LOVER INDEX
#11龍の国
ガンと右腕に走った激痛に一瞬顔をしかめる。
しかし、そんなことを気にしている余裕も無いほど間髪入れず、次々と攻撃が繰り出される。その全てをかわすことは相手を考えれば、あきらかに不可能だ。
だから、腕を痛めるのがわかってはいても攻撃を受けざるを得ない。
何しろ、猛者ぞろいの『龍の国』で、現役最高の強さを誇る者が相手なのだ。
漆黒の髪に一点の曇りも無い漆黒の瞳を持つ最強の戦士、『張五飛』が、今自分が対峙している相手なのだから。
こうして戦ってみて、まざまざと見せつけられる。
体術での格の違いを。
とうの昔に銃ははじかれ、こうして組み合っている。
長くは持たない。
リリーナは無事なのか?
そんな考えが一瞬頭をかすめた時、隙が生まれた。
腕をとられ、次の瞬間には投げられていた。
「クソッ」思わず声が漏れた。
ヒイロは空中で無理矢理体制を変え何とか背中から落とされることだけは避け、相手から離れる。
しかし、つかまれた右腕は無理に体勢を入れ替えたためダラリと垂れ下がっている。関節をはずされた。
だが、地面に倒されるよりはましだ。
「何かに気をとられたまま、オレとやりあえるとでも思っているのか?ヒイロ・ユイ。」
その言葉に、ヒイロは鋭い視線を五飛に向けるだけで沈黙を続ける。
「…だとしたら、随分となめられたものだな」
凛とした、決して相手を逃さないといった強い響きを持つ声だ。
しかし、それに対してもヒイロは、表情を変えることなく何も答えない。
集中力が落ちている。
……いらついてもいる。とても…
この森が『龍の国』の近隣だということはわかっていた。
森に入って数日した今日。何の前触れも無く、『龍の国』の人間たちが数十人現れ、先ほどリリーナがさらわれた。
原因はおそらく…そんなことを、今考えていても仕方が無いことだ。目の前のことに集中をしなければ。
どうする?
張五飛とは以前2度やりあったことがある。
しかし、状況は明らかに、その何もかもが違う。
前回は剣だった。その前は1対1ですら、なかった。
どちらにしても、左腕だけで戦える相手ではない。
この戦いは初めからずっと、後手に回っている。
五飛が向ってくる。
この森に入る前から、リリーナは体調を崩していた。
ここの所、OZの兵達の動きが活発になってきて、一つの街に長く留まる事ができずにいたのも原因の一つだと思う。
だから、多少きつくても森の道を選んだ。草原の道を行けば、確かに平坦な道のりで楽だが、相当なペースで進まなければOZの軍隊に追いつかれる。
その点森ならば、多少ペースを落として次の国を目指せる。
これが、森を選んだ理由の全てというわけではないが……今のあいつには、とてもではないが、無理をさせられるような状態ではなかった。
集中しなければ勝てない相手だと言うことは解ってはいる。解ってはいても…それでも、気をとられる。
連れて行かれたときのリリーナの顔色は…異常だった。
ヒイロはすばやく背中に左手を回し、銃を取る。
魔導弾が詰まっている方ではなく、予備として持っている銃を。普段使っているものよりもずっと小さい型だ。
そして、ダラリと下げた右腕では、魔導を練る。
五飛がドンドン近づいてくる。
集中しようとしたその時、二人の目の前に、突然森から龍が現れた。
「なんだ!?」
「神龍(シェンロン)!?」
そして、あたりに響くような唸り声を上げると、そのまま二人に向って襲い掛かってきた。
二人は何とか攻撃を避ける。
それに対し、龍は体の大きさからは考えられないような身のこなしで方向転換をすますと、先程よりも更に大きな声でうなり声を上げ、大きく尻尾を振り回し辺りの木々を、次々となぎ倒していく。
その様子に、ヒイロは更にその場から後ろに下がった。
一方、五飛は龍に向って、大声を上げた。
「妹蘭!下がれ!」
ヒイロは五飛の叫んだ方向に目をやると、龍の背中には黒髪をふたつに結わえた自分と同じくらいの歳の少女が乗っていた。
「私はナタクだ!貴様こそ下がれ!いつまで、こんな相手に時間をかければ気が済むのだ!」
「邪魔だ!」
五飛が妹蘭と呼んだ相手に向って大声を上げるが、妹蘭は全く聞くつもりが無いようだ。
その間も神龍と呼ばれた龍は暴れ続けている。
これが、『龍の国』と呼ばれる要因だ。
獰猛で、プライドが高い龍を、『龍の国』の人物たちはある程度、操ることが出来るからだ。その方法は世界でも、最大の謎とされている。
龍の全身は剣も銃弾も通さない程厚い鱗に覆われており、加えて奴らには相当に強い魔導ですら殆ど効かない。
仮に龍に傷を与えることが出来たとしても、その回復力は驚異的で、相当に深い傷でない限り瞬く間に傷は塞がっていく。
それ故に、龍は、地上で最強の獣といえる。
だから、OZも龍を操る『龍の国』にはなかなか手を出せずにいるのだ。
妹蘭は龍の背から地面へと飛び降りると、すかさずヒイロに向ってくる。
ヒイロはそれに対し魔導を放ったが、龍の雄叫びでかき消される。
やはり、自分程度の魔導では、龍の傍では発動させることすら出来ないか。
魔導の源は精霊達の力を集めて放つのが基本だ。その方法は陣を書いたり、言葉で呼びかけたりと、数え上げたらキリが無いが。龍の傍では、あの雄叫びで精霊自体を呼ぶことすら出来ないのだ。
ヒイロは、妹蘭の攻撃を最低限の動きで避けると、左手を妹蘭の首めがけて力いっぱい振り下ろす。
ゴキっと鈍い音がして、妹蘭が前に軽くよろけると、すかさず今度は後ろから五飛がヒイロに向って蹴りを入れてきた。
ヒイロはその蹴りを僅かにかすりながらも避け、再び五飛から距離をとる。この状態で五飛と近距離戦で勝てる可能性は無い。
「もう一度言う!下がれ!」
五飛はうずくまる妹蘭に向って怒号をこめて言うが、妹蘭は全くそのことを聞くつもりがない。そのまま、龍に次の指示を出す。
「神龍!」
妹蘭の声に、神龍と呼ばれた龍が前足を上げ、うなり声を発する。
ヒイロはその間に先ほどから左手に握り続けていた銃を再度握りなおし、ある一点に向けて構える。
現況で龍を倒すことが難しい上、更に五飛相手ではこうするのが一番だと判断した。息を止め、狙いを定める。定める。定める!
その直後、世界から音が消える。
そして、一発の弾丸を放った。
放たれた弾丸は一部の狂いもなく龍の逆鱗に、…命中した。
森全体が、龍の雄叫びと激しい揺れに包まれる。龍はその巨体を激しく暴れさせ、尻尾を振り回す。辺りから鳥や獣たちがすごい勢いで去っていく。
龍の逆鱗に触れたのだと一瞬で理解した五飛と妹蘭の表情が、驚愕に変わる。それと同時にこの状況で、龍の逆鱗に銃弾をあてることなど可能なのだろうかと、思考を巡らせるが龍の状態を見てもそうとしか考えられない。しかし、そうだとしても、とても信じられることではない!
逆鱗を触れられた龍を止めることなど、流石に龍の国の住人たちですら出来ない。
方法も、その龍を殺すか、龍が辺りを破壊しつくしその怒りが収まるのを待つ以外ない。
ヒイロは龍の攻撃を何とか避けながら、龍の国の二人を見ると二人も似たように、何とか攻撃を避けている。
「神龍!落ち着け!」
妹蘭が声を荒げて叫ぶ。
しかし、龍は収まるどころか、今度はその声に攻撃目標を向けた。
ギャワァァァァァ―――――
「神龍!!!」
木々を何の障害とも見なさずに龍が二人に襲い掛かっていく。
妹蘭は腕で陣を組み詠唱を唱えると、そのまま龍の足に向って魔導を放つ。
それにより、龍が少し体制を崩したのを確認した五飛は木に立てかけてあった青龍刀を握ると、龍を迎え撃つ様に立ち、そのまま、龍に正面から切りかかっていった。
間一髪のところで龍の攻撃をかわしつつ青龍刀を龍の鱗の間にねじ込ませるように力の限り叩きつける。
鱗の間に剣を入れるなど、五飛の腕を持ってしてはじめてそんなことが可能となることだ。
しかしそれでも、致命傷とは言いがたい。龍は何事も無かったように更に暴れ始め自分の足元にうろつく五飛に向って尻尾を振り下ろす。
そんな中、異変を察した龍の国の人物たちが戻ってきた。
そして、龍の状態を見た途端、戻って来た人物たちの誰もがその顔色を変えた。
龍の逆鱗に触れることは、本当に禁忌なのだ。
国の中で起これば一国が滅ぼされるほどの力を龍は持つのだから。
五飛は彼らが戻ってきたのを確認すると、軽く眉を寄せて苦い表情をとり、声を荒げた。
「何故戻った!さっさと行け!」
「しかし!龍が!」
その間ヒイロは必死に、リリーナを探す。いない。
それを確認すると、すぐに奴らが戻って来た方向へ駆け出した。
五飛がヒイロの行動を視界の端で確認するとすぐに後を追う。ヒイロは足場の悪い森だとは思えないほどのスピードで森を駆け抜ける。右腕がジンジンと痛み出してはいるが気になどしない。腰に刺さっている銃も魔導弾が詰まっているものと、先ほど使った小ぶりの銃だけだ。弾数も殆ど残っていない。普段の自分なら絶対にこの状況で追ったりはしない……追ったりは…。
更に、後ろからどうやら五飛が追ってきている。やはり、龍の国の奴らも知っているらしい。リリーナの秘密を。EARTHを落とせばOZは間違いなく一気に体制を崩すことになる。龍の国がそこに攻め込めば、間違いなく落ちる。長い間、OZと均衡状態にある龍の国が放っておくはずが無い。
だから、奴らも多少のことでは絶対に退かない。
だが、オレも退くつもりなど無い。
心臓が限界だと訴えてくる。次々と、体中に枝が当たり細かい傷が更に増え血がにじみ出ている。
見えた!
木々の間から、数人が小走りに走っている姿が見える。
その中の一人に脇に抱えられるようにしてリリーナ見える。
ヒイロは更にスピードを上げ、腰の銃を握る。
手荒なのは解っている。
それでも、今、取り返さねば次は無い!
「リリーナ!!!!!!」
その声に、龍の国の人物たちが一斉に振り返る。
腕に抱えられているリリーナも僅かに反応を示す。
ヒイロはそれに合わせて、魔導を詰めた弾丸を放った。
それも、普段使っている魔導弾よりも、数段威力が高い弾を!
その直後、あたり一面を強力な光と音と供に電撃が降り注ぎ、次々とそこいら中から苦痛に満ちた悲鳴が響き渡る。ヒイロはその電撃の中を躊躇することなく突っ込んでいく。体を激しく電撃が貫いても進んでいく!リリーナめがけて!
抱えていた男に振り落とされたリリーナは地面に手をつきこちらを見ていた。顔色は更に良くない。
ヒイロはリリーナにようやく駆け寄り、その身を龍の国の奴らから離す。流石と言うべきか…これだけの電撃の中だというのに、リリーナには全く魔導が効いている様子が無い。まぁ、それがわかっていなければ、こんな方法をとりはしないが。
電撃がようやく収まってきたときには辺りに居た龍の国の兵士達は全身に痺れが回っていて全く動けない者だらけだった。動ける者でも、その動きは鈍い。
そこで、ようやく五飛が追いつき現状を見て絶句する。
「何たる様だ、これだけの人数が居て!!」
五飛がそう言った後、何かを察して、自分が今向ってきた方向にバッと視線を向ける。地面全体を震わすほどの振動をさせながら何かが向ってくる。
間違いなく先ほど逆鱗に触れた龍だ。
これだけ、しびれて動けない奴らが居る中に、あの龍が現れたら全員が殺されるのが目に見えている。
五飛はイラだった様に舌打ちをすると青龍刀を構えなおし、威圧を与えるように大声を上げた。
「うぉぉぉっぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉ―――――!!!!!」
その声に龍の歩みが確実に遅くなった。
そして龍が姿を現した。
「!」
龍に気をとられていたオレの右手にそっとリリーナが触れてきた。
「ヒイロ…貴方、怪我を…」
「…たいしたことは無い…それよりも、隙を見て逃げるぞ」
「…え!?」
リリーナが信じられないと声を漏らす。
「今、このチャンスを逃すわけにはいかない!」
ヒイロはきっぱりと告げるが、リリーナはどこか納得しない面持ちで、更に訊いてくる。
「大丈夫なのでしょうか!?ここにいる方たちは!?」
今度は、ヒイロが信じられないといった表情でリリーナを見返す。これだけのことをされた上で、助けようと言っているのだ、リリーナは。
その間五飛は、龍に青龍刀で相手をしているが、あきらかに押されている。
ヒイロの様子を見て、リリーナがきっぱりと告げてくる。
「ヒイロの言いたいことはわかっています。それでも…放っておくことなど出来ません」
リリーナはそう言うと静かに目を閉じ、直後、ヒイロの右手の痛みが一瞬で消えた。
「ヒイロ、貴方ならこの状況でどうしますか?」
一点の迷いも無い声でリリーナは告げてくる。
こんな状態のリリーナに本来ならば伝えたくは無い。
しかし、それを許さない力をリリーナが持っているのも事実だ。
「……一度だけ聞いたことがある」
龍の怒声が辺りに響き渡る。
龍を追ってきた龍の国の人物たちが次々と現れ、何とか龍を抑えようとあの手この手と、策を巡らせているが、そのどれも有効な手となってはいない。
「歴史に名を残すような偉大な魔導士が一昼夜、龍を眠りにつかせ、その怒りを静めたと…」
「眠り?眠らせれば良いのですね」
「だが、事実かどうかは何の証拠も無い!ただの、言い伝えだけなのかもしれん!」
殆ど魔導も使えないような状況で龍を一昼夜眠り続けさせるなど、常識的に考えてあり得ない。
それでももしかしたら…リリーナならば…っと頭の片隅で考えながらもリリーナの顔色の悪さに言葉が詰まるが、リリーナはたいして気にした様子も無く優しく微笑むといつもと何も変わらない声で告げる。
「わたくしは、今、自分が出来ることをします」
リリーナは龍に向け、手を軽く振る。
相変わらず詠唱も無ければ、道具も使わない。そう、何の準備も無い。
それでも、次の瞬間。龍が激しい轟音と供に地面にその巨体を沈めた。それと合わせるようにリリーナも前のめりに力なく倒れる。
ヒイロは驚いて必死にそれを支えると、今度こそ、意識の無いリリーナを担ぎ森の奥に走った。龍が一昼夜眠り続けるのかどうかなど、知ったことではない。
五飛は視界の端でそれを確認したが、追うことをしない。
「…………」
そして、数秒彼らが去った方向を見続けると、視線を辺りに戻す。自分の国の者たちが苦痛の声を上げ地面に倒れている。
「五飛!何故追わない!」
妹蘭が強い口調で問い詰めてくる。
「もういい。老師達にはオレから報告する」
「五飛!」
しかし、それ以上五飛は答えようとはせず、大きないびきをかき続ける神龍と名づけられた龍に近づき、その体の一部にそっと触れる。
「……相変わらず腕は確かということか…。」
五飛が触れている部分は、龍のかすかに傷ついた逆鱗だ。あの距離でこれだけ小さな逆鱗に確実に弾丸を当ててくるとは。
五飛は軽く口の端を上げるようにして僅かに微笑む。
そして、それと同時にあまりの龍の失態に呆れる。魔導で寝かされているとはいえ、これだけ逆鱗に触れても、目が覚めないとは。
地上最強の龍の名が泣くというものだ。
龍の国の守り神である『ナタク』の名を受け継ぐのがあの女で。
最強の龍として『神龍』の名を受け継ぐのがこの龍だとは。
弱すぎる。
現在の龍の国の状況を表しているのではないか?
OZに対し、退くこともしないが攻めることも出来ないわが国の現況を。
五飛は静かに一度瞳を閉じると、迷いを払うように眠る龍の傍を離れた。
周りの騒がしさに目が覚めた。
「……?」
周りを見ると数人の羽ビトの女性たちが何かの作業をしている。
首をかすかに横に向けると額から何かが落ちた。水でぬらしたタオルらしい。
何処なのだろう、ここは?
自分は寝かされている。
森で魔導を使おうとしたところから…記憶が途切れている。
目を閉じ、耳を澄ますが、全く彼らの話している言葉がわからない。何語なのだろう?
初めは部屋かと思ったが、かすかに伝わってくるこの振動はどうやら、何かの乗り物の中らしいことだけは解った。
リリーナは熱に浮かされた頭で、ぼんやり再び目を開けると。
ヒイロと目が合った。
するとヒイロはスクッと立ち上がり、やはり聞いた事が無い言葉で彼女たちに何かを言うと、直後、彼女たちはそのまま部屋を出ていった。
その様子をぼんやりと見つめていると、ヒイロがすぐ横に居た。
私が起き上がろうとすると、それを察したヒイロにすかさず止められた。確かに、頭がボーっとしている。熱があるのかもしれない。
ヒイロを見ると先ほど自分の額から落ちたタオルを拾っている。
「…ここは、列車ですか?」
ガタンゴトンと、一定のリズムで振動が来るのだ。
ヒイロは私の声に微かに反応すると、タオルを水に浸しながら答えてくれた。
「…ああ」
ヒイロはそれだけ答えると、タオルを絞り、再びリリーナの額にのせた。
ひんやりとしていて、本当に気持ちが良い。
「羽ビト特有の症状らしい…背中の翼は一年に一度、全体的に生え変わるのだろう?それには、相当な体力も伴うらしいな…」
「特有の症状……」
「今、来た羽ビト達が処置をしていったから、少しは楽になるだろう…次はこうなる前に言え」
ヒイロの声が僅かに怒っている様に感じるのは気のせいだろうか?
「……ああ…それで、こんなに、体がだるいのですか…翼が…知りませんでした。…自分の事なのに、…駄目ですね…。わたくしの翼は空も飛べないし、こんなに小さいというのに、そういうことだけはちゃんとあるのですね…そうですか」
リリーナは自嘲したように微かに微笑みながら独り言のように言う。
ヒイロはリリーナのそんな様子に眉を寄せる。
そうではない…自分はそんなことを言わせたいわけではない。
そうではないはずなのに…苛立ちばかりが先にたつ。
ヒイロは、唇の端を噛み締める。
しばらく、部屋が静寂に包まれる。
そして、そんな静寂を破ったのはリリーナだった。
「先ほどの羽ビトたちはお客様なのですか?」
「ああ…一般の席の客だ」
あまりに、顔色が悪かったので聞いてみたのだ。羽ビトでこんな症状に、心当たりはないかと。
「一般…っということは…この列車には食堂車とか演奏車両とかあるのですか?」
「どこの世界の話をしているんだお前は……ここいら一体は、そんなものは無い。生きるだけで精一杯の国なんだ、ここは。」
OZが所有する豪華車両ならばそんな物も存在するだろう。リリーナは何かで知ったのだろうか?
「そうなのですか……」
「乗りたいのか?」
予想以上の声の落ち込みに驚き、思わず聞いた。
「フフフ、そうではありません。…そういえば、ヒイロ?列車ということは、ゼロはやはり…」
リリーナが申し訳なさそうに言うと、ヒイロは何を言っているんだとばかりに、淡々と答える。
「ゼロは貨物室に積んだ…客室に乗るわけが無いだろう」
「!!あの、あの状況で取りに行ったのですか!?」
「当たり前だろう」
「だって、あれだけ……追われていたのに…取りに行くなんて…」
ゼロを置いて、その傍で休んでいたところに突然彼らは現れたのだ。そこに、戻る何て…いつものヒイロならば、それは到底信じることが出来ない行動だと思えた。
しかし、ヒイロはそんなリリーナに対して、一呼吸置いてから静かに答えた。
「あいつなら、今はもう追って来ない」
「追ってこない?」
リリーナが信じられないといった表情をする。
「あいつはそういう奴だ…」
「…そういう…………?」
リリーナがなんともいえないような表情のままそれきり黙ってしまった。
ヒイロは黙ったまま、そのことについてそれ以上は、何も言わないつもりらしい。
「いいから、もう少し休め。どうせ、後4、5日は乗らないと駅には着かない」
「4、5日?どこに向っているのですか?」
ヒイロは、その言葉に軽く眉を寄せる。
本来ならば行きたくは無いのだが…この状況では仕方が無い。
「商人たちの国。誰もが自由に行き来できる砂の国だ」
「砂の国……」
どうしたものか…四方が囲まれてきた。
OZだけではなく、龍の国まで本格的に出てきた。加えて個人的な賞金稼ぎたち。
そして次の国では…おそらく、あいつも来る。
今回の件にも絶対に絡んでいると考えられるあいつが…。
どんな時でも、初めは遥か遠くにいたのにもかかわらず、次、気がついたときにはすぐ傍にいるあいつ…。
笑顔で死を運んでくるあいつが、必ず、…来る。
列車は深夜の森をガタンゴトンと一定のリズムで前に進み続けた。
2004/8/29