LOVER INDEX

#04機械人形



 この世界には意思を持たない数多くの機械人形たちが稼動している。その用途は、護衛、召使い、様々だ。


 自分は昔、その『機械人形(オートドール)』だと呼ばれていた時期があった。機械仕掛けの心だと。
 まさに『機械人形』と呼ばれるに相応しい程に、その頃の彼の仕事は何においても完璧だったし、感情と呼ばれるものが全く感じられなかったからだ。

 迷うことなど、何もなかったのだ。
 その頃の自分は。






 整備工場の端の机で、手には紅茶を持ち、腰に刀をさした少女がラジオを食い入るように聴いていた。
 蜂蜜色の髪を持つ羽ビトの少女、リリーナだ。

「明日はお姫様の誕生日なんですね」

「何だ、お嬢さん、お姫様のファンなのか?」
 サングラスをかけたこの整備工場の主人がそう言うと、それまで自分で読んでいた新聞を持ってリリーナに向かってくる。
「城ではパーティーらしいのぉ。読むかい?」
「ありがとうございます。」
 新聞を渡すと工場長はそのまま整備中だった車に戻って行った。

 写真が数点、載っていた。ドレス姿のものや、大勢の人たちに囲まれたもの。浮島『EARTH』をバックにして撮られているもの。その種類は様々だ。
 暫くその写真をじっと見ていると、そのうちのひとつの写真に目が止まる。
「この写真……」


「新聞か?」
 そう写真を見ていたところに、手に珈琲を持ったヒイロが戻ってきた。

「ヒイロ。どうでした。」
 ゼロのエンジンの一部が、異常なほどに焼けてしまって仕方なく、知り合いがいるというこの整備工場に来たのだ。
 ゼロとは、リリーナが言うには機械付きの自転車だという。
「部品が来るのに、2、3日かかるらしい。」
 ヒイロはそう言いながら席に着く。
 その間、ヒイロに心なしか睨まれているような気がするので、リリーナは新聞から顔を上げることをしない。

 そして、気がつかれないうちに話題を変える。
「そうそう、ヒイロ!知っていました?明日はお姫様の誕生日だそうですよ!」
「それが何だ?」
 そう答えながらヒイロは、珈琲を飲む。
「流石、元専属の護衛だけありますね!!ヒイロはパーティーに出たこともあるのでしょ?どんな様子なんですか?」
「どう、って…別に普通だと思うが…?」
「それから、わたくしの聞いたところによると、誕生日の人は何か贈り物がもらえる権利があるのですよね?」
 リリーナは藍色の瞳を輝かせながら言う。
「……必ずしもそうとは限らないと思うが」
 ヒイロのその答えにリリーナは持っていた新聞を差し出しながら更に言う。
「ほら、お城にも続々と贈り物が届いているって書いてあるし、ヒイロも城にいたときは何か贈り物を渡したりとかしていたのですか?」
「オレが?」
「そうですよ。専属護衛だったのでしょ?」
 カトルの家で静養中にデュオから聞いた。

「お前には関係ないだろう。」
 ヒイロのムスッとしたその態度に、笑みを浮かべながらリリーナが言う。
「それは、あげたことがあるってことですね。」
 リリーナは、クスクスと笑い声をもらす。 
 一方ヒイロは無表情のまま、目を閉じ珈琲を飲む。

「彼女はいい人ですよ。」
 ヒイロはその言葉に一瞬、ピクリと眉を寄せ睨みつけるようにリリーナを見る。


「何だ、お嬢さん、お姫様と話したことが有るような話し振りじゃな」
 2人の会話に先程新聞をくれた、整備工場の主人が珈琲を持って戻ってきた。
「何じゃ、ヒイロ。この、お嬢さんも王宮にいたのか?お前も、姫様以外にこんなにかわいい知り合いがいたとは、なかなかすみにおけんのぅ。」
 のどの奥で笑いながら言ってくる。
 そんな態度に多少、うんざりしたようにヒイロが言う。
「…そうじゃない、ハワード。こいつは、……」
「お姫様とは、一度だけ話したことがあるんです。」
 彼女の言葉に、ヒイロの言葉が止まる。
 ――いつ?

「違法なのは分かっているんですけど、あまりにも悲しそうな声だったからついつい、機械人形の声を借りて話しかけてしまって…フフフ」
 話の内容のわりには、あまり反省していないような声でリリーナが言う。

「機械人形?…オートドールの声を?」
 ハワードはリリーナの話に、信じられないといった表情で聞き返してくるが、リリーナは『そうだ』っとばかりに、笑顔でそれに答える。
「ええ。彼女の部屋の護衛についていた機械人形に話しかけていたのを偶然聞いてしまって。少しその子の身体を借りて、話しをしたのです。あの日も誕生パーティーの夜だったから、他の管理システムに気をとられていたのか、機械人形たちのシステムに隙があったから、入りやすかったのだと思います。だから、彼女はわたくしのことは知らないと思います。」



「…………お嬢さんは城の整備班か、なんかだったのか?」
 ハワードはヒイロに聞こえるくらいの声で聞く。

 彼女の話からすると、機械人形を遠隔操作して姫に話したということらしいが、そんなことは、技術的には可能だとしても実際は簡単に出来ることではない。
 それも、相手に気づかれずに行うとなれば不可能といってもいい。

 大体、機械人形からコードが何本も出たり、会話に手足の動きがついてこれなかったりと、不自然な点がいくつも出てくる。
 それを、あの『OZ』の姫の部屋の最新式であろう機械人形相手に行ったと少女が言っているのだ。信じられる内容ではない。普通ならば少女の戯言だと聞き流してしまうところだが、この少女はあの、ヒイロと共にいるのだ。
 ハワードを悩ませているのはこの点だった。

 しかし、そんなハワードの期待を裏切るようにヒイロが呆れたような声で言う。
「ゼロをあそこまでボロボロにした奴に向かって、本気で言っているのか?こいつに整備が出来ると、本気で言っているのか?」

 リリーナはそんな2人に気がつかないまま、新聞を読み続けている。


 暫くそうしていると、ラジオから音楽が流れ始めた。
「護衛の方たちもパーティーの時はダンスを踊ったりするのですか?」

 リリーナが大して興味もなさそうに聞いてきた。


 
「ねぇ、一曲で構いませんからダンスを踊ってくれませんか?」
 シルビアが鏡の前でドレスの裾を整えながら言ってきた。
「駄目だ」
 シルビアはそんなヒイロの答えを予想していたようで、別に落胆した様子は無い。
「だったら、パーティーの後でも駄目かしら?」



 笑みを浮かべながら言ってきたあの時の彼女の顔が頭に浮かぶ。


「王宮護衛騎士達が、パーティーに参加することはありえない」
「ずっとお姫様の護衛ですか?」
「護衛がパーティーに参加してどうする。」
「ヒイロはお姫様とダンスとかしたくは、なかったのですか?」
「………」
 リリーナは他の誰もが聞いてこないことを、いつも遠慮なく聞いてくる。自分の事は一切話さないくせに。

 ハワードはそんな2人の会話をハラハラしながら黙って聞いている。
 自分の記憶では、ヒイロはこんな世間話に軽口をきくような性格ではない。それどころか、王宮護衛騎士になる以前の彼は、名を聞けば相手が恐怖で震え上がるほどだったはずだ。

 
 リリーナはそんなハワードの気持ちを知ってか知らないのか、更にヒイロの神経をさかなでるような事を聞く。

「だって、お姫様の事が好きだったのでしょ?」  

 ヒイロは一瞬悩んだような表情をした後、言う。
「……嫌いではない。」
「それは、ヒイロにとっては好きって事ですよね」
 リリーナは満足したように笑みを浮かべた。
 それに対してヒイロは他の者が聞けば恐怖で震え上がるような声で、冷淡に告げる。
「…そうだな、確かに、今のオレとお前の関係よりかは、遥かにまともな関係だったな。」
 少なくともシルビアはゼロを壊したりはしない。
 しかし、そんなヒイロの様子にもリリーナは平然としている。


「ほら、この写真」
 リリーナが指す新聞の一箇所を見ると集合写真のように、城の人間が大勢写っていた。
「これが何だ?」
「姫の隣の場所、空いているでしょ?」
 本来ならば、護衛が立つ場所だ。
 リリーナの言いたいことは大体、察した。

「彼女とは仲が良かったのですね。本当に。」
 フフフっと、軽くリリーナが笑う。

 リリーナのその様子があまりにも楽しそうだったから、ヒイロが利き腕である右手をさしだす。
「…何?」
「そんなに踊りたいのなら踊ってやる」
 無表情でヒイロが告げる。
「え!わたくしは、踊りたいなんて言って、な…」
「いいからさっさと立て。」
「え、でも、…わたくし、その…ダンスなんて踊ったことありませんし…」
 先程とは違い、珍しくリリーナが弱気だ。
 ヒイロはそんな言葉を無視して、リリーナの手を無理やりとると、ラジオから流れる曲にあわせてステップを踏む。
「ほら、そこでターン、遅い。しっかり立て。」
 ヒイロの声が工場内に響く。
 リリーナは殆どヒイロに引っ張られるようにして、何とかステップを踏んでいる。
 そんな彼女に、更に追い討ちをかけるようにヒイロが冷淡に指示を出す。
「背筋が曲がっている。酷いな。ほら、次でステップ。遅い!」

 リリーナは半分泣きたい気分だった。
 絶対にゼロを壊したことを根に持っているのだ。
 ちょこっと、運転して見たいといっただけじゃないか。
 そうしたら、スピードが出すぎて止まらなくなり川に落ちた。
 そう、これだけの話だ。  きっと…。

 ヒイロの地獄のレッスンはまだ続く。


「どうなっとんのじゃ、一体…?」
 ハワードはただただ、唖然としたまま整備工場内で踊り続ける二人を見ていた。


「すまないが、今夜は、他に行くところがある」
「行く……?パーティーの後に…?そうですか……それでは仕方ありませんね。でも、本当に一度でいいから貴方と踊ってみたいわ。」
 シルビアは少し落胆した様子でそう答える。
「他にも踊れる者は沢山いる」
 シルビアはそうですね。っとだけ答えると、再びいつもの表情に戻り音楽の流れるパーティー会場に向かった。
 ヒイロはその後を、それこそまるで機械人形のようについて行く。



 ちょうど一年前。


 感情のままに動き始め、『機械人形』と呼ばれなくなった頃のこと。



 まだ自分が『OZ』に潜入していたときのことだ…。





2004/2/29


#05羽ビトのEye

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