまで少しかかるでしょうが、待っていてください。大丈夫。彼は丈夫だから」
「はい…おねがいします」
 声がどうしようもなく震えているのが分かる。
「それで、手術を始める前に聞いておきたいことがあって。彼は誰が?」
「…OZの…ゼクスと呼ばれていました…」
「!」
 リリーナの言葉でカトルの表情が一瞬硬いものへと変わるが、直ぐに元の表情へと戻った。
「どおりで…。そうですか…他にも誰かいましたか?」
「…十数人くらいのOZの兵士に…機械人形、それに、もう一人…。羽ビトが。名は確かドロシー…カタ」
「ドロシー・カタロニア」
 リリーナが言い終える前に、カトルが言った。
「…知っているのですか?」
「…ええ。勿論。彼女はとても有名ですから。そうですか、彼女が居るのですか…直ぐに結界を張らないと」
 カトルが、困ったように呟いた。
「カトル様。わたくしに出来ることがあればおっしゃってください。何でもいたしますから」
「大丈夫。安心してください。こちらで全てやりますから。そんなことよりも、リリーナさんはまず休んでください」
「ですが!」
「貴方もヒイロに負けないくらい、疲れきってますよ」
 カトルのどこまでも柔らかい微笑みに、心が軽くなるのがわかる。
 頼ってしまう…頼ってはいけないのだろうに…でも。
 そんな時、外からマグアナック隊の一人から声がかかった。
「カトル様!ちょっと来て下さい」
「はい。じゃ、リリーナさんちょっと見てきます」
 そう言ってカトルさんは急いで走って行ってしまった。わたくしはそんな様子をただ見ていた。
 確かに、カトルさんの言うとおり、わたくしも限界なのだと思う。
 カトルさんたちが来た事により、ホッとしたのか、どっと疲れがやって来た。それは、身体が重くて、今すぐここに座り込みそうなほど。
 はあ、と息をゆっくりと吐いた。
 しかし、そんな所にカトルさんと入れ替わるようにしてやって来た。
「!」
 突如、胸がドキリとした。
  スカートの裾を両手で掴み、息をつかせるようにして走ってくる。普段は決して、そんな焦った姿を見せない彼女が、髪を振り乱すのも構わずにこちらに向かって走ってくる。
 シルビア・ノベンタ
 彼女がわたくしと一瞬だけ目を合わせた後、部屋に駆け込んで行った。
「…………………………」
 本当に頭が真っ白になった。
 何故、ここに居るのかなど―――想像すら出来ない。


 部屋の中からは、姫の声にならないような声が響いてくる。
 耳を塞いでしまいたい!
 瞳をギュッと閉じた。

 そんなことが1分も続かないうちに、シルビア姫がズカズカと部屋から出てきて、ピタリとわたくしの前で止まった。
 そんな彼女にわたくしが口を開くよりも前に、声を発せられた。そんな彼女の声は怒りを隠しもしない程に強いもの―――。
「どうしてこんなことになったの!」
「あ…その…すみません」
「ヒイロがあんなことになっているとき、貴方は何をしていたの!答えなさい!どうして彼だけ!」
 彼女の怒りは一向に収まる気配もなく、怒りで強く握られた手など、真っ白だ。
 そんな彼女に、わたくしは謝る言葉しか浮かんでこない。
「すみません」
「彼一人に戦わせて、貴方は無傷。つまりそう言うことなのでしょう!」
「……はい…そう…。その…すみません、本当に…」
 全く、その通りだ。彼女の言葉がわたくしの胸に鋭く突き刺さる。だから、やはりわたくしに言えることは馬鹿みたいに、謝る言葉だけしか浮かばず。
 そんな態度だから、シルビア姫の怒りは収まることがない。
 黙り、鋭い視線をわたくしに向けたまま、唇をギュッと噛み、怒りを必死に抑えようとしているシルビア姫。
 これ以上口を開けば、シルビアも自分で何を言ってしまうかわからないからだ。
「……………………………」
「……………………………」
 言葉が止まり、沈黙が訪れた。
 そこに、外からカトルがマグアナック隊を引き連れて戻ってきた。
「シルビア姫…誰かからお聞きになったのですね」
「はい、カトル様」
 シルビアの声が僅かに震えていた。
「準備が整いました。直ぐ手術を始めます」
「カトル様、私に手伝わせてください!聖魔導が必要でしょう?」
 突然のシルビアの申し出にカトルは一瞬迷った表情を浮かべた。
 聖魔導は確かに必要だが、マグアナック隊の中にも聖魔導の使い手は居る。
「お願いです」
 シルビアがなおも言う。必死に、力強く。
「彼は死なせません。私が助けます。私が救います!私が絶対に!」
「………………」
 シルビア姫の迷いの無い強い言葉に、わたくしの胸に何かズキンとしたものが走るのが分かった。
「わかりました。いいでしょう」
「ありがとうございます!カトル様」
 シルビアが深々と頭を下げた。
「誰か、姫に白衣と手袋に帽子を!では、姫、急いで準備をしてください」
 カトルはそう言うと部屋に急いで入って行った。
 ヒイロの状態は本当に酷いのだ。
 そして、シルビア姫も即座に着替えの為に走っていった。その時、わたくしの方には一度も視線を合わせることもなかった。
「……………………………」
 ひとり廊下に残されたわたくしは、先程彼女が言った言葉が何度も何度も頭の中で繰り返された。
 自分が助けると、揺るぐこともなく言い切った彼女の言葉が―――。


 いつの間にか太陽は沈み、辺りは真っ暗になっていた。







2006/8/14


#23冷たくない雪―5―

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