LOVER INDEX

#30 Earth -3-

「後、二週間のうちには、龍の国の本陣にたどり着く計算です」
 ゼクスが資料を受け取ると兵士は下がった。
「二週間か――それで世界は変わる」
 トレーズはクリスタルグラスのワインを一口飲んだ。
「君の願いも叶うな――」
「閣下、私は…」
言葉を止めるように声を出したゼクスの態度に、トレーズが笑みを漏らす。
「そうだな。まだ終っていない―――」
EARTHの外は激しい嵐だ。



数メートル先が見えない程の雷雨に、戦闘人形たちを引かせざるを得ない状況になったことで、ようやく一時の休戦が訪れた。
OZの激しい攻撃に、龍の国は明らかに劣勢だった。
誰もがやむ事のない、戦闘人形の攻撃に疲れきっていた。相手は機械で、こちらは生身の人間だ。勝負は見えているのかもしれない。しかし、それでも誰一人として、弱音を吐くことをしない。そこが、龍の国の強さだ。
最後の一人になっても戦い抜くという、意思の表れ。

そんな龍の国の本部となっている野営地に、リリーナ達は夜遅くに着いた。
着いた早々、カトルは早速最新の戦況などをまとめると、既に先に送っていたマグアナック隊の元へと向かっていた。
デュオは、龍の国に居るという、懐かしい知り合いに挨拶をしに出て行った。
トロワは少し、出てくると残して、そのまま闇の中へと出て行ってしまった。
リリーナはといえば、懐かしい人物と再会することになった。
竜紫鈴――龍の国の総帥の人物だ。
竜紫鈴は、深夜だというのに、リリーナが着くのを待っていた。
「夜遅くに、申し訳ございません。お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
リリーナは深々と頭を下げる。 
「王女も元気そうで何よりじゃな。こんなときでなければ、ゆっくりと旅の話でも聞きたいところなのじゃが、そういう訳にもいかないの」
竜紫鈴は、リリーナに椅子を勧めた。
その椅子にリリーナが座ったのを見届けると、ゆっくりと話し始めた。
「OZめ。EARTHで攻めてきおるとはな。そのせいで、我等と奴らの戦力に相当の差が出来てしまった。EARTHが動くという話は聞いたことがあったが、まさかワシが生きているうちに見ることになろうとはな」
 竜紫鈴は、僅かに息を吐いた。
「空中から放たれる魔導砲は、抑えようが無い」
「旧世紀の遺産…全てはわたくしのせいです…!」
リリーナが苦しそうに答えるが、竜紫鈴は静かに首を振る。
「王女のせいではない。ワシらの間ではあれが動こうと動くまいと、遅かれ早かれ、戦争は起こっておった」
「老師竜。この戦いを止める手立ては無いのでしょうか?」
「難しい話じゃな。奴らは止める気が無い。OZは地上の全てを焼き尽くすまで戦いを止めないつもりなのじゃろう」
「…………だから、降伏はしないと…」
「当然じゃ。敗者となり、支配されるなど、あってはならないこと」
竜紫鈴は静かに眼を閉じる。
「ですが!」
 リリーナは尚も声を上げようとしたが、竜紫鈴は制する様に手を上げた。
「王女。今晩は長旅で疲れたじゃろう。部屋を用意してある。ゆっくりと休むと良い」
 リリーナもこれ以上今は言っても、迷惑になると、了承した。
だが、次の竜紫鈴の言葉に耳を疑う。
「そして、すぐにここを離れるのじゃ」
「離れる…?何故…です、老師…竜」
「ワシは、王女をこの戦いに、参加をさせるつもりは無い」
「! 老師竜!」
「ただ、三日後、残った各国の代表がある場所に集まる。そこへの傍聴は認めるが、それ以上の介入の一切は認めない」
「………………老師竜」
 強い竜紫鈴の言葉は反論の一切を許さなかった。
 リリーナは黙ったまま竜紫鈴の部屋から出ると、五飛が居た。
「戦うことの出来ない者を、おれたちの国は必要としない」
何の感情を含ませない鋭い瞳で一瞥された後、五飛は竜紫鈴の部屋へと入って行った。

待機していたラファエルと共に外に出ると、雨は未だに土砂降りだ。雨が降ると聞いてはいたが、ここまでだったとは。
地面はすっかりぬかるみ、皆からでたらめに歩くなと忠告をされた。決まった道を通らない限り、沼にはまり、二度と抜け出せない場所も多いと言う。
とても厄介な雨だ。
それでも今は、降り続いて欲しいと、リリーナは願う。
少なくとも、その間、戦争は止まるのだから。
「老師には、わたくしをこの戦いに参加させるつもりがないようです―――EARTHを止めなければならない責任は、他の誰でもない、わたくしにあるというのに――…」
「姫様…長旅でした。今晩はお休みください」
 リリーナは、ラファエルの言葉には返事をすることも無く、空をただ見つめた。
「どうすれば、戦いを止めさせる事が、出来るのでしょうか―」
リリーナのそんな呟きを、ラファエルは黙ったまま聞いた。
 土砂降りの中でも、東の空に浮かぶEARTHは、良く見えた。

次の日も、同じように雨だった。その為、戦闘人形は出ては来なかったが、兵士たちは攻めて来た。
その次の日は雨が更に激しくなり、ほとんど休戦に近かった。
そして代表たちが集まると言う会議の日は、すぐにやってきた。
夜遅く、ある場所に、多くの各地の代表から将軍、権力者が三十人以上集まった。
顔ぶれの中には、無論、竜紫鈴、ウィナー、ウェリッジ、シルビア等も含まれているが、デュオやカトルも話し合いには参加していた。デュオは聖都の代表として。
戦いに参加するわけではないが、聖都としても、OZを止めたい気持ちに変わりは無いということらしい。
だがこれだけの国、民族が集まっても、強大なOZ一国には匹敵しないのだ。
そんな中、前線で指揮を執っているという将軍が、現在の情報を、ボードを使って事細かに説明した。
「魔導砲や戦闘人形によって、兵士は一気に攻められます。一方、力のある武将達は、個々にゼクスをはじめとした、強い部隊に潰されています。OZ兵士全体に言えるのが、士気が高い」
「トレーズ・クシュリナーダの作戦は完璧の上、ゼクスの強さは、抑えようが無い――」
 左腕を失った将軍が声を落とす。
「戦闘人形の相手をするには、従来の機械人形では、話にならない。どうなっているんだ。あの性能は」
状況はどうとっても、芳しいとは言えない程に、悪化の一途を辿っている。
 状況の説明が終ると、ウィナーが席から立ち上がった。
「諸君。状況は聞いたとおりだ。龍の国が落とされれば、砂の国にもOZは容赦なく、攻め込んでくるだろう。半数以上の国民がスラム街に住む砂の国の者たちを、OZが正当に扱うとは、考えられん。だから、他国の事だが、何としても私は止めたい」
ウィナーの言葉に、各国の代表も皆、首を縦に振った。
「既に攻めいられた数カ国の民達は、奴隷のようにして扱われている」
「だが、どうする?あれだけ戦力だ。まともに行っては勝ち目が無い」
ウェリッジ候を初めとした多くの者達は、深々と息を吐いた。
その空気を変える様に、竜紫鈴。
「そうじゃな。奴らは一つの国であるのに対し、ワシらは寄せ集めの数カ国。まずは、最高司令官を決めようと思っておる。我らが一つにならねば、勝機は無い」
 竜紫鈴の言葉に、誰も異論が無い。
 それを確認すると、竜紫鈴はある者へと視線を向けた。
「カトル・ラバーバ・ウィナー。お前にその任を任せたい」 
カトルは突然の言葉に、明らかに狼狽する。
「僕に…ですが、老師」
他にも竜紫鈴の発言に、いくつか異議も出されるが、竜紫鈴は、反論をする。
「適任だと思っておる。カトル・ウィナーは、この中の誰よりも、他民族をまとめ、情報・戦術の扱いに長けておる。やってはくれないものか?」
「老師。作戦ならば、いくらでも立てますし。僕に出来ることならばいくらだって、力を貸します。でも、最高司令官は別の人物がやるべきだ。僕よりも適任者が居る」
「誰じゃ。言ってみるが良い」
「彼女です。リリーナさんがやるべきだ」
「!」
 リリーナの瞳が驚きから見開かれる。
「ならん。王女はこの戦いには参加させん」
 出会った晩にも言われた事だ。
 リリーナの瞳が、誰にも気づかれる事なく、僅かに下がる。
「参加させない?何故です?彼女がいなければ、これだけの国が民が、同じ席に、つくことだってなかった。老師と、ザイード・ウィナーが手を結ぶなんて、誰も考えなかった。そうでしょう?」
 カトルの指摘に、誰もが一瞬、息を呑んだ。
「確かにそうじゃ。だが、王女は駄目じゃ」
「彼女が動かなかったら、世界はもっと早くに、焼かれていた」
「その女では、戦うことが出来ない」
 全ての者たちの声を遮るようにして五飛は言う。
「過去。サンクキングダムが採った末路を、知らん貴様ではないだろう?」
「…無条件降伏」
 搾り出すようにして声を出したカトルを、リリーナは静かに呼ぶ。
「カトルさん。彼はある意味で正しい」
「…リリーナさん」
「確かに、わたくしでは戦う事が出来ないでしょう。戦うことを良しとはしません」
 リリーナは瞳を閉じる。
 サンクキングダムの教えは、完全平和主義――。
 その考えによって、過去。父や母が出した、無条件降伏によりEARTHはOZの物となった。
確かに人は、街は焼かれることはなかったが。
 残された羽ビトが辿った道は――。
 そして、現在、起きている事実――。
「リリーナさん。これは、攻め入る為の戦いではない。護る為の戦いです」
「ええ。防衛をしなければ、ただ殺されるだけ。話し合いの時間を少しでも持ちたいのならば、それも必要だと。過去、彼からも、言われております」
 リリーナは、はっきりと告げた。
「わたくしはEARTHを止める為に、世界から戦いを無くす為に、あそこを出ました。だから、わたくしが上に立つのが良いと言うのならば、それでも構いません。EARTHをこの様な事態にまで悪化させたのは、わたくしの責任なのだから。ですが、わたくしの方法では、龍の国は動かない」
「……リリーナさん」
「ですから、カトルさん。この場面では、貴方が適任だとわたくしも考えます。貴方ならば信じられる」
 そんなリリーナを見て、カトルは静かに頷いた。
「わかりました。了解しました」
「では、カトル・ウィナー。後の進行は任せよう」
竜紫鈴はそう言うと、口を閉ざした。
「それでは、皆さん。よろしくお願いします」
 カトルは簡単に挨拶をした後、話を続けた。
「では、具体的な攻撃については、明日までに各人にいきわたる様、手配します。ですから、ここでは全体の話を進めましょう」
「そうだな」
 デュオの空気が和むようにと、相槌を入れるようなフォロー。
「それでは、報告でもあったとおり、負傷者の数も増えてきました。あそこを襲ってくるとは思えませんが、無いとは言えません。そこでシルビア姫」
「はい」
「治療施設の管理全てをお任せしたい。OZには未だに姫に、忠義を持つ者は多い。だからお願いしたい。それに、戦闘用の魔導が使えない姫にとっては後方の方が安全です」
 一度、ハジマリの地でデキムたちに捕らわれた経緯もあっての、今回の措置だ。それを分かってなのか、シルビアも了承をした。
「続いて、戦地全体にドロシー・カタロニアによって張られている陣ですが、これについては、ウェリッジ侯爵の部隊に解除の役目をお任せします」
「それは構わないが、私の部隊全てをそれだけにあてるのかね?少々、勿体無い使い方ではないかね?」
「いえ。彼女の占星術を侮ってはいけない。あれのせいでこちらの戦力は、何十%も力を抑えられている。解除の為の星は、僕が読みます」
 ドロシーの陣の配列は、細かく何とも厄介なのだ。
あれを完璧に読む事が出来る者など、世界でも数人といないだろう。
「では続いてです。戦闘人形です。これについては、こちらにある機械人形の大多数をそちらに回します。多少の改良を加えれば、一対一とまではいかないまでも、一対三の割合までは持ちこみたい。ハワード。その指揮をお願い出来ますか?」
「ああ。構わん」
「各地の状況については、マグアナック隊の皆にそれぞれ散ってもらい、常に新しい情報が入るようにします」
ラシードに異論は無い。
「それでは、続いて――」
「ちょっと良いかね?」
 カトルの言葉を遮るようにして口を出して来たのは、ウィナーだ。カトルが司令官になってから初めて口を開いた。
カトルの視線が僅かに、鋭くなる。
「ここまでの案に、異論は無いが――どれにおいても、決定打に欠けると、私は思うのだがね?」
「…はい。確かに」
「何か、具体的には考えているのかね?」
ウィナーの鋭い問いに、カトルは僅かに眉を寄せる。
「ええ。戦況を一気に変えるには、やはり、EARTHを地上へ下ろすのが一番だと思います。だが、難しい。リリーナさん。EARTHを地上へと下ろす方法は何かありますか?」
 リリーナも表情は明るくはない。
「核である星が二つ共EARTHに揃っている以上、直接操作以外に、そう簡単に下ろすことは出来ません――…」
 室内の空気が一気に重いものへと変わる。
「では、次に戦況を変えるとしたら、『魔導砲』でしょう。あれを止めない限り数日以内にここも焼かれるでしょうから」
そして、同じ様にカトルはリリーナに魔導砲について聞いた。
だが、リリーナは小さく首を横に振る。
「申し訳ありません。わたくしはEARTHに、あんな物が残されていた事すら知らなかった」
 カーンズたちが封印を解いたのだ。
「では、シルビア姫にノインさんは何か、ご存知ありませんか?」
 だが、二人とも首を横に振った。
「そうだとすると、多少強引な手段で、乗り込むしかない」
 そんなカトルの言葉にデュオが口を挟む。
「EARTHには結界が張られた上、魔導砲でEARTH自体に近づけてもいないんだぜ?乗り込めるのかね?」
 デュオの言う事は真実だった。
だからカトルは、ここ数日で集めた資料を取り出す。
「あの魔導砲はここ数日見た限りでは、一発撃つのに相当のエネルギーが必要だ。だから撃った後は、EARTHはその場に半日以上留まっている。現在見る限りでは、連続発射は一日に二発が限界らしい。明確な時間は、定かではありませんが。撃ち終わった瞬間を狙って行くのが、成功の可能性が高い」
「解せないな」
 声を上げたウィナーをカトルは鋭く視線を向ける。
「僕だって、完璧な状態で望みたい。でも、あれを細かく調べている人員も時間も無い。限られた中で、勝負に行くには多少の危険は仕方が無いでしょう」
「多少?人は道具でも兵器でも無い。そんな賭けの様に、扱うのは間違っているのだ!もし、三発目を放って来たらどうする?並大抵の攻撃が効かない構造だったらどうする?」
「僕だって、そんなことは分かっている!だけど、旧世紀の代物の設計図なんて手に入るわけが無い!そうでしょう?」
 ウィナーの言う事は最もだったが、カトルの言葉だって真実だ。
 部屋は一気に静寂に包まれる。
ここに集まる者で、カトルとウィナーの微妙な関係を知る者は、数少ない。その為、誰もが口を挟めずにいた。事情を知る、ラシードさえ、静かに事態を見守っている。
 そんな状況で、先に口を開いたのはリリーナだった。
「わかりました。EARTHに向かう途中、魔導砲が放たれたときは、わたくしが何とかしてみます」
「! 駄目です。いくら魔導が効き難い身体とは言え、危険すぎる。認められません」
 カトルはすぐに反論するが、リリーナは首を横に振る。
「魔導構造というのならば、わたくしならば一発くらいは、止められると思います」
 だがそれを、それまで沈黙を続けてきた竜紫鈴が反対をする。
「王女。お主はこの戦いには参加させんと、初めにも言ったはずじゃ。そして、許可したのは傍聴のみ。口は慎んでいただきたい」
「いい加減にしてください!確かに、わたくしは、戦いを止めたい!それでも、皆様をただ横で眺めているなど、無理です!」
「要求を聞く義理は無い。戦場において、お主は迷惑以外の何者でもない」
 竜紫鈴の言葉に、リリーナの瞳が苦しそうに揺れる。
「そこまで、わたくしを外そうとする理由は、母が関係しているのでしょうか―――?」
「これ以上は時間の無駄じゃ。この部屋から出て行くが良い」
「確かにその通りだな」
「デュオ―――」
 リリーナが信じられない、といった瞳で見る。
「外す、とまでは言わないが。お嬢さんは前線には出さない。聖都もその意見には賛成だ」
「デュオ!」
 半分収拾がつかなくなった所に、カトルがようやく口を挟んだ。
「すみません。僕のミスです」
 カトルのその決定を、ウィナーはただ聞いた。
「確かに僕の案は、無謀な所が多かった。もう少し正確な情報を手に入れましょう。誰かを内部へ送ります。時間が多少掛かりますが、作戦をより確実にする為です。納得して頂きたい」
 誰も反論は無かった。
 そしてカトルのその答えに、ウィナーは満足するものが得られたのか、それまでとは態度を変えた。
「司令官が意見を変えてくれたのならば、私も助言をしよう」
「助言?」
「私の調べでは、魔導砲を使えるよう整備した人物が居る」
 カトルの眉が、僅かに歪む。
「つまりは、旧世紀の技術に関する設計図は、確かに存在しないが、あれを整備した人物ならば、居るということだ。旧世紀がどれだけすごかろうと、所詮は機械だ。整備をしないで正確に動くはずが無い」
「どこから…その情報を―――?」
カトルとウィナーの視線が合う。
「今から、一人、ここに呼びたい人物がいるのだが、良いかね?」
 カトルは頷いた。
 すると戸の向こうから、音が聞こえ始めた。
 足音と呼ぶには、金属音が多く混じっている。
「この音は――まさか」
 聞き覚えの有る音に、リリーナは知らずうちに手の平を握っていた。
そんな中、ひとりの老人が現れた。
その人物に、リリーナの表情が一瞬で硬くなる。
「紹介します。この者は―――」
「ドクターJ!」
ウィナーの声を遮るようにして、声を発したのは――リリーナだ。しかも、その声には明らかに怒りが含まれている。
それも―――相当の。
そんな突然のリリーナの態度に誰もが、驚きを隠せない。
「お嬢さん?」
 それなりに、日数を重ねてきたデュオですら、この類の怒りを含んだリリーナなど初めて目にする。
 だがリリーナは、その場に居る誰の問いにも答える事はせず、ドクターJから視線を逸らす事もしない。
「貴方は、…貴方は!」
 リリーナの声は、怒りから震えてさえいる。
そんなリリーナの様子に、ドクターJは全てわかっているといったように、笑顔だった。
「ユイ。ワシらの話は、後にしよう」
 ドクターJの呼び名にデュオとカトルは反応を示す。
『ユイ』――OZのデーターから出てきた、リリーナの名だ。
「後に?あれだけ、多くの事をしておいて!貴方を、信じろというのですか!」
 リリーナの怒号が、部屋一杯に響き渡った。
 だが、ドクターJの態度は変わらない。
そして、部屋に居る誰もが驚きから口を開けずにいる。この老人とリリーナの間に何があったかなど、誰も知らないのだ。
 そんな様子を見かねた竜紫鈴が、口を開いた。
「そこまでじゃ」
「!」
 竜紫鈴の言葉に、リリーナが始めて、視線を動かした。
「この者とお主の間に何があるかは、知らん。じゃが、私情を抑えられないようならば、邪魔じゃ。出て行くが良い」
「!」
 リリーナは唇を噛み締めるようにして、瞳を閉じ――そして。
「! お嬢さん?」
 デュオが、驚きをもって声を上げた。
リリーナは迷う事も無く、戸へと向かって行ってしまった。
そんなリリーナの行動に、誰もが目を疑った。当然だ。
あれ程、私情を挟まず、全てを捨てて出てきた彼女だ。
その彼女が、何も言わずに、退出する――。
「姫様!」
 ラファエルが慌てたように呼ぶが、振り返ることすらしない。
 誰が声をかけようが、リリーナは止まる気配すら見せない。
 だから、カトルが声を出す。
「リリーナさん。貴方が出て行くというのならば、この会議はここで一度休廷します」
「――いいえ。続けてくださって構いません」
 リリーナは、声を搾り出すようにして言う。
「いえ。貴方がいなければ意味なんて無い。何度も僕は言いません。リリーナさん。世界がこれだけ動いたのは、貴方が動いたからだ」
「例え、そうだとしても!――わたくしは戦いを止める事が出来なかった。老師達が言うように、武器を持たないなど…戦えない者が言う、世迷言なのかもしれません。そんなわたくしの為に、時間を無駄にするなど間違っています」
「違います!老師たちは、そんな貴方を知っているから。そんな貴方だから、世界は動いたんです!」
「ですが!」
 リリーナはカトルへと鋭い視線を向けるが、カトルは表情を変える事が無い。
「ここで休廷をします。再開は五時間後」
 リリーナの瞳が大きく、見開かれる。
「カトルさん!」
「誰が何と言おうが、僕が司令官を引き受けた以上、この決定には従ってもらう。宜しいですね。老師竜も」
 黙ったまま頷く竜紫鈴は、どこか満足気だ。
「さあ、解散解散。疲れてたから、助かったぜ。大体こんな夜遅くにさ、勘弁して欲しかったんだよ。仮眠仮眠」
 デュオはそんなことを言いながら、一番に席を立ち上がって、出て行ってしまった。
 そんなデュオの行動は勿論、リリーナを思ってだ。
「デュオ…」
 そして、そんなデュオに続くようにして、次々と出て行った。
「そう言うわけです。リリーナさん。それでも、五時間しか譲れない。各武将が朝いないのは、困るでしょうから」
 カトルは笑みを浮かべた。
「…ありがとうございます」
 リリーナは心から、感謝を述べた。

 そして、ドクターJと視線を合わせ――部屋から出て行った。
 だから部屋に残るのは、竜紫鈴とウィナーのみだ。
「カトリーヌも、鼻が高いじゃろうな。息子があれ程立派に成長すれば」
「まだまだ、多くの点で周りが見えておりませんよ」
二人は静かに笑みを浮かべた。





「lover index 5 」より


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