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#09苦手モノ


 わたくしには、浮遊系の魔導と水がものすごく…苦手だ。


 空を飛べないせいもあるのだろうか?
 浮遊系の魔導は…そもそも、使えない。
 そう、全くと言っていいほどに発動しない。

 勿論、このことはヒイロもOZも知らない。ただ、ドクターJは知っていたかもしれない。
私には言わなかったが。
 何というか、わたくしは確かに魔導は他の人たちよりは強力かもしれないが…魔導の殆どを『EARTH』を浮かせる為に持っていかれているので、比べたことは無いが、結局はそれなりに高位の魔導士たちと力は、そう変わらないのかもしれない…。

 それから、もうひとつ、わたくしは水が駄目だ。
 わたくしは…そう、実は…泳げない。
 このことも、ヒイロもOZもそして、ドクターJでさえ知らない。

 羽がどうしようもなく水を吸って重くて溺れる。雨やシャワーくらいならば平気だが……池、湖、海。わたくしは殆ど、『EARTH』を出たことは無かったが…行こうと考えたことすらない。
 わたくしの羽は、水鳥とは違うのだ。
 大体、羽ビトで泳げる者など聞いたことが無い。いるのだろうか?だから、他の羽ビトだってきっと水が嫌いに違いない。

 何故、わたくしがこんなことを言っているかというと…今、川で動けずにいる。たかが、深さ5,60センチの川で……。流れもゆったりとしている。溺れかかっているというのだろうか?
 わたくしは今その川で、何と言うか…水底に腰をおろし、座っているような感じだ。水は胸の上まである。背中の羽が水をこれでもかというほどに吸っていて重くて重くて、そのまま川に沈みそうである。早く、川を出たいのだが…わたくしの足の上にあるものが乗っていて実は全く動けない。
 何かというと『ゼロ』である。機械つき自転車『ゼロ』が、わたくしの右足にこれでもかというほど乗っていて、ピクリとも動くことが出来ない。
 どうしたものか。そんな状態をかれこれ半時以上続けている。

 ヒイロはといえば、先ほど町で偶然(?)会ったデュオと、何故だが言い争いが始まってしまって、結局二人で買い物に行った。一体何の、争いだったのか!?
 それで、わたくしは町のはずれで待っていたのだが…しばらくすると、変な二人組みが現れた。てっきり、賞金稼ぎかと思ったら…狙いはわたくしではなく、機械つきの自転車…『ゼロ』だった。ウィナー製のカスタムタイプだとか何とか言って、突然大騒ぎをしたかと思うと、わたくしが居るというのに、『ゼロ』を盗もうとしたのだ。わたくしは、驚いて、とりあえず逃げた。
 無理矢理、『ゼロ』を走らせて…そうこうしているうちに、川に落ちた。
 実は2回目。…以前にも『ゼロ』を池に落としたことがあった。あの時のヒイロの怖さといったら表現の仕様が無い。

 困った困った。

あの時も、運転を誤ったというよりも、…池に気を取られてそちらに行ってしまった。やはり、運転を誤ったというのだろうか?

 そう思いながら、他人が見たら、本当は困っていないのではないかと思えるような表情で、空を見る。晴天だ。鳥たちが楽しげに話していた。

 知らなかった。何かから何かを護ることがあんなに大変だったとは。
 ヒイロは、いつも本当に何気なく自分に手を貸してくれる。
 護ってもくれる。それが、当たり前のように。

「……何しているの?」
 見ると、OZの制服を着た女性がすぐ横に立っていた。


「オレのせいだってのかよ!?」
 ヒイロはそんなデュオに返事すらしない。
「おい、ヒイロ!?ちょっと待てよ。誰かに聞いてみようぜ、お嬢さんのことを誰かみているかもしれないしさ」
「勝手に、お前だけ好きにやっていればいい」
 ヒイロは冷たく言い放ち、必死にあたりの気配を探る。

 リリーナは確かに独りでどこかへ行く。
 ただ、それは一人では良く行くが、今回は『ゼロ』も無いのだ。


「動かないわね」
 彼女はヒルデと言うらしい。
 わたくしはどうしようか散々迷ったが『ユイ』と、答えた。
 ユイと言う名は、この世界でも良く聞く名前らしい。OZがわたくしにつけた、名前だ。
 偶然なのか、ヒイロと同じだった。
『ヒイロ・ユイ』
 ヒイロには言ってはいないが、初めて名前を聞いたとき、何と言うか…そう、うれしかった。無邪気に『一緒ですね』と言えるような仲でもなかったが…あの頃は。
 リリーナという名前はこの世界ではあまり無い名前なので、正直目立つ。
 羽ビトたちの名前なのだ。会ったことはないが、両親がつけてくれたらしいことを聞いた。

 そして、ヒルデだが。
 彼女はどうやら、この辺を探索していて私を見つけたらしい。一体何の探索をしていたのかは秘密らしい。……私のことでないことを祈る。
『ゼロ』はやはり相当、重いらしくどうやっても動かない。ヒイロはいつもどうやってたたせているのだろう…。

「仕方ないわね…今すぐ、仲間を呼んでくるわ。待っていなさい」
 ヒルデはきびきびと答える。
「え!!?」
 あまりにびっくりして、つい声が出てしまった。
「なに?どうしたの?」
「え!…そのですね、大丈夫です。わたくしの旅の同行者が居まして…今、町に行っているので、そのうち来てくれると思います。」
 流石に、OZに助けてもらうわけにはいかない。自分を知っているものも居るかもしれない。
 何よりも、ただでさえ「ゼロ」を川に落とした上、今度は『OZ』の世話になっていることがばれたら、何を言われるか…。
「え?同行者?来るって…あなた、身体がこれだけ冷えているのよ?」
 夏だというのに、川の水は森の中にあるせいなのか冷たい。
 その唇は真っ青だ。

 しかし、そんなことを言っている場合ではない。
「心配は、いりません」
 リリーナはきっぱりと言うと、流石にヒルデもそれ以上は言うのはためらった。
「だったら、せめて町に行ったとき貴方の同行者に伝えてあげるわ。名前は?」
「え!?……名前は…」
 決して長い期間というわけではないが、ここまで、旅をしてきて解ったこともある。
 ヒイロ・ユイ……いろいろな意味でもヒイロは有名だった。
 ある世界では、私以上に有名だった。そんな彼らが言うには、ヒイロの非情で巧妙なその手口に恐れているものも大勢居るとか。
 更に、『OZ』では姫と禁じられた恋の関係とか……。

 いろいろな意味で有名人だ。
 名前。言えないが、言わないと余計怪しい。そこでわたくしは言うことにした。少しだけ。
「ユイと言います」
「え?…確か、貴方もユイじゃなかった?」
「ええ、わたくしの夫なのです」
 リリーナはとんでもないことをしれっとした顔で言う。


 ヒルデが行ってから、入れ替わるようにして先ほど『ゼロ』を盗もうとしていた二人組みが来た。
「あ―――!何てことするんだ、この娘!」
 その声にひしひしと怒気が感じられる。
「いくらすると思っているんだ!扱えもしない癖になんて、何てことしやがるんだ!全く!」
 ヒイロにですら、ここまで言われなかった。普通に何となく落ち込んだ。

「あなた方は間違っています!ゼロはヒイロの物であなた方のものではありません!」
「誰だって?どこの馬鹿だ、こんなウィナー製のカスタムタイプを女に見張らせ置くなんて、間抜けとしか言いようが無いぜ」
 そういいながら、彼らはまたもやわたくしを無視してゼロを分解し始めた。
「何てことするのですか!やめなさい!」
「うるさい!」
「いいから、その手を止めなさい!」
 リリーナは全く引く気配がない。
「お前、良く見たら羽ビトじゃないか?」
 川の中にずっぷりと羽が浸かっていてなかなか気がつかなかったらしい。
「だからなんです?」
 リリーナの眼差しが強くなる。
「オイ!こいつ、羽ビトだぜ。」
 もう一人の男も覗き込んできた。
「混ぜモノか…もう少し大きかったら値が張るんだけどな…」
 リリーナは男の一言にピクリと眉を上げる。
 混ぜモノ。純血の羽ビト以外を指す蔑んだ言い方だ。
「でも、髪の毛とか顔立ちも悪くないぜ?」
「そうだな…」
 男たちは手を止め、彼女の髪に触れようとしてきた。
 リリーナはその手をピシャリとはらい、強い口調で言った。
「魔導の手加減が全く出来ません」
 どうも羽が水に浸かると上手くいかない。それどころか、全く魔導が、使えないときもある。
「はぁ?俺たちとやろうって言うのか?」
「ええ」
 その言葉を聞いた途端、二人は顔を見あせて声を上げて大笑いを始めた。
「いいぜ!?ほら?やれるものならやってみろよ?え?」
 男の一人が右手を振り上げ迫ってきた。
 それにあわせてリリーナは右手を横に払った。

ガン!

 大きな音と共に二人が数十メートル先まで、一気に飛ばされた。
「ああ!…やはり」
 リリーナは苦い表情で、唇の端を噛む。
 本当は意識を失うほどの睡魔を起こそうとした。だが…突風で彼らは飛ばされた。それも、中途半端な力の…。わたくしは、本当に波が激しい。ため息を吐きたくなった。
 それと、先ほどから寒さに奥歯がガタガタと揺れる。

 先で、男たちが立ち上がるのが見えた。

「いてぇぇ!!!あの女!!」
 男たちが身体中を支えてうなりをあげている。

「しかし、魔導を使えるとなれば、結構な値段でいけるぜ、こいつ」
「そうだな…ヴィクトリアにでも、流すか…」
 興奮したような様子で男たちが近づいてこようとして、ある場所で止まった。

 今度は半分、上手くいった。
 足を石の様に固め、彼らをその場にとどめた。
 ただ、本当は全身をそうさせようとしたのだが…。

 リリーナはその間にもう一度、ゼロの下敷きになっている足を動かそうとした。
 だが、やはりピクリとも動かない。
 目をつぶり、ガタガタと揺れる歯を無理矢理かみ合わせ今度は、ゼロを持ち上げようと両手に力をいれたら、予想に反してサッとゼロが動いた。
 驚いて目を開け見ると、ヒイロが居た。
 突然のことに、力が一気に抜けたがゼロが倒れてくることは無かった。


「ヒ…イ……」
 だが、歯がガタガタと振るえ上手く言えない。
 ヒイロはゼロ起こしたかと思ったら、そのまま反対側に再び倒した。
「!!」
 ゼロは再びその機体の半分以上が水の中に沈んだ。
 リリーナが立ち上がろうとするよりも前にヒイロに、両腕で抱かえるようにして川から引き上げられた。リリーナの身体から、水が滴る。その水でヒイロの服も濡れた。
 リリーナはヒイロを見ると、先ほどゼロを盗もうとしてた二人組みが居る方を見ていた。リリーナもそちらに視線を向けると、デュオがこちらに向かって片目をつぶって合図を送っている。二人組みは既にいなかった。

 陸地に上がると、ヒイロは火を起こした。
 その間ヒイロは、ゼロに指一本たりとも触れず、近づいてきた、デュオが川から引き上げただけだ。
 そして、デュオはそのまま辺りの偵察に行った。行ったと言うか行かされたと言うか、悩むところではあるが。
 リリーナはヒイロが淹れたお茶を飲んで、ようやく一息ついた。
 ヒイロは今、リリーナの刀の手入れをしている。普段は自らやっているのだが、刀の鐔(つば)や柄巻まで取らないとどうしようもない状態まで水で濡れ、砂が奥まで入ってしまったので手入れをしてもらっている。
 申し訳ないことこの上ない。

「わたくしが、ここに居るって…良く分かりましたね。」
 ヒイロは手元に視線を向けたまま話し始めた。
「ヒルデとか言ったか…あいつが言ってきた」
「彼女が!」
 こんな時に思う。OZの中のにも信じられる人もいるのだと。

「リリーナ」
「なんですか?」
「オレは、いつ、お前の夫になったんだ」
「ああ、あれですか!」
 あっけらかんと答えては見たものの…忘れていた。すっかり。
 視線を何となく横にずらして、お茶を飲む。
「アツゥ!」
 舌を火傷したような気がする。

「それから、リリーナ…」
 まだ言うことがあるらしい。
「…なんですか?」
 ヒイロと目が合うが、すぐに視線をはずされた。
「ヒイロ?」
 先ほどから良く考えると、故意に、全くこちらを見ようとしていない気がする。
「なんでもない」
「はぁ?」
 何だか良く分からない。
 横でリリーナが疑問の声を上げているのが聞こえたが必死に視線を手元に集中させる。
 目のやりどころに困る。
 着替えも全て濡れてしまったのだから仕方が無い。そうは理解していても横で、全裸でその上から布を一枚巻きつけているだけの彼女をどうしたものか。
 更に、そのことを本人が気にしている様子が全く無いのが悩みの種のような気がする。

 いくら夏だとは言え、服が乾くまで、どのくらいかかるのだろう。
 このボロボロの刀にもどんな意味があるのか未だに解らない。
 そんなことを思いながら刀の手入れを続ける。





2004/5/18


#10デュオとヒイロ

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