LOVER INDEX

#07花の冠



 夜もふけ、夜行性の動物たちが林を、我が物顔でうろついている中、ヒイロは一人歩いていた。
 辺りは木々の隙間から光る月の明かり以外は闇だ。
 常人よりも数段夜目が利く彼は、全身に神経を尖らせ慎重に奥に進む。
 時折、何かが動く気配はするが、構っていられる状況ではない。
 リリーナが全く戻ってこないのだから。
 自然と足は速くなる。

 リリーナはいつも夕食を終えた後。または、朝早く、それこそ日が昇る前。それはその時によって様々だが、大体毎日、足を鍛えるといった意味でも散歩に出かける。
 生粋の羽ビトである彼女の体は飛ぶようには出来ていても、長時間歩くようには出来てはいないから。

 そして、いつもならば、数十分もすれば戻ってくるはずなのだが、今夜は既に2時間近くたっている。
 加えて言えば、この林は奥には行くなと散々言った。
 しかし、例え忠告したからといって、それを素直にきくとはオレも思ってはいない。

 ………自分では到底考えられないような行動を、当たり前にとる。そんな彼女に、慣れてきているのだ、自分は。

 だから、先程から探している。

 この森は魔物の類も多かれ少なかれ居る。
 あいつが、そんな奴らにやられるとは思えない。
 ただそれは、あいつが、本気になれば、の話だが……。

 そんなオレの不安を他所に、突然リリーナが林の奥から現れた。

「ヒイロ!屋根と壁のある建物を見つけたの!今晩はそこで休みましょう!」
 リリーナは、オレが何故この場所にいることも問うことはせず、開口一番そう言って来た。

 オレは、そんなことよりもまず、彼女の髪に目がいった。
「………………」
 白い花びらが髪や羽といった、全身についていた。
 それも、一枚や二枚などではない…。何というか、…沢山、…山ほど…多数……どうすれば、こんな風な姿になるのか想像すらつかない……。

 とりあえず、彼女に話の続きを促した。
「この林のちょっと先なの!」
「……そこに行くと、お前みたいな姿になるわけか…」
 オレは、これだけ長い時間どこにいたのか、といった質問をすることも忘れ、ボソッと呟いた。それほど現在の彼女は、花びらまみれなのだ。
「これは!…その、……そう、道に迷ってしまって!そう、いろいろな所を歩いてるうちに…」
 頬を赤らめたリリーナが、目を何となく逸らしてそう答えた。
 あやしい。そうは思ったもののあえて口にはしなかった。
「誰かいるみたいなのですけど、大丈夫だと思います。それに、折角だから、ちょっと見るだけも見ませんか?」
 リリーナはやさしい笑顔を向けてくる。

 大丈夫?

 今夜は、雲が多く月明かりも暗いため、普段よりもずっと見通しが悪い。だから屋根と壁がある建物で休んだほうが、安全なのは確かだ…だが、こんな人里から遥かに離れた場所にある廃墟は、大抵が軍の野営地として使われているものが多いのだ。
 つまりは、そこを軍に張られている可能性も捨てきれない。
 そして、誰かいると言っている。

 一体、これのどこが大丈夫なのか?全く理解が出来ない。

 そう理解しているはずなのに、自分は今、リリーナと林の中を歩いている。ゼロは先ほどまでいた場所に止めたまま。

 初めは行くつもりなどなかったはずだ…確か。

 そうして、しばらく歩いていると木々の間から微かに、建物らしきものが見えてきた。
 近づくにつれてそれは全体が、ガラスで覆われた温室のような建物だった。実際、温室なのかもしれないが、この暗闇では判断がつかない。

 傍まで行くと、壁の殆どがガラスで覆われた相当大きな建物だった。

 …何だ、ここは…?
 
 確認したわけではないが、伸び放題の植物の状態や辺りの様子から見ても、人が居るという可能性は低いと言える。それから、軍の野営地として使われているものでない事は確かだ。
 …こんなところに誰か居るとすれば、それこそ、幽霊といった類ではないのか?
 ヒイロはそんなことを考える自分の思考に多少うんざりしながら、辺りを見回す。そして、視線をリリーナに向けると、目が合った。 リリーナはピタリとガラス戸の前で止まってこちらを見ていた。
 ため息を出したい気分だ…

「入るなら、さっさと入れ…」
「その……」
 リリーナはオレが近づいても、戸の前から一向に動く様子がない。
「どうした?」
「その、………戸の、…その…」
 嫌な予感がする…。
「私、戸の開け方が、…分からなくて」
 リリーナが照れながら言う。
「…………」

 中に入ることもせず、これだけ長い間、リリーナはここで何をしていたのか?

 静まりかえった林に、一発の銃弾が発射される音が響いた。
 道具を使ってわざわざ開く気すらしなかった。それだけのことだ。

 リリーナは中に入ると、一人で奥にどんどん進んで行った。
「リリーナ、暗いから気をつ……止まれ!」
 遅かった…。
 『ゴン』とリリーナは、正面からまともにガラスの壁にぶつかるとその場にうずくまった。
 扉のすぐ正面に仕切りとして置かれていたガラスにぶつかったのだ。
「…大丈夫か?」
 …羽ビトは鳥目なのだろうか……?
 そんなことを頭の片隅で考えてから、すぐに思い直した。リリーナとはじめて出会った夜は今日よりも更に暗い、新月の夜。月のない夜だ。
 そんな暗闇の中、あいつは無表情に、ただ黙って、俺を見下ろしていた。

「大丈夫です…」
 リリーナが搾り出すような声で何とかそれだけ言うと、静かに立ち上がった。
 足元が少しふらついている。
 それで、気がついた。
 床には埃が積もっていて、歩くたびにその跡がついている。
 少なくとも、ここ最近の足跡があるとは思えない。

「すごく、綺麗で………落ち着かない…どうしても、入ってみたくて…入ってみたくて…ドキドキする」
 リリーナは、胸に両手を当て落ち着かせるように言う。その頬は少し赤い。
「……ここが……?」
ヒイロは、静かにあたりを見回す。一体どこが綺麗なのか理解しがたい。すると、ちょうど雲から出た月が明るく辺りを照らし、外から見たときは気がつかなかったが、吹きぬけの建物は天井が高く、温室の中心には、建物が建っているようだった。
 それ以外は至って普通の植物のような気がする。自分にとっては…。
 しかし、あいつにとっては……。
 ここは似ている気がする。
 全体的に、この建物の雰囲気が、浮島『EARTH』に似ているのだ。


「綺麗でしょ?」
 どうやら、やっと衝撃から回復したらしいリリーナが静かに聞いてきた。
 それを聞くと、ヒイロは何の返答もせず、中心に向かって慎重に歩みを進めた。
 リリーナを押しのけ、自分が先に行くことにした。
「ヒイロ?」
 リリーナはそう言うと黙って、ヒイロの後に続いた。

 中心に向かう途中ヒイロは、右、左と言葉少なに注意を促してきた。
「良く、見えますね…」
 後ろで、リリーナが感心した風に言う。
 当然だ。自分はそういう風に作られた。暗闇でも目が、耳が、五感が働くよう、完璧な訓練がされた。

 進むにつれて分かったが、中心の建物のある場所は一種の島のようになっていて、周りを囲むように池があった。
 ここから見える限りでは、あちらに渡る為の橋等はない。完全なドーナッツ型の池だ。常人よりかは遥かに長い跳躍を持つ自分ですら、中心の島までは飛び越えられるような距離ではない。

「やはりここは、羽ビトが住んでいたんだな…」
 ヒイロは呟くように言った。
「……そうなのですか?」
「羽ビトでもない限り、あちらに渡るたびに服は濡れるし、この建物内のどこにも階段や、はしごといった、上に上がる手段がない。2階にあたる部分があるというのにだ…」
 ヒイロは上を見上げながらそう言う。
 本当に似ている。『EARTH』にあった、リリーナの部屋の一部に。

 ここまで、来たら十分だろう。何も服までぬらして中心まで行く意味はない。
 加えて、生憎、オレの扱える魔導くらいでは水の上を歩くことは出来ない。人の体重を支えるには、浮遊系の魔導の中でも高位なモノに位置するのだ。
 だから、泳いで渡る以外にはない。
 第一、そこまでしてあちらに渡る理由も見つからない。
 そしてなによりも、ここはやはり入ったときから何かがおかしい。長居をするべきではないと五感が告げている。
「…もう十分だろう?早く、ゼロの……リリーナ?」

「ゼロを止めた場所まで戻る」と続けようとリリーナを見たところ、リリーナは真剣なまなざしで水面をじっと見つめていた。
「どうした?…何かあるのか?」
 オレは、リリーナが話を聞いていたのかいないのか、判断がつかないまま、同じように水の中を見た。
 水はとてつもなく、澄んでいて予想以上に深い。暗いこともあるが、底が全く見えない。

 その時突然、水面の一部が凍った。
「!」
 そして、平然とリリーナが言ってきた。
「他の生き物たちに影響がないように、氷をあまり厚くはっていないので、一度に一人しかわたれません」

 リリーナが魔導を使うのをはじめて間近で見た。
 詠唱も唱えなければ、陣を描いたりもしない。
 なのに、これだけのことを簡単にやってのける。
 こんな時、OZが恐れる理由が何となく理解できるような気がする。

「だいぶ長い間使われていないみたいですね」
 ポンポンと、リリーナは手に持った本のほこりをはらっている。

 中心の建物にはベットやら本棚といった、かつて人が住んでいた形跡のあるものがおかれていた。
 ヒイロはゆっくりと辺りを見回す。
 そして、人がいた気配はここにも無い。

 どちらにしろ、長居は無用だ。


「チェスですよ!」
「ああ……そうだな」
 机の上に、ガラスで出来た立派なチェスのセットがおかれていた。
「良く、機械人形達とやっていました。ヒイロはやったことってありますか?」
「そんなことよりも…」
「そうだ!やりませんか!ねぇ!」
「リリーナ!」
 ヒイロは少し強い口調でリリーナの話を止めた。
 出ようと言う筈が、先ほどから一向に話が進んでいないのだ。

「さっさと行くぞ!」
「え!?行くって!!今晩は…ここに泊まるのでは…ないので…」
 ヒイロは尚も何かを言い募ろうとするリリーナをギロリとにらむ。
「あははは。泊まりたくないですよね!泊まりたくは!あははは」
 リリーナの渇いた笑いが建物にこだまする。
「大体本当に、この建物に誰かいたのか?」
「え!?…ええ、外から見たときはいたような…」
 リリーナの反応の悪さに、少し言葉を付け足した。
「…また、動物とか、植物とか言うんじゃないだろうな……」

「私が勝ったら今日はここで休んでもいいですよね?」
 クスクスとリリーナが笑い声を漏らしながら言ってきた。
 それに対しオレは黙ったまま、ポーンを進める。

 ……本当に、オレは一体何をやっているんだ…。
 ヒイロは軽く吐息する。
 結局、チェスに付き合っている自分に呆れる。

 何というか…帰ると言ったときの彼女のあまりの無表情さに……
 ヒイロは少し顔をあげる。
 本当に幸せそうな表情で次の手を練っているリリーナがいる。


「…お前には、自分が負けた時の想定は無いのか?」
「そんなことはありませんが、大丈夫!」

 だから、…一体、何が大丈夫なのか?

 疑問だらけだ。

 ヒイロは、チェスをやっている間も、常に辺りの気配を探っていた。
 リリーナの言葉が未だに引っかかるのもあるが、入ったときからのおかしな気配が未だに続いているせいだ。

 しかしそれでも、誰かいるといった気配は無く、辺りは、来たときと同じように、自分たちの発する音以外は静寂だ。

 ヒイロは軽く目を細める。
 本当に、ここは静か過ぎる。
 この林は、夜行性の動物達や魔物であふれているはずなのだ。
 だから、戻ってこなかったリリーナを探しに林に入った。
 普段の自分ならば絶対にこんな深夜に奥までは来たりはしない。
 そう、それほどこの林は危険なのだ。

 こんな廃墟の建物を夜の魔物たちが放って置くだろうか?

 しかし、悩みの種はこれだけではない。
 ヒイロは視線を辺りから目の前のリリーナに戻す。

 リリーナは手をあごにあて、先ほどと変わらず次の手を練っている。

 …どうしたものか…このまま行くと……後、2手で勝ってしまう。

「リリーナ」
「何ですか?」
「……そろそろ、休まないければ駄目だ。明日は一気に林を抜ける予定だ」
 何とか、ゲームの中止を申し出ることにした。
 しかしというか、予想通りというか、リリーナはそんな提案に素直に頷かない。

「でも、これが終わらないと眠る場所も決まってませんし」
 ……さっさと、終わらせるべきなのだとは、始めたときから分かってはいる。
 ただ……リリーナがここまで嬉しそうなのは本当に、…珍しい。

「…もぅいい。今夜はここで休もう」
 諦めた。
 それに、ここまで遅くなってしまっては反対に戻るほうが危険だとも言える。
「本当ですか!!ありがとうございます」
 リリーナが本当に立ち上がって喜んでいる。
 ヒイロもそれを見て、軽くため息をつくと、辺りを見回してくるために席を立とうとしたとき、リリーナがとんでもないことを言ってきた。
「では、わたくしが勝ったら、ゼロをもう一度運転させてください」
「何だって!?」
「だから、ゲームには罰ゲームが付き物でしょう?」
 リリーナは、当たり前のことだ、と言ってくる。
「そうではなく、まだ続けるのかと、聞いているんだ」
「勿論ですよ!」

「…俺が勝利したときはどうなるんだ?」
 あまりに上手くことが運ばず、軽くイラついていたのかもしれない。
 ヒイロはボソッと聞く。
「何でもいいんですよ。何でも」
「何でもって…お前なぁ…」
 頭が痛くなってきた。
「オレがお前を抱くとでも言ったらどうする気なんだ、お前は」
 我ながら、こんな言葉しか出てこない自分に呆れた。

 しかし、それに対しリリーナは周りには俺しかいないというのに、声を潜めて聞いてきた。

「…いいのですか?」
「は?何だって??」
「何って、いくら他に罰ゲームが見つからないからって、サリィさんがヒイロは『羽ビトは抱かない』って言っていましたし…何よりも…その…」
 確かに、そんなことを以前、言った記憶がある。しかし、何故それをわざわざサリィはリリーナに言う必要があったのか…半分八つ当たりのような感情が湧き上る。
 そして、リリーナは更にまだ言うことがあるらしい。
「姫様に悪いですよ!」
 リリーナは笑顔で伝えてきた。

 絶句した。
 リリーナは、城の大臣供が聞いたら卒倒しそうなことを相変わらず平気で言う。

 確かに、城や城下町でもそういった噂が流れているのも知ってはいる。
 大臣を含めた、王宮護衛騎士たちも良く思ってはいないことも、十分、理解はしている。
 それに、自分でも少なからずそうなるよう仕組んだ節があるのは否めない。
 だから、何を言われても気になりはしないし、悪戯に自分から何か言うこともしなかった。
 そうすることで、何の問題もなかった。
 他の奴らも相手が王族ともなれば、俗世的なことはある程度までしか突っ込んでくることはしなかったからだ。

 ただ……この間のシルビアの誕生日の前日の時もそうだったが、こいつに遠慮という考えはないのだろうか?

 少しではなく本当に、いらついているのかもしれない。
 随分と子供じみたことをした。

『チェックメイトだ…』
「ええええええええええ!!!!!!」

 さっさと終わらせるべきだった。

 広いこの建物内にリリーナの声が響く。

 月が丁度建物の真上に来たころ、雲は更に厚くなりここに来たときよりもずっと辺りは暗い。

 視線を月から戻すと、リリーナの背が視界に入る。
 リリーナはチェスの後、水辺の淵に腰を下ろし飽きずにチェスの駒を動かしている。
 一向に眠ろうとはしない。
 こんなに起きていて、明日出発できるのだろうかと、そんなことを考えながら見ていると、リリーナの髪や翼には先ほどここに来る前に散々取った筈の花びらが、まだついている。
 「本当に、どこで、どうすればこんな風になるんだ…」
 ヒイロが小さくそう呟いたとき、視界の端の水面に1、2つと波紋が出来た。
 ヒイロはサッと顔をそちらに向ける。
 波紋は音もなく水面に次々と現れる。
 リリーナは全く、異変に気がついてはいない。
 ヒイロはそちらから視線を逸らすことなくゆっくりとリリーナの傍に寄った。

「何ですか?」
 リリーナは不思議そうにヒイロに言ってきた。
 ヒイロはそれには答えず静かに呟いた。
「現れたか……」
 月は完全に雲に隠れ、それと同時に大勢の『何か』が姿を現す。
 どうしたものか……想定していた10倍以上の数だ。腰のホルスターに納められた銃に軽く触れる。実体の無い奴を相手にするには装備が圧倒的に足りない。
 だが、荷物が積まれているゼロはここから遠く離れた場所にある。
 本当にどうしたものか……。
 ヒイロがそう、現状の打開を模索している横でリリーナが目を輝かせ、信じられない一言を言う。
「精霊ですね!」
「……亡霊だ」
 ヒイロは冷淡に告げる。
「え!!!亡霊!?」
 リリーナは信じられないといった感じで、もう一度ゆっくり辺りを見回す。
「…そう言われてみれば…神聖な雰囲気がしないような…」
「そうだな。まがまがしい、どちらかといえば、敵意を持った気配は感じるな。」
「ヒイロ!どうしましょう!?」
 ……だから、先程からそう言っている。
 そして、数対の塊が襲ってきた。
 ヒイロはそれをいとも簡単に打ち落とすと、リリーナの腕をつかみ下がった。
 それを合図にしたかのように次々と襲ってきた。
 その間もヒイロは休まず銃弾を放つ。
 次々と数が増えていく。中には半分、人の形を取っているものもある。

 数が多すぎる。リリーナを庇いながらでは間に合わない。
 一体が銃弾をすり抜け後ろのリリーナに触れようとする。
「ッチ」
 軽く舌打をし、一瞬で銃を握った手に魔力を込めると、グリップごとそいつを頭から叩きのめす。
 実体の無い奴らには魔導を込めた力しか殆ど効果が無い。
 握っていたリリーナの腕を離し、もう一丁の銃を握り、放つ。
 こちらの銃弾は正直効くとは思えないが、撃たないよりはまし。という理由だけで撃っている。

 朝まで持つか?
 後、3時間。

 銃を握ったまま両腕を身体の前でクロスに交差させ、放つ!
「ヒイロ!」

先程のリリーナと同じように陣も書かなければ詠唱も唱えていない。
違うのは、魔導のレベルだ。
数メートル先の物体までを消すのが限界だ。
それも今の状態では、焼け石に水だが、初めからそのつもりで放った。次の奴らが襲ってくるそのわずかの間に新しい銃弾を込める。

持つだろうか?

そう頭の隅で考えたとき、リリーナが今放った、俺の魔導を見て、声を荒げて聞いてきた。
「彼らは光で消えるのですか!」
「光!?それでも消えるが…」
 初めに考えた。この状況ならばリリーナに頼るのが一番の解決策だとは。
 ただ、リリーナに説明するには時間が足りない。
 確かにやつらは、光でも消える。
 しかしそれは、莫大な光源での話しだ。それこそ、太陽ほどの。
 だから普通は『聖』の力を強めた魔導を使う。でなければ、とても魔力が持たない。
 今はそれについて説明する時間が、圧倒的に足りないのだ。
 言いよどんでいる俺に対して更にリリーナが言ってくる。

「でもそれは、光でも消えるってことですよね」
「だから!やつらは…」

 ヒイロが言葉を言い終える前に辺りが光に包まれる。目も開けていられないほどに…。

 この林全体が明るく照らされているのではなかろうかと思えるほどの莫大な。
 だが、実態はただの光が…。


「ビックリしましたね」
 後ろでリリーナがぶつぶつと呟いている。
 何がビックリしただ?
 何が、誰かが居るだ?
 寝ぼけていたのではないのか?
 そう聞きたい衝動を必死に抑える。
 こんな所はさっさと諦め、ゼロのところに戻ることにした。


 それが、数十分前。
 そして今は、空の一部が明るみはじめている。結局一晩中起きていたことになる。すっきりしない頭のままゼロの所に向かってただ歩いている。リリーナの静かな寝息を聞きながら。
 そう、リリーナをおぶって進んでいるのだ自分は。
 あまりにも、よろよろしていたので見るに耐え切れなかった。
 驚愕すべきことは、リリーナは先程の魔導で疲労したから眠っているわけではない。
 ただ、眠くて眠っているのだ。そう、一晩中起きていて、限界が来て、眠っている。
 信じられん。
 
 ヒイロは黙ったまま林を進む。
 自分は睡眠をとらなくてもある程度動ける。大体、幼い頃から落ち着いて眠れるときは、そう無かった。
 それに対し、時折首にあたるリリーナの静かな寝息に呆れる。

 そうして、建物を出てしばらく歩いていた時、ある場所で足が止まる。
 中途半端につくられた花の輪が木に掛けられていた。

「何が、道に迷っただ……」
 ヒイロは静かに呟く。
 再度花の輪を見るが、本当に不器用だと思う。
 頭にでもはめようとしたのだろうか?…何度も何度も結びなおした後も見える。
 一般の少女達には簡単に出来ることが、リリーナには出来ない。
 しかし、それとは逆に一般の少女達には出来ないことが、リリーナにはいとも簡単にできる。
 どちらがいいのだろう?
 風で花びらが空に舞う。

 リリーナは後ろで本当にピクリとも動かずに眠っている。
 ゼロに移したときも本当に起きる気配が全く無かった。

 だから、スピードをある程度まで抑えて慎重に進む。本当ならもう一日くらいこの場所にとどまるべきなのだろうが、この林はいろいろな意味で早く通り過ぎるべきだと判断した。
 リリーナは、普段、確かに言うことを素直には聞かないし、忠告にも耳を貸さないこともしばしばあるのも事実だ…それでも、ふと思う。

 昨日は、本当にホームシックだったのではないだろうかと?

 『EARTH』を出てから、いろいろあった。
 自分と違い、リリーナは旅に慣れてはいないし、第一、外の世界は初めてなのだ。
 相当疲れがきているのではないのかと…。この林を抜けたら本当に、少し休むべきなのかもしれない。
 たまには立ち止まることも必要なのだろう。

 夏だというのに林の中はひんやりしている。
 今日は一日林の中だろう。
 そんなことを考えながらしばらく走っていて、何となく頭をよぎる。
 …結局、あそこでは休まなかったわけだが。
 チェスで俺が勝ち取った権利はどうなったのだろう?

 平坦で代わり映えの無い道だと暇にもなる。



2004/5/1



#08星のお姫様

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