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#12会談最後−騎士と少年−



 隣に座るシュウトを見ると沈痛な面持ちだ。
 当然だと思う。彼にとって一番の親友であるキャプテンの体の半分以上がバラバラになってしまったのだ。
 …わたくしたちを庇った事により……。

  6時間程前、代表達と握手を交わしていた所に、突然キャプテンが割り込んできた。

  その直後、まずキャプテンの右腕が肩からすごい音を発して、目の前ではじけ飛んだ。続いて間髪いれずに顔や足の装甲の破片が辺りに舞った。
 そして、バランスを崩して地面へ倒れこんでしまった。

  襲ってきた者は未確認だが十中八九、シルビア姫を襲った者達と行動していたらしい。どうやら、会談を中止させようとした行動だとか。
 しかしこれは、現在引き続きラシードさんたちをはじめとして調査中だということ。

  命が狙われた後だと言うのに、会談の時間はずらすことなく本日17時で良いと、先程代表達の使いから連絡を受けた。
 OZのちょっとした妨害行動など全く彼らには通用しないようだ。 確かに荒くれ者をまとめる代表たちだと納得できる。

  それから、この会談に出席してくれるようシルビア姫にも正式に書状を渡した。すぐに出席するとの返事を貰った。



 そしてようやく今は、わたくし達の滞在先であるウィナー家の宿に戻った。 時刻はもうすぐで正午だ。

  この宿のある部屋では現在もキャプテンの修理がウィナー家の機械士達によって行われている。半時ほど前まではシュウトも、作業に参加していたのだが、前日ほぼ徹夜状態の彼では体力の限界を向かえたらしく、今はわたくし達と同じように部屋の外の廊下の椅子に座っている。

「シュウト…ひとまず部屋に戻って休みましょう…あと何時間かかるかわかりません…」
 リリーナのその言葉にシュウトは静かに首を横に振る。
「大丈夫だよ…僕はここにいる。キャプテンは大丈夫だよ…」
リリーナもシュウトの気持ちが痛いほど理解できる。 しかし、声からもシュウトの疲労の色は隠せないでいた。
「シュウト…貴方に出来ることは十分やりました。今は彼らに任せ、貴方は休むべきです…シュウト」
 リリーナの必死の言葉にシュウトは、うつむきながら静かに答えた。
「ごめんなさい。僕も分かってはいるんだ…でも……何故僕は…こんなにも未熟なんだろう…」
 シュウトは膝にポタリポタリと水滴を落しながら苦しそうに言う。
「シュウト…」
「僕と大して年齢も変わらないのに、既に立派な機械士もいるのに…僕は…全然駄目だ…キャプテンの装甲をもっと強いものすれば良かったんだって、前から分かっていたのに!」
 嗚咽を漏らしながら訴えるシュウトに、冷徹な一言が告げられる。
「思い上がりだな」
「!!」
 シュウトはその言葉にガバっと立ち上がり、声の主と視線があう。
 視線の先には、それまで一言も話さず、じっとリリーナの隣に立ち続けていたヒイロだ。
「どういう意味だ!」
「あの機械人形(オートドール)の装甲を、今以上に強くした所で意味がないと言っているんだ」
「なんで、初めて会ったような機械士でもないお前に、そんな事言われないといけないんだ!お前に一体キャプテンの何が分かるって言うんだ!」
 シュウトの怒号が廊下一体に響き渡る。
「ヒイロ!」
 リリーナが静止を叫ぶが、ヒイロは相手にもせず、更に涙の筋がいくつも出来ているシュウトに冷徹に告げる。
「装備が重過ぎるんだ」
「そんなことお前に言われなくたって分かってるさ!」
「分かっていないだろう!重量が重くなれば必然的に速度が落ちる。そんなことになれば、先程のあの場にも結局間に合わない。そんなお前の機械人形の存在意義は一体なんだ?」
 ヒイロの言葉には何の感情もこもってはいない。
「何だよ!それじゃ、キャプテンがこうなったのは当然だって言うのか!」
 ヒイロは瞳をスーッと細めると、当然だとばかりに淡々と言った。
「ああ…機械人形なんだ。修理すればいいだろう」

  その言葉にとうとうシュウトがキレた。

「黙れ!黙れ!お前みたいな奴がいるからキャプテンたちが戦いの道具に使われるんだ!戦う必要なんてないのに!お前達が、自分さえ傷つかなければ、関係ないって思っているから!」
 ヒイロはそれに対して何も答えない。
 そんなヒイロをリリーナは信じられないというように見つめた。

 機械人形に関して言えば、自分の考えはヒイロとは全く違う。 私にとって、機械人形はとても大切な存在だったのだから。


  既に、シュウトは泣いてはいなかった。
「お前に何と言われようと、そんな考え方は間違っている!僕が絶対にそんな考えが、間違っていることを証明してやる!」
 シュウトはギラリとヒイロを力の限り睨み付けた。
「そうか」
「ああ、そうさ!」
 シュウトはそう言うと、それまでの疲労など全く感じさせず修理が続けられている部屋に向かって廊下を走っていった。

  その後姿を、リリーナはしばらく見てから、隣に立っているはずのヒイロを見ると、既に反対側に向かって歩き始めていた。
「ヒイロ!」
 リリーナは急いで追いつく。
「………何だ?」
 ヒイロは、リリーナの方を見ずに答える。
「どうしてああ言う言い方しか出来ないのですか!私も、貴方の言うことは間違って」
「思ったことを言っただけだ」
 ヒイロは、リリーナの言葉を遮り、はき捨てるように言った。
「ヒイロ!」

「大体、あのキャプテンと呼ばれる機械人形はおそらく、ゼロと同じGシリーズだ。それならば、装甲は壊れても内部のメモリーやCPUといった中枢関係が、あれぐらいのことで壊れるものか」
 ヒイロは面倒くさそうに説明する。

「Gシリーズ…?」
 聞いたことがない。何のことだろう。
「Gシリーズは、オレたちが生きる現代の世界よりも遥か昔に作られた過去の遺産だ。」

  言っている意味が良く分からないが、ゼロやキャプテンは現代ではなく過去に作られたものと、いうことだろうか?
 ヒイロはGシリーズについてそれ以上は何も語りはしなかった。そしてそのまま、どこかへ行ってしまった。


 それから何時間もたたないうちに会談が始まった。
 その日の会談は予想以上にスムーズに進んだ。
 内容に関しては、各国で決めることだ。
 わたくしが言うことではない。
 
  その会談について少しだけ観想を言うと、やはり砂の国は只者ではないと、思わず苦笑いを浮かべてしまうほどに交渉がとても上手いと感じたこと。
 この先、もしわたくしが再び交渉するような場面になったとき、上手くいくかどうかは正直分からないが、周りの人たちが言うほど話が通じない相手ではないと思う。国のことを誰よりも考えての行動だと理解出来ることも多い。
 
 
  そして、会談が終わった2日後の朝、出発することになった。
 ヒイロが、やはり名を出した以上、秘密の会談だとは言え一箇所にとどまるのは危険だと判断したからだ。
 それに、この街には大量の賞金稼ぎがゴロゴロしているらしいから。
 
  明後日出発だと、急に決まりはしたが、それでも砂の国には、2週間近くはいたのだ。
 私にとっては十分だった。確かに旧市街を見て回ることも、出来はしなかったが、次の機会でそれは良い。誰もが、また来いと言ってくれたから。
 それから、デュオさんが共に来るらしい。ヒイロは口にこそ出さなかったが、明らかに不機嫌な表情をしていた。
 
  わたくしの方は出発でも構わないが、ヒイロの護衛の方は良いのだろうか?
 確かに姫を襲った犯人グループの一人は仕留めたらしいが、ヒイロは他にもまだ残党がいると言っていた。広場で襲ってきた人物とは別にもう一人、相当の腕の者がいるらしい。珍しいことにヒイロは一度、銃口の先においてその人物を捕らえたらしいが、逃したらしい。銃の腕においては相当のものだというヒイロでも、そんなことがあるのだな、とヒイロを見ていたら、冷たい視線を返された。

  明日、つまりこの町を出る前の日のうちに、ヒイロのことだから、まとめてくるのだろうと思う。
 ヒイロはわたくしと違ってスムーズに行動するのだから。

 ああ、それからこっそり借りていたゼロのことも、ヒイロにはしっかりばれていたらしく、二度と余所見をして運転するという暴挙に出るなと一括された。
 誰に聞いたのだろう?
 …でも、言われたことはそれだけで、勝手に乗ったことや他のこと一切については何も言わなかった。
 機械人形に関しては本当に壊れたら直せば良いという考えらしい。どう説明されても、わたくしには理解できない。
 
 会談が終わり、夜になってもキャプテンは未だに整備中だった。どうやらあと1週間以上は確実にかかるらしい。とても残念だけど、わたくしが出発する日までには、到底間に合いそうも無い。シュウトもヒイロと言い合った後、作業に再び参加したらしい。夜も両親の許しを得て、どうやら泊り込みで作業に参加しているらしい。
 心配ではあるけど、ヒイロが大丈夫だと言っていたのだ。だから大丈夫だと思う。

  そして次の日。
 砂の国にいる最後の日だ。
 驚いたことに、朝はいつもわたくしがヒイロを食事だと呼びに行くのだがヒイロの方からやって来た。
 そして、旅の用意をするために買い物に出かけると言って来た。
 わたくしは、ヒイロから旅の買い物に誘われたことなど、実は一度も無かった。いつもお前は邪魔だと、朝食を食べていたり、宿で先に休んでいたりと、ついていくことなど無かった。だから本当に驚いた。

  ああ、それから、買い物に出る前にわたくしはヒイロから借りていた、全く使うことが出来なかったコインと、使い方が未だによくわからないカードを丁重にお返しした。
 
  街に着くと早速、食料やゼロの整備部品やら医療品、他にも細々とした物を次々とヒイロは選んで買って行った。
 これから冬に向かうからとわたくしの衣料品類もしっかりと揃えた。
 だから買い物に誘ったのかと、このとき理解した。
 とても上質な生地の服を買ってくれた。1枚だけでもとても暖かい。
 冬物を買っておけと散々言われていたのだが、他のものに夢中で全く買えずにいた。

  両手に荷物を抱えてようやく宿に着いたときは既に夕方近かった。
 旅の道具や衣料品を揃えた後も、何だかんだとわたくしがいろいろ見ていたせいでこんな時間になってしまった。
 ヒイロとひさしぶりにゆっくりと話をした気がする。
 ヒイロは荷物の整理をしてくると、ゼロの所に少し前に行ってしまった。
 その為、この部屋でわたくしは一人お茶を飲んでいる。
 そうしてしばらくしていると誰か来た。

  扉を開けると、シルビア姫だった。
 よくよく考えてみるとここは、ヒイロの部屋だった。
 自分の部屋に帰ることもせず、わたくしはお茶を飲んでいたのだった。

  折角なので姫にもお茶を淹れ、ヒイロが戻るまでの間少し待ってもらった。
 
 会談では同じ席につきはしたが、別段会話らしい会話をしたわけではないので、面と向かうのは初めてだろうか。

「ところで、聞いても宜しいでしょうか?」
 リリーナはうなずく。
「魔導士…なのですよね…?」
 シルビアはリリーナの横に立てかけられた刀を見ながら聞いた。
「ええ、そうみたいです」

「そうみたい…?…でも、羽ビトは魔力が得意と聞きます。ヒイロと行動をするなんて、相当お強いのでしょうね」
「う〜ん…どうでしょうか。誰かと比べたこととか無いですし…」
 リリーナはお茶を飲みながら答える。
「それから、その…『EARTH』に幽閉されていたと…ノインから聞きました。理由等、詳しくは聞いてはいませんが…」
 シルビアは言い難そうに聞いてきた。
「そうですね…OZの方から見れば、わたくしは逃亡中の身ということになりますね!でもこの国では安心です。国際法が通用しないそうですから」
 リリーナは何でもないことのように、笑いながら答えた。
 シルビアは驚きながらその様子を見つめた。とてもではないが、笑って答えられるような内容だと思えなかったからだ。自分だったらならば、絶対に重く沈んでいるに違いない。逃げ出すしかないと…彼女のように立ち向かっていくことが、自分には出来るのであろうかと…。

「あの…ヒイロとは、その…貴方とどういう関係なのでしょうか…」
「どうって…」
「サンクキングダムの王族の方と、ヒイロが何故、行動を共にしているのですか?」
 ヒイロがOZから追われている理由はこの為だったのだ。
 誰も教えてはくれなかったけれど…あのヒイロが何故、…疑問が山のように浮かんでくる。誰に聞いていいのかさえ分からない。
 本当は王族とか…政府とか…国とか、そういうもの全てが苦手なのではないかと思うような彼が…OZを出た後も、王族と一緒にいる。
 
 ただ、彼女が好きなのだろうかとも考えはした。
 でも、話してみて違うように感じた。
 そんなことではないのだ、きっと…。
 
   
 シルビアは真剣な表情で尋ねてくるが、それに対しリリーナはなんと答えていいかわからずにいる。今までもいろいろな人から何度も聞かれたことだったが、自分達の関係なんて特に説明することなど何も無い。
 自分達の経緯をありのまま話せば、誰もがきっと私と同じ感想になるはずだ。ただ、本当にあそこで出会い、旅をしているだけだ。改めて聞かれてもただ、困るばかりなのだが。
 それともこれは、通常ではあまり無いことなのだろうか?

「姫が思っているような関係ではありません。…ただ、今は一緒に旅をしているだけで、ヒイロはサンクキングダムとは何の関係もありませんし」
 思ったことを伝えた。間違ってはいなはず。


 シルビアはその答えにとうとう驚きを隠せない。
 
  関係ない何て、そんなことを言われても信じられないし、納得も出来ない。
 
 ヒイロは城でも他の騎士達や兵士たちをはじめとした、いろいろな者たちと打ち解けるようなことがなかった。
 行動する時は大体一人だったし、食事も誰か決まった者と取るということも無かったように思える。
 侍女や女性の騎士たちの興味の対象になっていたのも知ってはいるが、彼はそれに応じてはいなかったと思う。
 唯一、同じ王室護衛騎士のノインや大分前に辞めてしまったサリィとだけは時々、話をしていたような気はするが、業務的なことが多かった。
 そんな様子の彼だったからこそ、私とは話すだけでも目立った。
 それも私と話すときの彼の様子は普段とは大分違うのだから余計だった。
 大臣を初めとしたいろいろな人から注意や叱責を受けたが耳には入らなかった。どうしようもないほどに……。

  彼はいつだって厳しかった、他の誰よりも。
 甘えさせてくれるような事も決して、言いはしなかった。
 でも、彼の時々とる行動は…卑怯なほど甘くて優しかった。


 そんな彼は、今はサンクキングダムの王族だという彼女と旅をしている。
 私はなんと言われれば納得できるのだろう?
 
 彼女と私の一体どこか彼の中で違うのだろう?
 
 身分も同じ王族で、年もそう変わらない。羽ビトの象徴であるはずの翼も服を着てしまえば全く分からない。私も、言われるまでは思いもしなかった。
 あの夜聞いた、彼の言う譲れないことの差を埋める方法が見つからない。

  ただ1つ、まだ出会ったばかりでよくは分からないが、それでも彼女は私なんかよりもずっと強いことだけは分かる。
 もしそれが、大きな理由ならば自分はもっと強くなろうと思う。自分のためにも。

  シルビアは軽く微笑みながらお茶を飲んだ。

「ところで、わたくしからも聞いてもいいですか?」
 シルビアにリリーナは唐突に言い、相手の答えを待つよりも先に話し始めた。
「一昨日の晩は結局、楽しく過ごせましたか?」
「はい!?」
 一昨日?あのヒイロが刺客をおびき出すと別の宿に泊まった日のことだ。
「ヒイロの誕生日だったのですよね?」
「ああ…ええ、そうでした。お祝いに夕食をご一緒しました。」
 誕生日だからとは、彼には言わなかったけど…。彼はあまり誕生日を喜ばないから。
「そうでしたか」
 それを聞いてリリーナは笑顔で答えた。

 
「それにしても、遅いですね!わたくしが呼んで来ますね」
「いえ、大丈夫ですから」
 シルビアは驚いてリリーナを止めるが、リリーナは他にも少し用事があるからと部屋を出て行った。


 ヒイロに用件を伝えた後、その足でキャプテンの修理が現在も行われている部屋に行きシュウトと会った。


 私たちは外の風に当たりながら少し話をした。
「キャプテンの修理が終わった後もここで勉強をする?」
「うん!そうなんだ。僕にここで勉強してみないかって、あの人。H教授って言うんだけどその人が」
 シュウトが言う先には、体つきがすこしふくよかな中年の男性が立って作業を続けている。
 リリーナがその人物を見ているとシュウトが話を続けた。
「何でも、ウィナー財閥のあのカトルさんの先生でもあるみたいなんだ!」
「そうなのですか…良かったです。心配していました。その…ヒイロが昨日貴方に、ひどいことを言ったから…落ち込んでいるのではないかと思っていました」
 リリーナは申し訳なさそうに告げるが、シュウトも何処か居心地が悪そうに、何か言いたげにしている。

「そのことなんだけど…その人のおかげで、僕はここにいられるようになったんだ!」
「え」
「知らない間にカトルさんに僕のことを伝えてくれたみたいで、その…腕が…何ていうか、見込みがよさそうな奴がいるとかさ、兎に角、紹介してくれたって!」
「ヒイロが?」
 シュウトは顔を赤らめながらどこか困ったような何ともいえないような表情で続ける。
「だって、なんにも言わないからさ!その…、僕いろいろ言っちゃけど、あの人はすごい人だったんだよ!機械士の資格とか持っているわけでもないのにさ、自分の機体の整備は誰よりも完璧にしているし!昨日だって今日だってずっとやってた!普通じゃ絶対に出来ないよ!だって、『XXXG−00W0』って半端じゃないんだよ!僕なんか、補助エンジンのBEタイプの先がどうなっているのかとか、他のとこもだけど全然分からないもん」
「え?びーイーが、は?ほ?」
 シュウトは途中から少しついていけていないリリーナの言葉など気にせずに訴え続ける。
 
「僕とは全然方法が違うけど、あの人はヒイロさんはその時に出来ることを力の限りやるって言うか、みんなの性能を限界まで使うことが出来るような人なんだよ。壊れるとかそう言うことでは、全然なかったんだ……。」
 シュウトは一息つくと、続けた。
 
「僕もそう気がついたとき…みんなにとってはその方が本来の使い方なのかもしれないなって思った…みんなが傷つくから…壊れるからって…人を街を護れなかったら意味なんかないのかもしれないよね」
 シュウトは力なく笑う。
 そんなシュウトにリリーナは穏やかに告げる。
「そうですか…確かにそうかもしれませんが、わたくしは貴方の考えも正しいと思います」
 シュウトは黙ったままだ。
「シュウト…私がここに来た理由は貴方にどうしても出発の前に話しておきたいことがあったからです。貴方にならば話をしてもいいと感じたから…」
 シュウトは黙ったままリリーナの方を見る。
「わたくしが何故、機械人形たちの秘密の言葉が分かるのか聞きましたね。これは他の人には誰も話してはいません。唯一、ゼロだけは知っていますが。」
 リリーナは軽く笑いながら答える。
「…え…でも、それって、本当に僕が聞いていいことなの?」
 リリーナは前を向いたまま黙って頷く。
「わたくしがこのことを言わなかったのは、この機能を戦いのために開発されたくは無いからです。人は、機械人形同士の人の耳には聞こえない周波での会話というか、指示や指令みたいなものが存在することは知っていても、それが特別どうだとかは考えたことも無いのだと思います。」
「うん、そうだと思う。だって、そのお姉ちゃんの言う周波での会話って、例えば機械人形同士で作業をしたりする時に彼ら同士が指示する信号みたいなものでしょう?『右に10秒後に同時に曲がるぞ』とか、『それを取ってくれ』とか?」
「ええ、そんなものです。それがわたくしは分かるのです」
「正直信じられないけど…それは本当なんだよね。普通さ、今のAIだと、型も沢山あるし、大体複雑すぎて例え聞こえたとしてもさ、その度に理解し解読するなんて機械や道具を使ったて、今の技術じゃ無理だし、可能なのかどうかもわからない…」
 シュウトは驚きを隠せないように言ってくる。
「わたくしも、全ての機械人形たちの会話が判るというわけではありません。少し一緒にいると分かってくるのです。その期間はまちまちですが…分からない時もあります。」
「何で?それって音が聞こえるって事なの?」
「わたくしは物心ついたときから、最近までずっと、機械人形たちと暮らしていたのです。わたくしの周りに人は誰もいなかった。人と話をしたことが、数えるほどにしかなくて…何しろ『EARTH』に幽閉されていたことはもう知っていますよね?わたくしの存在はOZの中でも秘密のことだったから」
 リリーナは微笑を浮かべながら優しく話すが、シュウトは突然の告白に言葉が出ないでいる。
「そんなある日ね、不思議な音に気がついたの。私のいた所は本当に静かな所だったから…。その音が彼らの声だった。羽ビトだから聞こえるとか、そういうことは良く分からないのですが、今では普通に聞こえるのですよね」
 リリーナは笑顔でそう言うと次にはそれまでとは違った、どこか悲しそうな笑顔を浮かべた。
「本当は、人と機械である彼らとを繋ぐ、すばらしいコミュニケーションのはずなのに…こんな彼らの会話を理解する術があるということが分かっただけで、戦いに利用しようとする者は必ずいると思います。悲しいことですが…これはやはり、機械人形たちが主として戦闘に使われている現状では、残念ながら否定することが出来ません」

「何で僕にこの話をしてくれたの…」
「貴方は、彼らを人と同じように接しているから」


 朝出発すると言っていたのに、辺りはまだどう見ても夜だ。
 しかし今度は、ちゃんとデュオも気がついていたらしい。
 わたくし達の隣を、ゼロと同じような機械つきの自転車で走っている。
 ヒイロと姫がどうやって別れたとかは聞いてはいない。
 ただ、シュウトからの伝言だけは伝えた。
「ありがとう」と。
 それに対しヒイロは、いつもと変わらず、キャプテンを壊してしまった借りを返しただけだと言っていた。
 そんなヒイロを、思わずフフフと笑ってしまったものだから、ギロリとにらまれたが、嬉しかったのだから仕方が無い。

 必ずまたこの国には来たいと思う。
 キャプテンにももう一度会わなければならないし。
 いろいろな意味でもすばらしい国だったと思う。


2005/1/3


#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー1

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