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#12■会談2.5−姫と騎士−ヒイロside


 深夜も決して眠ることなくこの国は稼動し続ける。
 『砂の国』は、本当にかつてここは人が住めなかったのかと心底疑ってしまうほど、人々が多く住み、ここから見渡すけだけでも10階以上の高さのビルがいくつも建っている。
 これも全て機械人形たちの働きがあったからこそ成し得たものだろう。
 『砂の国』は、あまり外の者達には知られてはいないが、機械人形なくしては暮らしていけない国でもあるのだ。
 
 
 昼間は秋の始まりだとは言え、気温は汗ばむほどだったが、夜になると流石に冷えてきた。 それでも、ヒイロはそんなことには一切構わず、半時ほど前からピクリともせず、ただ銃を構えていた。
 ヒイロは現在、中心地区に位置する、あるビルの屋上にいる。手に構えている銃は、長身の銃、ライフルだ。ヒイロは普段から道具にこだわる方ではないので、その時その時によってメーカーは様々だ。今回握っているものも別に珍しいタイプのライフルというわけではない。ごく一般に手に入るものだった。
 それは、道具も結局は、使うものの腕だと考えているからだ。
 
 
 ヒイロは闇夜でも何の障害にもならない性能を持つスコープを除き、隣のビルのある一点に狙いを定め続けているのだ。
 
 今晩こそ仕留めねばならない。
 だから、あえて今晩はこの宿にいるのだ。あの鉄壁の守りを誇るウィナーの経営する宿ではなく、普通の宿であるここにシルビアを泊めることにした。
 ノインにでも言えば、おとりにしたのか、と文句は言われるだろうが、あちらも気にしている場合ではないことは分かっている筈だ。シルビアには部屋から出るなとだけ伝え、精鋭の兵士を数人配備してきた。
 そうして、オレが屋上に来て銃を構え始めてから大分たった先程、ようやく、敵はやって来た。
 そして今は、目の前のビルのある一箇所から動けずにいる。
 それは、オレが狙っていることを相手も、気がついたからだ。
 正直な感想を述べれば、敵は腕がいい。それも、かなり。
 だからこそ、オレもこうして永遠と奴を狙い続ける羽目になっているのだから。だが、それでも今の時点ではオレの方が有利なことには変わりが無い。敵は動いた瞬間オレが間違いなく、脳を打ち抜く。この距離で外して生き残れるほど、オレの周りは優しくは、なかった。
 それは、何時間経とうともかわらない。相手が機械人形となれば話は別だが、4,5日くらいならば、持久戦も覚悟の上だ。
 
 
 そうやって長期戦を可能性に加えねばならないほどに、相手は手練だと言える。
 ノインに素性を明かさないまま、あれだけの傷を負わせ、更にシルビアの命を本気で狙い続けているのだ。
 推測でものを考えるのは好きではないが、今回の件のシナリオはいくつかは浮かぶ。それでも、最後に判断に迷う事柄もまだまだある。本来ならば、今、目の前にいる暗殺者を捕らえて口を割らせればいいのだ。拷問ならば、自分はそれこそ、いくらでも知っている。ただ目の前にいる暗殺者は、生かして捕らえられるほど生易しい相手ではないのだ。だから、迷わずに殺すことにした。そうすれば最悪のシナリオだけにはならないはずだ。
 
 そうなりさえしなければ良い。
 初めは、何となくひっかかった所があって護衛を引き受けた。
 だが、今は本気で護衛の任を遂行している。 ウィナーにはそれなりに貸しもあるが、借りもある。
 龍の国には恩を売っておいても損は無い。この間の山の中でのように、次、同じことが起こったとき助かるという保証はどこにも無いのだから。
 
 今回の件を引き受けたのは、何よりも今後の旅においてメリットが多いからだ。それに、例え違ったとしても別に売る恩が無くなったというだけ。こちらのデメリットは何も無い…1つを除いて…。
 それも、普通に考えてみれば、デメリットなどという類のものではない。普段のオレならば気にもかけなかったことだ。まさか、今になって、頭を駆け巡ることになろうとは想像もしなかった。
 どうかしている。
 
 それもあってなのか、意識的に、早急に事を運ぼうとしている。
 シルビアの護衛たちからも反対の声が上がった。ウィナーの宿では無いところに一晩泊まる等、この状況でありえないとか、様々で。数え上げたらそれこそきりが無い。
 
 
『これが、食べられるのですか!一体、どこの部分が!?』
『どこだっていいだろう!はぐれるぞ!いいから、来い!』

 
 どんなに言っても怒鳴っても、その場を動かなかったあいつ。
 本当に無視をして、そのまま置いて行っても、そのことすらにも気がつかない程に、夢中になっていたあいつ。
 欲しいのか、と問うても、それすらも分らないほどに心奪われていたあいつ。

 そんな、何を言ってもちゃんとついて来なかったあいつが、何気なく言ったオレの一言で、嘘のようにちゃんとついて来た。あれほどいろいろな店で足を止めていたあいつが宿に着くまで本当に、一度も止まることなくついて来た。


 明確に約束したわけではない。
 何とはなしに、交わした会話だ。
 あいつもそう理解していたし、それが、シルビアの護衛に、就くことにより実現不能になったことも理解していた。


 店がそんなに、見たいのならば、宿に着いて荷物を置いてからいくらでも来てやる、だから来い!

 と、その場だけの言うなれば適当な…安易な言葉だ。それほど深く考えて発した言葉ではなかった。
 それなのに…

 護衛の任に就く事になったと伝えても、あいつは自分のことは放って置いて大丈夫だと言っていた。いいから、がんばって来いと。
 
 あいつの一体どこをとれば大丈夫なのか、全く信用が無かったので、ラシードに細かいこと全てを任せた。そのことは、あいつにもちゃんと伝えておいた。何か困ったことや、欲しいものがあったら構わずラシードに言えと。あいつ自身にも、最後までいらないと断ってはいたが、キャッシュカードと現金を渡した。


 だがラシードに聞いたところ、数日たった今でも現金は全く減ってはいないらしい。あいつは、街に出ても何も買っていないという。
 だから、昨日までは街にもう飽きたのだと、思っていた。他の皆と同じように、多少うんざりしながら歩いているのだと思っていた。
 この街の市場の人ごみは、殺人的に混んでいるのだ。日々の買い物をしている街の住民ですら、半ば嫌気が差しているものも多く、空いている時間に買い物を済ませる者も、少なくは無いのだ。
 あいつも、オレがもし買う機会があったら、買えと言っておいた冬物をいやいや見ているのだと…


 だが、そうではなかった。

 あいつは気がついてはいなかったが、昨日の昼、偶然あいつを見かけた。
 ラシードの部下達の二人と、何か話しながら物を見ていた。
 あいつが何かを言うたびに、それを聞いた二人は、大笑いをしながら丁寧に返答をしていた。そんなことを、オレが見ている間中、変わらず同じ様なことを繰り返していた。
 だから、初めてこの国に着いた日と同じように、あいつの足はなかなか前には進まない。
 
 そんな、あいつの表情は本当に嬉しそうだった。


 風が南東に少し変わったために、銃をほんの少し構えなおす。

 別にこの護衛の任が早く終わったからといって、今更どうしようという気は無い。あいつは既に街で十分楽しんでいるのだから、問題は無い。
 それならば、この誰の目から見ても早急な行動は何のためなのか?


 良く考えてみれば、ここの所落ち着いてあいつに会っていない。
 わずかに、朝食のときだけだ。それでも、朝食のときは必ずあいつがやってくる。
 朝、あいつは、ノックもせずに寝室に入ってくると、食事の用意が出来たと伝えてくるのだ。
 オレも別にノックをしろと言わないからあいつの行動は変わらない。別に部屋に入ってきた時点であいつの気配だと分かるから、問題は無い。気配を消すことにかけては、感心するほどあいつは上手い。それは、初めて会ったときから感じていたことだ。オレでさえ真剣に気配を探っていなければ、本気で気配を消したあいつを捕らえることは、難しいだろう。そんなあいつが、気配をあれだけ出して歩いてくるのだから、一応気を使っているのだろう。


 会いたがっているのだろうか…オレは?


 その時、ビルの遥か下の方から結構大きな爆発音が数回起こった。
 どこかで、また何かの抗争でも始まったのだろう。
 最近では、よくあることだ。しょせんは流れ者が集まる国だということだろう。
 砂の国も、多民族が、ただ仲良く手を取り合っていた時代とは少し変わってきているということだ。
 
 爆発音は途切れることなく、大小さまざまな音を鳴り響き続けている。
 どうやら、未だに打つ手が無い暗殺者もこの機会に、どうにかならないものかと、少し動く気配を見せたが、俺が全く、爆音を気に止めていないことから、それをあきらめたようだ。
 
 爆発音が初めよりも、近づいてきた。
 相手のどちらかが逃げ出したのだろう。迷惑な話だ。ただでさえ、こんな夜中に、これだけのことをしておいて、逃げ出すとは。
 だったら、初めから争いなどするなと言いたくなる。 こうなる前に、何故止めなかったのか。どうせ酒でも飲んで…
  そう思ったとき、微かに爆発音の中に、聞こえるはずの無い音がした。
 耳を澄ます。本当は確認する必要など無いのだ。聞き間違えることなど、それこそ有り得ない。
 そう理解していても聞き返さずにはいられない。
 心底、聞き間違えであって欲しいと願う自分がいる。
 

 だが、そんな願いもむなしく、間違いなく、ゼロだ。
 あいつがゼロと呼ぶために、気がついたときにはうつっていた。
 ヒイロは、目の前の暗殺者に注意を向けたまま微かに、音のする方に視線を向けた。
 その直後、ビルとビルの間を思わず絶句するような光景が一瞬、駆け抜けていった。
 
 なっ…!

 ハッキリとは確認できなかったが、ゼロの後ろにリリーナは誰かを乗せて走っていた。
 その横には、機械人形だろうか!?明らかに人ではないだろうモノが、一緒になって駆け抜けていったのだ。

 ゼロを運転できるのはオレ以外にはあいつしかない。そうやってプログラムを組んでいるのだから。

 そして間を殆どおかずに、大量の車やバイクが走って行った。中には、正直あきれたが、戦車までいる。その数は軽く20台以上。
 
 一瞬、頭が真っ白になった。
 どうしたら、こういう状況になるんだ?
 追っている奴らはどう見ても賞金首であるあいつを、追っている訳ではないようだ。あいつを殺しては、それこそ意味が無いのだ。だからあんな戦車の大砲を撃ち込むなんて真似は、どう考えてもナンセンスだ。

 そうではない。もっと簡単なことだ。
 そう、どうせあいつがまた何かをやったのだ。自分で決めた道からは、絶対に逃げることを知らない…いや、知らないのではなく、しないあいつが。
 …あいつは本当に目の前のことから、逃げることをしない。

 建物の陰になって見えなくなった集団がやっと出てきた。
 その集団のトップであるリリーナを見てヒイロは更に目を疑った。
 何を考えているんだ、あいつは!!!

 リリーナは前を見ていない。
 怒鳴り出したい心情を、必死に抑えつける。

 何が乗せてくれだ!?
 運転させろだ!!?


 あいつは、いつだって勝手に乗りたいときは、許可など関係無しに、乗っているではないか!

 頭を抱えたくなってきたが、そんなことを言っている場合ではない。

 どうする?
 冷静に考えて、例えあれだけの数がいようと、リリーナならば問題はない。
 そう…話し合いで何とかしようなどと考えさえしなければ!!

 答えが出るよりも前に、体は動いていた。
 構えていた銃を迷わず、撃つ。撃つ。撃つ。

 何日もかけ、罠をはり、待ち続けた目の前の暗殺者にではなく、ビルのはるか下に向かって放つ。

 追いかけている奴らが乗る物目掛けて、撃ちまくる。
 この状態では足止めしか出来ない。
 追いかけている本人たち、一人一人を撃っていては、流石に弾も時間も足りない。こうして撃っている今も尚、ターゲットたちは自分がいるこの場所からどんどん離れているのだ。
 
 ヒイロは、道路を走り続けるタイヤ目掛けて撃つ。
 ヒイロの放った銃弾は、これだけの距離をものともせず次々と車やバイクたちを横転させていく。中にはそれにより、爆発しているものまである。

 ヒイロは銃を撃つことを全く止めることなく、自分が発したものとは別の弾丸の音を聞いた。

 暗殺者が今、動いた。
 それと同時に、こちらに向かって弾丸を放ってきたのだ。

 だが、あれではオレには命中しない。
 頭をねらったらしいが、頬をかすめる程度だろう。

 弾丸が発射したのと同時にそう察したから、よけることをしない。
 いやそうではなく、そんなものを避けているほど余裕が無いのだ。
 用意してきた、この長身の銃が有効だとされている距離をとっくの昔に越えて、先程から狙いを定めて撃ち続けている。
 だが、それも限界が近づいている。

 だから、わざわざ、かすめる弾丸など気にしている暇など無い。
 
 すぐ耳元をニュンっと、すさまじい音が去っていった。
 それと同時に、暗殺者がその姿を完全に闇に隠したのだった。
 ヒイロも銃を撃った時点で、理解していたことなので、落胆するようなことはなかった。

 頬がジンジンと痛みを訴えてくるが大したことは無い。
 まだ、戦車が残っているのだ。
 タイヤとは違い、硬いキャタピラを撃った所で全く意味が無いだろう。
 銃弾を変えた。
 硬いモノに。だが、そのせいで、命中率が著しく下がる弾丸だ。戦車の装甲は、これでも貫けないことなど分かってはいる。そうではない、これは足止めだ。
 ヒイロは息を止め、狙いを定めると迷わず放った。
 僅かに銃身を逸らして。

 直後、戦車の片方のキャタピラが吹っ飛んだのがこの距離でも分かった。

 とりあえず、作戦通り足止めは終わった。
 リリーナはここからでは、既に見えない。
 急いで長身の銃をばらしてケースに収納する。他の長期戦に備えた飲料水などには目もくれず。それどころではないのだから仕方が無い。

 そんなことを思っていて気がついた。先程から何を考えているのだと、怒ってはいるのだが、その実。自分はそこまで困ってはいない。あいつの行動に対して別に困ったと思っていないのだ。

 …本当に、どうかしているといえばどうかしているのかもしれない。
 
 ヒイロは銃を収納し終わると、そのケースだけを持ち、屋上の入り口へと駆け出した。

 そして宿の自分の部屋へと来ると、すぐに端末でゼロの居場所を探した。画面には『検索中』と表示された。

「どうでしたか?敵は表れましたか?」
 部屋に待機していた兵士が近づいてきた。
「表れたが、逃した。罠が張ってあることにも、気がついたらしい。ここには二度と来ないだろう。」
 ヒイロは事実だけを淡々と述べた。
「え!逃したのですか!?貴方がですか!!…信じられない」
 兵士は驚きで最後の方は声がかすれていた。
 しかし、ヒイロはそれには構わずキーボードを打ち続ける。
 
 どこだ?
 大体、こんな時間に何をしているんだあいつは!!

 画面は、ようやく探索中の文字が消えた。
 それと入れ替わるようにして現れた文字は、『不明』の2文字だった。
 
 現在電波が混雑しているため時間を改めろだとか、電波が届かない場所に居るだとか出ている。

 旧市街だ。
 頭に出た言葉はそれくらい。
 旧市街は当時建設されたままのものが多く残されており、そして、旧市街が位置する場所は、そのままそっくりと数十メートル下にえぐり取られたような地形をしている。そう、旧市街は地下都市なのだ。
 
 人が住めないと言われていたこの辺りに、当時人が住むことが出来たのはこの地下都市のおかげだ。周りは荒野で、まともな草木も無く、あるものといえば砂だけだというこの辺りにおいて、あの場所だけは異質だと言える。
 周りは、硬い岩壁に覆われ、日中日差しを避けることが出来る、様々な方向に伸びた洞窟。人々と機械人形はその奥から水脈をも発見した。

 旧市街はそんな当時の様子が色濃く出ている所だ。
 今では住居が殆どで、貧富の差も激しく半分スラム街と化しているところもある。

 内部は細かく入り組んでいて、殆ど迷宮だ。
 だから、旅人は普通ならば行くところではない。
 だが、あいつは普通じゃない。断言する。

 直接行くしかない。
 ゼロに内蔵された『GPS』も地下ということで反応しにくいが、大体の位置はつかめた。更に治安が悪い場所に行ってどうする!?

 ヒイロが端末の電源を落としたとき、シルビアが現れた。
 ヒイロは立ち上がり、そちらに視線だけを向けるとシルビアは深夜だというのに、寝着ではなかった。 彼女が入ってきたのと同時に、控えていた他の兵士達は静かに部屋の外へと出て行った。
「今夜はもう現れることは無い、早く休め」
「だったら、貴方はこんな時間にどこに行くつもりなのですか?傷の手当てもせずに、出かけなければならないほどの急ぎの用事って、何?」
 シルビアは、どこか含んだような言い方をしてきた。
「夜明けまでには戻る」
 時計の針は1時半を過ぎていた。
 夜明けまでは、今の時期ならおよそ5時間弱といったところか。


「許しません」
 シルビアはきっぱりと言い放ってきたが、ヒイロは黙ったままだ。
 こんな所で分かってしまう。
 自分がいくら言ったところでヒイロは既に決めているのだ。そんなことは分かっている。自分では彼の決意はいつだって、変えられないし、止められない。何故?城でだって、上手にやっていた。それなのに…!
 シルビアは、視線を逸らすことなく言った。
「どこにいくのですか?」
 再度同じことを口にした。それでも、ヒイロは答えない。
 表情に出すことだけはしなかった。弱気にだけはなるものか。
「今、外であった騒ぎに関係があるのですか?」
「この件は、お前には関係ない」
 ヒイロはそう言うと、シルビアに一礼し、そのまま歩き出してしまった。
 こんな所で止まっていては、あいつには絶対に追いつけない。
 普段から別にあいつの行動は自由に許しているし、オレがどうこう言う問題ではない、それに、危険だからといって、あいつの行動を抑制するようなことは、出来るだけしたくは無かった。あれだけ、長い間あの場所に閉じ込められていたのだから、それだけはしたくは無かった。
 しかし、そのせいで、今回のように後始末を負わされることもしばしばありはする。だが、それはたいしたことではない。いい加減に慣れた。

 自分とリリーナは違う。オレには想像もつかないようなことをするのが彼女なのだと。オレにとっては普通でもあいつにとっては異常だといったそんな感じだ。
 だが流石に、ゼロで戦車を相手に町中でやりあうのはどうかと思う。どんな事態になっているのかは想像すらもつかないが、兎に角一度あいつに会ってこなければ。


 おそらく、先程ゼロの後ろに乗っていた人物が旧市街の人間なのだろう。だから尚更早く行かないと、探索が余計に困難になってしまう。相手が良い奴だとは限らないのだから。

 ヒイロが扉のノブに触れたとき、いつもならば自分が話し合いを一方的に打ち切った場合、それ以上は何も言って来なかったシルビアが声を上げてきた。
 それも、あまり良い話ではない。
「ヒイロ…もし、どうしても行くと言うのであれば、私も行きます。」
「悪いが、そんな話を聞くことは出来ない」
 ヒイロは、冷たく言い放つがシルビアは尚も引き下がらない。

「敵が来ないと言いますが、どんな証拠があってそんなことを言っているのですか?敵を逃したのは貴方のミスでしょう?」
「………………」
 シルビアは強く言い続ける。
 ここで負けては駄目だ。
「貴方は、私を護衛する任務中でしょう?それであれば、共にいるべきでしょう?」
「いい加減にしろ、分かっているだろう。お前はいい加減、『EARTH』に帰るべきなんだ」
 ヒイロは体の向きを変えて訴えてきた。

「どうして、そういう風な言い方しかできないの!」
「本当に分かっているのか!?いいか、奴らは汚く、呆れるほど狡猾だ。奴らの世界では、お前の言う正論なんて全く通らない。そんな世界で生きてきた奴らを相手にしようとしているんだ!」
 お前では無理だとヒイロは伝えてくる。
「そんなこと、何度も言われなくても分かっています!OZの上層部たちが、初めっから私に期待していない事だってわかっています」
 シルビアは悔しさのあまり唇の端を噛んだ。
「お前は分かってはいない。そうではない、問題はそれだけではない」
「そうよ。問題なんて初めから山積だもの」
 シルビアは、強くそう言った。
 それを見たヒイロは、この部屋の前に誰の気配もないことを確認してから一言告げた。
「『OZ』はお前を殺そうとしているのだぞ」
「え!?」
 あまりに唐突なヒイロの言葉の意味が、理解できない。
「間違いなく暗殺者を雇っているのは『OZ』だ。襲ってきている奴は、『砂の国』とは何の関係も無い奴だ」
「何を言っているの?『OZ』が?例えそうだとしても、何の意味があるの?私が平和を唱えているから邪魔になったから?」
 平和を唱える言葉を聞いた者の中には、シルビアをOZの敵と考えるものもいる。
 平和は戦いを生業とする『OZ』にとっては、やはり対極に位置する。

「大体証拠は?そんなもの無いでしょ?『砂の国』が手を下していると考える方が一般的な考えでは無くて?OZが?どう考えても有り得ないわ」
「悪いが、『砂の国』が手を下す方が、有り得ない。この国は確かに狡猾だが、それゆえに絶対、お前を殺すなどという暴挙には出て来ない。それこそ何のメリットも無い」
 ヒイロはシルビアの意見をあっさりと跳ね返した。
 そして、シルビアの反論を許さず淡々と話し続けた。
「おそらくシナリオはこうだ。お前の言うとおり『OZ』は初めからお前を当てにはしていない。それでも、この国は欲しい。だから、殺すんだ。民衆からの人気が高いお前を。」
 ヒイロの言葉にシルビアの表情がどんどん怪訝なものに変わっていった。
「そうすることで、世界の支持を黙っていても受けることが出来る。ここ数年で治安の悪化に拍車がかかっているこの国においては致命的だろう」
「そんな…まさか…いくら何でも」
「簡単だろう?適当にそこいら中にいる犯罪者の誰かを捕まえてきて、犯人に仕立て上げればいいんだ。要は、大義名分が欲しいんだOZは。この国の治安は保たれてはいない。姫の無念を晴らせとでも言うだろう。今のOZは数十年前のように、ただ攻め入ることはしない。世界の指示を受け、更に大義名分を手に入れた上で、戦争を仕掛ける。『砂の国』の奴らがそんな適当な言葉で退くことは絶対に無いから、黙っていても戦争になるだろう」

「『砂の国』に攻め入るというのですか!?物流においては、世界の中心である、この国を?そんなことをしたら、世界の市場は止まってしまう。」
「OZは馬鹿ではない、そんなことは理解した上で実行するからOZなんだ。」
 シルビアは、言葉が止まってしまった。
 それが、真実だと分かるから。

「分かったのならば、お前は殺される前にOZに帰るべきなんだ。それが現在取れる、一番の手だと思う。」

「いいえ、それであれば、尚更この国の代表と会うべきでしょう。それにその話を聞いたあとならば、私もいい加減やり方を少し変えます」
 シルビアは絞り出すような声で言った。

「そんなものを変えたところで奴らには大した効果は無い」
 ヒイロは事実だけを淡々と伝えたが、シルビアもそれには反論しなかった。




 その話をしたのが、半時ほど前。
 今はようやく旧市街に下りるための門に向かって歩いている。
 シルビアと共に。


 そう、結局のあの後シルビアは自分の不甲斐無さに涙を浮かべていたが、問答無用でついて来た。
 勿論、彼女とは分からないような装いはしている。

 いい加減時間も無かったので、勝手に外に出られて何かあるよりは連れてきた方が早い。

 彼女が言うには、今までとは違うアプローチを取るらしいが、どうやって、とは聞かなかった。それは、『EARTH』にいたときから彼女がずっと悩んでいたことだから。
 結局は何も変える事が出来ない自分を嘆いていた。そんな姿を、何度も見た。
 幻想ならば誰でも見られる。くだらない。と、他の誰かならば迷わず考えることを、彼女に対しても感じてはいるのだが、わざわざ告げないところを考えると、自分は彼女の事が嫌いではないのだと思う。
 
「あの魔導士の方は、何をしに旧市街に行ったのでしょうか?」
「さぁな。あいつを理解することなど無理だ」
 ヒイロは冷たく言い放った。
 シルビアにはその様子が、意外だった。
 なんというか、もっと違う関係を想像していた。


「二人で歩くのは久しぶりですね」
 今までは、必ず兵や侍女たちが傍にいた。しかし今はいない。本当に自分と彼だけだ。


 町の中心から大分離れたこともあり、辺りを照らすのは月の光だけだ。
 だから足元も、とても暗いために、外歩きに慣れていないシルビアは先程から何度も、つまづいている。

 そんな彼女の前に、手が差し出された。

「え…」
 ヒイロは黙ったまま、手を差し伸べている。

 シルビアは頬が熱くなるのが分かった。

 卑怯だと思う。
 悔しいほどに、卑怯だと。


  貴方は本当に、卑怯だ。


 沈黙だけが続いた。
 歩調は、自分に合わせてくれているのか、比較的ゆっくりとしている。
 
 草原の中、二人は黙ったまま歩き続けた。

 そんな時、静かにシルビアがぽつりと呟いた。
「どうして、突然…行ってしまったのですか…」
 ヒイロは何も答えてこない。

 本当に秋になってきた。虫の鳴き声がうるさいくらいに、聞こえる。風はひんやりとしていたが、握られた手だけは暖かい。


 城にいたときも何度も手を預けたことはあったし、素肌に直接触れる事だってあった。

 それでも、こう…ただ手を握ったことは無かった。
 暗くて本当に助かった。

 自分の言葉には答える気が無いのだと思ったとき、ヒイロの声がした。

「…他のどんなことにも、変える事は出来ない」
 その声は、シルビアでも聞いたことが無いほどに毒気が無いもので、まるで独り言のようにも聞こえる。。

「…オレにとっては、譲る事ができないことなんだ」



 それを最後に会話は途切れた。

 辺りに響くのは虫の声だけだった。


2004/10/4


#12会談2.5-少年と機械人形-リリーナside-

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