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#12会談3−王と王−



 旧市街に近づくに連れて、普段では考えられないほどの人々の姿が現れだした。それも、全て旧市街に向かっているのだ。車道も、こんな時間だと言うのに旧市街に向かうための渋滞が、おきている。

「どうなっているのでしょうか?」
 周りの様子に、シルビアは頭からかぶったフードをしっかりとかぶり直して聞いてくる。
 シルビアの心情は理解できる。
 明らかに普段とは様子がまるで違う。
 オレですら先程から、情報を何とか掴もうと辺りの気配を探り続けているのだ。
 しかし、何の情報も無いまま、あと少しで旧市街の入り口に辿り着くといった辺りで、突然耳に複数の単語が飛び込んできた。特殊な現地語が殆どで、オレですら、端々にしか理解できなかったが、意味は大体理解できた。
 シルビアは意味が分からなかったのか、全く無反応だ。
 オレは、とりあえず単語の言葉を確認するために辺りを見回した。すると、言葉のとおり、検問らしきものを行っている。
 それを確認したオレは、シルビアの腕を掴むと、本道から外れた草むらを目指して進んだ。シルビアはその行動に、後ろから何事かと文句を言っているが無視をする。

  検問では、理由はまだ良く分からないが、OZの人間を探し出しているらしい。つまり、これから、旧市街でOZの人間は入れないような何かがあるのだ。

  僅かに後ろを振り返ると検問では、何人もの人間がはじき出されている。
 旧市街の中からも、何人も排除されて追い出されている者までいる。
 ヒイロは前を向きなおすと、更に足を速めた。

  そして、眉を僅かにゆがめた。
 なんだって、あいつはこんなときに、旧市街に入っていたんだ。
 
 ヒイロはシルビアの手を引きながら胸の辺りまでもある草むらの中を、検問の目をくぐり抜けられる場所が無いかと探しながらつき進む。
 しかし、そんな思いに反して、人は次々と増えていく。
 本道から外れたこの草むらの中ですら人で溢れているのだ。

 旧市街の方を見てみると、びっしりと人で壁ができている。
 どうなっているんだ!?
 
 ヒイロが再び辺りを見回すと、人々の一団の中から少しだけ飛び出した長身の男が目に入った。
「ラシード!」
 ヒイロはそう言うとまっすぐラシードに向かって近づいていった。
「ヒイロ様。どうしてここに!?」
 ラシードは驚いたように駆け寄って来た。ラシードの周りには、彼が指揮するマグアナック隊の部下達も数人いた。
 正式にはカトルが隊長らしいが、詳しいことは良く聞いていなかった。だから、実際は何人で構成されているのかも分からない。
 ただ、辺りを見回す限り5,6人と言うわけではない。それなりの人数なのだろう。
「この騒ぎは何だ!?」
「我々も今、着きましたのでまだ状況が詳しくはつかめてはいないのですが…ただ、旧市街がどうやら7年ぶりに使われるといった情報が入りましてな」
 ラシードは声を細めて伝えてくる。
 ヒイロはその言葉に目を細めた。

「旧市街が使われるとは、どういう意味なのですか!?」
 シルビアがヒイロの後ろから、二人の会話に入ってきた。
 ラシードは、その声に目を丸くする。
「何故貴方が、ここにいるのですか!?分かっているのですか!?OZの人間を今、排除しているんですよ」
 ラシードは、辺りを見回しながら更に声を落として言った。
「いろいろとあってな。それよりも、何とか中に入れないか」
 ヒイロが鋭くそう言う。
「いや、…貴方だけならば何とかなると思いますが…」
 ラシードはまだ、何か言いたそうだったが、こちらも急いでいるのだ。
「私も連れて行ってください!」
 シルビアが、すかさず訴えてきた。
「声を落としてください。歩きましょう」
 ラシードは、旧市街に向けて歩きながら声を落としたまま話した。
「今、私の部下達が様子を探りに、既に数人、中に入っております。10分前に彼らから受けた連絡では中も大掛かりにOZを排除しているようです。ですから、中に入り…もし貴方だと分かったら…その…保証が出来ません。」
 ラシードは言い難そうに伝えてきた。
「保証が出来ない…?」
 シルビアが呟いた言葉に、ヒイロは間をおかずに告げた。
「命が無いということだ。オレもお前はここで待つべきだと思う。」
 シルビアはその言葉に一瞬戸惑うような表情を見せたものの、懇願するように言ってきた。例え、そうだとしても、連れて行って欲しいと。
 その言葉を聞くとラシードもヒイロもそれ以上は、何も言わなかった。

  そんな時、旧市街の方から一人の男がこちらに向かって走ってきた。マグアナック隊の一人だ。
「隊長!こちらです、急いで!今ならば、急げば何とか行けます」
 その言葉に三人は走り出した。



  旧市街の中に入った途端、そこは外以上に人で溢れていた。
 前を歩くラシードでさえ、険しい表情を浮かべている。砂の国を古くから良く知るラシードですら、このような光景は見たことがないからである。
 確かに、この光景は異常だ。
 見渡す限り一面、人だ。道も屋根もそのどこもかしこもが。
 深夜だとは思えない。

  横を見るとシルビアも、周りのあまりの様子の異常さにラシードと同じように唖然としていた。
 シルビアは頭からすっぽりとフードを被り、顔の半分をスカーフで覆うといった装いをしている。一見しただけでは、彼女とは誰も気がつかない。だがそれでも、ここにノインがいたら確実に無謀だと、怒鳴られることだけは確かだ。
 オレでも、無謀だと判断はしている。
 こんな囲まれた地下都市で、それもこれだけの人の中で襲われたら流石に、手が出せない。その上、辺りからOZを完全に排除しており助けも望めないのだ。
 唯一、利点と言えるのは、ここは、市内ではなく旧市外だということだけだろう。最新設備がそれなりに揃う市内と違い、古くからの入り組んだ道に入り込んでしまえば、見つけ出すことが容易ではない事くらいだろう。反対に言えば、見つかった場合は逃げ出すしかないということだ。それも、これだけの人ごみの中を。
 どちらにしろ、生き残る確立は果てしなく低い。
 つまり、絶対に正体がばれる事は許されないということだ。

  シルビアもそれは理解しているようで旧市街の中に入ってからは、一言も言葉を発してはいない。
 
  オレたちは、マグアナック隊の数人に先導されるようにして先を目指した。進む先進む先、どこも人ゴミでなかなか前には進まなかった。途中、半ば強引に進んだところもある。その時、オレよりも頭一つ以上も身長の低いシルビアが果たして、ついて来られるのかどうか後ろを振り返ると、歩きやすいようにとマグアナック隊が囲うようにして歩いていた。
 もしこの場で彼女がOZの人間だとばれた時、この国の裏世界でもかなりの人脈を持つマグアナック隊だとて、ただでは済まない事は分かっているはずだ。それでも、彼らはシルビアが共に行くことを容認した。
 正直、驚いたが、つまりはそういうことだ。
 それだけ、シルビアはOZの人間とはいえ人々の人気が高いと言うことなのかもしれない。

  そうして、旧市街に入ってから2,30分程歩いた後、ようやく一軒の家にたどり着いた。
「ここは、ウィナー家の私有地ですから、中にいる者たちはそれなりに信用の置ける者たちです。…しかしそれでも、どうなるか分かりません。気を抜きませんようにお願いします。」
 ラシードが、身を屈めながら言ったことにシルビアは黙ったまま頷いた。
 中に入ると、7,8人のマグアナック隊のメンバーがいた。
 その中には、ここ数日リリーナを街に、案内した者もいる。
 ヒイロはそんな彼らに一言も声をかけることもせず、建物の中に入った途端、広間を抜けその奥の窓にたどり着くと、身を乗り出し下を覗いた。
 ヒイロはその直後、目の前の光景に驚愕とした。
 そこに、ラシードとシルビアもやって来た。
 そして、二人も別の窓から下の様子を覗いた。
 辺りを見回すと、外も自分達と同じように誰もが下に広がる円形の広場を見ていた。
 そこで、シルビアも下を見ると、広場の中心に数人の人間がいた。
 そこはどこか異質で、これだけ、旧市街の中は人であふれているというのに中心には彼らの他、誰一人として近づこうとするものがおらず、大きな空間が出来ているのだ。
 下の広場には、彼らしかいない。
 広場は、深夜の暗さを全く感じさせないほどの照明でそこだけが四方から照らされ、まるでショーの舞台ようだ。
「何故…」
 シルビアはそこにいる人物達を見て思わず、信じられないと、小さく声を漏らした。

  広場の中心には『龍の国』と、『砂漠の民』の代表がそこに置かれた椅子に座っていた。

 
 今現在、シルビアが最も会いたがっている人物達だ。
 シルビアは突然振り返ると、声を荒げた。
「何故、彼らがここにいるのですか!?」
 ラシードは驚き、声を落とすように抑えたがシルビアは一向に声を抑える様子が無い。
「彼らは何をしているの!?ここで一体何があるの?大体、あそこにいるのは、竜紫鈴(ロンシリン)じゃない!?どういうこと!」
 竜紫鈴(ロンシリン)とは、現在の『龍の国』を治める一番上の人間だ。それは『砂の国』に居る『龍の国』の者達を治める者よりも遥かに上に位置する人物だ。

「落ち着いてください姫!我々でもわかりません。何の情報も入ってきてはいないのです。」
「何の!?そんなはずは無いでしょう!?『龍の国』の情報が入ってこないのは分かるにしても、『砂漠の民』の代表はウィナー家の当主じゃない!」
 シルビアは怒号をこめて訴えるが、誰もがその言葉に黙ったままだ。
「やめろ、それ程のことだと言うことだ」
 ヒイロが静かに告げた。

  ウィナー家の当主とは言っても、ヒイロたちが現在泊まっている宿は、カトルの系列でウィナー家といってもいろいろあるのだ。
 それに、シルビアは知らないだろうが、カトルはウィナー家からはある意味、半分勘当状態なのだ。
 だから、カトルについているマグアナック隊にウィナーの当主に関する情報がある程度までしか入ってこないのは仕方の無いことだ。
 ヒイロの言葉で、ようやくシルビアが黙った所を見計らって、マグアナック隊の一人が告げてきた。
「彼らは、1時間以上も前に何の前触れも無く、突然現れました。正直我々も未だに半信半疑なのですが、それでも、確かな情報筋によると……彼らは、その…ただ…待っているそうです。」
「え?待っているって、1時間以上も!?何を?…1時間以上も一体何を待っているっていうの!?」
 シルビアは訴えるが、わからないと言う答えしか返ってこない。


 ヒイロはそんな会話を視界の片隅で捕らえながら、思考は別のことに気をとられていた。
 待っている?
 それも、この国の代表たちが1時間以上も?
 反対に言えば、代表達を1時間以上も待たせているという状況なのだろうか?
 マグアナック隊が、半ば信じられない気持ちは理解できる。現況を理解できないのは何も、彼らだけではないだろう。
 だから、旧市街は真夜中だと言うのにこれだけの人であふれているのだ。めったに人前に出ることの無い彼らが、二人揃って突然広場に集まれば驚きもするだろう。それも、龍の国に至っては、普段この国を治めている年若い人物ではなく、龍本国の超老子である竜紫鈴(ロンシリン)が、直接出てきているのだ。異常だと感じない方がどうかしている。

  辺りは今でも人は次々と増え続け、人々は、いつ始まるとも知れない何かの開始を今か今かと待ちわびている。

  心拍数が微かだが、普段よりも早くなっている。
 今、気がついたが、うっすらと手に汗をかいていた。
 広場を確認した時から何度もシュミレーションを頭でたたき出している。
 あの広場から連れ出す方法を。
 しかしその度、その方法は不可能だと答えをはじき出している。広場で彼らの姿を見たときから、その繰り返しだ。
 
   初めは、いくつかの候補の一つだった。
 いや、初めから考えていたことだ。それをオレが無理矢理、別の理由かもしれないと、後から後からといくつか候補をあげているだけだ。そうであって欲しくないと……みじめで無駄な行動だ。
 分かってはいる。
 分かってはいても、どうしようもないほどに落ち着かない自分が居るのだ。
 オレには、彼らが言った『何かを待っている』という、一言で十分だ。

  あのずる賢く、交渉事に誰よりも長けた彼らが1時間以上も待つ者など、世界にそうはいない。
 そして、今。この国においてと言われれば、あいつ以外には考えられない。
 ここまでされては、国際法がどうこういう問題ではない。奴らに国際法をどうこう告げた所で意味は無いだろう。

  彼らは、あいつをこの場で公開処刑でもするつもりなのだろうか?
 『砂漠の民』の方は分からないが、少なくとも『龍の国』は確実にあいつが死ねばOZの本拠地でもある『EARTH』が、落ちることを知っているのだ。
 どちらにしろ、あいつを捕らえて損は無い。
 今すぐここを飛び出して行きたいが、外があのような状況では、土地勘の無いオレでは探し出すことは、ほぼ不可能だろう。

  どうする…悪態しか出てこない。
 だが、現在も広場に出てこないところを見るとあいつは、上手く逃げていると言うことなのだろう。
 そんな時何の前触れも無く、見つけた。見つけてしまった。

  広場に集まる人ごみの中をリリーナは1人の男に先導されるようにして歩いている。
 それも広場の中心に向かって!

  ヒイロは叫びだしたい衝動を抑え、この状況ではどうすることも出来ない自分に対し、気がついた時は右のこぶしがジンジンと痛みを訴えてきた。壁を殴りつけていたらしい。
 そんなオレの行動に何事かと視線が集まったが、そんなことはどうでもいい。

  リリーナはようやく人ごみを抜け、ぽっかりと空いた広場の中心にでた。
 そのことに、中心にいた代表達も気がついたようで、周りに控えていた護衛たちが、代表達から数歩離れた。
 
「え…彼女って…確かヒイロと一緒にいた…何をしているの…」
 隣にいるシルビアから疑問の声が上がった。
 マグアナック隊の者達も次々と疑問を口にし始めている。
 そんなこちらの状況などお構い無しに、後に『会談』と呼ばれる秘密の話し合いは唐突に始まった。

「部下から随分と元気のいい娘さんがいると報告を受けたのじゃがね…」
 『龍の国』の竜紫鈴(ロンシリン)が、しわがれた声で話し始めたのを合図にそれまで騒がしかった辺りから、物音一つしなくなった。
 代表の2人は真ん中に置かれた豪華な椅子にもたれかかり、目の前に立つリリーナを品定めでもするような目つきでいる。
 それをリリーナは別に気にした様子も無く、2人に向かって堂々と立っている。



「ああ、どうしよう、キャプテン!行っちゃったよ!」
 共についてきたシュウトが隣にいるキャプテンに不安そうに言う。
 つい先程突然、約束どおり代表を連れてきたと、数人が訪れてきたと思ったら、今はこんなとになってしまった。とりあえず、家で待っているわけにも行かずついてきたわけだが、まさか言っていた代表が、本当にこの国の代表だとは考えてもいなかった。
「あたりに武装火気がいたるところに配備されている。まずは事態を見守ることが75.64%の確立で有効だと考えられる」
 キャプテンと呼ばれた機械人形は首を360度何度も回転させながら辺りからデーターを採取している。

「あなた方が、この国の代表ですか?」
 2人は黙ったまま、肯定の意を示すと、もう一人の砂漠の民の代表である、ウィナーが口を開いた。
「昨晩、例の取引に出た商品は確かに粗悪品だ…処罰は我々に任せていただきたい」
「それは助かります。その国のことはその国で解決するべきだと私も思います」
 リリーナは鋭い表情のまま答えた。
「貴方にそう言っていただけると我々も助かります。紹介が遅れましたが、私はウィナー。こちらは、龍の国の竜紫鈴(ロンシリン)。貴方にお会いできて嬉しいですな」
 二人の代表はリリーナの鋭い表情とは違い、余裕すらも感じさせるような笑みを浮かべている

「わたくしと?フフフ…そうですか」
 リリーナは代表達の言葉を聞いて、笑い声を思わずもらした。
「何か?」
「いえ…OZの姫の誘いにも答えられないほどお忙しい身だと言うのに、わたくしにわざわざお会いしていただけるなんて…ありがとうございます」
 リリーナのその言葉に、あたりに控えていた者達をはじめ、そこいら中から怒号や罵倒があふれ始めてしまった 。
 だが、代表達が、静かに手で制したことによりすぐに元のように静かになった。
 2人の代表達の表情は先程にも増して余裕だ。
「別に我々は、時間が無いわけではないよ」
「OZの姫とは、はじめから会うつもりが無いだけじゃ」
 ギャラリー達から、そうだそうだと、賛同を訴える声がそこいら中から上がり始めた。
 リリーナはそんな雰囲気とは対照的に冷ややかに告げる。
「そんなことを続けていると、この国がなくなってしまいますよ」
「それは、OZが攻め込んでくるということかな?」
 ウィナーのその言葉にリリーナの瞳が僅かに細められた。

「知っている。OZの奴らが我々の国で、姑息な行動をどうやらとっているようだが別に何と思わん。我々は商人なのだ。商売は別にどこの国でも出来る。昔のように移動すればいいだけのことだ。」
「………………」
「第一、この国から我ら商人が居なくなれば、世界の物流が止まる。一番困るのは奴らだ。流石にOZのやつらも、我々全員が移動するとは思ってはいないだろう。我々『砂漠の民』は誰にも支配されない、自由の民だ」
 ウィナーがそれだけ話すと、竜紫鈴(ロンシリン)もそれに続くように話し始めた。
「我らとて、一向に構わん。姑息なOZ。王女を亡き者にして攻め入ってくるというのであれば来ればいい。我々『龍の国』はそれを受けるのみ。それが我々の正義じゃ」

  辺りからより一層の歓声が上がった。
 来るなら来いと誰もが意気込んで雄たけびを上げている。


  衝撃だった。
 状況を静かに見守っていたシルビアにとって、彼らの言葉はただ衝撃だった。


  勿論、遥か下で行われている彼らの話し声はここまでは聞こえない。 彼らの声は部屋に置かれたラジオから流れ続けているのだ。
 今晩だけの、特別のチャンネルだ。彼らはこんなものまで用意していた。
 つまりは全て仕組まれているということ。彼らの手の上で転がされている。

「OZが攻めてくることを覚悟している……」
 シルビアは声が止まってしまう…。
 何故、ヒイロと行動をしているという魔導士の彼女があそこにいるのかとか、何が目的なのかとかも全く分からない状況だが。

  しかし、そんなこと今は、どうでも良かった。
 それよりも、ずっと頭を、心を占めている思いがある。

  やはり自分の考えは甘かったのだろうか…彼が…ヒイロが言うとおり、自分では代表達の相手をすることは無理なのだろうか…。
 あれだけ…既に、心を決めている彼らに、OZとの同盟など…不可能なのだろうか…。

  例えば今、あの広場にいるのが自分で…、あの代表達の言葉に答えなければならないのが自分ならば、…何と答えるだろう。
 不甲斐無さや悔しさで、心が一杯になる。

  シルビアが言葉を詰まらせる中、突然ラジオからリリーナの声が静かに響いた。

「龍を見ました……」

  あたりの歓声はやむことがなく続いている。
 しかし、リリーナの表情は見るものが見れば冷たいと思えるほどに鋭いまま、代表達から視線を逸らすことなく話し続ける。
「龍の国の人たちは、高貴な龍と遥か昔から、他の何にも変える事が出来ない友だとか…」
 竜紫鈴(ロンシリン)は、リリーナの言葉に眉を寄せる。何が言いたいのかと。

「わたくしはこの間、初めて龍を見ました。世界で年々数が減っているという龍を。とても綺麗で、美しかった」
 ラジオから聞こえるリリーナの声に次第に辺りからも歓声が静まってきた。
「戦いを始めれば、間違いなく、あなた方の大事な友である龍がいなくなってしまう」

「龍達も我々もそんなことは覚悟の上じゃ。龍の国の正義の前では問題ではない」
 竜紫鈴(ロンシリン)は鋭く言う。
 しかしリリーナは、声を荒げることも無くただどこか辛そうに続ける。
「本当に、それが正しいのでしょうか…。」
「それが我らの正義じゃ」
「龍のいない龍の国…そんな国に本当に意味があるのでしょうか?」
「………………………」
 リリーナは、竜紫鈴(ロンシリン)に向けていた視線を次にウィナーに向ける。

「わたくしはこの国に初めて来た時、本当に驚きました。人々は活気や笑顔で、本当に溢れていた。」
「当然だ。我々は誇り高い商人なのだから」
「確かに商売は人の居るところならばどこでも出来るのかもしれません。でもそれは、商売だけです。人々の生活はどうなるのですか?」
「我々は何世代も前から遊牧をして暮らしてきた!我々は戦いには参加しない。逃げるのみだ」
 ウィナーは笑みを浮かべながら答えながらも、目は笑ってはいない。

「遊牧。それは、帰るための家を見つけるために、あなた方の先祖は続けていたのではないのでしょうか…?」
「確かに、そういう目的もあるにはあった」
「それだというのに…再び帰る家を無くしてしまう砂漠の民…本当にそれが正しいと言えるのでしょうか…」
「…………………………」


  リリーナは軽く息を吐くと、誰に向けてというわけではなく言葉を続けた。
「わたくしには龍のいない龍の国が、意味のあるものだとは思えなし、再び帰る家を無くしてしまう砂漠の民たちの行動が正しいとは思えません」

  歓声はすっかり止み、会場で聞こえる音は今や、リリーナの声だけだった。
「わたくしは誰よりもそのことを、知っている…」

 リリーナは静かに目を閉じた。
 本当に嫌というほど、理解している。
 わたくしには帰る国も無く、羽ビトの象徴であるはずの翼は空を飛ぶことも出来ない。
 それでも自分は、羽ビトの王なのだ。


 数秒の沈黙の後、リリーナは瞳を開けるとまっすぐに代表達を見る。
 そして、もう一度言った。
「そんな国に、意味など無い」

  辺りから音が消えた。
 風の音も、夜の寒さも何の気にもならない。
 この場にいる誰もが彼らの話に取り込まれている。

  ウィナーも竜紫鈴(ロンシリン)も既に笑みを浮かべてはおらず、冷たい表情でリリーナを見返す。
 しかしリリーナの表情は、彼らよりも冷たく鋭い。
 
「だから、会談に出ろと言いたいのか、君は?」
 ウィナーが何の感情も混ぜずに言う。
「いいえ、それはあなた自身が決定することです。しかし、わたくしはそれが一番の道だと思います」
 リリーナは間をおかずに答える。


  無駄だ。
 頭で冷徹に告げる。
 無駄だ、無駄だ、無駄だと

 
「それは出来ない。我らがOZの誘いに応じることは有り得ない上、我らが奴らを呼ぶことも有り得ないことじゃ。それは変わらない。何があろうと永遠に」
 竜紫鈴(ロンシリン)が、迷いも無く告げる。


  当然だ。
 砂の国が、OZの会談に出席などしたら世界から舐められる。
 そんなことになれば、それこそ、この国の存在が危うくなる。
 『砂漠の民』も『龍の国』も力で、代表達のその尊大さで保たれているような国なのだ。
 OZにひれ伏すことを何よりも良しとしていない。ここはそうやって保ってきた国なのだから。

  そんなことは、ここにいる誰もがわかっている。
 それほどまでに、簡単なことだ。

 
 ……お前以外は誰もがわかっていることだ。
 ノインは勿論、シルビアですら理解していることだ。

  リリーナ
 世界はそれほど簡単じゃない。
 
  諦めろリリーナ

 
 判断はいつでも冷徹で、優しさのかけらなどどこにもない。
 視線の先は、リリーナが現れた時から一度もそらされることは無く向けられている。
 ここから見えるリリーナは横顔で……。
 
「リリーナ…?」
 衝撃で思わず声が漏れた。

  笑顔だった。

「誰も、OZの頼みを聞いて欲しいとは言ってはいません。」
リリーナの声が響く。


「何だって?」
「何が言いたいのじゃ?」
 代表達の声が重なる。

「わたくしが、会談を開催します。主催します。是非それに、あなた方にも参加を願いたいのです」

 代表達の言葉が思わず止まる。
 数百の想定をしてこの場の話に及んだ。
 はったりだろうか?
 当然だ。
 そうに決まっている。
 OZからも…加えて世界中からも賞金首としても追われている人物なのだ。そんな人物が、会談を主催する?
 世界中にその存在を示すような暴挙に出るような真似を、自ら犯すとはとても考えられない。

 それも、彼女には何の得もないのだ。
 
 代表2人がそれぞれの思惑をめぐらせ、反論を告げるよりもリリーナの動きは早かった。

「紹介が遅れました。わたくしはリリーナ・ピースクラフト。サンクキングダムの王です。」

 その言葉に、代表達2人は完全に沈黙した。
 それに対し、リリーナは誰の反論も許さないような、極上の笑みを浮かべている。


「リリーナ・ピースクラフトの名において、明日の17時より、2カ国間の関係について、会談を開催いたします。その場でそれぞれが意見を発言すればいいのです。強要は望みません。私は貴方がたに、その会談への出席を望みます」
 代表達は、表情に出してはいないが驚きに満ちている。
 そしてようやく、苦虫をつぶしたようななんともいえないような表情をしたウィナーが口を開き、聞いた。
 
「…他に、何か言うことはあるかな?」
 余裕のある態度を見せてはいるが、初めとは比べ物にはならないほどに真剣な表情だ。

「ピースクラフトの名にかけて、戦争は起こさせません」

 一同の視線が集まる中、凛と響く声でリリーナは答えた。
 その表情に笑顔は既に無かった。



 彼女が、ピースクラフト…?
 サンクキングダム…『EARTH』に元々あった…羽ビトたちの国の…。

  全て殺されたのと。一人も残ってはいないと聞いていた。
 分からないことが多すぎて、何から聞いていいのかその判断すらつかない。頭が真っ白になる。何故そんな人物が、ヒイロと共にいるのか。反対に言えば、だからこそ共にいるのか。
 広場を見つめたまま隣にいるヒイロに話しかける。
「ヒイロ、彼女は一体…」
しかし、いくら待っても返事がかえってはこない。
「…ヒイロ?」
 シルビアは、今度は視線を横にずらし声をかけるが、ヒイロは広場を見つめたまま、そんな言葉などまるで聞こえていないかのように微動だにもしていない。


「キャプテン…サンクキングダムって…お姉ちゃんが…ピースクラフトって…何が何だかよく分からないけど、すごいや!すごいよね、キャプテン!」
 シュウトは興奮を抑えられないようにキャプテンに訴える。
「うむ。サンクキングダムは、現在では存在しない国家だ。ピースクフト王家の人物たちもデーター上では全て死亡したことになっている。だが…」
 キャプテンは今得た情報を、膨大なデーターと照らし合わせつづけている。
「でも、生きていたって事だよね!兎に角、すごい!すごいよ!」

  この会場にいる誰もがそこらかしこから驚きの声を上げている。疑問の声を上げる者もいるが、肯定することも出来ないが否定することも出来ずにいるような状態だ。
 その誰もが、代表達の言葉を待っていた。
 
  唖然とした。
 ただ、唖然とした。

  この場でリリーナは自分が羽ビトだと、背中の翼を見せることもしていない。
 王だと証明することも、何一してはいない。
 身なりだって普段と変わらない。


 ただ、言葉と態度で王だと示しているだけだ。

  それだというのに。
 本当にそれだけのことで、ここにいる全ての者達を黙らせている。
 各地の犯罪者や荒くれ者達…一般人ですら、言葉が出ずにいる。

  今この場にいる誰がこの状況を、想像しただろう。
 OZを全て排除し、声が全てに届くようラジオの特別チャンネルまで用意し、更に夜だからと設備も整っていないこの旧市街で照明まで用意していた彼らに対し、あいつがこの様な行動をとることを。

  オレですら想像すらしていなかった。
 当然だ。
 例え事前にこう発言すると、相談されていても、オレは間違いなく反対した。
 
 
 
 仮に、リリーナが殴打と認められたとしても、サンクキングダムは、過去に既に滅んだ国だ。
 今更、その国の王が一体何の権力があるというのだろう?
 国民もいなければ国も無い。
 厳密に言えば、たった一人の国の王ではないのか?
 
  殺される。
 間違いなく、内容以前に侮辱を受けたと殺されてもこの国では文句が言えないような発言だ。

  それだというのに…

  この静けさが永遠に感じられたあるとき、しわがれた声が独り言のように話を始めた。

「遠いい昔も、我らは龍と永遠の時を歩むべきだと、説かれたことがあった。」
 竜紫鈴(ロンシリン)は瞳を閉じたまま静かに思い出すように話し続ける。

「その者の国の同盟国であった我らは手を貸すと、提言したのじゃが…その者は受け入れなかった。降伏すると。戦いが長引けば長引くほど犠牲が増えるだけじゃと…。あの者は、我らとは違い温厚な性格だったのだが頑固者で、…聡明じゃった…」
 竜紫鈴(ロンシリン)はゆっくりと横を見る。
「ウィナー…折角の申し出じゃ…どうだろう?我らでOZの小娘を可愛がってみるというのは」
「そうですな…たまには若い頃のように商談にも冒険が必要なのかもしれませんな。商人の腕にかけて、OZからどれだけ搾り取れるか試してみるのも、確かに面白い」
 
  そう言うと竜紫鈴(ロンシリン)は、リリーナをまっすぐに見る。その表情はそれまでの人を食ったような笑顔ではなく、優しいものだった。
 それと同時に、ウィナーは椅子から立ち上がった。
「…?」
 リリーナには彼らが何を言いたいのか、把握できずにいる。


「ワシは…今日は足が痛くてね…ここで許して欲しい」
 竜紫鈴(ロンシリン)はそう言うと、座ったまま静かに右手を差し出していた。
 リリーナが僅かに目を見開きながら、その差し出された右手を見ていると横からもう一つ増えた。
 ウィナーの右手も何時の間にか上がっていた。

 今度はリリーナが突然のことに言葉が出なかった。
 
  何処からか拍手と歓声があふれ出した。
 
「砂の国に住む誰もが、心では本当は戦争など望んではいない。この国に住む者たちは商人なのだ。兵士でもなければ傭兵でもない」
 シルビアはその声にラシードを見る。
「戦争など起こすべきではないと…そう理解はしていても、その誰一人として長い間、OZとの関係を進展させることも出来なければ、後退させることも出来ないでいた。一度弱みを見せたことにより滅びた国は数え切れないのだから」
 広場ではウィナーが、竜紫鈴(ロンシリン)が、そしてリリーナが何の言葉も発せず、それぞれの手を取り合っている。
「誰かが、砂の国とOZの間を取りまとめようなどという考えは…生まれもしなかった」
 ラシードの声は感動で、僅かに震えていた。

  辺りの歓声や拍手は止むどころか勢いを増すばかりに大きく続いている。
 しかしそんな中、何の前触れも無く、会場を駆け抜ける数発の銃声がした。

「!」
 ヒイロは1発目の銃声を聞いた直後、考えるよりも先に腰から銃を引き抜き銃声がした方向にためらわず数発の弾丸を撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む!

  そして、目立つことも辞さず窓から身を乗り出すと下の広場に向かって、屋根から屋根へと走りぬけた。

 


2005/1/3


#12 会談最後−騎士と少年−<

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