LOVER INDEX

#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー1


 身長はオレよりわずかに高い、羽ビトの男。 利き腕は左。
 以前は右だった。それは、右腕が以前とは違い一見わかり難いが、義手だからだ。だが、その動きには一切の問題は見受けられない。生身の手と何の違いも無いほどに使いこなしている。だから利き腕が左だろうと何の損傷もなく、右でも同じように剣も使いこなせるのだろう。
 そいつは先程から他の誰も気がついてはいないが、何度も鋭い視線をオレに向けて来ている。
 
  まぁ当然だろう。
 奴らにとって本来ならば主人であったはずのリリーナと、現在供に行動しているのがオレなのだ。
 奴の心情も、理解出来なくは無い。
 
 
 奴は『ラファエル』。
 正確に言えば名前ではない。
 聖騎士の位を表す言葉だ。
 オレが以前奴と出会った時は名前が違った。
 
  ラファエルと会うのは2度目。
 
  オレはある事情で以前からラファエルを知っている。
 
  世界には自分に似た奴が3人はいると言う。
 オレにとってはこいつがその一人ではないだろうか。
 
 今でこそ、顔、身長、体つきが多少なりとも違うにしても、以前は人を見分けるプロである賞金稼ぎたちですら、見間違えるほどにオレ達は似ていた。確かに細かく見れば、瞳の色も異なるし髪の色も僅かに違ったりといった点は多数あるが、変装さえすれば大した問題ではない。
 それでも大きく違う点を上げるとすれば、オレは人で、奴は羽ビトだということだろうか。
 
  オレは以前、聖騎士である奴に成り済ますことで、ある任務を遂行した。
 
  それは、現在でもそうだが、場所や規模の大きさに関わらず、教会に関する情報を手にするのはある意味、至難の業なのだ。
 奴らの結束力は国や企業と言ったものとは比べ物にならないほどに高く、人から情報が漏洩することは極めて少ない。
 それは、信念に従って動いている者達ばかりだからだ。
 
  よって、内部の機密情報を手に入れるのはほぼ不可能と言って良い。
 
 
  だからオレは奴に成りすまし、教会内部に潜入する手段を選んだ。 奴とはその時出会った。
 
  本来、聖騎士とは羽ビト達の国を護っていた騎士を指し、教会の人間と行動することは無い。
 
  だがその前に、何故国が無い現在でも、聖騎士なんてものが存在するのかと言えば、生き残った羽ビトたちから結成されている組織が存在するからだ。
 組織の名前は『ホワイトファング』。
 その組織についてはオレも詳しくは知らないが、かなり力のある者達から組織され、聖騎士たちもそこに所属していると聞く。
 
  そして、その組織が教会と深い繋がりがあるのだ。
 だからこそ、オレは聖騎士の立場を利用して潜入できたわけだが。
 
  何故そんな奴らと今いるのかと言えば、勿論オレに会いに来た訳ではない。リリーナを呼びに来たのだ。
 自分たちの本来の主人であるリリーナを。
 
 
 砂の国を出てから一月ほどたって、ようやく次の街にたどり着いた日のことだ。
 町の中心である大聖堂を通り過ぎようとした時、27人に止められた。止められたというよりは、行く手を阻まれたと言った方が正しい。
 往来の真ん中でオレたちは囲まれた。
 囲んだ人物は羽ビトを初め、服装から教会関係の人物も何人も居る。
 その中に、ラファエルも居た。
 奴はこの時からオレに鋭い視線を投げかけ続けている。
 それをオレはまるで気がつかないかのような態度でやり過ごしている。
 いくら砂の国でのことは、秘密の会談で、公では無いとは言え、あれだけ派手に名を名乗ればいつかこうなることは解っていた。
 だから、何の驚きもない。
 
  奴らは初め、聖堂で話がしたいと持ちかけてきたが、オレは応じず近くのカフェのオープンテラスで話しを聞くことになった。リリーナもそれで良いと納得してのことだ。
 教会と裏でつながりのあるデュオが居ればもう少し奴らの素性等、解ることも多かったのだろうが、いないのだから仕方が無い。
 デュオは街に入ってすぐに、今晩の宿を探しに行ったまま、まだ戻ってきては居ない。
 
 
 ラファエルの視線を無視したまま隣に座るリリーナに視線を向けると、真剣な面持ちのまま目の前の男の話に耳を傾けている。
 
  そこに居る誰もが、リリーナの無事な姿に、感極まって涙している。
 
  男達は国が崩壊してからの自分達の経緯を話し続けている。
 
  そんなことが、永遠10分ほど続いた。いい加減、埒が明かない。
 奴らの話してくる内容は、ほぼ予想が出来ている。だからこんなことを続けていても意味など無い。
 
「それで用件は一体なんだ?」
 オレの突然の発言に辺りから鋭い視線が向けられるが、知ったことではない。
 一向に驚いたまま何も話し始めない奴らに向ってオレは更に声を低くして言う。
「オレは気が短いんだ」

  雰囲気がそれまでと一転して温和なものから張り詰めたものに変わる。 目の前の男が、鋭い表情を浮かべ視線をリリーナからオレに向けた。
「ヒイロ・ユイ。貴方には関係の無いことだ。少し黙っていていただきたい。これは我々サンクキングダムの問題だ」
 そんな男の言葉にリリーナが異議を唱えた。
「いいえ、彼の言うとおりです。挨拶はいい加減十分でしょう。用件はなんですか」
 男はリリーナの言葉に僅かに眉を寄せた後、軽く息を吐いた。
 「…そうですね…率直に言わせていただくと、姫様のことは我々がお護り申し上げたい。」
「わたくしを…」
「姫様には我々と供に来ていただきたいのです。」
 
  予想していたことなので驚きも何も無い。
 
 
 それから少ししてデュオが戻って来た。
 デュオが言うにはサンクキングダム関係の人物はわからないが、男達の中の数人は確かに教会の人間で、それもかなり上の人物らしい。
 
  デュオがそう説明した後、男達は今度こそ聖堂で話しをすると言って聞かなかった。
  初めから理由は聞くまでも無い。
 オレが邪魔なのだ。
 オレは聖堂の中まで同行することが出来ない。教会の人間ではないオレは聖堂の中に入ることすら出来ないのだ。
 
  リリーナはとりあえず、一度話を聞いてくると言って来た。
 話さないことには、先に進むことも出来ないからと。
 デュオが同行するかと聞いていたが、大丈夫だと断っていた。それにサンクキングダムの奴らが来るなと態度で示していた。
 しかし流石の奴らもデュオを正面から断ることは出来ないらしい。
 
  デュオは世界に広がる教会の殆ど全てに、顔がきくと言って良い。理由の一つとしては、デュオが任務中に知った情報で弱みを握られている者が、少なくは無いからだ。
 
 リリーナが奴らの話しを聞くというのであれば、オレに止める理由は無い。
 リリーナが目指すことにとっては、奴らと行動を供にした方が早いかもしれないからだ。
 それはリリーナ自身が決めることだ。オレが口を出すことではない。
 
  そして、教会がバックについているのであれば流石の『OZ』もそう簡単に手を出しては来られない上、賞金稼ぎ達の脅威からも当然逃れられる。
 身の安全は、今以上に保証されることは確実だ。
 今までが異常だったと言えなくは無いが。
 
  聖騎士たちに護られながら、あいつは目指す道を進む。
 これが本来のあいつの姿で、住む世界だ。
 OZが支配する浮島『EARTH』に閉じ込められるわけでもなく、殺し屋と行動を供にするわけでもない。
 
  デュオが今夜の宿の場所を簡単に説明すると、リリーナは礼を言った後、真剣な表情で聖堂に歩いていった。
 
  オレたちが黙ってその姿を見ていると、ラファエルは聖堂に向う様子もなくこちらを睨みつけていた。
「うわぁ、怖いね」
 デュオはヒイロの傍に近寄ってくると小声で囁いた。
 
 そして、デュオは正面を向いたまま隣にいるヒイロにしか聞こえない声で話す。
「教会の連中、専用列車を用意してる」
 ラファエルは目を僅かに細めこちらを睨みつけている。

「出発はいつでも可能。」
 ヒイロは黙ったままだ。
「行き先はまだ確実ではないけど、…おそらく聖都リーブラ。」
 聖都リーブラとは、教会にとっての総本山の国だ。
 それから数秒沈黙が続いた。

「デュオ」
 何の前触れも無くヒイロが口を開いた。
「何だよ。オレもこれから聖堂に行くんだから、これ以上の情報は何も無いぜ」
「そうじゃない」
「じゃあなんだよ?」
 ヒイロはそう言った後も、ただ正面を見ている。
 ラファエルがようやく聖堂に向って歩き始めた。

「何なんだよ?言いにくいことか?」
「いや、良い―――」
「はぁ!?」
 
  ヒイロは他には何も話すことはせず、聖堂にリリーナが入ったことを確認するとその場を後にした。



 
  聖堂の中は天井がとても高く、壁の装飾は驚くほどに豪華だ。
 リリーナは聖堂の奥の、大きな円卓が置かれた部屋に案内された。
 その部屋には数人の羽ビトたちと黒い装束に身を包んだ者たちが整列してリリーナを待っていた。
 リリーナが部屋に入ると、最後を歩いていたラファエルは部屋の扉を閉めた。
 
「はじめまして、私はカーンズと申します。王女様のお父上の代から城には、お仕えしておりました。現在はサンクキングダムの生き残りの者たちから結成されております『ホワイトファング』の総指揮の代理を取らせていただいております。」
 カーンズと名乗った、白髪の男がそう言って頭を下げてきた。 カーンズは羽ビトではない。
 サンクキングダムは羽ビトの国とは言っても、別に羽ビトしか居ないと言うわけではない。普通の人たちも数多く暮らしていた国だ。

「ここに居る誰もが王女様の帰還を心待ちにしておりました。よくお戻りくださいました」

「ああ…ありがとうございます。わたくしも貴方方とお会いすることが出来て光栄です。わたくしはリリーナ・ピースクラフト。よろしく。」
 その言葉に、皆の表情が緩み円卓に誰もが着こうとしたところに、リリーナが付け加えるように口を開く。
「それからもう一つ。わたくしは確かにサンクキングダムの王です。ですが、サンクキングダムは現在既に存在しない国です。ですから逃げているように聞こえるかもしれませんが、わたくしは、貴方方の王でも何でもありません。国民はおろか…国土も何も無い、王一人だけの国だと考えていただければ助かります。こんな国が国といえるかはわかりませんが。」
「姫様!我々は―――!」
 控えていた者の数人が声を上げるが、リリーナは話し続ける。
「それは、貴方方に関わらず、わたくしと関係が有ることで、その身に危険が及ぶ可能性が高いからです。」

「そんなことは納得の上です!」
「いいえ、聞いてください。」
 リリーナは強く言うと、あたりを一人一人見回す。
「この状態でわたくしと関係があると言うことは、命を落とす可能性が高いと言うことです。OZも、世界もそれほど甘くはありません。」
 リリーナは鋭い視線を皆に向ける。

 酷いことを告げているのは解っている。
 過去サンクキングダムの国民だった彼らが自国のために動いてくれているというのに、自分は彼らとは関係ないと言っているのだ…。

 だが仕方が無い。
 責任は自分だけが負えば良い。

 今の自分には、彼らを護る術が何も無いのだ。
 出来るだけ巻き込まないよう心がけていたが、結局いろいろ巻き込んでしまっているヒイロですら自分は護れていないのだ。
 それどころか、反対に護られている状態が殆どだ。
 こんな自分が、彼らの王だとは言うことは出来ない。

「ですから今も、そしてこれからも、そういう関係だと理解して接していただきたいのです。貴方方はサンクキングダムとは関係ないと。」
 リリーナはそれだけ言うと、反論も聞かず円卓の席についた。

「………………わかりました。一応頭には入れておきます。ですが、これだけはお分かりいただきたい。我々は貴方が何と言おうと、貴方は我々の主人だと」
 カーンズはリリーナをまっすぐに見つめる。
 リリーナはそれには何も答えなかった。

「それでは気を取り直しまして――早速なのですが、聖都リーブラにある大聖堂で貴方のことを大勢の者たちが今も待っております。」
 聖都リーブラは、リリーナも名前は聞いたことがあった。

「大勢の者?誰ですか?」
「他の『ホワイトファング』の者たちを初め教会の人間や、その他数多くの者達です。詳しくは列車の中で申し上げます。それでは早速、次の列車で聖都リーブラに向っていただきます」
 そう言ったかと思うと、カーンズは自らの時計と列車の時間表を見合わせている。
「待ってください。次の列車って…今からですか?」
 リリーナは驚いたように聞き返す。
 既に夜の7時を過ぎている。

「そうです。約1時間後になります。我々の特別車両ですので安心してください。」
「待ってください!まだ行くも何も、話は進んでいません。」
 リリーナがきっぱりと告げた。
 カーンズはその言葉に僅かに眉を寄せる。

「それではお言葉ですが、王女様はこれから先どう動くおつもりなのですか?」
「それはどういう意味でしょうか…」
「これからもあの犯罪者と行動するのかとお聞きしているのです」
「その言葉をすぐに撤回してください」
 リリーナは静かに告げる。
「申し訳ございません。言葉が過ぎたかもしれません。ですがその…あの者の評判が宜しくないのはご存知でしょう?我々の心情もご理解ください。あの者が王女と行動するのは絶対に裏があります」
「そんなことはありません。例えそうだとしても、わたくしから見れば貴方方も同じようなものです。会ってからまだ1時間もたっては居ないのだから。」

 リリーナの視線が鋭くなる。
「王女様…我々を信じてください。今は亡き王のためにも貴方の身をお護りしたいだけです、我々は。」
 カーンズ以外にも次々に口を開き始める。
「あの者は、人を殺すことを、何とも思ってはいないような人物です」
「私の知り合いは、その者を含めたある組織に壊滅的ダメージを受けたこともあります」

  まただ。
 先ほどから至る人物に、同じ内容のことばかり言われる。

  ホワイトファング…サンクキングダムの生き残りの者たちから結成されている組織…。そして、教会と供に行動している…。

  確かにヒイロは良くない噂があるのも知っているし、事実、過去いろいろあったことも全てではないが少しは知ってはいる。
 だからこれはある意味、仕方の無いことなのだろうか。

  リリーナは表情を変化することなく答える。

「何とも言えませんが、確かに事実はそうなのかもしれません。ですが、わたくしは彼を信じております。そして、今この場でこれ以上彼について議論する意味は無いでしょう」
「王女様が我々と来て頂けるとおっしゃるのであれば、これ以上は何も申しません。しかし、実際はそうではない。彼のことは信じ、我々のことは完全に信じてはいただけていない状況です。」
「信じるとか信じないという問題以前に、わたくし達は、会ってまだ1時間くらいしかたっていないのです。わたくしは、自分の判断を誤りたくは無いのです。ですから、お願いします。心配してくださる気持ちはわかります。ですが、わたくしのこともご理解願いたいのです」

  リリーナはハッキリと、そして強い口調で訴えた。
 リリーナは誰の目からもハッキリと解るほどに落ちついている。

 その様子に周りに控えていた者達は徐々に冷静さを取り戻していった。
 
 
 そして、カーンズは一息つくと再び口を開いた。
「でしたら、1つお聞かせ願いたい。」
「彼についての質問はこれが最後です。」
 カーンズは黙ってゆっくりと頷く。
「彼と行動を供にする理由をお教え願いたい。どう考えても、彼が貴方と行動することで何の得があるのか理解できません。何か裏が有ると考えない限り、あの者が動いている理由を見つけるほうが、正直難しい」

「彼とわたくしはお互いが力を貸すと言う盟約の元、行動を供にしております。」

「盟約…あの者が誰かの力を借りる必要があると本気でお考えなのですか…?王女様。断言しても良いです。彼はくさい!何かを隠していることは間違いありません」
「そうなのかもしれません。でも、それが一体なんです?」
 リリーナは本当になんでもないことのように答える。
「いいですか――そんなことを言い始めたら、わたくしは彼にもっといろいろ隠しています。」
 リリーナは瞳を逸らすことなくカーンズをじっと見つめる。
「貴方の言いたいことは良く分かります。ありがとう。わたくしを心配してくれている気持ちはよくわかります…ありがとう」
 
 それ以上はカーンズを含めたこの場にいる誰もが口を開くことが出来なかった。
 
 
 
 その後も彼らと少し話し合いをしたがリーブラに来いとの一点張りで大して話は進まなかった。
 それから、どうしても簡単に会食をと頼み込まれ断れなかった。

 
「お嬢さんは何処でも人気だね」
 突然柱の影から声をかけられた。
「デュオ!」
 大分前から呼び捨てで呼んでくれと言われていたのだが、なかなか慣れなかったが最近ようやく呼べるようになった。

「様子を見に来たんだけど…まだ帰れないみたいだな」
「そうですね。ありがとう。まだかかりそうなので。」
 リリーナは広間を見回しながら言う。
 広間では会食の準備が進められている。
「それで、そこの奴がお嬢さんの護衛?」
 デュオはラファエルを横目で見ながら言っている。
「ええ。どうやらそのようです。カーンズさんがどうしてもと…」
 ラファエルは気をきかせるように、二人から少し距離をとって鋭い視線を向けたまま隙無く立っている。
 銀の鎧に身を包み、無表情だ。
 初めて見たときから思っていたが、そばで見ても本当に良く似ていると思う。
 本当にそっくりだ。ヒイロと。

  リリーナは軽く息をつく。
「教会のやつらって無茶苦茶、固いだろ?息が詰まるよな。サンクキングダムの奴らも見るからに難しそうな奴等ばっかそうだけどな。お疲れ」
 デュオは軽く辺りを見回しながら言う。
 そんなデュオの言葉にリリーナが微かに微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、彼らも国のこと人々のことを思っての行動だと思います。」
「それで、リーブラに来いって?どうするの?」
 リリーナはその言葉に僅かに驚いた。
 何故そのことを知っているのかと。
 だがすぐに思い直す。
 デュオの情報力は今までもすごかった。これくらいは筒抜けなのかもしれない。
「ええ…ああ…まぁ…そうですね。まだ決めておりません。」
 リリーナは肩で息をする。
「そう意気込むなって。肩の力を抜きなよ。」
 デュオが笑いながらそう答えた。
「まぁ、行くことになってもさ、オレも何とかして入り込むから」
「え?入り――」
 リリーナの言葉をデュオが急いで止める。
「声を落として」
「ああ、すみません…いや、でも、だって入り込むって…もし私が聖都に行くことになったら、一緒に来てくれるということですか」
 デュオは片目をつぶり、ゆっくりと頷く。

 広間には次々と料理が運び込まれる。
「それにヒイロは一度『EARTH』に戻るだろうし、どちらにしろこの先はオレと二人だよ」
「え?」
 ヒイロが、一度戻る?
 一度戻るというか、何の話しか…寝耳に水の話だった。

 デュオはリリーナのその様子に驚いたような表情を向ける。
「…聞いてない?」
 何を?
 リリーナはただ首を横に振る。
「お姫さんがさ、あ、シルビア姫な。この間会った時、全てじゃないらしいけど兎に角ヒイロが現在おかれている状況を、把握したらしくってさ、恩赦を与えるって話」
「知りません。」
 恩赦?

  ヒイロはあまりシルビア姫との事は話をしない。
 いや…そうではない。ヒイロはあまり自分の事は語らない。

「恩赦とは具体的に、なんなのですか?」
 デュオは答えるべきか一瞬迷ったが、言うことにした。
 別に口止めはされてはいない。
「知っていると思うけど、ヒイロは今現在OZの最重要参考人として捜索願が出てる。それも全世界に。協力という名の命令が。簡単に言うと恩赦で、それら全部を取り下げるってこと」
 リリーナは言葉が止まる。
「そのためには、姫といえどもヒイロが直接来ないと手順が踏めないんだと。」
 デュオは大して興味がなさそうに伝えてくる。

「いつ、その話が?」
「この間、砂の国を出る前日の夜。」
 ああ、あのシルビア姫が部屋に来た時のことだ。
「本当はそのまま、お姫さんと一緒に『EARTH』に戻ろうって話だったらしいけど…お嬢さんをとりあえず別の国に移動させるまでは何もしないって言ったらしい。」
 別の国…つまり、今居るこの国は、砂の国からみれば別の国だ。

「結構いろいろあったみたいだけど…珍しいことに、お姫さんが無理矢理通した。」
 確かに珍しい…わたくしが知っている以前の姫は、意見など言わなかった。
 しかも、それが誰か一人にでも反対されたら、即そこで終わりだった。

「まぁ、OZも恩赦と引き換えにしてでも、ヒイロを呼んでお嬢さんを探したいのが本音だろうけど。それでも、今回のことに関して国際法の元、全て無罪放免だ。普通では考えられない。」
 確かにそうだ。

「確かに誰もがさ、お姫さんと噂のあるヒイロのことだからとか好き放題言っているけど、オレはそうじゃないと思う。」
 デュオはリリーナをまっすぐに見つめる。
「オレはお嬢さんにこの間の借りを返したいんだと思う。」
 砂の国での代表たちとの会談の機会を作ってくれたことへの礼だと。

 
 リリーナは何と答えて良いか判断がつかずにいる。


 確かに、嬉しいには嬉しいが…相手はあのOZだ…わたくしですら、これだけ怪しんでいるのだ。
 ヒイロならば更に疑っているのではないだろうか。

「デュオ…こう言ってはなんなのですが…ヒイロが、とてもOZの恩赦など受け入れるとは思えません……」
 
「姫の願いだぜ?条件を呑むだろ?それに、実際、あいつが置かれている今の立場って相当まずい。国際機関を通して追われてるんだぜ?個人とか企業とか特定の国とかではなく。おかげで、仕事は殆どつけない状態だし、賞金首を捕まえても賞金すらもらえない状況だ。それも全世界で。逃げ場所も無い。まぁ、普通なら、とりあえず行くだろう」

 確かに、そうなのかもしれない…。
 わたくしは似たような状況だがこれは自分で選んだ道だ。
 解ってとった行動だ。だが、ヒイロは違う。

  ……だとすると…自分は、リーブラに行こうが行くまいがヒイロとはここで別れるということだ。
 ゼロとも…別れるということだ。


  会食は何の問題も無く進み、多くの者達と会話を楽しんだ。
 宿に戻る頃には、既に夜の10時半を過ぎていた。
 デュオは大丈夫だからと、先に戻ってもらった。

「姫様、宿までお送りしますからお待ちください」

「一人で帰れます。それに宿に行けばヒイロたちも居ます。平気です。」
「姫様…本当は、カーンズたちから宿に行くのをお止めするように言われているんです。聖堂に泊まっていただくようにと…。ですから、せめて送らせて頂かないと私も帰れません」
 ラファエルは声を潜めて伝えてきた。
 リリーナはため息をつきたくなる。
「……そうですか」
「すみません」
 ラファエルは本当に申し訳なさそうに伝えてくる。
 その様子にリリーナは思わず笑みがこぼれてしまった。
「何ですか…」
「いえ、その、…あなたは他の方とは少し違うのですね」
「そんなことはありません…私も姫様には聖都リーブラにいらして頂きたい気持ちに変わりはありません」
 ラファエルは無表情だが、どこか申し訳なさそうに話すその様子が、失礼だとは解っているのだが、どこか不思議な風景を見ているようで可笑しくてどうしようもない。
 ヒイロでは絶対にこんなことはしないから。


 ラファエルはカーンズ達とはやはり雰囲気が違う。

 カーンズたちは表面上、わたくしをとても丁寧に扱う。優しい言葉を沢山浴びせかけ、心配したと。会うことが出来て嬉しいと。
 わたくしのことが必要だと。主人だと…。

 しかし、彼らはわたくしというより…名を必要としているように感じられた。王ではないとハッキリ伝えても、彼らはあまり聞いているようには思えない。元から王として扱うつもりも無いのかもしれないが。
 彼らは、何度も何度も…全て任せろと言う。つまり…口を出すなと。

 だがこのラファエルは、心から本当にわたくしを心配してくれているのがわかる。
 カーンズ達とはだいぶ違う。

 リリーナは一息つく。
 仕方が無い。
 ラファエルに宿まで送ってもらうことにした。


  冷たい風が吹き抜ける夜、何の前触れもなく路地裏では次々と男や女が倒れていく。その倒れた者たちの装いは一見しただけでは、一般の者たちとは何の変わりも無い。だが、その服の下に隠された物を見たら、その誰もがすぐに理解するだろう。彼らがまっとうな生活を送っている様な者ではないことを。

  宿を出た時、リリーナはまだ戻ってはいなかった。
 聖堂に泊まるとは言ってはいなかった。
 だから戻って来る。

  本当は戻ってきてから出かけたかったが仕方が無い。
 辺りが放っておくことができないほどに騒がしくなってきてしまったのだ。まぁ、どの街でも大抵似たようなものだ。
 今更驚くことではない。

 だから、いつもと同じようにゼロに伝言を残した。
 ゼロにアクセスできる人物はオレ以外にはリリーナしか居ない。

 旅を始めて少したった頃、リリーナをゼロに登録したのだ。
 そのおかげで、リリーナはゼロも運転できる。
 最近では勝手に乗っていることもしばしばあるが。

「…………………………」
 ヒイロは黙ったまま、歩き続ける。
 足元にうずくまる者達は国際的に有名な暗殺者や賞金首だ。
 突き出せばそれなりに金になる奴が居もするが、ヒイロは無視をして歩き続ける。


 宿にたどり着くと、時間は既に深夜12時を過ぎていた。
 
 流石に戻っているだろう。
 そう思いながらロビーを歩いていると、見知った人物が向こうから近づいてきた。
 あちらもこちらに気がついたらしい。
 その表情から見て、良い様に感じていないことは確かだ。

 羽ビト、ラファエルだ。


「こんな時間にお戻りとは…」
 ヒイロは視線も合わせないまま歩き続ける。
「血の匂いがするな……」
 その言葉にヒイロはピタリと止まり、視線がぶつかった。
「どんな思惑があるにせよ、姫様に指一本触れてみろ…ただでは済まさん」
 ラファエルの声は怒号を含んでいるが、ヒイロはまるで気にした様子もない。
「そう思うのだったら、その名を不用意に口に出すな」
 どこに誰がいるのかわからないのだ。
 凍えるほどに低い声だ。

 二人の鋭い視線が数秒ぶつかる。
「お前に何がわかる…あの方の何を知っていると言うんだ、ヒイロ・ユイ?」
 ラファエルのヒイロを見る瞳は、嘲りに満ちている。
「私ならばあの方にあんな物は持たせたりはしない――刀など持たせたりはしない、絶対に!……お前にはあの刀の意味すらわからないのだろうな…哀れな…」
「何?」
「貴様は所詮その程度だ。姫様はお前など信用してはおられないということだ。身の程をわきまえろヒイロ・ユイ。去れ」
 ラファエルは蔑むような瞳でヒイロを睨み続けた。


 自分でも気がつかないうちに部屋に向う足が速くなっていた。
 
  そして、部屋の扉のノブに触れた瞬間、全身に緊張が走った。 即座に手を開く。
 
「!?」

  宿の廊下の電気は暗かったが、オレには何の問題も無い。
 鮮血だ。
 全身に緊張が走った。
 オレのものではない。今夜は返り血を浴びてはいないのだから。一適も。
 例え浴びていたとしても、あいつの居る部屋にそんな姿で戻るような真似はしない。絶対に。
 
  部屋の気配を探る。
 
 一人の気配を感じ取れる。
 迷っている時間は無い。
 
 銃を構え、気配を殺したまま部屋に足を踏み入れ、そのまま奥に進む。
 そしてゆっくりと部屋の中を探ると、そこには暖炉の前でしゃがみ、一人、マッチを擦るリリーナが居た。
 
  オレはとりあえず銃をしまい、リリーナに戻ったと声をかけた。 リリーナはオレに気づくといつもと変わらない笑顔で、お帰りなさいと告げてきた。
 
  否定できない。
 オレの心臓は早鐘のごとく今も動いている。
 血を見て、一瞬頭が真っ白になった。
 いつもと同じように冷静な判断ができたかと言えば…自信が無い。
 先程からリリーナの刀に目が行ってどうしようもない。
 
  兎に角、頭を切り替えるためにも、一度深呼吸をする。
 
 そんなオレにリリーナが、どこか楽しそうに話しかけてきた。
「今晩はどうでした?楽しかったですか?」
 一瞬言われた内容が理解できなかった。
 まだ、頭が動いていない。
「まぁまぁだな…」
「そうですか。」
 リリーナはそう言うと、再び手元のマッチと格闘が始まった。 ようやく頭が動いてきた。
 
 オレはゼロにリリーナにはいつもと同じように娼館に行くと伝えるよう外に出た。
 
 場所に関してはいろいろ思案した末に、こうすることに決めた。

  リリーナに正面から、暗殺者や賞金稼ぎたちを片付けてくると言った所で納得するとは思えない。良くて、同行すると言い出すのではないだろうか。 だから、娼館に行くと言って出かける。
 そうすればあいつはついては来ない。
 加えて娼館にすれば周りから見ても、他の理由に比べれば不審な点が少ない。
 深夜、男であるオレが一人で出て行くのだ。
 面識が無いものから見れば何の問題も無い。

  しかし、リリーナの話しを聞いていると娼館の意味を本当に、理解しているのか理解していないのかたまに疑問に思う。

 
  リリーナを見ると、未だに下でマッチを擦り続けている。
 以前一度だけ聞いたことある。何故、魔導を使わないのかと。
 リリーナならば魔導を使えば火など、一瞬で点けられるだろうに、そんなことはしない。
 リリーナが言うには、ただ道具を使うのが好きらしい。
 しかし、暖炉などよりも血の原因を調べなければならない。
 正直待っていたら何時間かかるか想像もつかないので、さっさとマッチを受け取るとオレは暖炉に火をつけた。

  そして、マッチを受け取ったときに気がついた。
 リリーナの右の手の平がざっくりと切れていることに。

  不器用に巻かれていた包帯をはずし、手当てをする。

「ガラスのコップをその…割ってしまって」
 ガラスの破片をピンセットで一つずつ取っていく。
 たまに痛いのか、手の平がビクンと震える。

「…聖堂で?」
 なるべく平常に聞く。
 それでも、内心、苛立ちが混じる。
「いいえ、戻ってからです。」
 暖炉の前で床にじかに座り、治療を続ける。
 リリーナの傷は治療の後がまるで無かった。

  細かいガラスの破片が数多く残っている。
 オレはリリーナの答えの不審な点をあえて追求をしない。
 この部屋の備品は既に頭に入っている。
 

 ガラスのコップは存在しない。

  だから口を閉じる。
 これ以上このことに関して何か話せば、苛立ちを隠せなくなる。

「ねぇヒイロ…」
「何だ…」
 その口調はそっけない。

  ヒイロはカバンから医療キットを持って戻って来る。
 リリーナは一瞬言うのをためらったように見えたが、口を開いた。
「ヒイロは…聖都リーブラに行ったことはありますか…?」
「ああ…2度。」
 ヒイロはまるで何も知らないかのように答える。
「リーブラは…どういう所ですか…」

「どういう……そうだな――教会にとっては総本山の国で、都会だ。他の国と違い、一度も戦場になったことも無い。そのせいもあって、『EARTH』よりもある意味発展した国だ」

 ヒイロはリリーナの手の平に消毒液をつけていく。

 教会のやつらをはじめ、サンクキングダムの奴らも、誰もこの傷に気がつかなかったのだ。
 リリーナの護衛であろう、あのラファエルでさえも。

 ヒイロは黙ったまま治療を続ける。
「……それにしても、本当に少し疲れました」
 そう言うリリーナは、目を閉じていた。声には笑い声が含まれてはいるが、少しなんてものではないほど、疲労感が現れている。
 
 リリーナは瞳を閉じたまま先ほどのことを再び思いだす。本当に何度も何度も思い出している。

 
 …やはり、わたくしは行くべきなのかもしれない。
 
 わたくしは王で。
 王は人ではない。
 王は国のもの。
 王は他の何においても、民のために動くもの。

 民のためにわたくしが選ぶべき道は……

 リリーナは目を閉じたまま静かに笑い声をもらす。
「『EARTH』でシルビア姫が夜、一人ため息をついていた理由が今なら良く分かります」
「…………………………………」
 ヒイロは黙ったまま治療を続ける。

 リリーナは既に決めているのかもしれない。
 わかっていたことだ。
 それを止める権利はオレには無い。

 薬をしみこませたガーゼを傷口に当てるとしみたのか、反射的にリリーナの手が逃げようとする。
 しかし、ヒイロの手がそれを許さない。
 まるで、この手を永遠離したくは無いように。心と身体は常に一致しない。相反した主張を続ける。

「この間、誕生日だったそうですね。もっと早くわたくしにも、教えてくれればよかったのに」
 ヒイロは手を一旦止め、リリーナと視線を合わせる。
 今度は、なんだ一体…?
「シルビア姫と一緒にお祝いしたそうですね」
 それを聞いてようやく、砂の国に滞在した時のことだと気がついた。

 本当に呆れるほど頭が動いていない。

「誕生日って知っていたらわたくしもお祝いをしたのに、残念でした。今度、ヒイロが眠っている間に何か、プレゼントをしなければ」
 リリーナは得意気で、普段の彼女からは到底考えられないような、まるで幼いいたずらっ子のように無邪気に微笑む。

 ヒイロはその様子に思わず言葉が出ない。

 リリーナはそんなヒイロに気がつかずに更に続ける。
「本当に、わたくしにも教えてくれればいいのに」
 
 そんなリリーナの様子は、まるでおとぎ話に出てくる魔女のようで。自分だけ、大事な事を教えてもらえなかったことで、どこか拗ねている様な。
 
  こんなリリーナは見たことも無く――
 今までリリーナのことは美人だとも綺麗だとも思ってはいたが、……――――可愛らしいと感じたことは無かった。

  しかし、今、目の前にいる彼女の横顔は…可愛らしい。
 ――――壮絶に可愛らしかった。

 

 
「あれは、データー上のことだ。……誕生日は知らない…オレに正確な誕生日は無い」
 ヒイロは治療を続けたまま顔を僅かに横に振る。
「そうなのですか!では、わたくしと同じですね」
 ヒイロはその言葉に内心驚く。
「……同じ…?」
「わたくしも自分の誕生日は知りません。でも、そうですよね…無いのならば、自分で作ればよかったのですよね」
 何だか激しく間違っているような気がするが、OZはリリーナにそんなことも伝えてはいなかったのだと改めて感じた。

「お前はオレとは違う。お前の誕生日は王の月、8日だ。」
「え…!?王の…月…?8日…?」
 ドクターJのカルテに載っていた。
 しかしリリーナにそのことは告げることはしない。
 ドクターJとオレの関係をリリーナは知らないからだ。
 
 リリーナは突然のオレの言葉に驚きを隠せずにいる。
「…いつから…そうだったのでしょう…」

 …いつからとかそういう問題では無いだろう。
 ヒイロは思わず内心思う。
 
 
 先程よりも苛立ちが収まった。

 王の月と言えば丁度リリーナが、カトルの屋敷で静養中の時だ。
 その日は、カトルの屋敷が襲われた。そんな中、暴れるリリーナを押さえつけたりと誕生日だとかそんな事を伝える場合ではなかった。
 そして次の日首に、押さえつけた時のオレの手の形の痣が出来ていたことに心底驚いた。
 まさか、あれくらいで痣が出来るとは思ってもいなかった。
 
 
 リリーナはそんなヒイロを気にすることもなく更に口を開く。
「では何ですかその…もう過ぎているじゃないですか!何ヶ月も前に!」
「……ああ…それが一体何だ?」
「何って…誕生日まで、まだ当分あるなっと思っただけです」
 リリーナは残念そうに告げる。
「……何かしたいことでもあるのか?」

「ええ、いろいろ。ヒイロだって、シルビア姫からお祝いされたのでしょう?よろしくやっているって」
「よろしく!?」
 …デュオ…あいつは一体何をどう伝えたのか。

「『EARTH』でも、誕生日の人たちは誰もが楽しそうでした。本当に誰もがその日に感謝していました。シルビア姫も楽しそうだったではないですか」

 確かに、シルビアは楽しんでいた。
 いろいろな思惑が絡んでいたとしても。

 リリーナを見ると、微笑みながら目を閉じていた。
 声は元気そうに聞こえても、本当に疲れきっている。

「…何かしたいことでもあるのなら言え。」
「え!?ああ、いや、そういう意味ではなくて」
 リリーナは慌ててそう言ってくる。
「この先ずっと誕生日を教えなかったと文句を言われたのではたまらない」
 ヒイロはうんざりしたように告げる。
「文句って!文句なんて言ってませんよ……文句なんて」
 リリーナはムムムっと眉を寄せ、ブツブツと独り言い続ける。
 ヒイロはそれを、文句と言うのではないのだろうか、と思いつつ口には出さない。
「でも、嬉しいです。とても」
「それは良かった」
 ヒイロは包帯を巻きながら、何の感情も含ませずに言う。
「では、折角なのでキスしてください」
 
  「?」
 
 耳を疑った。
 いや、今も疑っている。
 しかし、再度言ってきた。

「親愛のキスを。祝福の意味で、よく皆さんやっているでしょう?物はいりません。もう十分頂いてますから」
 リリーナは何でもないことのように言ってくる。
 その声は通常と何ら変わらない。

 一人言い続けるリリーナの横でオレは、先程から瞬きすることも、包帯を巻くことすら途中で止めたまま、オレは止まっている。
 
 上手い言葉が全く見つからない。
 しかし黙っているわけにもいかず口を開く。
 
 
「悪いが、オレの居た環境にそんな習慣は存在しない。だから、無理だ」
 言い訳じみた自分の言葉に、嘲笑しかでない。

「え!そうなのですか!全世界で行われているわけではないのですか…そうですか…。」

「お前だって、そんな環境無かっただろう」
「いいえ、そんなこと無いですよ」

 何だって!?

「でも、スミマセンでした。もう少し考えるべきでした。貴方に対して、失礼でした。こんな形で祝福なんて何か違いますね。」
 リリーナは本当に申し訳なさそうに言う。
「いや、リリーナ、その」
「いいえ、やはり少し疲れているのかもしれません。本当に―――」
 更に続けようとするリリーナの言葉を遮るように声を上げた。

「そうじゃない!別に失礼だとは思ってはいない!それに、習慣があろうと無かろうと、そんなこと関係ない奴は大勢居る!お前が親しくないと思っている訳でもない!そうではないんだ!…そうでは……」
 吐き捨てるように叫んだ。

 リリーナは、オレの言葉にただ驚きを隠せずにただ唖然としている。
「すまない。大声を出した」
  ヒイロがそう言うとリリーナは、僅かに苦笑したように告げてきた。
「そんな風に言っていただけるなんて…それだけで嬉しいです。本当に」

 リリーナに気がつかれないよう唇をきつく噛み締め、瞳を閉じた。

「本当にとても嬉しいです。ありがとうございます。」
 リリーナは優しくそう言って来る。

 そうではない。
 違う…そういうことではないのだ

 親愛のキス…?
 歯を噛み締める。
 親しい者同士の親愛の意味で…

 そういう意味での口づけが…オレに――――出来るのだろうか?

 オレはリリーナの視線から逃げるように手の包帯を再び巻き始めた。
 ゆっくりと時間をかけて。

 しかしそれでもリリーナの視線はそらされることは無く、まっすぐオレに向けられている。
 オレは、顔を上げると視線が合った。


 ………………………………何だ?


 リリーナの表情は落ち込んでいるわけでもなく、怒っているわけでもなく真剣そのもので………オレをただ……凝視している。

 ………やはり、リリーナは解らない。
 今度は何だ…一体。

 オレはリリーナと黙ったまま暫く見詰め合う。
 本当に部屋に戻ってから、ずっとこんな調子だ。

「こうして見ると、やはり全然違いますね…」
 リリーナがオレに言うわけでも無く、独り言のようだ。


「星と海とを足して、空で割ったような。プルシャンブルーですね」
 何を言っているのかさっぱり判らない。
 それだけ混ぜたら、黒ではないのだろうか。

「わたくしは、あなたの瞳が好きです」
 どこでどうなったらそう繋がるのか…。

「…………ああ、そうか……」
「ええ」

「リリーナ、手の治療は済んだ。もう休め」
 オレはそう言うと、リリーナの答えを待たずバスルームに向った。
 
  これ以上は限界だった


2005/1/23


#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー2

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