LOVER INDEX

#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー3


 ロビーには誰もいなかった。
 当然だ。まだ日も昇っていないような早朝だ。
 
 だから、机に置かれたベルを鳴らし、人を呼ぶ。
 すぐさまフロントの男が丁寧な態度で奥からやってきた。
「お待たせしいたしました。何か御用でしょうか?」

「本日の列車のチケットを1枚頼みたい」
「かしこまりました。行き先は何処でしょうか?」
 男はただ、『EARTH』とだけ答えた。
「ですと、本日の朝10時45分発になりますが、宜しいでしょうか?」
 男は頷き了承すると、パスポートと料金を差し出した。
「では、すぐに用意してまいりますので、ソファにかけておまちください。」
 フロントの男がそう言って、奥に引っ込んでいった。
 それと入れ替わるようにして別の人物がロビーにやってきた。


「おはようございます。」
 腰に刀を差した羽ビトのリリーナだ。
「もっと、ゆっくり休んでいれば良い」
「それは、ヒイロの方です。昨日もわたくしよりもずっと遅くに休んだでしょう?」
 それはそうだが、自分はいつもと変わらない。
 しかし、リリーナは普段と比べてずっと遅くに横になったのだ。
「外に行くのか?」
「ええ。この街でいいお勧めってありますか?」
 リリーナはたまにこんなことを聞いてくる。
 どうせならば良いところを見ておきたいと。
 無いときは無いと答えるし、見所があるときは一応伝えることにはしている。
「…この街道をまっすぐ行けば海に出る。この時間ならば朝市が開く頃だろう」
「本当ですか!」
 リリーナは早速行ってみると言ってきた。
 それから、オレも一緒に行かないかと。
 
 そんな時丁度、フロントの男がチケットを持って戻って来た。
 その様子に、リリーナが驚いた様子で言ってくる。
「スミマセン。お仕事中でしたか」
 オレはそんな事は無いが、今朝はやることがあるから共にはいけないと伝える。
 同時に、左手で隠すようにチケットをパスポートの裏に移す。
 

「そうですか。では、行って来ますね」
 リリーナはそんなヒイロの様子に全く気がつかないように、宿の玄関に向って歩き始めた。

 ヒイロはその後姿を黙って見つめ続ける。
 言うべきか言わないべきか散々迷ったが気がついたときは呼び止めていた。
 リリーナが不思議そうに何だと聞いてくる。

 言うことにした。

「リリーナ…何かがあったら躊躇するな。全力で行け」
「…ええ、ええ。そうします。突然どうしたのですか?」
 リリーナはクスリと笑いをこぼしながら答えたが、ヒイロの表情は真剣そのものだった。
「十分気をつけます。」
 リリーナは笑顔でそれだけ言うと、今度こそ宿を出て行った。

 ヒイロはその後姿をただ見つめ続けた。






 外に出ると東の空がようやく明るくなってきた。
 空は雲が多く今にも雪が降りそうなほどに辺りは冷えている。
 
 暫く歩くとヒイロの言っていた通り、海に出た。そしてその先には、朝市が立ち並び活気に満ちていた。
 しかし、自分の居るこの場所にはそんな喧騒はあまり聞こえては来ない。辺りに響く音は横の道をたまに通り過ぎる者の足音や波の音だけだ。
 
 昨日は到着が夜だったこともあり全く気がつかなかったが、この街は本当に海に面していたらしい。

 そうして暫く立ち止まって海を見つめていると、誰かの視線を背中に感じる。
 先程宿を出る前にヒイロが言っていた事はこのことだったのだろうか?確かに最近は本当に襲ってくる人物が段違いに増えたと感じる。
 
 しかし、それにしては何だか堂々としている気もすると、暫く様子を伺っていると、相手から先に声をかけられた。
 


「やっぱり!こんな所で会うなんて、世界は狭いわね」
 後ろを振り返るとそこには以前、別の街で世話になったサリィ・ポォが立っていた。
 


「先程ついたのですか!?だって、これだけ朝早いのに!?」
「そう、朝一番。料金が安いのよ。別にそれはいいんだけど、…どうしたのよ、この街?」
 サリィは、はぁっと大きく息を吐きながら言った。

「どうしたって?わたくしも昨日の晩、着いたばかりで、何かありました?」
「どうしたも何も、駅すごくなかった?」
「いえ、昨日はゼロでこの街に入ったので、私たちは駅には行ってはいないんです。何かすごかったですか?」

「え?ゼロ?何?もしかしてヒイロとまだ一緒なの!?」
 サリィは声を大にして言うが、リリーナは何を当たり前なことを聞いているんだとばかりに、あっけらかんとそうだと答えた。
「それじゃ、何?今向っているっていう、宿にいるの?」
 サリィの声は驚きで溢れている。
 まだ朝市には行ってはいないが明日以降に行くことにし、現在は宿に戻っている。

「ええ、だからそうですけど、そんなことより、駅がどうしたのですか?」
 リリーナはそんな事はどうでもいいから、続きを話せと訴えてくる。
 
 そんなこと…ヒイロと一緒に居ることのどこがそんなことなのか…。
 私から言わせればヒイロが居るなんて話の後では、それこそ駅でのことなんでどうでもいいような気がしてきた。

「サリィさん?」
 そんな黙っているサリィに向ってリリーナが声をかける。

「ああ、別に大したことじゃないんだけど、駅が殆ど教会の連中だらけだったわけよ」
「教会?」
「そう、駅構内から出るだけで、本当に大変なくらい。検問とか取調べとか」
 リリーナの表情が変わる。

 まさか、そんなことになっているとは想像もしなかった。
 間違いなく、昨日カーンズが言っていた列車に関係している。
 わたくしが、迷っていたせいでこんなことになってしまった。
 さっさと言うべきだったのだ。確かに迷いもしていたが、8割くらいは答えが出ていたのだから。
「スミマセンでした」

「は?何で、貴方が謝るの?教会の連中っていつもそうなのよ。」
「いえ、すぐ何とかするようにします」
 
 リリーナは簡単に説明をする。
 聖都に来いといわれていることを。
 だから、自分が行くかどうするかを迷っていたためにこんなことになってしまったことを。

 そんなことを、リリーナは真剣な面持ちで告げてくる。

「え?ああ、何だか良く分からないけど、そうなの…。」
 サリィは曖昧に答える。
 前回話した時もそうだったが、リリーナとの会話はこんなものだ。これが普通なのだ。
 『EARTH』から飛んだだとか、どう理解すれば良いのかわからないことが多いから。

「それにしても、まだヒイロと一緒にいたことも驚いたけど…あの子今、OZから追われているでしょ」
「え!…ああ、そうですね。」
 リリーナは内心、ビクリとする。
 昨晩デュオが言っていた、重要参考人の件だ。

 自分は全く知らなかったが、ひょっとして、世間では有名なのかもしれない。

 だが、この期に及んで一つや二つ問題が増えたところでわたくしには対処の仕様が確かに無いのだから、知っていようが知っていまいが大して変わらない。

「確かにヒイロって、OZに入る前から世界の富豪や国際機関から追われてもいたけど、今度は世界規模とはね。流石にこの話を知った時は驚いたけど、恩赦が出るらしいじゃない。」
「本当に、よく知っていますね」
「だって、その手の関連じゃ、結構有名だもの。シルビアさんが意見を通したって。まぁ、前々から姫とヒイロがらみの件って、情報が流れるのが早いのよ。」
「早い?情報が…王室のことなのに!?」
 淡々と答えるサリィの話の内容に、リリーナは更に驚く。

「まぁ、何ていうか、やっぱり大衆は難しい政治の話よりも色恋沙汰の方が、興味が強いというか、それもあの二人は障害ばかりの恋って感じだし。情報を買う人がそれだけ多いってことよね。だから砂の国でヒイロがシルビアさんと会ったことも、護衛をやったって話も知っているわよ」

「そうなのですね」
 自分の知らないところで情報屋は沢山居るのだな、っと内心関心をする。
「まぁ、どちらにしても良かったわ。ヒイロとシルビアさんのことずっと心配していたのよ。どうせ、大臣とかが手を回してヒイロが王室護衛を辞めたとか、世間じゃ今でも好き放題言われているけど、話じゃ砂の国では、良い感じだったみたいだし」
 サリィはどこか嬉しそうに話す。
 そんなサリィの表情を見てリリーナも嬉しそうに言う。
「本当に嬉しそうですね」
 
「そうね。あの二人に関しては、自分の事のように嬉しいの。何しろ、私はそういう意味では、あの子達を近くで見ていたうちの一人だから」
「そう言えば、サリィさんはヒイロよりも前から『OZ』にいたのでしたね」
 以前、診療を受けた時にサリィから聞いたのだ。

「ええ。今はちょっと、いろいろ嫌気が差したのもあって、辞めたけどね」
 サリィがOZを辞めた理由等は知らないが、OZでは何度もヒイロの診察をする機会があって、それがもとでヒイロとたまに話すようになったと言っていた。

「それじゃ、ヒイロってこの街から列車で『EARTH』に戻る予定なの?」
「え?…いや、そうなのではないでしょうか」
 リリーナは突然の質問に困る。

 解るわけが無い。そんな話自体、他の皆とは違い昨日はじめて聞いたのだから。それも突然。

 昨晩もヒイロに直接聞くべきか散々迷いもしたのだが、どうも上手くいかず別の話、別の話と、そんなことばかりしていた。
 まぁ、わたくし自身が昨晩は本当に疲れていてそれどころでもなかったが。

 サリィはそんなリリーナの、何ともいえないような態度を見てヒイロの性格を思い出した。
「ごめん。ヒイロが誰かに自分の考えとか、計画とか話す訳無いわよね。忘れてたわ」
 サリィは、肩で息をする。
「全く、そういうところは全然変わってないのね。これじゃ、シルビアさんも苦労するってものよ」
 サリィのそんな様子に、リリーナはクスリと笑いをもらす。
「ヒイロが、いろいろなことをあまり語らないのは、昔からなのですね」
 「大昔はどうか知らないけど、OZに入ってきた時は既にそうだったし、護衛騎士をやっていた時もそうだった。無口な上、無表情なのよね。OZの内部じゃヒイロがシルビアさんの護衛をするって言うので、もぅ、世間には出せないほどそこいら中で反対の声しか上がっていないっていうのに、あの子ったら全く相手にしていないのよね。あれには唖然とするよりもある意味感心したわよ」

 リリーナは、平然としているヒイロが容易に想像出来てしまい、微笑が浮かぶ。


 折角だからお願いをしてみる。
 よければ昔のヒイロのことを話して欲しいと。
 ヒイロの昔を知るチャンスなんて早々無い。
 しかも、訳が分からないことに自分の事をヒイロは何故だか、かなり知っているのだ。
 どう考えても不公平だ。

 宿までは、まだだいぶある。

 朝一番の列車でこの街に着いたばかりだというサリィには少し悪いが頼んでみた。ヒイロが傍に居ては絶対に教えてもらえないだろうから。

 頼みを聞いたサリィは、どこか悪戯な笑顔を向けながら、快く了承してくれた。


「今だから、笑っていられるけど、当時はすごいなんてものじゃないわよ、本当に。ヒイロって今もそうだと思うけど、『OZ』に居た時から、『OZ』のことなんかちっとも信じていなかったのよ。本当にこっちが驚くくらい、隠しもしないんだもの。だから、余計酷かったのよ」
「そうだったみたいですね」
 これは、カトルさんの家で療養中だった頃からデュオもカトルさんも以前から言っていた。
 ヒイロは昔から『OZ』を信じていないと。

 だから、ヒイロが『OZ』に入った時、散々疑ったと。
 反対に疑わない方が、どうかしているとまで。

 しかし反対に考えればそれほどまでに、信じられないことだったらしいが、ヒイロと出会って数日しか経っていないあの頃のわたくしには、どこがどう信じられないのか全く理解が出来なかった上、正直興味も無かった。
 これが本音。
 だから何を話されたのか、実はあまり覚えてもいない。

「サリィさんも、ヒイロが『OZ』に入った時、疑ったのですか?」
「疑うわよそりゃ!」
 当たり前だと、力強く訴えてくる。

「確かにその時は、ヒイロのことを名前も知らなかったけど、ヒイロが関連したっていう事件や事故は沢山知っていた。何よりも有名な事件ばっかりだったし。だから、まさかそれら全てに関係していた人物がヒイロで、そんな彼がOZに入ってきているって、おかしいでしょう、どう考えても!?それもヒイロったら、素性も何も隠していないのよ?」

 確かにおかしいし、怪しい。

 それでも、これから先今までの事は一切改め、身も心もOZに入りますという覚悟ならば隠す必要も無いだろう。
 そういうことではないのだろうか?

 リリーナがそう考えている横で、サリィは更に当時のことを話し続ける。

「兎に角そんな状況でも、上層部は彼を採用した。更に、採用理由は特S級の機密事項。OZでもそれなりに、立場が上だった私ですら、A級の情報にしかアクセス出来なかったから。相当な理由だったわけよね」
「特S…」

 わたくしに関してはそんなクラスのコードは無かった。
 ただ、秘密だった。
 特Sとは一体どれくらいのレベルなのかわたくしには分からないが、サリィの話しを聞く限りでは相当上の立場では無いと駄目だということらしい。
 
 それにしてもわたくしは、ヒイロがOZに入った時のことは本当に何も知らないのだと改めて感じる。
 いつ入ったとか、何故入ったとか、本当に何一つ知らない。それどころか、OZに入る前も世界を周っていたと言うこと以外は何をしていたとか具体的には何も知らない。別に聞くこともしなかったが。

「サリィさんは、その入った理由を知っているのですか?」
「ええ。少し経って、カトルから大体の概要を教えてもらったの。」
 サリィは笑いながら答える。
「外部の人間であるカトルさんから!?」
「そう、この先、城でのヒイロと姫の様子を話すのと引き換えに。」
 そうやって、情報を集めていくのか、とリリーナは感心する。

「それにしても、ヒイロとお姫様の話が、OZでの重要機密事項と同等とは驚きですね」
 リリーナは半分呆れながら言う。
「確かに、私も初めはそう思ったけど、そうでもなかったのよ。ヒイロとシルビアさんの関係って、ヒイロがOZに入った理由と関係があったのよね」
「え?」
 リリーナが疑問の声を上げる。
 しかし、サリィはそんなリリーナに気にすることも無くサラリと告げた。
「簡単に言うと、ヒイロがOZに入ったのは姫のためだったって訳」

 リリーナの動きが止まる。

「………………………………」
「初めは、完璧ヒイロの片思い」
「………………………………」
 

「ちょっと、信じていないんでしょう。」
 サリィは、ピクリとも動かないリリーナに笑いながら声をかける。

「そんなこと、ありませんよ!スミマセン。少し考えていただけです。では、ヒイロとお姫様はOZに入る前から面識があったのですか?」
「ううん。それは無いと思う。そういうことじゃなくって。順を追って話すと…」
 サリィはそこで一旦言葉を止め、再び話し始める。

「ヒイロって、OZに入る前、ある組織に入っていたらしいのよ。組織名とか詳しいことは全く教えてもらえなかったけど。すごく大きな組織みたい」

 本当に今日はヒイロの知らない面を沢山知っているような気がする。
 そんな組織のことも初耳だった。
 リリーナはサリィに続きを促した。

「ヒイロはOZに来て言ったみたい。自分が属していた組織の一部がシルビアさんの暗殺計画を企んでいるって。自分ならばそれを防ぐことが出来るから、王室護衛騎士にして欲しいと。それも姫直属の。」
「それで、王室護衛騎士になれたのですか!?」

「勿論、初めは誰もが反対したわよ!けど、最終的には襲ってくる人物だとか計画だとか細かすぎてヒイロじゃないと分からなかったみたいだし、暗殺者もフリーでそこいら中から集めたとか何とかで、要するにヒイロしか駄目だって事よ。でも流石のOZも、自分たちも力を貸すと提案したらしいけど、ヒイロは全部断ったって」
「断った…」

「そう。いいからさっさっと、王室護衛にしろっていう一点張り。だから、余計怪しくて、彼自体が暗殺者だっていう話もすごい出たらしいわ。でも、兎に角、採用理由が機密だったのは、彼が入った理由が解れば、暗殺者たちがヒイロの知っている情報とは別の動きをし始めたり、不確定要素が増えるからだったとか。暗殺者の方はヒイロの事は知らなかったみたいだし。まぁ何だかんだ言っても、ヒイロは王室護衛になった。すごいわよね」

 サリィはどこか誇らしそうに語る。

「それでは、ヒイロは自分のいた組織の者達から姫を護りたかった訳ですか?」
「そう。事情を知らない者から見れば、それこそ何を考えているのか訳が分からなかったでしょうけど。全世界で指名手配中の人物を姫の護衛にするなんて。でもね、ヒイロも、そんな人とかに対しても弁解とか言い訳とか一切言わないのよね。加えて態度は全くOZに従っていないじゃない。事情を少しは知っていた私だって、正直全く信じられなかったくらいだし。カトルもそんな状況だから、城でのヒイロと姫のことを教えてくれって頼んできたわけよ」

 当時、同じ『EARTH』に居たというのに、まさか上ではそんなことになっていたとは。
 リリーナは思わず感想を漏らす。
「…よくそんな状況で、姫様と恋仲だとか王室護衛だとかやっていられましたね…」


「そうね。――…結局ヒイロはずっと疑いを晴らすようなことも、本心も何一つ話すことはしなかったけど、最終的には事情を知らない人たちも含めて、殆どの人たちがヒイロを受け入れた。それこそ今では城下町で、姫との恋仲の噂で賑わうほどに」

「ヒイロが暗殺者で無いとか、そういった証拠が見つかったのですか?」

「証拠とか理由とかそういうことじゃなくて…疑うとかそんなこと関係ないほど、あの子は態度で示した。ただ、一途に。…本当に…見ているこっちが止めたくなるほどね」
 サリィの声は、微かに沈んでいるように聞こえる。
「止める…それは、姫を護るということをですか?」
 サリィは微かに首を縦に振る。

「そう。本当に、姫を護るヒイロの姿はすごいなんてものではなく、壮絶だった。」
 サリィは苦笑しながら静かに話し続ける。
「ヒイロの言葉どおり暗殺者の数は半端じゃなくてね、昼も夜も関係なく、多い時は日に2度とか。でも、その全てをヒイロは全身で防いだ。ヒイロにしてみれば中には昔の仲間も居たでしょうに…ためらいも無く本当に次々と相手にしていって、最後には元組織の中枢の人物を捕らえ、組織の殆ど解体したみたい」
「…確かに…壮絶ですね」
 上手い言葉が見つからない。

「本当に、診察室に運び込まれるたびに血まみれで、ボロボロで。傷を縫うことなんて日常茶飯事だったし、もぅ兎に角すごかった。何度もシルビアさんが診察室で泣いていた」
 サリィは軽く微笑むが、リリーナは何と言って良いか分からない。

「兎に角、そうなってからやっと私たちは理解したわけ。自分たちは間違っていたと。本当に馬鹿よね。良く考えてみればヒイロって最初っから『OZ』は信じていなかったんだけど、シルビアさんに対しては全く違ったのよ。態度も全然違った」

「ああ、それは今でもそうですよね」
 リリーナは軽く微笑みながら答える。

「そうね。本当に、私との扱いの差をどうにかしてもらいたいわ。ってくらいに。そんなことがあって、その事件の後からヒイロとシルビアさんの関係は変わった。まぁだからこそ、その事件がひとまず決着した後もヒイロは王室護衛を続けていたってわけ。」
「シルビア姫とヒイロは最初っから恋仲ではなかったのですね」

「そうよ、だから、言ったじゃない。初めは完璧、ヒイロの片思い」
「………………………………」
 その言葉にリリーナの動きが再び止まる。

 そんなリリーナを見てサリィが声を上げ笑う。
「やっぱり信じていないんじゃない!わかる。みんな信じられなかったわよ!シルビアさんのためにOZに来たって知った後もカトルたちと散々、疑って疑って!本当に当時の自分たちを見ているみたいだわ」
 サリィは尚も声を上げて笑い続ける。

 その様子にリリーナはムッと頬を僅かに赤らめ、呟く。
「わたくしは、皆様と違います。ヒイロが片思いだったというのならば、そうなのでしょう。疑うなんてことはしません」

 サリィはそんなリリーナの様子を微笑ましいと思いながら話を続ける。
「それはそれは。でも、流石のシルビアさんも、初めはヒイロに近づくことすらしないほどだった。大臣たちから禁止されていたって言うのもあったけど。ヒイロの噂は城中知っていたから。でも、例えそんな人物が騎士になったからって反論を言える立場でも無いし。王族とは言っても、軍の上層部が決めたことに反論なんて出来ないから。」
 OZの軍部はそれほどまでに強い勢力を持っているということだ。




「まぁ、でもあれだけ、全身で護られたら好きにもなるのも分かる。」

 サリィは、最後に本当に幸せそうにそう語った。

 宿はもう目の前だ。





 旅をしていると、確かにたまに信じられないことに遭遇することはある。
 その状態がまさに今、目の前で起こっている。
 サリィはもう一度、目の前の状況をじっくりと眺める。
 ここは、リリーナたちが泊まっているという宿のロビーで、朝早くだけあって、いるのは自分たちだけだ。
 
 先程までは、ヒイロに会ったら驚かしてやろうと思っていたのだがそんな気持ちは当の昔に吹き飛んだ。自分の方が脅かされているのでは話にはならい。

 目の前にはどう見ても、ヒイロが二人居る。
 リリーナが言うには、名前をラファエルと言うらしい。
 確かに落ち着いて見ると、もう一人の人物は、自分の知っているヒイロとは違い、翼がある。
 だが、そうは言われても、翼のあるヒイロが居るとしか思えない程に彼らは似ている。
 そしてそんな二人はまだ会ったばかりだが、とてもではないが友好的な関係ではないようだ。自分とリリーナが宿に戻った途端、行くだの行かないだのと、言い争いが始まってしまった。そんな二人をリリーナが何とか話をまとめようとしているが、どう見ても上手く行っているようには見えない。

 もしかしたら、本当にあの駅での事は彼女が原因なのだろうか…全く、状況が分からない。

「どういうことなの?」
 隣に同じように状況を見守っているデュオに事情の説明を求める。

 そう、更に驚いたことにヒイロのほかにデュオまで居た。
 本当に、驚いてばかりだ。
 裏の世界で相当有名な二人が一緒に何をしているのか。

 デュオはそんなサリィを放って聞かれたことに答える。
「何でも、あと3時間位したら聖堂にお嬢さん宛の電話が入ることになったんだと。相手は聖都にいる法皇様」
「は!??法皇様って、リリーナに?何で?」
 聖都の法皇といえば世界中に広がる教会全てのトップに当たる人物だ。そんな人物から一体何故電話が来るのか?先程ここに来るまでに、リリーナが言っていた聖都に行くかどうするか迷っていたとか何とかの話に関係があるのだろうか。
 こんなことならば、ヒイロの話なんかしているよりも、彼女についてもっと聞いておけば良かったと今更ながらに後悔する。


「まぁ、いろいろあって。兎に角それが理由で、すぐにお嬢さんに聖堂に来て欲しいそうだ」
「はぁ」
「まぁ、いいからとりあえず座って状況を見守ろうぜ。どうせオレ達じゃとめられないんだからよ」
 デュオはそう言って、ソファに深々と腰をおろした。



「わかりました。昼からではなく朝食を食べたらすぐ聖堂に行きますから」
「ですから、朝食もこちらで用意します。このまま一緒にいらしてください。おねがいです」
「気にする必要など無い。あいつらが勝手に言っているだけだ。」
「だから、お前は黙っていろ。大体一人で散歩に行かせるなど、どうかしているのではないのか!?」
 ラファエルのその言葉にデュオからツッコミが入る。
「あ!解る解る。オレも最初はそう思った。でも全然心配いらなくてさ。お嬢さんって、めちゃくちゃ強いんだよ。反則なくらい」
 ニヤニヤと話すデュオに、ラファエルからの身も凍るような視線が突き刺さる。
「ヒィ!」
 デュオがとりあえず口を閉じる。相変わらず、彼らに冗談は通じないらしい。


「はぁ。お願いですから」

 全くどうしたものか。リリーナは頭を抱えたくなる。
 本当は自分が、こうしている間にもさっさと行けば全て解決するのだ。解ってはいるのだ。十分に。

 サリィとは海岸から宿に戻るまでも十分話した上、明日以降改めて話せば良いことも分かってはいる。
 更に、先程聞いた駅のこともある。
 これこそ、まさに自分でまいた種だ。
 さっさと答えなかった自分のせいなのだから。


 しかし、それでも今は、気になることがある。
 リリーナはちらりと横にいるヒイロを見る。
 ヒイロは目の前のラファエルから視線を逸らす気配がまるで無い。

 何と言って良いか解らないが、先程サリィからあんな話を聞いてからというもの、本当に今すぐにでもヒイロは『EARTH』に、戻るような気がしてきたのだ。

 いままで散々、デュオを初め、カトルさんやサリィさんたちがヒイロが何故OZを辞めたのか解らないと言っていた気持ちが、ようやく解ってきたと言うか。何故ここに、現在居ることすら、疑問に思えてくる。
 確かに姫が決めたことならば恩赦も受けると、今ならば、わたくしも自信を持って言える。

 本当に何故辞めたのか、本人にこの場で直接聞いてみたいが、こんな状態では聞いたところで教えてなどくれないだろうし、そんな状況でもない。

 そう。正直言ってしまうと、今は聖堂やホワイトファングの人たちなどよりもヒイロと話したいのだ。
 
 別にヒイロが恩赦を受けに『EARTH』に戻るのは構わない。例えそれが、わたくし達の別れの意味に繋がろうとも。

 そう。そんなことが問題なのではなく、わたくしはヒイロにただ、今までのお礼をしたいのだ…とてもかえせるくらいの恩ではないが、兎に角、わたくしにとっては、大事なこと。

 ヒイロに言いたいことが、聞きたいことが山ほどある。
 
 だから、聖堂に行くことをこれだけ遠まわしに断っているのだが、ラファエルの方もその法皇様とか言う人物がよほど重要なのか一向に引く気配が無い。大体、まだその電話が来るまで3時間以上あると言ってもまったく駄目だ。

 まぁ、それでもラファエルを責めた所で意味が無いのはわかっている。

「わかりました。行きます。」
 
「助かります!ありがとうございます。」
 ラファエルはそう言うと深々と頭を下げてきた。 ヒイロは無表情だ。

 そんなラファエルにリリーナはすぐに行くから外で待っていて欲しいと頼む。

「サリィさんスミマセン。電話が終わりましたらすぐに戻ってきますから」
 そんなリリーナの言葉に、すぐさま横からデュオが口をはさむ。
「いや、それ、無理だと思うぜ。確か、ホワイトファングの連中が昼から会議をかねた昼食会とか言っていた。あいつらの話がさっさと終わるわけねぇよ」

「リリーナ、私の事は気にしないで大丈夫だから。そんなことよりも、落ち着いてからでいいから、少しくらい事情は教えて欲しいわ」
 サリィはそう言い、片目をつぶる。
 しかし、リリーナはそんな彼らの言葉を正面から否定する。
「いえ、言う事を告げたらすぐに戻ってきます」
 その言葉に微かにヒイロはリリーナを見る。
 デュオはリリーナの今の一言で、全てのスイッチを切り替える。
 一言で十分だ。

「とりあえず、電話だけは出てきますが」
 リリーナはそこまで言うとラファエルの居る位置を確認し、続けた。
「他の件は全て断ろうと思って…」

「何故?」
 少し意外だったが、ヒイロが、誰よりも先に疑問の声をあげてきた。
 その表情は普段と変わらず別段どうしたと言う訳では無いが、声に僅かだが驚きの色が混じっているような気がするのは自分の気のせいだろうか?
 しかしそれとは別に、今の言葉を聞く限りやはり、ヒイロはわたくしが聖都に来るよう誘われていた事は知っていたらしい。
「それは――」
 しかし、リリーナが何かを告げるよりも早くラファエルが外から早くして欲しいと急かす声をかけてきた。

「全く。どうしてあいつらはいつも、ああなのかね?ホワイトファングは別に教会の一員でも何でもないくせによ、法皇様法皇様って、うるせえよな?」
「教会に居るくせに、神様を信じていない貴方の方がどうかしていると、私は思うけどね。デュオ?」
 サリィがニヤリと告げてくる。
「いやいや、オレは神は神でも、死神を信じているからいいんだよ」
 デュオは笑いながらそう言うと、うんざりしたようにソファから立ち上がる。
「そうか、断るのか。じゃ、オレも教会に行くとするか。あいつらが素直に聞き入れるとも思えないしな」

 デュオはそう言うと、スタスタとラファエルの方に歩いていく。
 リリーナはそれを黙って見つめ、静かに微笑む。

「それでは、とりあえず行って来ます。」
「大丈夫だから、落ち着いて。ゆっくりで良いからね」
 サリィが優しく告げてくるのに対し、リリーナは礼を言う。
 続いて、横に居るヒイロを見ると、黙って軽くうなづいてきた。


 そして、わたくしはラファエル達の居る方へと向う。
 だがここまできても、どうも落ち着かない。

 やはり、デュオの言う通り今日も昨日みたいに結局夜遅くなってしまったら、ヒイロは出発してしまうのだろうか。
 ヒイロがOZを辞めた時もやはりそうだったらしい。
 行き先も目的さえも誰にも告げず、ある日突然辞め、しばらくして街を出た言う。街を出たのはわたくしのせいだが。
 ヒイロは旅立つ時は突然だという。





「1時間以内に出発する!?本気で言っているのか?」
 ラファエルは、驚きを隠せずに聞き返してきた。
「いいから、今すぐお前はカーンズに言え。オレはこのままお嬢さんを連れて行くから」
 行かないと、解れば仕方が無い。

「連れていくって…だから、法皇様から言っていただければ姫も考えを改め…」
「いや、それはない」
 デュオはラファエルの言葉を否定する。
「悪いけど。カーンズやお前たちが思っているほどお嬢さんは甘くない。いいから、プランDに即変更だと言え。」
 プランD。
 簡単に説明すると、強制的に聖都に連れて行くということだ。
「法皇様の電話を無視するというのか!?デュオ。教会の人間の発言とは思えん」
「はぁ。またその話かよ。いいか、あと、長くても4時間の間にできるだけ遠くに居なくちゃならねぇんだよ。」
 
 お嬢さんが帰ってこなかったとき、ヒイロが動く可能性が高いからだ。OZやそんじょそこらの賞金首たちとは比べものになら無いほど厄介だ。動かないならば動かないでこちらとしてはありがたいだけの話だ。可能性は出来る限り排除する。  

「だったら、お前がカーンズに伝えればいい。それで私が姫をお連れする。お前では姫にどんな手荒な真似をするかわかったものではない」
 デュオは軽く手を上げる。
 まさかここまで頑固だとは。
「はぁ、参ったねこりゃ。いいか。さっき言った事は嘘じゃない。お嬢さんは本当に強いんだ。あんた達みたいに、手を抜いて勝てる相手じゃないんだよ。現にオレだって、1度本気でぶっ飛ばされた。その点ヒイロは、すごいよな。お嬢さんだろうが、初めっから手なんか抜かなかったもんな」
 デュオが思い出したように話す。
「兎に角さっさとしろ。今からきっかり1時間以内に出発。それから、今すぐヒイロに監視をつけて、随時オレに状況を伝えろ」

 デュオがぴしゃりと言い放つとラファエルは、額にしわを寄せながら物陰に控えていた部下を呼び、ようやく指示を与え始めた。






「ねぇ、彼女…どうしたの?」
 サリィは小声でヒイロに聞くが、ヒイロもただ首を横に振る。
 リリーナはそれでは行ってくると言って歩き出してから4、5歩した所で、何故だか突然立ち止まり、先程から全く動いていない。

 そんなリリーナにサリィが声をかけようとした途端、突然戻って来た。
「ヒイロ!」
 リリーナはそう言うと、突然自分の右耳につけているピアスをはずしはじめている。
 突然のリリーナの行動にヒイロもサリィも全く訳が解らないでいる。
 そして、リリーナはピアスが耳からはずせると、それを差し出してきた。
「……一体何の真似だ」
 何が目的なのだろう。全く理解が出来ない。

 しかし、不振な表情で聞いてくるヒイロに対しリリーナは笑顔で告げてきた。
「ヒイロに頼みたいことがあるのです。」
「何だ、突然。頼み?今か?」
「いえ、帰ってきてから話します。だからこれを。前払いです。」
「なっ…いや…」
 ヒイロは言葉に詰まる。
 前払いとか突然言われたところで、そんなものを受け取れるわけが無い。そもそも一体何のことかさっぱり理解できない。

 全く受け取る気配の無いヒイロにリリーナは更に言う。
 急がないとまた、呼ばれてしまう。
「ちゃんと受け取って貰わないと困ります。仕事なのだから」
 リリーナは更ににこやかに告げてくる。
「そんなことを言われようが、受け取れない。大体仕事の内容も聞いていないんだ。そんな状態で仕事を請けられるわけが無いだろう」
 半ばやけだ。
 何が今更仕事だ。いつもそれ以上に自分は動き回っている。

「大丈夫です。簡単ですから。」
 リリーナがニコニコと告げてくる。
 …簡単…お前が言ってくることで、簡単なことがあるとは初めて知った、と内心思うが口には出さない。

 そこにとうとう、ラファエルが戻って来た。
 何をしているのかと。

「今行きます!」
 リリーナは慌ててそう言うと、ヒイロの手を掴み無理矢理ピアスを渡してきた。
 それに対してヒイロは反論しようとするが、リリーナの表情が今までとは違い真剣だったことに言葉が止まる。

「ですから、今日はどこにも行かず、いてください」
 リリーナはそれだけ言うと今度こそさっさと行ってしまった。



 残されたのは、ピアスを握らされたヒイロと更に訳が解らないといったサリィだ。

 …一体、何だったのか…。
 横に居るサリィが、驚いた表情でずっとこちらを見ているがこちらだって訳が解らないのだ。
 そして突然、それとは別の何かを辺りに感じる。

 サリィの方を見ると、全くそんな事は関係ないように何やらニヤニヤと笑っている。

「知らなかったわ。それじゃ、その左耳につけているピアスも報酬だったわけ」
「違う」
 ヒイロは間をおかずに否定する。
「冗談よ冗談!大体、それくらいで仕事を請けてくれるなら私だって頼むわよ。それよりもさ、折角だから朝食にしましょうよ。もうペコペコ」
「悪いが、もう行く」
「はぁ。そうですか、そうですか。私と二人ではご飯は食べられないって訳」
 サリィは大きくため息をついたが、態度ほど落ち込んでいるわけでもない。OZに居た時も供に食事をしたことなど、本当に1,2度あったくらいだ。
 しかし、ヒイロの口からは想像もしない答えが返ってきた。
「オレは、すぐに国を出る」
 一瞬言っている意味が全く解らなかった。国を出る?

「え?すぐって、今?え?だって、リリーナもすぐ戻ってくるって」
 リリーナが出てから1分も経ってはいない。

「あいつは戻ってこない。ホワイトファングの奴らと聖都に行った」
「え!?何、聖都?だって、行ったって…さっき戻ってくるって。断るって言ってなかった?」
 
「あいつが断ろうが、行くことになる。オレがホワイトファングならばそうする。」

 奴等にとって、あいつを放っておくことなど出来ないだろう…絶対に。
「そうするって…リリーナが重要人物なのは何となくわかったけど、でも、それって彼女の意志じゃないじゃない!?」
 サリィは納得できないと強く異論を唱えてくるが、答えるヒイロの声はあくまで冷静だ。

「だから何だ?羽ビト達の所に戻るだけだ」
「何だじゃないわよ!戻る?それは戻るって言うんじゃない!連行されたって言うのよ!!そうなることを、知っていて行かせたわけね!」
 サリィの強い視線をヒイロはただ無表情に受け止め、告げた。
「そんなに気になるのならば、お前が助けに行けば良いだろう?」
「な!?」
 サリィは、またもや想像もしなかった返しに絶句する。

「ホワイトファングだけならまだしも、法皇まで出てきた。つまり、この件にこれ以上関われば、教会全部を敵に回すことになる。ある意味OZよりも厄介な相手だ。悪いがオレはそこまでお人よしじゃない」

 サリィは言葉を失ってしまった。それは、全てがヒイロの言う通りだからだ。
 聖都の法皇が出てきたとなれば、流石に手が出せないのは真実だ。確かにどうしようもない。

 だから、ヒイロが言う通り、彼女は羽ビトだ。そんな彼女が仲間の下へ戻った。そう、単純にそう考えるべきなのだろうか。

 しかし、それでも、…ヒイロのように、即、納得など出来はしない。
 リリーナの気持ちを知っている自分には彼女を見捨てたという思い以外はない。

 目の前のヒイロは、淡々と事実を述べる。
 自分なんかよりもずっと長い間、供に行動してきたというのに。

「相変わらず、シルビアさん以外にはどこまでも冷酷になれるわけね。ちょっとくらいは、彼女の心配をしたらどうなの?」
 サリィは吐き捨てるように言うが、ヒイロの態度には何の変化も見られない。
「奴らと居た方がオレと居るよりも、よほど安全だ。一体何を心配するというんだ。馬鹿馬鹿しい」
 ヒイロは宿の玄関に視線を向けながら話を続ける。
 さっさと、話を切り上げ出発したいといった感じだ。

「あ、そう。じゃ、『EARTH』に行くわけ?」
「当然だ。流石にこれだけ追われていては身動きが取れない。恩赦が受けられると言うのであれば断る理由は無い」
 それは、先程まで自分も言っていたことだ。異論は無い。

 落ちついて、考えてみれば確かにこれが一番良い方法なのだろうか。
 どちらにしろ、リリーナはヒイロが『EARTH』に戻ることになれば、最初に会った時の話のままで行くとすると、この先一人で旅を続けることになる。一見しただけだが、とてもではないが、彼女が一人で旅をすることが、可能だとは思えない。
 だから、これが一番の方法だったのだろう。
 羽ビトである彼女は、羽ビト達の所へ行った。

「そうね…貴方の言う通りかもしれないわ…」

 確かに、彼女は聖都に行くことを望んではいなくても、後ろには法皇様までもが関係しているという。
 自分は教会の信者ではないが、法皇様は別格だ。
 信じて良い人物だと思っている。
 彼が関係しているのならば安心して良いのだと。
「リリーナは確かに、行く経緯は問題でも…行くことに意味はあるのかもしれない。法皇様が出てきているって事は、やっぱりただごとではないものね」
 サリィは、自分を納得させるように言い続け、最後に笑いながら言った。
「それに、デュオが傍に居たし。何かあれば、デュオが何とかするでしょ」

 ヒイロは最後の言葉も、ただ黙って聞いた。
 その表情には笑みのかけらも無い。




 その後、サリィは初めやってきた時と同じような態度で去っていった。シルビアさんに宜しく、とだけ言い残し。
 ヒイロの態度はOZに居た時からそういう意味では本当に心得ている。だから、今更こんなことで驚くことも無い。
 それよりも、今までヒイロがリリーナとまだ行動していたということの方が正直、衝撃は大きかったくらいだ。

 今度、カトルと連絡を取ったときには今回のことも聞いてみなければ。

 さぁ、さっさとこの街での、宿を探さねば。そして。一休みしなければこれ以上は何処にも行きたくは無い。
 列車では余り眠れなかったから。
 辺りはようやく店がちらほらと開き始めていた。







『遅かったな。お前のことだ…気が変わることはないとは思ったが』
 ヒイロはその声に視線を僅かにそちらに向けるが、すぐに視線を元の端末に戻し作業を続ける。
 倉庫は朝だというのに、全面壁に覆われ窓は建物の上部に僅かにあるのみで暗く、辺りに人の気配はまるで無い。
 倉庫の内部には、木枠で梱包された荷物が大量に置かれていた。

 そんな倉庫でヒイロは休むことなく、端末を叩き続ける。その端末は他の荷物と同じように木の枠で梱包されたゼロに繋がれている。
 昨日のうちに梱包しておいたのだ。
 これならば、多少揺れが激しくても、壊れる事は無いはずだ。
 ゼロが壊れたら、全てが終わる。
 だから、慎重に包んだ。

 兎に角、もうあまり時間が無い。
 
 

 ゼロに莫大な情報を入力し続ける。
 そんな中、再び先程の声が辺りに静かに響いた。

『今、発車した。聖都行きの列車が』

 ヒイロは表情を変えないまま端末を更に打ち続けた。


2005/3/4


#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー4

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