LOVER INDEX

#05羽ビトのEye


全く気がつかなかった。  
いつから隣に居たのだろう?  
自分はそれほどまでに、ショーウィンドーに釘付けだった。  
その事実に少女は少し頬を赤らめる。

 ショーウィンドーに手までつけて、夢中になって一つの物に気を取られていた。
そんな、自分に買い物袋を提げた女性が話しかけてきたのだ。 

「こんにちは、羽ビトさん」

 本当に、驚いた。
 背中を相手にばれないように何とはなしに触ってみる。上着はちゃんと翼を隠している。
「…良く分かりますね。」
 この場にヒイロが居たら、間違いなく迂闊すぎると叱咤を受けたであろう、返答を躊躇いもせずにリリーナが言う。
 それは、目の前の女性も羽ビトだったからなのかもしれない。彼女の羽は、リリーナの羽とは比べ物にならないほどに大きい。
 それでも、彼女の身体に比べると幾分か小さい。
「勿論よ。それに、近頃じゃ珍しいもの。こんな所で、偶然、純血の羽ビトに会えるなんて」
 そういうと、女性は優しい微笑を浮かべる。
「……何故、分かるのですか……?」
 リリーナが呆然と答える。
 この羽の大きさになってから、何の情報もなく自分が生粋の羽ビトだと気がついた人物はいない。
 そう、リリーナは生粋の羽ビトだった。
「フフフ。不思議なことを聞くのね。貴方ほど、羽ビトの特徴である瞳の人もいないと思うけど。」
「瞳?…私の目が?」
「そうよ。光によって角度が変わるたびに色がハッキリと変わるの。混血とかだと、そこまでハッキリ出ないもの」
 知らなかった。羽ビトが人と違うのは、背中の翼だけだと思っていた。後は、あえて言うならば、足の筋肉が発達していないために長時間歩く身体には適していないくらいだろうか。
 そう話をしている女性の瞳も角度によって色が変わる。
「では、貴方も、…純粋な羽ビトなのですか?」
 リリーナの問いかけに、その女性は笑顔で答えた。


   
 どこにいったんだ、あいつは。  
 果たしてあいつに待てと言って、素直にその場で待っていた事は何度あっただろう……。  
 辺りは市場に訪れる客達で活気に満ちている。  
 
 ヒイロは、睨むように辺りをもう一度見回した。  
 それでも、やはり居ない。
 
 そうしていると、ヒイロの後ろから露天商の親父が話しかけてきた。  

「ん?何だ、兄ちゃん。ひょっとして、さっきの女の子の連れの人か?」
 ヒイロは体ごとそちらの方に向き直る。
「さっきまでその店のショーウィンドーをずっと、見ていたんだけどな」
 露天商の親父は、ヒイロの右側にある店を指しながら言う。
 ヒイロはその露天商の言うショーウィンドーに目を向けると、数々の物が並んでいた。主に、小さな子供向けのものを扱う店のようだ。
 そして、そのショーウィンドーの中心には人形が置かれている。
「……くだらない」
 ヒイロは独り言のように言うと、露天商に再び向きなおる。
「どこに行った?」
「ああ…多分、ほら。あの協会だ。マックスウエル協会。シスター・ヘレンと話していたから」  
 この町の中でも比較的小高い場所に建っている。  
 ヒイロはその協会の名に一瞬眉を少し寄せると、露天商に礼を告げそのまま協会に向かった。
 


「死のうと思った?」
「ええ……自分はもぅ、飛べないって、知ったときね…」  
 朝の礼拝が終わった協会の聖堂は2人が黙ると耳が痛いくらいに静かだ。

「私は、あの戦争の時に、人買いに攫われたことがあるの」  
 羽ビトたちの国が『OZ』によって侵略された当時は、毎日のように街から羽ビトの子供や女達が攫われ続けた。
 当時から人身売買は法的にも禁止されてはいたが、今でも裏では公然とその行為は行われている。羽ビトは人に比べて金額が倍以上するのだ。
「それで、私はあるお金持ちの貴族に買われて……後はおそらく、貴方と同じだと思うわ」
「……羽の拘束具……」
 リリーナはヘレンから瞳を逸らすことなく、吐き出す様な声で言う。
「彼らは私が屋敷から逃げ出さないように、翼に鉄の拘束具をつけ……成長期だった私の翼は成長を止められ、鉄の拘束具に当たり、擦られて……本当に毎日血まみれでした。あの頃は良く泣いていたわ」
 独白のように呟いたヘレンの顔は、笑顔だ。
 そして、ヘレンは続けて言う。
「私はその後、飛べなくなった」

 羽の拘束具は元々罪を犯した羽ビトが逃げ出さないために、使用するものだった。それが今では、公然と悪趣味な使われ方をされている。どこの世界でも道楽者達の手を止める法などないのだ。

「昨日まで当たり前のように出来ていたことが出来なくなった瞬間、私は泣くよりも唖然とした。理解する事も、現状を受け入れる事もできずに、ただ…呆然と立ち尽くしました…それから私は暫く、死について考えるようになりました」
「……死……」
「貴方はどうでした?私は拘束具をつけていたのは数ヶ月だった。でも、貴方は………」
 純粋の羽ビトだったならば、いくら羽の拘束具をつけたとしても、通常の大きさよりも一回り小さいくらいが一般だ。
 だから、リリーナの翼のサイズは知っているものが見れば異常なくらいに小さいといえる。拘束具を使えば確かにリリーナほどのサイズで成長を止めることが出来るだろう。

 しかし、そこまでしなくても翼が少しでも小さくなれば、その体重を支えきれず、彼らは空を飛べなくなる。
 だから、逃がさないといった当初の目的は達せられる為にそこまでやるものはいない。第一、そこまで成長を止めるには相当の痛みをともなう。とても、耐えられるものではない。

 自分はどうだろう?
 飛べないと気がついたとき、私は何を思っていたのだろう?
 やはり、ただ、空を見上げていたような気もする。

 ヘレンはそんなリリーナの様子をしばらく見守ると、再び静かに話し始めた。
「…でも、私はそんな時、偶然神父様に出会い、学び、生きる喜びを知った。」
 ヘレンは目を閉じ、昔を思い出すように優しく話す。
 リリーナは黙ったまま、そんなヘレンの言葉を聞いた。

「今でも時々、飛びたいと無性に思う事も多いけど…それ以上に今は、この協会に居る孤児達の方が心配で。」
 ヘレンは苦笑い気味に答える。
 外で子供たちのはしゃぐ声が、聖堂の中にまで聞こえてくる。
「では、デュオさんも孤児だったのですか?」
「ええ。街でいろいろしていたのよ、彼。それで神父様がここに。」
 リリーナは始めに、ヘレンから協会の名前が『マックスウェル』だと聞いてデュオの名前を出してみたところ、ここが、デュオの育ったところだということを聞いたのだ。

 そうして、2人は黙ったまま、聖堂の窓から見える子供たちを見ていると、昼の12時を告げる鐘が鳴り響いた。

「あ!!!!」
 その鐘と同時にリリーナが大声をあげると、勢いよくその場から立ち上がった。
「ごめんなさい、シスターヘレン。わたくし、もう行かないと。本当にいろいろ、教えてくださってありがとうございました。デュオに会ったら伝えておきます」
「こちらこそ、ごめんなさい。少し、気になってしまって…」
「気になる…?……私のことが?」
 リリーナは不思議そうに聞き返した。
「ごめんなさい。なんでもないの。今度はデュオと一緒に来て。あの子、ここには本当に、滅多にこないのよ。私が苦手なのね」
 ヘレンは笑いながらそう答える。
「伝えておきます。」
 リリーナもつられて笑う。
「それでは、失礼します。シスターヘレンもお元気で」
「リリーナ様も、本当に、お気をつけてください」
 リリーナは急いで扉に向かって走り出す。
 だから、気がつかない。
 最後にヘレンがリリーナを意図的に『様』で、呼んだことに。
 そして、走り去るリリーナの背中を見送るヘレンの表情が、喜びで満ちている事も。
「やはり、あの方は…」
 ヘレンは誰もいない聖堂でひとり、呟く様に言った。



 聖堂を出ると、ヒイロが門のところにいた。
 ヒイロはリリーナが出てきたことに気がつくとこちらに近寄ってくる。
「ヒイロ!?…ええと、あのですね…最初は待ち合わせ場所にいたのですが…その…」
 11時にリリーナが始めに居た場所で、待ち合わせていたのだ。
 ヒイロは弾薬や食料を買い足しに行っていた。
 それに比べて自分は邪魔だからと、ただ朝食を食べていた。

 そこまで、考えてリリーナは素直に謝ることにした。
「…すみません。黙ってきてしまって。」
「それで、話は済んだのか?」
「え?」
 ヒイロはそんなリリーナの態度に半分呆れながら言う。
「シスターヘレンと話をしていたのだろう?」
「外まで聞こえていました?」
「………少しだけだ」
 リリーナはその答えにそうでしたか。っとだけ答えた。
「それよりも、先ほどから『OZ』の数が増えた。さっさと出発するぞ。」
 そう言うと最初の待ち合わせの場所目指して早足に歩き始める。
 路地が狭すぎてここまで『ゼロ』ではあがってこられないのである。



「そうよ、デュオ。たまには協会に顔を出しなさい。神父様も待っているわよ」
『ああ、分かったよ。そのうちな。』
 電話の向こうからは、彼、独特の陽気な声が返って来る。
「まったく」
 ヘレンもいつものそんな様子のデュオに笑いを含んだ声で答える。
『それよりも、リリーナお嬢さんが来たって?何だよ、そっちの方向に行ったのか…逆じゃねぇか…』
 デュオが小さな声で、文句をぶつぶつと呟いているのが聞こえた。そんな様子にヘレンは、更に小さな声でフフフっと笑う。
「ええ。本当にちょっと前よ。だからあなたから連絡があったときはどうしたのかと思ったわ。リリーナ様が、デュオに伝えておいてくれるって言っていたから」
『それでシスター。どこに行くとかは言っていなかったか?』
「それは、言っていなかったけれど、それよりもデュオ。彼女……」
 ヘレンはそこまで言うと、言葉をつぐんでしまった。何か言うことを躊躇っているようだ。
『リリーナお嬢さんが、何だよ?お嬢さんが純血だって話はさっき聞いたぜ。信じられないけどな。』
「そうではなくて、あのね、彼女は『EARTH』の………ん?誰か来たのかしら?」
 協会の入り口辺りで、がたごとと数人が歩く音がする。
 そして銃声が一発。
「何!?」
『おい!どうしたんだよ、今の音!?シスター!?おい!』

「ザーザー――――」
 雑音しか聞こえない。

 ヘレンが急いで聖堂に出て行くとそこにいた人物たちを見て、言葉を一瞬失う。
 そして、そんな彼らの足元にはこの協会の神父が静かに横たわっている。
「神父様!」
 ヘレンは叫び声に近い声を上げ、神父に駆け寄った。

 そんなヘレンに、眼鏡をかけ髪をキッチリと結び上げた女性がきつい口調で聞いてきた。
 彼女が身に着けているものは『OZ』の軍服だ。

『OZ』のレディ・アン特佐だ。

「おい。ここに今、少女が来ただろう」
 しかしヘレンはそれには答えず公然と言い返す。
「何の権限があってこんなひどいことをするのですか!」
「どこにいった?答えろ」
 ヘレンとは対照的に冷淡とレディ・アンは言う。
「『OZ』がここまでするとは……やはり、彼女は姫なのですね!」
「そうか、やはり来たのか。それだけわかれば十分だ」

 ヘレンは相手のその答えに、ハッとし唇の端をキュッとかみ締める。

 ワンワンと子供たちが泣き始める。

「辺りを探せ!そう遠くに入っていないはずだ」
 レディ・アンはピシャリと言い放つ。
 彼女の命令に控えていた『OZ』の兵士たちが一斉に出て行く。
「やめなさい!」
 ヘレンが神父を抱かえたまま叫び声をあげる。
 それに対しレディ・アンは少し視線を向けただけで、そのまま協会から出て行った。

 協会の外に出たレディ・アンはそこにいた兵士の一人を呼び、告げる。
「焼き払え」





 ヒイロがゼロの出発準備を進めている横で、リリーナがその手を休めて一点を見つめている。
「……………」
 ヒイロはゼロの出発準備を続けたまま横目で、リリーナの視線の先を追う。
 一組のカップルが店から出てきたところだ。
 その手に握るのは最初に彼女が、永遠見続けていたというクマの人形だ。

「……………」
 ショーウィンドーはそこだけ、スッポリとあいている。

 ヒイロは視線を戻すとリリーナがこちらを見ていた。
「欲しいのですか?」
「は?」
 思わず漏れてしまった。
「かわいいですよね。きっと、ヒイロにも良く似合うと思います。」
 笑顔で信じられないことを言ってくる。
「今のわたくしでは買うことは出来ないけれど、いつか必ず、今までのお礼に…――」
「いらない」
 ヒイロはきっぱりと答える。






「お前は、飛びたいとは思わなかったのか」

 町を出てから暫くしてからヒイロが、何とはなしに聞いてきた。

「どうでしょう。…うーん」
 リリーナは少し黙る。

 すっかり季節が夏になりつつある気候は今日も汗ばむほどに、暑い。
 だから、ゼロで走ると顔に当たる風が気持ちいい。
 
 そうして、そんな話を忘れたころリリーナが答えた。

「……もし、空を永遠飛んでいるのと、地面を永遠歩いているのを選べといわれたら、わたくしは歩いていたい」

 まだ、考えていたのかとヒイロは思う。
 それも、また極端な話を持ち出したものだ。

「わたくしも、飛びたいとは確かに思います。でも、昔ある少女に出会い、私は走りたいと思いました。」
「少女?」
 誰のことだろう?

「彼女の大地に立つ姿は本当に綺麗で素敵で力強かったから…だから、わたくしは飛ぶよりも走りたい」

 静かに微笑みリリーナは力強く答えた。
 リリーナはそれだけ言うと、ゼロについた背もたれに背を預け再び静かになった。


 ヒイロはそんな様子にふと考える。
 それで、あんなに夜や朝に走っていたのかと。
 自分を起こさないように静かに布団を抜け出し、しばらくするとまた戻ってくる。

 自分と旅を続けてからリリーナは走るのを休んだことが無い。
 俺たちからすれば、確かにそれはたいした時間ではない。
 しかし、生粋の羽ビトであるリリーナが、あそこまでの時間を走れる体になるのには一体どれくらいの時間を要したのか自分では想像もつかない…。
 羽ビトの体は地上を歩くようにはできていないのだから。



 機械人形以外に誰も居ないあの部屋で、リリーナはやはり、走っていたのだろうか。
 ただ永遠と、一人で。






『ゼロ』は同じ速度を保ちながらまっすぐ進む。


2004/3/22


#06カベの花

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