LOVER INDEX
#13青いポスト
深夜1時。
オレはランプに、わずかな明かりを灯し、銃の整備をしている。
だから、手元以外は部屋の中は完全な闇だ。
窓にカーテンはかかってはいない。宿に着いたときから、あいつが今晩は開けておくと言って、わざわざカーテンを開けたのだ。
しかし、そんな状態の窓からも今晩は、月明かりは差し込んでは来ない。曇っていて、今にも嵐が来そうな気配なのである。あまりにひどいようならば、明日の出発は控えようと思う。この先の峠は土砂崩れの可能性が高いからだ。
そんな風に、いつものように銃の整備を続けながらイロイロ思考をめぐらせていても、気を取られる。
背後のベットに。
いつもならば、こんなことはない。
ならば、何故今日に限ってこんなにも気をそがれるのか?
普段と違う点が1つ。
起きているのだ。
いつもならば、既に眠りに入っているはずのリリーナが今晩は、しっかりとベットに腰掛け、覚醒しているのだ。
起きていることに困っているのではない。
別にあいつが起きていても、オレは何の支障も無い。
他の誰かでないあいつが、起きていようが、話していようが何の問題も無いのだ。
あいつも、オレの作業の光で眠れないとか、気になるとかといった、問題で起きているわけではない。
それどころか、いつもオレよりも先に休むリリーナは、自分の事は気にするなと、部屋の電気が全て点いていようが本当に何も言ってはこないのだ。
あきれるほど自己主張は強い上、何か問題があると自分が納得するまでは、引くことをしないあいつだが…我侭。
そう、あいつは我侭の類は言わない。
この旅は楽なものでは決して無い。本当は屋根のついた四輪車で移動するべきなのだとも思う。
ただ…通りやすい道は誰もが通ると言うことだ。
だから、二輪車にゼロを搭載した。ゼロならば、相当劣悪な状況でも進める。
デュオやカトルは散々反対をしたが、出発の数日前…カトルは黙って手を貸してくれた。
それ程までにきつい旅でも、あいつは、不平不満は一切言わなかった。オレ自身、相当きついことを言っている自覚はあるのだが、あいつはそれに対し驚くことはあっても、最後は静かに微笑んでいることが多い。
あいつに関して、オレには到底理解し難い事が多々ある。
今晩も、そんな夜だ。
リリーナの行動の意味がオレにはよく理解が出来ない。
第一こんな時間まで彼女が起きていること自体が、珍しい。
リリーナはベットに腰掛け、何か話すわけでもなく、ただ窓の外を、じっと見つめている。
その状態が既に、3時間過ぎている。
オレの作業が終わった後も、あの状態でいるつもりなのだろうか?
たまにはいい薬だ。
世の中は、お前が考えているほど甘くは無い。
等と当初は考えていた…。だが、そんな思考も今ではとても浮かばない。
それどころか、今では彼女と同じように窓の外に意識を集中させている。
これらの、オレの行動は…あいつの言う、『アレ』が来るとかそういうことを信じているからではない。第一、オレがそんなことを全く相手にしていないことは昼に断言している。
そう、そんな事ではない。
来ようが来なかろうが、どちらでもいいのが本音だ。
ただ、羽が…彼女の小さな翼が…力なく下がっている。
そう…おそらく、これが一番オレの中で問題になっている、一番の要因なのだ。
気をとられてどうしようもない。
来るなら、さっさと来い。
迷惑この上ない!
昼間、この小さな町に入った途端、リリーナは唐突に言った。
「青いポスト」
見てみると確かに、何の変哲も無い青いポストがあった。
それが一体どうしたと言うのか?
いくら小さな町だとはいっても、ポストくらいは普通あるものだ。ゼロを止めたまま『青いポスト』を見つめているとリリーナは更に言って来た。
「紙と、何か書くペンを持っていますか」
オレは黙って、荷物からペンと紙を差し出した。
リリーナは礼を言ってそれを静かに受け取った。
ただ、受け取るだけだというのに彼女の動きは本当にいつも優雅だ。
リリーナは、ゼロの後ろに取り付けられているケースを利用してペンを紙の上でさらさらと動かす。
手紙を書いているのだろうか?
オレはしばらくそれを、見ているとしていると、リリーナはペンを置いた。
書き終えたらしい。
リリーナは、紙を二つに折ると、そのまま目の前の『青いポスト』に今、書き終えた紙を投函した。
止める間もなかった。
手紙だとはうすうす感じてはいたが、手紙ではないのかもしれないとも、感じていた。
知り合いのいない彼女が、手紙を出すことなどあるのだろうか?
それが、主な理由。
だが、ポストに投函したところを見ると、どうやら…手紙だったらしい…。誰に出そうが、興味は無いが…率直な疑問を口にした。
「切手は?」
オレの言葉にリリーナが不思議な表情を向けてくる。
「番地は?」
続けて、何となく聞いてみた。
手紙を入れてしまった後では、どうにもならないことは分かってはいたが、もう一度出すという行動は取れる。
しかし、そんなオレの危惧もリリーナには無用だったらしい。
いや、それ以前にリリーナにはオレが、今、言っている意味すらもどうも上手く伝わっては、いない様子だ。
だから、オレはもう少し丁寧に説明する。
「この国に限らずこの世界では、手紙を送るには切手が必要だし、住所も必要だと言っているんだ」
「知ってますよ。知らないとでも思っているんですか!?」
リリーナは微笑みながら伝えてきた。
知らないと思っていたなどとは、流石に言うのは控えた。
そしてリリーナは、そんなオレを無視して反対に聞いてきた。
「ヒイロの方こそ知らないのですか?」
「知らないって…何を?」
「『青いポスト』を使ったことが無いのですか?」
…だからポストだろう。使ったことが無いわけが無いだろう…内心呆れながら、ため息を殺す。
しかし、リリーナは俺が答えないことをどう解釈したのか、驚いたように言った。
「ヒイロでも知らないことがあるのですね…」
…何と言うか…、お前にだけは言われたくない…等と頭の片隅をかすめたなんてことは無い…。
オレは黙ったまま、リリーナの話の続きに耳を傾けた。
「『青いポスト』に手紙を入れると、彼らと連絡が取れるんですよ」
「彼ら?……誰を指しているんだ?大体、青いポストなんてそこいら中にあるだろ!?」
「え!無いじゃないですか!大体、青いポストは国際法でも作ってはいけないことになっているではないですか!本当に知らないんですね。」
リリーナが本当に驚いたように答えてきた。
国際法!?
いつから、そんなくだらない制定を載せる法になったんだ!?
そんなもの、聞いたことが無いし、読んだ事も無い!?一体どこの法だ?
「え〜っと、何といいましたっけ?青いポストを使うとですね…精霊ではなく、妖精でも無く…主…魔導の源というか…兎に角、彼らです」
リリーナは、ブツブツと未だにいくつかの名前を挙げながらも結局思い出せずにいる。
しかし、そのどれもが、連絡を取るとか取らないとかそういう類のものではない。確かにオレが扱う魔導系はそこまで上位ではないが、魔導の源である精霊や妖精なんてものは大気みたいなもので、意思があるとか無いとかそういうこと事態が、何やら根本から違うような気がする。
第一、意思なんてものが存在したら、人は魔導なんて使用出来ないのではないだろうか?
しかし、リリーナはオレが思考をめぐらせている事も全く無視して、最後に言った。
「今、彼らに手紙を出しました。今晩会えますよ」
そう聞いてから、早何時間がすぎたことか…。
作業も全く手につかないので、明日の朝、続きをすることにした。
オレはリリーナに明かりを消すと伝えようと後ろを振り返ると、リリーナは既に座ったまま瞳を閉じていた。
「………………」
オレの今までの懸念は、一体なんだったのか。
何となく悪態をつきたい気持ちをぐっと抑えた。
何というか…どっと疲れが出るとは、こういうことを言うのだろうか?
オレはリリーナを、ベットに寝かせた後、眠りについた。
そして、朝。
オレたちは、誰かの悲鳴で目が覚めた。
何事かと、窓の外を覗いて、絶句した。
オレたちが今泊まっているこの宿の周りが埋まっていた。
花びらで。
淡いピンクの花びらでこの宿が埋まっているのだ。
「な!?」
オレは、思わず声が漏れた。
そして、兎に角外に出てみようと、扉を開いた途端、
部屋に花びらがなだれ込んできた。
「なっ!?」
オレは再び声が漏れた。
見ると廊下にも、膝下くらいまで花びらが積もっていた。
そんな間にも宿のあちらこちらから、悲鳴や絶叫が響き渡っている。中にはあまりの異様な光景に泣き叫んでいるものさえいる。
それはそうだろう。
起きた途端、これだけの花びらが突然この宿だけに現れたら誰だって驚くし恐怖するかもしれない。
どう考えても、人の力では成し遂げられるような芸当ではないことだけは確かだ。
しかしそんな中、オレの横ではリリーナが、この惨状を見てポツリと、祭りでもあるのか、等と言っている。
オレはそんなリリーナにただ一言、
「ああ、そうだな」
とだけ答え、出発の用意を始めることにした。
嵐が来ようが行くしかない。
いろいろな請求書が来る前に。
そういえば、以前にも一度リリーナが花びらまみれで現れた夜があったな…。あの時も、あいつの言う訳の分からん、『アレ』とか言う、未知の軍団呼んだのだろうか…。
結局のところ、あいつの言う『アレ』とは、どうせまたいつものようにあいつだけが感じているというか…信じているという存在なのだろう。相手にするだけ無駄というものだ。そんなもの、聞いたことが無い。
それから数日後、立ち寄ったある町の図書館で国際法に関する本を読んだ。
その一節に…絶句した。
第1093条5の3項
『ポストは青に塗るべからず』
2004/11/17