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#12会談2.5-少年と機械人形-リリーナside-


 『砂の国』は深夜でも街中が昼間のように明るかった。
 リリーナはそんな街を彼女の言う所、機械つき自転車である、ゼロに乗って走っている。
 本当はヒイロが宿に戻ってからゼロを借りる許可を貰おうと思ったのだが、今晩は帰ってこないとなれば仕方が無い。後で借りたと言えば良いと、勝手に納得して先程出てきた。


 わたくしはここ数日、昼間はラシードさんの部下だと言う方たちに案内されながら街を見て回った。
 砂の国は、本当に広くてとても全ては周っては見られないと悟った。10日近く街を歩いて回ったがその殆どをまだ見ていないと言う。

 初めて街を案内してもらった朝、わたくしは具体的に何が見たいのか、知りたいのか教えてくれと言われた。
 だから、わたくしはここの国に暮らしている人々の生活が見たいと答えた。
 あまりに漠然とした答えに、彼らは困っていたようだった。普通、わたくしくらいの年代の女性ならば装飾品の市場に行きたい等と、言ってくるのが殆どだとか。
 そんなこともあり、彼らは別に目的地も無く、毎日いろいろな所を案内してくれた。その案内の途中、本当に至る所でわたくしが足を止めてしまうことが多くて、なかなか前には進まないことも多かったが。
 
 そう、わたくしは街が見たかったのだ。
 人々の暮らしが見たかった。
 これだけ多くの多民族の人たちが大きな衝突も無く生活しているという『砂の国』を見ておきたかったのだ。

 昼だけではなく、夜も。
 だから、出てきた。

 街は昼間とは全く違った顔を見せていた。

 歩行者用の道路には大勢の酒に酔った人々で溢れているし、肌を大胆に露出させている男性や女性達が大勢立っている。
 わたくしはそれを横目で見ながらゼロで更に走る。
 たまに信号で待っていると、何故だが呼び止められ遊んでいかないかと言われたが、丁重にお断りする。今晩は街を見て回らないと行けないから。

 しかし、走り出して数十分したとき道路に突然少年が飛び出てきた。
「え!!!」
 リリーナは急いでブレーキをかけた。
 ゼロはそれほどスピードを出していたわけでも無かったために、難なく少年にぶつかることも無く止まった。
 良く見ると少年の傍には、少年を護るようにして機械人形(オートドール)が立っていた。
 それは、わたくしが『EARTH』に居た時に世話をしていてくれたものとは大分違い、外見だけを見るととても最新型とは言えず、内部の機械がそのままむき出しになっているようなところも、多く残されているものだった。内部の機械が隠されている部分も、所々が錆びていて、沢山凹んでいた。
 つまり、ボロボロだった。

 「大丈夫ですか?」
 リリーナが声をかけた途端、突然大勢の見るからに柄の悪い人たちがずかずかとリリーナと少年の間に入ってきた。
 
「おい!坊主、やっと捕まえた、良くも人の商売を邪魔してくれたな!」
「邪魔って!あれは、取引しちゃいけな…」
「黙れ」
 大柄の男は少年の言葉をぴしゃりと遮ると、少年の鼻先に見たこともないような形のナイフを突きつけてきた。 しかし、少年は一瞬驚いたものの、言葉をとめることはしなかった。
「あれは、この国じゃ取引しちゃいけないものだ!」
「黙れ!!!」

 そんな少年に、男の仲間たちも罵詈雑言をあびせかけている。その様子に辺りにいた人々も、楽しい見世物が始まったとばかりに、歓声を上げはじめた。
 辺りは、次々と人が集まってきて、止めようが無いほどに騒然としはじめている。
「僕は黙らないぞ、お前達みたいなのがいるから、この国はどんどん治安が悪くなっていくんだ!」
「黙れといっているのが分からないのか!!?」

 男は、一向に黙る様子の無い少年に苛立ったように声を張り上げると、更にナイフを突き出そうとした途端、横から伸びてきた手により、その行動は止められた。伸びてきた手は、生見でナイフを掴んでいる。
 その手は、人の手ではなかった。
 機械人形は、ナイフを掴んだまま、男に向かってきっぱりと告げた。
「速やかに撤収せよ」
「キャプテン!」
 少年は機械人形に向かって嬉しそうに叫んだ。
 「何だ、このボロ人形は!?人間の邪魔をしようってのか!!?えええ!!!」
 男は、機械人形に対してすごんで見せるが、全く効果は見られない。そして、掴まれたナイフもピクリともしない。
「そうかよ…だったらこれならどうだ!?おい」
 男がそう言ったのと同時に、それまでは観戦者の一人だった男が、少年の背中に銃口をピタリと押し当てた。
「さぁ、ボロ人形、その手を離してもらえるかな?お前の主人が死んじまうぜ?え?」
 流石に少年も何も言えずに、動けずにいる。
 機械人形の方もナイフを掴んだままどうするべきか判断を迷っていたその時、辺りに突然激しい音のクラクションが鳴り響いた。
 そのことにより、一気に辺りが水を打ったように静かになった。

「いい加減にしなさい!恥かしくないのですか、貴方がたは!!!」
 凛と辺りに響いたその声に、視線がざっとその声に向かって集まった。声の主は、少年を囲んでいる者達よりもはるかに小さいリリーナだった。
 
「何だ、お前は!?殺されたくなければ下がってろ!」
 男はそう言うと、すぐに少年に踵を返してしまった。

 辺りで観戦をしている者達も、リリーナに対して、さっさと帰れだとか、見世物の邪魔をするなだとかいった、中傷や罵倒と言ったものを、リリーナに対して始めてきた。そして、そんな行動が終わる気配はまるで無い。彼らは、何がそんなにおかしいのか、大笑いをしながら罵倒を浴びせかけ続けるのだった。

 しかし、そんな彼らの態度にも、リリーナには動じた様子はどこにもなく、それどころか、先程よりも更に大きな音のクラクションを辺りに響かせはじめた。


ブォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーー



 そのあまりに大きな音に少年に向き直った男達も、そして辺りで騒いでいた者達の誰もが、今度こそ口を閉じてしまった。
「いい加減にしなさい、恥かしくないのかと、言っているのです!!大の大人達がそんなことをして!銃を、ナイフを早く下ろしなさい!」
 リリーナはきっぱりと告げた。
 辺りにいる者達はその態度に、誰もが唖然としていた。
 銃を突きつけられている少年ですら驚きを隠せてはいない。

 このような状況で、言い争いの仲介に入る人種とは激しく違うように思えたからだ。それは、誰の目から見ても、リリーナは強そうには見えず、その腕ですら、つかまれたら簡単に折れてしまいそうなほどに細いのだ。

 あまりの驚きようにその場にいる誰もが、口を開くことが出来ない状況になってしまった。

 リリーナは全く動く気配の無い彼らを見ると、ゼロから降り、ツカツカと男達の前まで行くと、再度男に向かって銃とナイフを下ろせと伝えた。
 男はそこでようやく、口を開くことが出来た。
「何なんだお前は?」
「貴方こそ誰です?」
「え?誰って、あんたは…そんなことも知らないで、首を突っ込んできているのか!!!?ふざけるな!!!」
 その声には信じられないといったものが含まれている。
 周りに集まっている者たちも同じような、感想を抱いているようだ。
「いい加減にしないと、痛い目をみるだけじゃ済まない事になるぜ」
 男は、明らかに馬鹿にしたような態度で告げてきたが、リリーナはそれに怒ることも無く冷静に返答する。

「いい加減にするのは貴方でしょう?もう一度だけ言います。今すぐ、その手に持った物を下ろしなさい。」
「嫌だといったら?」
 リリーナはその言葉に、スゥッと目を細めきっぱりと告げる。
「わたくしは何度も言うことはしません」

 リリーナがそう言ったのと同時に、あれ程、銃やナイフを下ろすそぶりすら見せなかった男達の腕は不自然に下り、手に持っていた物を下に落としてしまっている。
 その行動に、周りにいたもの達の誰もが自分の目を疑っている。当の男達自身が、自分の行動を信じられず自分の手を握ったり開いたりと確認をしている。
 少年も突然のことにただその場に立ち尽くしていたが、そこにリリーナが右手を静かに差し出す。
「さぁ」
「え?」
 リリーナは驚いている少年を無視して更に言う。
「さぁ」
 少年はその様子についつい右手を出してしまし、リリーナはその手を優しく握ると、微笑んだ。
 そして、周りのことはすっかり無視してゼロに向かって歩き始めた。
 機械人形も急いで二人の後をついて来た。

 驚いたのは男達の方で、怒鳴ってくる。
「おい!!ちょっと待て!!」
 リリーナはその声を無視して、ゼロに乗ると、少年もその後ろに続く。
「もう少しつめれば、彼も乗れますか?」
 リリーナは、傍で立っていた機械人形についてゼロに座れるスペースがあるかどうか確認しながら言った。

「え…キャプテンのこと?キャプテンなら大丈夫。走れば僕達よりも全然早いから」
 少年は、そう得意げに言ってきた。
「そうですか」
 リリーナが、にこやかにそう答えていると、そこに男が怒鳴り込んできた。

「なめるのもたいがいにしろ!オレを敵にして、ただで済むと思っているのか?」
 初めの余裕はどこにいったのか、今ではすっかり余裕がなくなっている。
「では聞きますが、この少年が一体何をしたというのですか?そこまでのことをしたというのですか?」
 リリーナは男から目を逸らさずに詰問する。
「人の商売を邪魔してきたんだよ!」
「あれは、商売じゃないよ!こいつら、違法な物を売っていたんだよ!」
 少年がすかさず後ろから抗議の声を上げるが、黙れと男が一括した。
「わたくしには、この少年が嘘をついているようには思えません。」
「だからなんだ!?俺たちの世界では合法なんだよ!俺たちのボスが良いと言ってるんだ。余所者は黙っててもらいたいねぇ」
「合法?俺たちの世界?つまり、あなた方のトップがそんな勝手なことを言っているのですか?それでしたら、その者たちに確認をします。」
「はぁ!?何だって!!?」
「ですから、言いたいことがまだ、あるのであれば、その者たちをここに連れてきなさいと、言っているのです。話の続きはその方たちとします。」

「………はぁ?」
 男は、その言葉にあっけに取られたのか、一気に怒りが引いてしまっている。
「続きって…お前がボスと話をすると?」
「ええ。貴方たちでは話にならないと言っているのです」
 リリーナの言葉に周りの者達から、笑いの声が上がった。目の前の男も、本当に怒りが引いてしまったようで腹の底から笑っている。
「ボスと、お前が?いいのか、そんなことを言って?ボスと目を合わせたらお前なんか生きて帰れないぜ」
「それか、可愛がってもらえるかもしれないぜ!」
「首を洗って待っていないと駄目だよな!」
 次々と下碑た言葉を浴びせかけてくる。

「そうですか、わかりました。それでは」
 それに対し、リリーナは特に気にした様子も無くそれだけ答えると、ゼロをゆっくりと発進させた。
 「おい!待て!このまま素直に帰れると思っているのか?ボスを連れて来い!?ふざけるな!大体、お前なんかが、会ってもらえるとでも思っているのか!?」
「別にこちらが、無理に頼んでいるわけではありません。ただ、彼らが来なければ話が全く進まないということです。それに、例え会ったところでそちらが不利なことは明白でしょう。」
「な!?」
「ですから、会う勇気が無いのであれば別に結構です。そうお伝えください。」
「なんだと!?この女言わせておけば!!」
男達は怒りで、顔を真っ赤に染めていた。

「わたくしが生きて帰れない?首を洗って待っている?それは、そちらの方だということを理解するといいでしょう」
「何だって?」
「わたくしは、そんな手荒なまねをするつもりはありませんが…違法だと証明されたとき、どうなるか覚悟は出来ているのか、と言っているのです」
 リリーナの声色は先程とは違い、強い。
「何言っているんだ、お前は!!!?」
 男の怒鳴り声は辺りに響き渡るほど大きい。
「貴方方の言葉を借りると、ただでは、すまないということです」
 にっこりとそれだけ伝えると、ゼロを走らせその場を後にした。



 残されたもの達が後ろの方から騒いでいるがリリーナは気にしない。
「大丈夫ですか?」
 リリーナはようやく、自分の後ろにちょこんと座っている自分より少し年下くらいの少年に話しかけた。
 ゼロの横には、遅れることなくぴったりとキャプテンと呼ばれた機械人形も足のローラーを利用してついて来ている。

「え??ああ…ありがとう…でも、何にも知らない僕のことをあそこまで信じてくれるなんて…それもあんなに突然だったんだよ!」
 状況も何もかも分からない上、何の関係も無いだろう自分の事を信じてもらえたことが、少年にとってはどうしようもないほどに嬉しかった。
「先程も言いました、わたくしには貴方が嘘をついているようにはおもえませんでしたから」
 口早にそう言って来た少年にリリーナは、先程と同じように答えた。
「でもいいの?」
「何がですか?」
「あいつら、賞金首だよ!それも、たしかかなり高額だったと思う。」
 少年は、声を荒げて伝えてきた。
「賞金首?そうなのですか?」
「そうなのですかって、それだけなの!??お姉ちゃん、殺されちゃうかもしれないんだよ!」
「大丈夫ですよ。賞金首くらいでは、殺されませんよ。フフフ、それにそれでしたら、わたくしの方が、すごいです」
 リリーナが、えっへんとにこやかに答えた。
 少年はその答えに、目を白黒させている。
「わたくしは、リリーナ。家まで送りますね」
「え、あ、…いいの…ありがとう。僕はシュウト。それから、僕の友達、名前はもう知ってるかもしれないけど、キャプテン。ボロボロだったキャプテンを僕が直したんだよ」
 シュウトは横を走る機械人形を指しながら紹介した。
「そうなのですか!よろしく、キャプテンさん」
 リリーナは僅かにキャプテンの方を向きながらそう言うと、キャプテンと呼ばれた機械人形は首だけを90度曲げると、よろしく、リリーナ、と軽やかな口調で話しかけてきた。
 そして、キャプテンはそのまま、信じがたいことを伝えてきた。
「二人とも、後ろから多数の者達が接近してきている」
 シュウトはキャプテンの言葉に後ろを振り返ると、叫び声をあげてきた。
「うわぁ!」
「どうしました?」
「やつらが、追いかけてきているんだよ!」
「え?」
 リリーナがその言葉に後ろを振り返ると、確かに数台のバイクと車が追いかけて来ている様に見える。
「トップの方を連れてきていただけたのでしょうか?」
「そんな訳無いじゃん!!!っていうか、前見て運転してよ!!!危ないから!」
「見てますよ!」
 リリーナは、ハッとしながらそう言うと、素直に前に向き直った。

「もう少し早く走らないと追いつかれちゃうよ!ウィナー製の『XXXG−00W0』でしょ、これ?だったら、まだまだスピード出るでしょ。キャプテンなら大丈夫だから、行って!」
「え!ああ…あまりスピードを出すと、危ないし、ヒイロにただでさえ黙って乗っているのに、今度壊したら3回目になってしまうんですよね…それにしても、ゼロのこと良く知ってますね」
「ゼロ??良く知ってるって、当たり前じゃん!めちゃめちゃ、有名だもん!っていうか…壊したって、本当に運転できるの!!?」
 シュウトはリリーナの返答に疑惑の声で叫んできた。
「運転しているじゃないですか!」
 リリーナはムッとして答える。
「それに、スピードってまさか、こんなにいい機体に乗っているのにオートで走ってるの?」
「オート?」
 シュウトはリリーナのあまりに歯切れの悪い答えにどんどん不安になってきた。
 オートとは、機体にもともと組み込まれているAIに操縦を全て任せ、操縦者はただ、ハンドルさえ握っていれば機械達が判断してくれるといった、それなりに運転が行えるということだ。
 普通に走る場合はこちらでも支障が無いのだが、ゼロほどの機体になるとマニュアルとして運転する方が普通だった。そうでなければ、これほどの機能をつんでいる意味があまり無い。 つまり、オートはAIを主にして走り、マニュアルはAIを補助として走るということだ。
 積み込まれているAIによっても機能は様々に異なるが、基本的には機械人形に積み込まれているAIと同じものだ。


「…お姉ちゃん…1つ聴くけどさ…免許って持ってるの!?」
「免許!?パスポートなら持ってますけど」
 そんなものは、初めて聞いた。
「やっぱり!!!!!!!パスと免許は全然違うよ!!」
「そうなのですか!?では、今度ヒイロに作ってもらえるよう頼んでみます」
「作るとか、違うし!」

 そうこうしている間にも、後ろから追って来ている者たちが、どんどんと迫ってきていた。中にはキャタピラで走る戦車までいる。
「リリーナ、右に少しずれてくれ、彼らが攻撃を始めた」
「ええええ!!」
 シュウトの叫び声と同時に、すぐ横で爆音が上がった。
 流石にリリーナも、ゼロが壊れるとかどうこう言っている場合ではないような気がしてきた。
 横ではキャプテンが後ろを確認しながら次々と指示を出してくる。ココは民間人が多すぎて反撃に適していないとか呟いている。


 そんな中、リリーナは独り言のように呟いた。
「この状況ではどうしたら良いでしょうか?」

「え?何?」
 シュウトが聞いてくるが、リリーナが答えないところを見るとシュウトに話しかけているわけではないようだ。
 続いてリリーナは更に、一人で、『ええ』とか、『はい』とか相槌を数回打つとそれでお願いしますとハッキリ答えていた。
 はたから見ていると、完全にイッてしまっている人である。
 
 しかし、その直後ゼロのスピードが比べ物にならないほどに上がった。
「え!?」
 横を見ると、何の合図もしていないというのに、キャプテンもスピードを上げていた。
 彼らのすぐ横を銃弾が飛び去っていくし、激しい爆風も来た。
 しかし、スピードを上げたゼロとキャプテンに、彼らは一定の距離を保ったまま近づくことが出来ないでいる。
 だから尚更、銃弾を浴びせかけ来る。

 しかし、それだけ放っているというのに、一発も自分達に当たらないのは偶然ではないだろう。キャプテンは分かるにしても、自分が今乗っているこの『XXXG−00W0』にも相当のAIが積まれているのだろうか?
 シュウトは思考をめぐらせた。
 シュウトは元々機械士の卵で、いろいろな機械人形も乗り物も普段から沢山、触っていた。
 
 だから、この『XXXG−00W0』のすごさが良く分かる。

 大体一目でカスタムタイプだし、ちゃんと調べたわけではないから確実ではないが、どうやらこの『XXXG−00W0』は、言語機能がカットされているようで、キャプテンとは違い声に出して指示を出すことをしない。
 『XXXG−00W0』の上部に取り付けてあるモニターも電源が入っていないところを見ると、文字での指示を出しているわけでもない。だからそれだけを見ると、今はAIは補助としても機能していないのかと思うが、運転しているリリーナを一目見てからシュウトは思う。とてもではないが、リリーナがマニュアルで運転しているとは考えられない。
 
 そうなるとやはり、スピードが上がる直前にリリーナが一人で呟いていたよう見えたあの言葉が、指示だったのだろう。だが…思い出してみても、彼女の言葉は相槌くらいで、明確な指示といえるものはひとつも無かった。それに『XXXG−00W0』からの返答すらも無かったように思える。モニターにも電源は入っていないし、言語機能も働いてはいない。
 
 シュウトはこんな状況だというのに、『XXXG−00W0』は一体どんな機能がついているのか、分解してみたくてしょうがない衝動に駆られた。

 しかし、そんなことを悠長に考えている場合でもないので、シュウトがもう一度確認をしようと後ろを振り返った瞬間、数台のバイクのタイヤが破裂しそのままのスピードのまま道沿いの店に突っ込んでいった。
「え!」
 シュウトには一瞬何が起こったのか理解が出来なかった。
 
 数台のバイクのタイヤが同時に破裂する所なんて始めて見ることだった。実際は僅かな差があったのかもしれないが、自分には同時に起こったようにしか見えなかった。
 そうして驚いている間にも、次々と追いかけてきていた奴らのタイヤは破裂し、その結果、次々と接触事故を起こしている。更に、信じられないことに、地上では最強の力を誇る、あの戦車ですら、キャタピラの片方がばらばらに分解しており、その場から動けずに空回りをしている。
 そして、気がついたときには、こちらは何もしていないというのに、1台も追う者がいなくなっていた。
 
「え…何?何?」
 シュウトは、目の前で起こった不可思議な状態にただ唖然とするしかなかった。


 ゼロで町の中心から20分ほど走っていると、目の前に大きな穴のようなものが見え始めた。
 確か、街を案内してもらったときにあの近くを通った。
 その時教えてもらった説明では直径が確か、上は1km近い円形で、下の円は300mだか500mで、深さは忘れたが、結構深かったような気がする。下に向かってなだらかな斜面には家が建てられているとか。私も遠くから見ただけなので、実際はどんな形をしているのかは分からないが、ようは、大きなコロシアムみたいなものが地下に埋まっているようなものだと言っていた。
 住宅街で、昼は殆ど人もいないから今度にしようといわれていかなかったのだ。
 シュウトの家はあの中にあるらしい。
 良かったら案内して欲しいとお願いをしたら、先程のお礼もあるしと、快く承諾してくれた。

 そうして穴の傍まで行くと、穴は本当に巨大だった。深さも相当なもので、下に向かった斜面は想像よりも急で、話に聞いていたとおり、斜面に沿って段々と沢山の家が建っていた。
 シュウトの家は一番下の階だという。どうやって行くのかと思っていたら、ゼロが通れるほどの道もあるらしいが、時間が遅いため遠回りだから、エレベーターで行くらしい。
 
「お姉ちゃん、お金持ってる?」
 エレベーターの前に着くとシュウトが突然聞いてきた。
「お金?」
「エレベーターに乗るのに少しかかるんだよ。僕もあるんだけど、『XXXG−00W0』が乗るには、200縁足りないんだ。」
「200エン?これで足りるかどうか分かりませんが、ありますよ」
 ヒイロから預かっている金貨をシュウトに見せた途端、シュウトが大声を上げた。
「早くしまってよ!!!危ないから」
「え!?」
 リリーナにはシュウトが、何をそこまであせっているのかが分からない。
「そんな大金出されたって、おつりなんかどこ行ったって出てこないよ!」
「えええ!!?つまり、使えないってことですか!?」
 リリーナは信じられないと、金貨を見ながらいそいそと金貨をしまった。
「そうだよ!!お姉ちゃんってさ、一人で買い物とか、したこと無いの?」
「え!?ああ…その…ああ!そうだ、そう言えば、カードもありますよ!」
 何が、遠慮せずに使えだ!全く!っと、リリーナは内心怒りながらごそごそと、これまたヒイロから預かったカードを見せた。
「この機械はカードは使えないんだよ」
 リリーナは絶句した。



 素直に、遠回りをして行く事になった。
 しかし、お互いのことをいろいろ話をしていたら家にはすぐ着いた。

 リリーナは家ではなく、その横に隣接している建物に案内された。そこは倉庫兼、シュウトの部屋にもなっていた。
 部屋に通されると、シュウトはお茶を淹れて来るといって家の方に行ってしまった。だから、今、この部屋にはキャプテンと二人でいる。
 何とはなしに部屋を見回してみると、工具や部品が沢山つまれていた。本棚にはロボット工学の本や魔導書で埋め尽くされている。
 そして本棚にはちょこんと、時計も置かれていた。
「もうこんな時間だったのですね」
「現在の時刻は午前2時24分35秒です」
キャプテンが正確な時刻を伝えてきた。

「…いつのまにか、次の日になっていたのですね」

「次の日って、何かあったの?もし、それだったら、ごめんなさい、僕のせいで予定が…」
 丁度シュウトがお茶を淹れて戻ってきていた。
「え!そうではないんです!違いますよ、大体、あれは、わたくしが勝手にしたことですし!別に、用事とか言うわけではないのです」
「そうなの?」
 シュウトは、そう言いながらお茶をくれた。暖かくていい香りがした。
「ええ。昨日ね、さっき言ったヒイロの誕生日だったそうなんですよ」
「だったそうなんです、って…知らなかったの?」
「ええ、先程シュウトに会う少し前に別の人から教えていただいたの。だから、ああ、誕生日だったんだですか、って思っただけです」
 リリーナはフフフっと笑いながらそう言うとお茶を一口飲んだ。僅かに甘かった。
 ここで始めて気がついたが、少し疲れているようだ。 いつもならば、当に休んでいる時間なのだから、当然といえば当然だ。
「それよりも、シュウトはいつもこんな時間に、街にいるのですか?」
「いないよ!大体、毎日行ったらママにばれちゃうし!今日はたまたまだよ、たまたま。ねぇ、キャプテン!」
「私は反対したが?」
 キャプテンは淡々と言い放った。
「もぅ、キャプテンったら!今日ね、古いウィナー製のエンジンの一部が闇市に流れるって話があったんだよ!それも、幻のタイプ!買えないにしても、どうしても見に行きたくってさ」
 シュウトは、キラキラと目を輝かせて訴えかけてくる。
「ウィナー製のエンジン?」
「そうだよ!お姉ちゃんが乗っている機体もウィナー製じゃん!あれの更にすっごい、古いタイプのエンジンが出るって大騒ぎだったんだよ!」
 リリーナには良くついていけない分野であったが、兎に角すごいエンジンだということだけは、わかった。
「それで、見られたのですか?」
「それがさ、まがい物だったんだよ!それも、かなりの粗悪品!外身からじゃ絶対にわからないようにわざとしてあるんだ!この国ではさ、偽者を販売することは犯罪なんだよ。だって、商人の国だよ?…でもさ、それを言ったら大騒ぎになっちゃって。あの通りだよ!もぅ、無茶苦茶なんだよあいつら」
「そうだったのですか…この町は多民族が仲良く暮らしていると聞いたのですが、ヒイロが言うとおり、少し変わって来ているのですね…」
 ここ数日街を歩いて、これは痛烈に感じたことだった。
 わたくしが想像していたものとは少し違ったことが多かったのだ。ある朝、ヒイロに言われたことがあった。
 昔、ヒイロが来たときよりも、治安が比べ物にならないほど悪くなっていると。そこをOZに狙われているのだと。だから、少し自分が動いてくると言っていた。
 軽く息を吐いた。
「お姉ちゃんさ、そのヒイロって人に連絡とかしなくていいの?」
「連絡…ああ、そうですね…」
 今晩は帰らないと連絡をした方がいいのだろうか…?
 リリーナはそこまで考えて、ハッとした。
「大丈夫です!どうせ彼の方もよろしくやっているそうですから」
 リリーナの声はどこかしら冷たく聞こえた。
「え?よろしく?」
「ええ、だから大丈夫です!こちらもよろしくやっていれば良いと思います」
「え…何だか良く分からないけど…今晩はもう遅いしさ、お茶を飲んだら、そろそろ休もうよ」
 シュウトは何だか良く分からないが、その話題には触れてはいけない雰囲気を持っていることだけは良く分かった。
「それからさ朝になったら、お姉ちゃんの機体を見せてもらいたいんだけど…」
「ゼロをですか?別に見るくらいなら構わないのではないのかしら?」
「勿論見るだけだよ!明るいところで見てみたいんだよ!お願い!」
 シュウトは力一杯頼み込んでくる。
「う〜ん、いいにはいいんですけど…ゼロはヒイロのもので…でもゼロは「別に構わない」って言っているし…う〜ん」
「え?言ってるって。ずっと聞きたかったんだけど、あの機体、言語機能カットしているよね?…手元のモニターも電源切っていたみたいだったし?特別な通信手段があるの!」
 シュウトは目を輝かせながら聞いてきた。
「え!ああ…ええと、それは、」
 リリーナはしまったとばかりに、突然あさっての方向を向き、どう答えていいのか困っている様子だ。
「やっぱり、あるんだね!!誰にも言わないから教えてよ!すっごい気になってたんだよ!」
「ええとそれは…」
 リリーナが返答に困っていると、突然横からそれまでエネルギーを充電していたキャプテンが話しに加わってきた。

「貴方は、我々の言葉が分かるのではないですか?」
 リリーナはその言葉に、胸がズキンとした。
 前言撤回。キャプテンはひょっとして、ものすごく性能がいいのではないだろうか?
 
「キャプテン、それってどういう意味?」
シュウトには言葉の意味が分からなかった。
「我々は人とは違う音階での会話が存在するのだ。機械同士の会話だ」
「ああ、機械同士でやる通信のことでしょ。え!まさか、お姉ちゃんはそれがわかるの!!だって、あれって、人の耳では捕らえられない音でしょ!?あああ!!」
 シュウトはキャプテンの言葉に、一人で次々と予測を立てては納得をしている。
 その間リリーナは、ただ黙ったままだ。
「何?羽ビトだと、それって聞こえるの!?そうなの!」
「いや、私のデータバンクでも、我々の音階での会話を理解できるものがいるというものはない。仮にその音が聞こえたとしても、理解は出来ないはずだ。聞いたところでただの文字の羅列にしか感じないはずだ」
 キャプテンはシュウトの予測をあっさりと否定した。
「え、でもそれじゃ…」
「そうだ…それだというのに、90.34%の確立でリリーナは我々の言葉を理解している。そうでなければ、あの時、私が『XXXG−00W0』と同時にスピードを上げることは不可能だ」
「やっぱり!!!僕にも教えてよ!どうやったら、分かるの!ねぇ!」
 信じられない。
 キャプテンは間違いなく最高の技術を使って作られている。自分が『EARTH』に居た時に共にいた機械人形たちですら、わたくしが彼らの秘密の会話に参加できることに疑問を持たなかったのだ。
 それだというのに、キャプテンは明確にそれを理解し、疑問だと言って問いかけてきている。
 キャプテンにはゼロと同等以上のAIが組み込まれている。
 そう、わたくしが自分と話せるのは不思議だと以前、ゼロにも一度言われた。だから、ゼロにだけは話した。彼もいろいろなことを教えてくれたから。

 このことは、ヒイロにさえ、明確に伝えていないのだ。

「すみません…このことは、詳しく言うことが出来ないのです…ごめんなさい」
 リリーナは本当に申し訳なさそうにそれだけ伝えた。
「え…あ、ごめんなさい。聞いちゃいけないことだったんだ…だからそんな顔をしないでよ」
 シュウトも申し訳なさそうに、誤ってきたとき静かに外に続く扉がノックされた。




2004/10/4


#12 会談3−王と王−

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