LOVER INDEX
#12会談1−姫と騎士−
夏が終わりを告げようとしてる頃、ようやく国境を越え『砂の国』にたどりついた。列車を降りてから、3日後のことだ。
ひとまず、国境を越えたのだからOZも国際法の関係で大っぴらに襲ってくることが出来なくなるだろうから、安心ですねっとヒイロに言ったのだが、国際法など在って無い様なものだと、あいも変わらず冷たく告げられた。
確かに、そうなのだが…もう少し言いようがあっても良い気がする。
兎に角、『砂の国』は、わたくしが今まで行った、どの国よりも人々の活気で溢れていた。そこいら中で大声を張り上げ、人々が至る物を売っている。わたくしには、売っているものが何かさえ解らない物だらけだと言って良い程に、街はすごいのだ。
そして、それを目当てに買う人たちで細い路地までもが、本当に人で溢れているのだ。
『砂の国』。
ここは世界中の商人たちが集まり年中何かしら市場が開かれ、ここで買えない物は、世界の何処に行っても無いと言われるほど、何でもそろっているらしい。
そのせいもあってか、他の国では決して見られないほど、この国にいる人種は様々だ。入国が自由なのだ。『砂の国』は、どんな国籍の人間でも受け入れを拒むことは無い。それは、OZの兵士とてこの国では例外ではない。街の至るところでOZの兵士を見かける。占領国でも無いのに、ここまでOZの兵士達がいることは、他の国ではありえない光景だ。
そんな街をリリーナはあまりのすごさに、ただただ唖然として、ヒイロの後ろを見失わないように歩いている。
途中まではゼロに乗って来たのだが、繁華街に近づくにつれて人ごみは更に増し、歩くしかなくなったのだ。
どうやら、宿まではもうしばらく歩かないと到着しないらしいことだけは、先程聞いたのだが…人ごみでなかなか前には進まないせいもあって、一向にたどり着く気配が無い。
この際、そこいら辺にある宿でも良いのではないかと思ったのだが、どうやら、その宿はカトルさんが関係している宿だとか何とか言っていた。
国境を越えOZが表立って手を出してこれなくなったとはいえ、黙ってはいないというのが、ヒイロの見解で。
確かにヒイロの言うとおり、OZが国際法などを守るとは私も思ってはいない。それでも、流石にこの人ごみは少し何とかして欲しい。
そして、昼をすぎて暫く経ったころようやく、ヒイロとリリーナはウィナー家が経営する宿へたどり着いた。
そこは、概観からは宿というよりかは、城と言った方が正しいと言える風貌だった。宿全体が高い城壁に囲まれていて、砂の国でも1、2位を争うほどの高級宿だという。世界の要人の御用達としても有名だそうだ。
「すごい…どこまで続いているのか解りませんね…」
「……誰でも泊まれる宿というわけではないからな。…リリーナ、行くぞ」
ヒイロは、門に立っていた宿の人間にゼロを預け、それから、依然として宿の前から全く動く気配の無いリリーナに声をかけ、ようやく建物の中へ向った。
しかしヒイロは、門を潜り抜け建物に入ったところで唐突に足を止めた。ヒイロのすぐ後ろを歩いていたリリーナは、突然目の前で止まったヒイロの背中にそのままぶつかってしまった。
リリーナはぶつかった箇所を撫でながら、何事かとヒイロの脇から、前方を見ようとしたときヒイロの驚愕に満ちた呟きを聞くことになった。
本当にそれは、短くない期間を供にしてきたリリーナでさえ初めて聞くような、驚きに満ちた声だった。
「シルビア・……ノベンタ……」
っと、一言。
宿の中に入ると更に圧倒されるつくりだった。
入り口を入ってすぐのロビーは吹き抜けになっていた。空高くから、溢れんばかりの光を十分に取り入れるような設計になっており、まさに幻想的な空間をかもし出している。
「すごい…」
リリーナは思わずその光景に言葉をこぼしていると、突然横から声をかけられた。
「すみません、お待たせしました。お気に召しましたか?」
「え?ええ、とっても…ええと…貴方は…」
リリーナはあわてて答え、話しかけてきた人物を見る。
自分よりもはるかに身長が高く、顔に立派なひげをはやした男性が優しい微笑を浮かべながら立っていた。
「おお、申し遅れました。私は、カトル様と古い付き合いがあります、ラシードと言います。今回は、カトル様から話は伺っております。どうぞ、滞在中は気軽に何でも申し付けてください」
「ああ、こちらこそ申し訳ございませんでした。わたくしは、リリーナと申します。お世話になります」
リリーナがペコリと頭を下げる。
「カトルさんは、たまにここを使うのですか?」
リリーナは自分の前を歩くラシードに向って話す。
先ほどから、長く続く大理石の廊下を永遠歩き続けていた。
「ええ、仕事でもプライベートでも必ずこの国に来た際にはこちらに泊まります。これから暫くあなた方が泊まるお部屋が普段カトル様がお使いになっている部屋です。カトル様から大事なお客様ですからと、こちらの部屋を使うように言われましてな。」
「そうなのですか!?」
「ええ…あなた方がカトル様以外で始めて使われるお客様です。この宿で最も安全だと言っても過言は無いでしょう。だから安心してご滞在ください」
ラシードは笑いながら伝えてくる。
「そうなのですか…本当に気を使ってもらってしまって」
リリーナはカトルの気遣いに心底感謝をした。
「それから、もうひとつ聞いても宜しいでしょうか?」
「なんでしょうか?答えられることならば何でも聞いてくださって構いませんぜ」
あはは、っと、豪快な笑いを混ぜながらラシードが答えてくる。
「この宿には、OZの姫も泊まっているのですね」
「ああ…そのことですか…ええ。姫様達も3日前に突然来られたのです」
「突然?」
「ええ、本当は別の宿に泊まるはずだったのですが、いろいろありましてな…そちらに泊まることが難しくなりまして、他に要人を泊められる程の施設となると、我々以外にはおりませんでしたから、いろいろ考えた結果、流れもありまして。本当に急に決まったんですよ」
「そうなのですか…この宿の方達はOZにも寛大ですね」
それは、OZに占領されていない国ではありえないことだった。
「ハハハハ!そう言う訳ではありませんが、そうですね…我々砂漠の民は旅人を拒むことを良しとしません。そこが、おそらく他とは違うのでしょう。それに、ノベンタ家はOZとは言っても、平和を目指されている方ですからな。さぁ、着きましたよ」
ラシードはエレベーターが6階に着いたのと同時に言ってきた。
「さぁ、このフロアには2室しかありませんから、どうぞくつろいでください」
エレベーターを出るとロビーと同じように光をふんだんに取り入れた天井の高い広場になっていた。
そして他には、向かい合うようにつくられた扉が2つあるのみだった。
「素敵…」
「リリーナ様は、向って右の部屋ですね。」
そう言ってラシードは鍵を1つ渡してくる。
「ヒイロ様は残った方の部屋になりますので、お話が終わり次第こちらに案内しますので、どうぞリリーナ様はお先に休んでいるようにと伝言を承っておりますよ」
ヒイロは先程、玄関先で会ったシルビア・ノベンタ姫に呼ばれて別の部屋に行っている。わたくしも姫に誘われたのだが、ヒイロがきっぱりと断った。いくら国境を越えこの国では法律上OZに捕まえる権利が無いとは言え、そんなことを護るとは考えられないと言う事もあったが、わたくし的には、たんにお邪魔なような気がしてヒイロが断らなくてもあの場は遠慮した。何しろシルビアはヒイロとずっと会いたがっていたのだから。ヒイロも噂では姫のことが好きだったということだし。口ではどうこう言っても、会いたくないはずが無いと思う。これは断言できる。
だから、そんな所にわたくしなどが居ても、何もすることが無い。
それから先程玄関先には王女のほか、侍女数人と兵士たちが数人居たが、その誰からも私に気がついた者は居なかったように受け取れた。勿論その中には、以前別の街であったノインと呼ばれる人物もちゃんと控えていた。
ヒイロはわたくしのことを旅の同行者で、魔導士だと姫に説明していた。
どうやら、わたくしは知らなかったが何処の組織にも属さないフリーの傭兵達の間では良くあることらしい。それぞれの目的や仕事の為に面識も何も無い傭兵達が数人集まって旅をし、行動することが。
異論はなかった。何よりも真実だったから。
わたくしは、最初にそうやってヒイロと旅をすることになったのだから。
あの『EARTH』から飛んでというか、皆から言わせると、落ちてボロボロだったわたくしにヒイロが提案してきた。
どこか行きたい国があるのならば途中まででも自分と旅をしないかと。
ヒイロは『OZ』でも極めて極秘だったわたくしのことを何故だか知っていて、魔導の力が強いわたくしとならば旅のパーティーを組みたいと。組んでも損は無いと。
あの時のわたくしは、2つの道があった。
頭も体も朦朧としていたが、迷っていたことは確かだ。
本当に迷った。
一つはカトルさんに雇われたデュオさんが、供に世界を周ってくれると言ってくれた道。
それに対し、もう一つはヒイロが、ただ供に行かないかと…自分も旅の間サポートするが、わたくしも旅の間サポートする関係。
二つともいろいろ話は聞いたが、大した違いはなかった。
だが、決定的に違う点が一つだけ。
それは、わたくしとは協力関係になるのだから、状況によっては護ることもするが、ただ、危なくなったら間違いなくわたくしのことを賞金首として差し出すと、一部の優しさも含まない声で断言された。
それでもいいかと…ヒイロはまっすぐに見つめ、問うてきた。
デュオさん達とは徹底的に違う理由。
でも、わたくしにとっては大事な理由だったのかもしれない。
しかし、その言葉を後ろで聞いていたカトルさんとデュオさんは、ただ唖然としていた。
やはり、ヒイロは変わっているのだろうか?
それもあってか、未だにデュオさんはたまに会っては、ヒイロは止めて自分と行こうと言ってくる。
それでもわたくしは、ヒイロと行動することにしたわけだが…。
それは、その方が良いと感じたから。
何かあったとき迷わず自分を切り捨ててくれる関係の方が良いと考えたから…。
他に本当に理由などなかった。
それに、自分だって、素直に差し出される訳にも行かない。その時はその時。
リリーナはそこで一旦目を閉じると、深く息を吐いた。
体にフィットして座り心地の良いソファに身を沈める。
それだと言うのに、この旅で気がついたことがいくつもある。
わたくしは、そう…たいして…いや、かなりと言うか、全くヒイロの役に立っているとは言えない…ような気が…する。いろいろやっては、みるのだが上手くいかない。
だから、最初の頃は何度か提案した。
やはり、足手まといになるからわたくしは一人で行くと。
それに対しヒイロは、自分は別に急いでいる訳でもないから気にするなと。そのおかげで現在に至っている。
実際に一人でここまで来られたかと聞かれれば、わたくしは率直に言って間違いなく来られないと思う。大体わたくしは『EARTH』から飛び、地上に落ちた時からヒイロに助けられているのだ。
あのOZよりもはるか前に私を見つけ助けてくれた。
ヒイロは、見つけたのは偶然だし、それにあのとき何か違っていたらわたくしのことはOZに差し出していたかもしれないから、…気にするなと。
ただ、あの日。
あの、降りしきる雨の中。
意識も朦朧とした中、聞いた声は間違いなく、…そんな余裕がある声だとは思えなかった。
何というか、…そう…安堵というよりは怒りを含んだ声だった。
それ以上は全く覚えていない。
「よし!」
リリーナは突然勢い良く立ち上がるとバスルームに向った。
部屋は二人が席に着いた時から永遠沈黙のままだ。
しかし、いつまでもそうしているわけにも行かず話すことにした。
何しろ、早くしないと相手は勝手に出てしまうとも考えられるのだ。そう、そんな相手なのだ。今、自分が話そうとしている相手は。
「お久しぶりですね…。まさか、貴方に会えるなんて思ってもいませんでした。この間のパーティーの時も会えませんでしたから…」
シルビアは苦笑いを浮かべたような表情で話す。
それに対しヒイロは黙ったまま、シルビアの後ろに静かに控えているノインを見ている。いや、ノインの肩から布で支えられている腕を見ている。
シルビアはその視線に気がつくと、軽く肩で息を吐く。
「貴方は昔から本当に卑怯ですね。視線だけで話をせざるを得ない雰囲気を持っているんだもの」
その声色には相変わらずですねっといった、やや呆れたような感じが含まれてはいるものの、反対に言えばごく近いものにしか使わないような、親しみがこもっているものだった。
「………一昨日、襲われて…それでこちらの宿に移る事になってしまったの」
シルビアが視線を落として静かに言う。
「砂漠の民と龍の国と会談か…」
「…流石ですね……その筈なんですけどね…本当に」
苦笑をこめてシルビアは答える。
「あの2つが素直にOZの会談などに出てくるものか」
「そんなことはわかっています!それでも、話を、会談をしなけば何も始まらないわ!」
シルビアは少し前までとは比べ物にならないほどの強い声で言ってきた。
「…………」
ヒイロはその様子に、変わっていないなと思う。
シルビアは自分が王室護衛だった時も、平和の象徴としての傀儡として良いように動かされてはいたが、それでも彼女は、その立場を知っていて演じていた。彼女の祖父と同じように、平和の象徴を演じるのならば最後まで平和を訴えようと。OZの中から訴えようと。
だからOZとは言っても、世界でのノベンタ家はある意味別格として扱われる。
ただ、OZはそれ以上に強く強大だ。
OZはシルビアを、ノベンタ王を脅威とも感じてはいない。
逆に、その立場を上手く利用すると言った狡猾さもOZは持ち合わせているのだ。
だから今回も『砂の国』などという、ある意味では最も厄介な国に送り込まれている。
『砂の国』は一言で言うと多民族で成り立っていて、行き来も他の国とは比べものになら無いほどに自由だ。
だから、自然と裏では国際的な犯罪者たちの溜まり場ともなってしまうのも事実だ。日常茶飯事的に町の至る所では大小様々な争いや犯罪で溢れている。
しかし、それが民族や人種同士の衝突といった、収めることが出来ないほどの大きな混乱や反乱に発展することはまず無い。
それは、この国の裏の世界にも、目に見えないまでも裏の世界なりのルールが実は存在し、誰もが最後の一線でそれを超えないからだ。誰よりもこの国がなくなって困るのは自分たちだということを知っているからに他ならない。
そして、そのルールを取り仕切っている者たちとシルビアは会談を持とうと言っているのだ。
考えるまでも無く、話し合いなど成立しないだろう。
大体この国は『砂の国』と名乗っては言てもそれはただそう言う名称だというだけで、正確に言えば国ではない。
ただ、多民族が大勢集まってこれだけ大きな街ができたといった方が正しい。
そう、この国は二人の主たる民族の代表たちによってその均整が保たれている街なのだ。
一つは、OZに国を滅ぼされた人々があつまり、人が住めないといわれている砂漠に逃れるしかなかった多民族の者達で構成される、『砂漠の民』。今ではその人数も莫大に増えた。
自分たちの国を、帰るところを無くした者達の集まりだ。
そんな国を追われた者達が今更OZの話を聞くとは考えにくいのだ。
もう一つは、『龍の国の住人』。はじめは、商売をやるために多くの者たちがこの国に訪れていたのだが、次第にこの地に移り住んでいく者たちが出はじめ、今では膨大な数となったのだ。砂の国の中でも『龍の国』の人物たちが多く住む地域は、まるでそこだけ別世界のようで彼らの国の雰囲気を色濃く出している。
龍の国に関しては考える余地も無い。歴史が古く、誇り高く気高い民である彼らが、あれだけ、世界で卑劣な行為を続けるOZを認めるはずが無い。
しかし、OZとしても、この商品の流通の要である『砂の国』で、なんとしても友好な関係を昔から築きたいのだ。
だから、平和を訴えている王女を出してきたのだと言うことは、容易に想像はつく。
そうここまでは、解る。
だが少しだけ、引っかかるところがあった。
それは――
一人考えているヒイロに、シルビアは話題を変えてきた。
「それよりも、あなたの方は、どうしていたのですか?先程の方とずっと、行動を?」
ヒイロはシルビアを見て、黙ったままだ。肯定ということだろうか。
「…本当に『EARTH』でも、いつも一人でいることが多かった貴方が誰かと組むなんてこともあるのですね」
そう言うとシルビアは、ミルクをたっぷり入れた紅茶を一口飲んだ。
ヒイロはその様子を黙ってみる。『EARTH』にいる時も彼女が好んでよく飲んでいたものだ。
ヒイロはシルビアが飲み終わるのを待ち、席を立った。
「特に用が無いのであれば、これで失礼させてもらう」
その様子に、シルビアは良く知っているものではないと解らないほど微かに表情を曇らせる。
「ごめんなさい、貴方は着いたばかりなのに、呼び止めてしまって」
シルビアは苦い表情で詫びる。
「……………………」
ヒイロは立ち上がったままその場でただ聞いていた。
思っていたよりも落ち着いて話すことが出来た。言いたいことは何一つ言えていないような気もするが。
それでも、会った途端、悔しさの余り涙が出るかと思っていたのだ。だから想定していたよりかは、上手く話せた。
いきなり…そう、あの日の朝、突然聞かされた。
それも、本人からではなく侍女から事務的に。
そう、事務的に!
即、本人を呼べと言った。
でも、あの日は何故か国が…城が…全てが焦りで揺れていた。
自分の命で動ける人物が一人もいなかったのだ。
驚愕だった。攻められたのかとも思った。だが、その理由は私ですら、分からない。唯一解ったことといえば、何かが持ち出されたとか、盗まれたとか、逃げたとか。断定すらも出来なあやふやなことだけ。
あやふやなままの別れとなった。
その後やっとつかまったのが、あの突然トレーズの代わりに行くことになった国でのパーティーのとき。
だというのに、ヒイロは来なかった。
来ない代わりに聞かされたのは、別の誰かと行動をしているということだった。ヒイロと同じような傭兵ではないかという話だった。今、考えれば、ノインや他の侍女達は気を使ってくれたのかもしれない…今日会って驚いた。
女性だとは考えてもいなかった。それも、傭兵とは思えないような細い腕に優しい風貌の女の子。持っているものが剣なのに魔導士だと言っていた。
胸が高鳴る。考えるのを止める。
意を決して言う。
ヒイロと話す時はいつも緊張していた。他のどの緊張とも違う。
「この国に居る間に、是非夕食でもいかがですか?その時、改めて話をしたのです」
シルビアは優雅な微笑できっぱりと告げた。
この場でこの言葉は、招待と言うよりは強制に近い。
多くの侍女や兵士達がいる中、王女自ら招待をし、それを断るとなれば相当の地位の者ならばまだしも、それ以外は者ならば許されない行為だ。王女の地位や名誉を汚す行為にも繋がる。
それも、いろいろ噂をされているヒイロが断ったとなれば尚更だ。
ヒイロは、了解したとだけ告げ、今度こそ部屋を出て行った。
しかし、部屋を出て少しした所でノインに呼び止められた。
ヒイロは重たげな様子で振り返る。
「ヒイロはしばらく滞在するのか?」
「…何故?」
「もしそうならば、暫くの間、姫の護衛を頼めないだろうか?」
「断る」
ヒイロは間を置かずに答える。ノインが追いかけてきた時点でそんな気はしていた。あれだけの怪我を負っていれば、例えノインと言えどもでもこの国で、その任に就くのはどう考えても不可能だ。
「一日中と言うわけではない。姫からも聞いただろう?相手はかなりの手練揃いでな…私も情けないがこの様だ」
「どういう条件だろうが断る。悪いが手を貸すことは出来ない」
ヒイロはそれだけ言い、そのまま去ろうとしたとき、足を止めざるを得ないことを静かにノインが告げてきた。
「ピースクラフト」
ヒイロは凍えるほどの強い視線でノインを睨みつける。
「他の誰も気がついてはいないが…」
「何が言いたい…」
「断ればそれなりの措置をさせてもらうということだ…」
ヒイロの視線が一層鋭くなる。
ノインでなければすぐに逃げ出していてもおかしくはない程の強い視線で。
「この国で事を起こせば国際法に引っかかるぞ?」
ヒイロの言葉に対してノインは、気にした様子もなく軽く笑いを漏らした。
「私が刑を受けるというであれば甘んじて受けよう。ただ…君達のほうは大変なことになるのは間違いないぞ」
「……殺されたいのか?」
ヒイロは、静かに告げる。
「流石にこの状態で君を相手にしようなんて、私も思わない。そうではない、…ただ、姫が大変な状況だということはわかっているだろう?」
「そうだろうな…砂漠の民と龍の国がOZを相手にするとは思えない。それに彼らに下手に手を出せばどうなるか、解っているだろう」
「OZだってわかっている上で、姫を送り込んでいるのだ。そんなこと、初めから私だって、姫だってわかってはいる!」
ノインは語尾を強めて言う。
ヒイロは苦い表情を浮かべる。
ノインは本気だ。ノインがそれなりの措置をとるということはそういうことなのだろう。
本当は、今、この場で黙らせてしまえば良いのだ。
容疑は自分にかかるだろうが大したことは無い。今更罪が一つ二つ増えた所で驚くことも無い。
ただ、今回のこの件でひっかかることがあるのも事実だ。
ヒイロは他の誰にも気づかれないほど小さく息を吐くと静かに告げた。
「これが最後だ。」
「ああ。勿論だ。」
「それから、これから先、あいつにもし少しでも手を出せば迷わず…殺す」
ヒイロの瞳は本気だと告げてくる。
ノインはその様子に苦笑する。
そして、まるで独り言のようにつげた。
「心配はいらない、私もあの方には自分の信じる道をまっすぐに、進んでいただきたい」
「…ノイン?」
「立場の違いと言うやつだ…だが、君にとって彼女は何だ?」
ノインはまっすぐにヒイロを見つめてくるが、それにはヒイロは答えなかった。
「そうか…それでは、今日はゆっくりと休んでくれ。失礼する。」
そう言うとノインは、怪我をしているとは感じさせない程の身のこなしで部屋に戻っていった。
部屋に案内された途端リリーナと食事をするデュオがいた。
「オレの情報能力をなめるなよ!」
フフンとばかりに、デュオが言う。
「お疲れ様です。先程、デュオさんが部屋に…」
ヒイロはリリーナの言葉をさえぎってデュオに告げる。
「………今すぐこの部屋から出て行け」
「まぁ、いいじゃん!姫様とデートだったんだろ?メシはまだか?ほらほら、お前も突っ立ってないで座って食えよ!ほら!」
ヒイロの言葉にも、デュオは全く動じずニヤニヤと笑みを浮かべ食事を勧めてくる。
「5秒だけ待ってやる。」
「ほら、野菜炒めが良いか?それとも肉にする?」
「デュオ!」
とうとうヒイロが声を大にして実力行使に出た。
デュオの首根っこを掴むと地面を引きずるようにして扉の前まで行くと、容赦なく外へ放り投げた。
扉の向こうからデュオの抗議の声が聞こえるが、ヒイロは無視する。
窓ではなく、扉からだったことに感謝しろと内心悪態をつく。
全く…何が情報能力だ…ぬけぬけと…。
「食事は?」
リリーナがすぐ横にいた。
「あ、ああ…そうだな…部屋はどうだった?カトルが用意したと言っていたから何も言わなかったのだが…。」
「大丈夫どころか、わたくし一人では、もったいなさ過ぎます!それから部屋が別々なのですね」
「ああ…この国には初めから少し長く滞在しようと思っていたからな…別々の方が何かと良いだろう?何かあったら、構わず言えばいい。」
「長く!?そうなのですか!」
「これから、冬に向う。その準備も必要だし、ゼロもいい加減一度オーバーホールしないと持たない。」
「では、ゆっくりと街を見て回れますね。わたくしも一度この街はゆっくりと見て周りたいと思っていたのです!」
リリーナは微笑んで答えた。
ゆっくりと……?なにか、気になるものでもあるのだろうか?
それから先程、口には出さなかったが最大の理由は別のところにあった。
しかし、それを告げればリリーナは納得しないことが解っているから、わざわざ言いうことは無い。
本当はリリーナの体を休めるために長めに滞在するなどと言えば納得しないだろう…。
呆れるほどリリーナは頑固なのだ。自分なんかとは比べ物にならないほど一度決めたら、曲がらない。
「さ、食べましょう」
そう言って席に戻ろうとするリリーナに、シルビアの護衛について説明をしようとしたら。
リリーナは既に知っていた。
「デュオさんから先ほど聞きました」
「…っな!」
思わず声が漏れた。
どこからか、『オレの情報能力をなめるなよ!』っと得意気に言ってくる声が聞こえた。
「さぁ、だから、折角の料理が冷めてしまいますよ」
外からデュオが戻って来た。
デュオはそのまま部屋に向おうとしたとき、ロビーにリリーナの姿を見つけ内心ぎょっとした。
これだけ、多くの人々が行きあうホテルのロビーに普通に座っているのだ。本当に、あれだけ高額な賞金を賭けられているという自覚が本人にはあるのだろうか?
デュオはそう思いながらも、そんなことは一切顔には出さず軽く声をかけると、そのままリリーナが座るソファの隣にその身を沈めた。
「どこかに行って来たのですか?」
「ああ、教会にちょっとな。それよりも、お嬢さん…こんな時間にロビーで新聞?」
時間的にはあと少しで日付を超える。立派に深夜だ。
そんな時間だからこそ、リリーナも今晩は動かないだろうと判断し出かけたのだ…それも半時前に。
彼らとこの街で合流してから10日目の夜だ。
「ええ…」
リリーナはそれだけ言うと再び新聞を読み始める。
「…わたくしに何か用ですか?」
デュオが隣から動く気配が無いのを察して聞いてくる。
「え…ああ、いや…」
言葉に詰まる。
デュオとしては、リリーナがここにいる以上、部屋に帰るわけにも行かず、座っているのだが…。
デュオの部屋はリリーナたちの部屋の下の階に位置する、特別室だ。
リリーナは全く、部屋に帰る様子が無い。
いくらここが高級宿だとは言っても、ロビーは比較的誰でも自由に入れ、深夜ともなれば、お世辞にもガラが良いとは言えない奴らも大量にいる。
オレが来る前からリリーナの周りにも沢山の男が集まっているのだが、とうの本人は全く気にしている様子が無い。いざとなったら、横に立てかけてある刀で何とかするつもりなのだろうか…。
「そろそろ帰るなら部屋まで送るけど?」
「え?…ありがとうございます…でも、わたくしは、まだここにいます。どうぞ、お気になさらず、お休みください」
デュオが何とはなしに聞くが、リリーナからは望む答えは言ってこない。
しかし、これくらいは始めっから予想はしていたことだ。だから、すぐ次の手段に出る。
「それだったら、オレの部屋に来る?」
「…はい?」
リリーナはデュオの突然の提案に一瞬驚く。
「良かったら一緒に飲もうぜ?こんな時間にこんな所で新聞なんて読むより、オレと楽しくおしゃべりとかさ!」
デュオは片目をつぶり、巧みに誘う作戦に変えた。
「え……飲むって、お酒をですか?」
リリーナは新聞から目を離し落ち着いた声で聞き返してくる。
「そうに決まってんじゃんか!前も飲んだじゃん。あの時は飲むメインじゃなかったから、殆ど飲まなかったけどさ」
「お酒は、あまり飲んだことがありません。付き合い程度にしか…」
「それだったら、オレが手取り足取り教えてやるって!な!甘い酒とか辛い酒とかいろいろさ」
リリーナは身振り手振りで話してくるデュオがおかしくてフフフっと、笑い声を漏らす。
「じゃ、早速、部屋に行こ――」
そう言いながらデュオが立ち上がろうとするのをリリーナが静かに制した。
「あ、デュオさん!」
「ん?」
背中に嫌なものを感じる。
「ありがとうございます。本当に楽しそうなのですが…今晩は行くことが出来ません。」
「え!?」
その答えに、デュオは自分のカンはやはり正しかったと身をもって実感した。
「すみません」
デュオは、半分ため息をつきたい気分になる。
本当に頑固だな…。そんなに新聞が読みたいのだろうか…。
ちらりと、周りの気配を探るが酒に酔った男達があちらこちらで騒いでいる。
どうしたものか。
デュオは半分諦めながら、吹き抜けの天井を見上げる。
「あいつらだって、今頃よろしくやっているんだろうしさ」
デュオが両手を頭の上で組み、言ってきた。
「…よろしく?」
リリーナがデュオの言葉に、軽く眉を寄せた。
「そりゃ、そう
だろう?確かに数日前までは、疑うところとか、訳がわからないことも結構あったけどさ、やっぱりあの二人はデキてるだろ?」
そうでなければ、今この状況で彼女の護衛などしないだろう。
更に、禁忌の仲として『OZ』でもある意味、あれほど有名だった二人が出会い、本来の姫直属の護衛騎士が怪我とはいえ、二人だけで行動しているのだ。何か無いほうがおかしい。
そうデュオは言葉の裏に含ませ訴えてくる。
そんなデュオの言葉にリリーナは、そういうことか、っとどこか納得した。
「毎晩、あいつ遅いんだろ?」
「そうですね。相手が会談に現れないから、それを待っているとどうしても遅くなってしまうみたいですね」
ヒイロはここのところ何時に戻ってきているのかリリーナも良くは知らなかった。部屋が別々だったし、朝少し顔を合わせても、ヒイロはすぐに出かけてしまうことが殆どだったし。ここ数日、まともに顔を合わせてもいないのだから当然だ。
「…待ってるの?」
「え?待っている?…わたくしが、ヒイロを?」
デュオは何とはなしに聞いた。
リリーナがここまで動かないとなると、理由はそれだけだろう。
「待っていると言うわけではありませんが、待っていないわけでもないですね…そうですね。でも、私がここに居る間にもし、戻ってきたのならば、おかえりなさいくらいは言いますね。一度やってみたかったんですよね。お土産をねだると言うのを」
リリーナは、うれしそうに話しをする。
「…え?わるい、何?良く分からないんだけど?」
「素直に、待っているとお土産をくれるのでしょ?」
リリーナはさも当たり前のように告げてくる。
「え?ヒイロが土産を買ってくるって言ってたの?」
「言うって…そういう決まりなのですよね?」
デュオの思考が止まる。
どういう常識なのか…何だかカトルに近いものを感じた。
大体待っているわけでもないが、待っていないわけでもないということは、別の用事があっているのだろうか。
訳が解らなくなって来た!
「ああ!!もう、隠すのは止め!!このロビーにはこれ以上は、居ちゃ駄目だ。危険だから。ホテルにも迷惑がかかるかもしれないしさ」
デュオはきっぱりと告げてきた。
リリーナはその言葉を聞いてハッとする。
「そうなのですか?」
「そうなんです」
ニヤリと他のものが真似をしたら、いやみにしか見えないような笑顔で答えてきた。
「それに、今晩はいくら待ってもあいつは帰ってこないと思うぜ」
エレベータに向っている途中にデュオが、興味無さ気に言ってきた。
「遠いいのですか?」
「そうじゃなくて、今日はあいつの誕生日だろ?」
「誕生日?あいつ?ヒイロのですか?」
聞いていない。確かに聞いたことも無いが。
「聞いてない?ああ…まぁそんな訳で今日は確か、夕食とか何とか言ってたし、会談場所とかに、行った訳じゃないはずだぜ。それで、この時間だぜ?帰ってこないだろう?普通。」
「夕食だったのですか。ヒイロもようやく姫と落ち着いて会えたから、話すことも山程あるのでしょう…そうですか、誕生日だったのですか」
リリーナは、そうですか。と一人納得し、表情を先に向けたまま笑顔で歩く。
「話って…」
ヒイロのやつが一体どんな、山ほどの会話のネタを持っていると思っているのだろうか…デュオは本気で悩む。
「まぁ、兎に角、煩い大臣供もいないしさ、この異国の地で暑い夜でも過ごしてるんだろ?あいつは、いいよな本当に。」
本気で少し羨ましいような。
「つまり、娼館に行っているという事ですか?」
「…え…なんか違うけど。別の宿かも、とかそう言うことじゃなくって、ずばりと言うね。お嬢さん」
デュオが少し驚く。
正直、リリーナの口からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。その上、リリーナは至ってまじめに答えてくる。その言葉に、茶化しているところは何処にも無い。
「そうですか?ヒイロはたまに行きますよ」
「ええええええ!!!!!!!!」
デュオはリリーナがさらりと言った言葉に、ホールに響くほどの大声で驚いた声を上げ、一身にホール中の視線を集めた。
しかし、リリーナは気にした様子も無く歩き続ける。
「嘘だろ!?あいつが?ええ?お姫さんと付き合ってから、女好きなったのか…????いや、でも…」
デュオがあーでもない、こーでもないと一人ブツブツと出口の無いダークホールへ落ちていく。
自分の情報にもそんな情報は全く無かった。他でもないあのヒイロがだ!?どう考えても信じることが出来ない。でも、そのヒイロとずっと旅をしてきたリリーナが言っているのだ…頭の一部で否定しきれないところがあった。
だから、何とはなしに聞いてしまった。
「え…お譲さんも、その、あいつと…ああ…その」
あまりに混乱してきて、ついついどもってしまう。
リリーナはそれを見て、何を勘違いしたのか、デュオの言葉を待たずに言ってきた。
「デュオさんもヒイロに抱かれたいのですか!?えええ…ああ…そうだったのですか…」
「何言ってんだよ!!!んな訳ねーだろ!!!あんな無口野郎を!っていうか、男だし!」
どうやったら、そういう思考になるんだ!
デュオは先程よりも更に声を荒げて必死に言うが、フムフムと変に納得をしているリリーナは聞く耳は持たず、更に一人で納得している。
「ああ、そうなのですか…」
「え?…あの、そうなのですかって…何がでしょう…?」
今度はどんな答えがかえってくるのか正直想像もつかない。
デュオはヒイロがここにいないことを心の底から喜んだ。
いたら間違いなく、オレは殺されるような気がする。
デュオは見るものが見ればある意味顔面蒼白で、この際だから、聞いたというか、何とか誤解を解かねば。こんなことをリリーナからヒイロに伝えられた日には、今度こそ命が無い。
(あら、ヒイロ!デュオさんがヒイロに抱かれたがってますよ?)
…想像しただけで楽しい気分になってくる…。
「だから、ヒイロは羽ビトだけではなく男も抱かないのですね」
「え、ああ…いやぁ。そうだろう…って!そうじゃなく!!オレも別に抱かれたくないし!って…ん??」
デュオは言葉の一箇所に止まる。
「羽ビトもって?あいつが?え?」
「ええ、羽ビトは抱かないって。サリィさんも言ってましたしヒイロも言ってましたよ」
デュオが更なるパニックに陥った時、部屋のある5階にエレベーターが止まった。
そして、リリーナが笑顔で告げてくる。
「おやすみなさい。夢の案内人を間違えないように」
「え!?ああ…え?…夢の案内?」
そして、無常にエレベーターの戸は閉まった。
一人残されたデュオは唖然とその場に立ち尽くす。
「…なんだったんだ…一体」
そして、心に誓った。
二度とお嬢さんの前で下世話な話をするのを止めようと。
はなっから世界観が元々違うのだ。話が通じるわけが無い。うんうん。と、無理に納得し、リリーナを部屋まで送ることすら忘れるほど憔悴しきってようやく部屋に帰ることが出来た。
一方、リリーナを乗せたエレベーターは6階に着いた。
しかし、リリーナはその場から降りることはせず戸が閉まるのをただ待ち続けた。
そして扉が閉じたと同時に、地下のボタンへと明かりを灯した。
地下にはゼロがある。
2004/9/18