LOVER INDEX

#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー2


 グラスにワインを注ぐ。
 口をつけてみるがやはり、まだ早い。
 
  部屋の電気は薄暗く、窓は分厚いカーテンで覆われ外部からは内部の様子が一切解らないだろう。
 
「それで?素直に王女を送り届けてきたと?」
 カーンズはソファに、深々と腰掛け目の前の人物を問いただす。
 ラファエルは黙ったまま頷いた。
「何を考えているんだ、全く!あれだけ、止めろ言っただろうに!」
 カーンズは苛立ちを隠せないように、奥歯をぎりぎりと噛み締めている。

「ですが、姫のご意志に沿うのが私の務めで――」
「だまれ!間違えるな!姫はまだ幼い。それを我々がサポートして差し上げるのが、我々の務めだ!それを…お前は…今頃、あの男と何をしているか…考えたくもないな」

「カーンズ!いくら貴方でも姫に対しての無礼は許すことは出来ない」
 ラファエルの怒号が部屋にこだまするが、その言葉をカーンズはピシャリと止めた。
「だったら、今すぐ連れ戻して来い!それが出来もしないで、文句は言う…いいご身分だな、四聖騎士様は。」
 ラファエルは、そのまま黙った。
 表情は薄暗いこの部屋の状況では読み取ることが困難だ。
「良いか?王女が男とそれもあいつと行動を供にしている?あの男が、元OZの王室護衛騎士?関係ない。我々サンクキングダムの王族はOZの王族とは比べ物にならないほど古く格式高いのだ。話にならん。わかったか!」

 カーンズが言うことも、確かに一理ある。
 ラファエルは黙ったまま、僅かに頷ずくと、そのまま部屋を出て行った。
 
 そこに別の人物の声が混じる。
「まぁ、落ち着けって。想像しているようなことは起こってない。だから話を進めようぜ」
 それまでは部屋の隅で黙って二人のやり取りを聞きながら、ワインを飲んでいた男だ。

「それで?王女はまだ聖都に来るか決めかねている上、最終的には一体何処に向っているのかも未だに解らない。これで、間違いは無いな?」
 カーンズの声には怒りが含まれている。
 
「デュオ・マックスウェル」

 ワインを飲み続けていた男は、長い三つ編みを後ろにたらすデュオだ。

「何度言えばいいんだ全く。」
「何度もだ!決まっているだろう!その都度その都度貴様は、私の質問に答えればよい」
「へいへい。以前にも報告したとおりだ。お嬢さんはヒイロにすら最終的には何処に行くつもりなのかは言ってはいない。街に着くたびに、次はどこに向うとか、大雑把なことを決めて進んでる。だからこの先、聖都に向うのかは解らない」

 どこに行くつもりなのかとは、それとなしに何度聞いたか解らないが、リリーナは言わなかった。毎回毎回、言葉を濁す。あきらかに言うつもりが無いのだろう。

「全く、だから言ったであろう!多少、手荒くなっても構わんと!貴様の得意な薬を使ってでも聞き出せと!」

「だから、馬鹿だって言うんだ、あんた達は」
 デュオは目を閉じ、呆れたように告げる。
「薬?あいつの目の前で?それこそ終わりだな。今でさえ、同行する状態がやっとだって言うのに、薬?お嬢さんに薬なんて使ってみろよ、即ばれて、こっちが殺されるのが落ちだ」
 デュオは鼻で笑う。

「言い訳か?」
「そう、とられても構わない」

「王女がこの先、聖都リーブラに確実に向うということが分かれば、我々も穏便にいくと何度も言っているであろう。聖都ならばどんなに抵抗されても街に入ってしまいさえすれば、逃がす心配は無いのだから。…だが、お前はこの時点になってもまだ、その情報すら掴めてはいない。お前はこの作戦が上手くいくと思っているのか?」
 カーンズはデュオをまっすぐ見つめ、聞く。

「上手くいくも何も、これしか方法が無いと言っているだろ。聖都に連れて行きたいのなら、お嬢さんが自分からヒイロに『行く』という意志を伝えない限り無理だと。強引に連れ出したところでどうせ、あんたたちではあいつの相手にはならない。大体、その方法だと、あんたたちもお嬢さんを思い通り操ることが出来ないじゃないのか?」
 デュオは気にした様子も無く話す。

「デュオ!口が過ぎるぞ!いいか、我々があいつ一人をどうにかならないなどと言うことが、あるはずが無い!それにだ!我々が王女を操るなどあるわけが無いだろう!?」
 カーンズの瞳はまっすぐにデュオに向けられている。 デュオは黙ったままだ。
「お前は自分の仕事だけをしていれば良いんだ!余計なことに口を出すな!」

「ああ、だからそうしてるよ。」

 迷っていた彼女に向ってオレは少し情報を与える。
 ヒイロがこの先、恩赦で『EARTH』に戻るから供に行動はしないと。

 ヒイロがお嬢さんに、このことを伝えていないだろう事は聞かなくてもわかっていた。その理由も…。
 
 しかし、お嬢さんにとっては表情に出してはいなくても内心、動揺していたはずだ。

 何故、伝えなかったのかと。

 
 人など、たったこれだけのことでも疑心が生まれはじめる。
 そうすることでこの先の選択も必然的に増えることとなる。
 サンクキングダムの者達と供に来るか、このまま世界中に命を狙われたままヒイロと離れ、旅を続けるか。

 いくら彼女でもこの状態で迷わないはずは無い。

 この後も、次々と情報を俺たちに都合が良い様に伝え続ける。
 方法は幾通りにも練り上げる。その都度その都度。

「今回が最後だ。」
 カーンズは、冷徹に告げる。
 デュオはその言葉に僅かに瞳を細め、カーンズを見る。
 どういう意味かと。

「明日はどちらにしろ、聖都に向うということだ。」

「だから、言ってんだろ」
「黙れ!お前が指揮官ではない。王女が行くと言おうが言うまいが、無理にでも来て頂く。」
「…そうか」
「我々は今回を逃したら次、いつこれだけのチャンスが巡ってくるか分からん。聖都に向っているという確実な情報でもあれば別だが、無いこの状況では実力行使するしかあるまい。貴様もそのつもりでいろ」
 デュオはその言葉に軽く息を吐く。
「了解。だがひとつだけ。なるべく実力行使は最後にしろ。お嬢さんは確かに悩んじゃいるが、来ると思う。」
「それは、根拠があって、言っているのか?」

  デュオは一瞬悩んで、ああだけと答えた。

 カーンズは少し前に明日の準備のためにと部屋を出て行った。



 デュオは一人ワインを飲み続ける。
 開けてしまったのだ。口に合わなかろうが飲むしかない。
 
 彼女にはヒイロが相当まずい立場だと説明した。
 だから、恩赦のためにもOZに行かねばならないと。

  それが、オレから見ても行くとは到底考えられない条件だとしても、ヒイロは行くと…伝えた。姫の名前まで出して…。

 彼女の性格を考えれば、ヒイロの事を優先するだろう。
 正直言えば彼女のことは、今でも良く分からない。当初から分からなかった。自分を追っているOZの元騎士と行動を供にしているなど、到底考えられない。
 それがあれだけ、世間でもイロイロ言われているヒイロが相手ともなれば尚更だ。
 いつ裏切られてもおかしくはないし、殺されることも決して笑い話ではないだろう。まぁ裏切り者という点では自分も同じようなものだが。
 兎に角、それほどまでにヒイロは冷酷になれる。

 そんなあいつを選んだのだ。彼女は。
 自分やカトルではなく。

 彼女のことは良く分からない。

 だが、一人でこの先、旅を続けられるほど現実が甘くないのは本人が一番良く理解しているはずだ。
 だから、…来ると思う。
 確率的には8割。

 ホワイトファングの一員になるかどうかはまた別の話だ。
 とりあえず現状を見ておくと。

 これまでも、砂の国でも彼女はそう言って街を見て周っていたのだから。
 
 来さえすればオレの仕事はそれで終わる。何の問題も無い。後は奴らが好きにすれば良い。


 辺りは深夜で物音一つしない。
 朝になれば自分は再び、いつもと同じように笑顔で彼らに会いに行くのだ。

 
 このワインは本当に旨くない。


2005/1/26


#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー3

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