LOVER INDEX

#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー5


 冷たい風が体温を容赦なく奪っていく。
 指先が氷のように冷たくなっている。
 しかしリリーナはそんなことを全く感じさせないかのようにハッキリと言う。

「どういうことでしょうか?すぐに元の場所に戻して頂きたいのですが?」
「姫、その、まず私の話をお聞きください」
 ラファエルはそう言いながら、リリーナに駆け寄って来る。そんな彼の後ろから、のろのろとデュオもこちらに向かって歩いてくる。

「一体ここはどこですか?カーンズさんは?」
 リリーナは辺りを見回しながら半分途方にくれる。ここから見える景色は、厚い雲に覆われた真っ暗な空と海だけだ。
 そんなリリーナに対しラファエルは困ったように答える。
「あ、その、この船にはおりません。列車のほうに乗車されました」  

「列車!?」
 例の聖都リーブラに行くための、教会専用と言っていた列車だろうか?
「はい。OZから姫様の居場所を隠すためにこのような手段をとっております」
「居場所を隠す?」
「はい。あの街は今朝の時点で既に多くのOZの者たちによって囲まれておりました。あのままいれば、間違いなくOZに捕らえられていたでしょう。ですからどうか、ご理解ください」
「OZが!?」
「そうです。ですからカーンズと騎士たち。それに姫に似せた者も列車に乗車しまして。つまり、囮と言う訳です」
「そんな。捕まったらどうするのですか!ただでは済まないでしょう!」
「確かにそうですが、我々が優先すべきは姫です。兎に角、現在はまだばれてはおりません。我々の作戦通り、OZは列車を追いかけている模様です」
「追いかけているって!」

 リリーナが作戦の内容に納得など出来ないと反論したとき、少しはなれた所から知らない声が口を挟んできた。

「残りの四聖騎士が共に乗車しております。ですから心配無用ですよ、姫君」
 リリーナはその声に視線を横にずらすと、羽ビトの青年が歩いてこちらに向かっている。
 見ると青年はラファエルと同じような服装をしている。

「ようやくお目覚めになりましたか、麗しの姫君が」
 男はようやくリリーナの前まで来ると品定めでもするような目つきで、頭の先から足の先までを見渡す。それは決して居心地の良いものではない。


「貴方は?」
 リリーナは無表情で尋ねると、男は突然大げさに頭を深々と下げた。
「そうでした。姫君にお会いできたのが何よりも嬉しくて、ついつい紹介が遅れました。はじめまして、プリンセス。私は四聖騎士の一人で、位はミカエル。しかしラファエルとは違い、皆からは本名のジェイクで呼ばれております。姫もどうぞこちらの名前で」

 ラファエルはジェイクが言った『本名』と言う言葉に、一瞬眉をピクリとさせる。明らかに本名を持たない自分へのあてつけだ。

 しかし、ジェイクはそんな事は気にもせず紹介が済むと、リリーナの右手を優しく取り、甲に口付けを落とした。その動きには一部の隙も無く騎士そのものだ。
 
 四聖騎士。ラファエルから同じように紹介されたとき、四と言うくらいだから他にもいるのだろうと、思ってはいた。それでは、残りの二人が列車に乗ったということなのだろうか?
 
 リリーナはそんなことを思いながら、自らも名を名乗るため口を開こうとした途端、口を挟まれる。
「わたくしは、リリー…」
「リリーナ・ピースクラフト様ですよね。勿論存じております。美しい我等が姫君ですから」

 リリーナはそんなジェイクの態度に眉をよせる。
 先程からジェイクの言葉の一つ一つがチクリチクリと頭の中で引っかかるのだ。ジェイクの態度や言葉は、敬意というより嘲弄しているとしか思えないのだ。
 それを証拠に彼の口調はそういった、嫌味や皮肉といったものをまるで隠しもしない。知った上で、行っているのだ。
 この者は自分に一体何を言いたいのか全く解らない。
 


「何故ここに!?今の時間は、聖都との提示連絡中でしょう!?」
 ラファエルがそう言うと、ジェイクはラファエルに視線をむけ面倒くさそうに答えた。
「そんなのとっくに終わった。お前じゃあるまいし。オレは、何だか上が騒がしいから来てみればこの通り」  
 そして、そう言うと再びリリーナと視線を合わせる。
「姫君…―――これでも先程まで目覚められるのをお傍で待っていたんですよ?寝顔が本当に可愛らしくて。スリーピングビューティーの様にキスでもすれば、私の為だけに目覚めて頂けましたでしょうか?」
 そんな笑みを浮かべながら伝えてくる男に対して、リリーナの表情は鋭い。
「スリーピング?何ですかそれは?」
 リリーナの言葉に、思わず横で静かに経緯を見守っていたデュオは笑い声を漏らす。
 しかし、言われた当の本人は一瞬驚いたもののすぐにフッと口元を微かに上げ、笑みをこぼす。ジェイクの態度はどこまでも余裕に満ちている。

「兎に角、申し訳ありませんが、今は貴方と話をしている暇が無いのです。話ならば次の機会にお願い致します」
 リリーナは鋭い表情のままジェイクにそう伝えると、相手の答えを待たずラファエルに視線を戻す。
 
 同じ四聖騎士だというのにラファエルとはえらい違いだ。ジェイクと話を続けても全く先に進まない。

「ラファエル…OZから助け出してくれたことは感謝します。ですがお願いです、船を戻してください。わたくしには行かなければならない所があるのです。それは、聖都リーブラではないのです」
「はい。それは出来る事ならば叶えて差し上げたいのですが…先ほども言いましたように、その…OZが迫っているのも事実なのです。ですから一度聖都で落ち着いてからでは駄目でしょうか?姫も大変お疲れのようですし」  
 全く引く気配の無いリリーナに対して困ったように告げるラファエルに、デュオが助け舟を出す。
「お嬢さん。今、船を戻すと折角の作戦が水の泡になっちまうんだ」
「水の泡?それは、先程の話の列車を囮にしている件ですか?」  
 
「そう。OZにお嬢さんの居場所を不明にする作戦。折角列車に乗っているって思わせているのに、この船が変な動きをするとそれだけで察知される。まぁだから、どちらにしろ最低でもあと7日くらいはこのまま進んだ方がいい。動くのはそれからだな」
 
 リリーナは作戦も何も、自分は納得していないと反論したいところだが、それを告げた所で事態が変わるわけでもない。すでに動き出してしまっているのだから。
  だから、船をとりあえずこのまま進ませることは不承不承納得した。
   
 ラファエルもその様子に一安心し、とりあえず部屋に戻ろうと声をかけた途端、今度は別のことを言われた。
「ラファエル、その前にまずその刀を返してください」  
 リリーナはラファエルの腰にある刀を指して、きっぱりと告げると、ラファエルは間をおかずに、それは出来ないと答えてきた。リリーナはまさか断られるとは思ってもみなかったので、言葉に一瞬詰まる。
「出来ないって…貴方がそれを持つことは許されてはおりません」
「許すとか許されないとかの問題ではありません!姫は女性なんですよ?刀など持たせられるわけが無いでしょう?それも、この刀を!」
 ラファエルの口調は何時になく強い。
 
「女性?」
 リリーナは自分の耳を疑いたくなる。
「そうです。それも、姫は女性というよりまだ女の子じゃないですか!そんな細い腕で…刀は私が持ちます。姫が必要なときにおっしゃっていただければ私が斬ります。これは騎士の立場からも、譲ることが出来ません」
 ラファエルの声はどこまでも真剣そのもので、断固として譲るつもりがないと告げてくる。
「ラファエル!何を愚かなことを言っているんですか!?いいですか、王に性別は関係ありません。わたくしにはその刀を持つ義務があるのです」
「愚かなのはどっちですか。大体そんな華奢な身体で、刀など扱えるのですか!?誤って肌に傷でもついたらどうするのですか!」
「華奢!?」
 リリーナはとうとう唖然とする。

「それでもまだ、返して欲しいとおっしゃるのでしたら、お好きにどうぞ。今、この場で私から奪えば宜しいでしょう。性別が無いとおっしゃるのでしたら、どうぞ私に姫の刀さばきをご披露頂きたい」
「…………………………」  
 ラファエルは瞳をそらすこともせず、まっすぐ訴えてくる。
 正直、頭を抱えたい状況だ。
 
 確かにいつかは女であるために、足枷がつくことや相手になめられる事もあるのではないかと、覚悟はしていた。
 だから今までも、わたくしは自分のことを王女や、女王だとは意識的に言うことをしなかった。ただ、王と言うことにしたのだ。


 だというのに…
 華奢で…か細く…女の子…。
 馬鹿にされたわけでもなく、なめられたわけでもなく…。
 
 流石に落ち込みたくなった。


 これを言われたのがカーンズや、そこのジェイクあたりならば確実に怒鳴り散らしている。馬鹿にしているのかと。

 しかし、ラファエルだから困っている。
 彼は自分を馬鹿にするとかそういうことではないことが、嫌というほど伝わってくるからだ。伝わってくるのは優しさと敬意だけなのだ。ラファエルは、間違いなくあの刀の意味を知っているのだ。
 
 困ったものだ。解ってはいる…落ち込んでいる場合ではない。
 だが、この状況でどうするべきか。力づくで奪うべきなのだろうか…。  
 そんな時、ジェイクの含み笑いが静かに響いた。
「!?」

「姫君…いいではないですか。ラファエルの言うとおり、姫君では刀を扱うことは不可能でしょう?剣があまり得意でない自分が相手でも姫君は勝つことが出来ますか?姫の騎士である我々が管理するのです。何の問題も無いでしょう?」
「得意とか騎士とかそんなことは関係ありません。何度も言わせないでください。貴方方には刀を持つ権利がないと言っているのです」
 リリーナはぴしゃりと言い放つが、ジェイクの余裕のあるようなしゃべり方は一向に変わらない。

「権利…ですか」
「ジェイク、お前は黙っていろ」
 ラファエルが告げるが、ジェイクの言葉は続く。
「姫君は寝起きで、機嫌が宜しくないのかな?」
「ジェイク!何て態度だ!」
 ジェイクの話す態度のあまりの酷さに、ラファエルがとうとう声を荒げるがジェイクは大して気に留めた様子も無い。  

「姫君…では誰ならば良いのですか?権利をお持ちで?」
 ジェイクはそこで一旦言葉を止めるとリリーナをまっすぐに見詰め、薄笑いを浮かべ、告げた。
「ヒイロ・ユイですか?」  
 リリーナはその言葉に眉を寄せる。


「ですが残念ですね。報告ではヒイロ・ユイは今朝の午前10時45分の列車で『EARTH』に向かったそうです」  

 その突然の言葉をリリーナは自分でも驚くほど冷静に受け止めた。

 彼は行ったのかと。  
 今更驚くことではない。  
 これは必然のことだ。
 現在の時刻は既に午後7時を回った。

 午前10時の列車で行った。
 今日はどこにも行くなと頼んだが、彼はその時間には出発してしまった。本当に聞いた話どおりで思わず笑みがこぼれる。  

 そうではない。驚いたのは続くジェイクの言葉だ。

「ただ、今更『EARTH』に行ったところで…恩赦の条件である姫君のいない彼に、何が残されているのかはわかりませんが。拷問…いえ、なぶり殺しでしょうか?」  

 身体のどこかがズキンと激しく痛む。  
 先程『EARTH』に行ったことを知った際に全く感じなかった痛みが、今になってやって来た。 
 
 痛い所を付かれた。今は相手にそれを悟られないように無表情を装うことで精一杯の自分の醜態に言葉もない。

 ジェイクが言ったことは、まさにわたくしがずっと気にしていたことだ。
 デュオやサリィは姫の願いだからOZは無条件でヒイロに恩赦を出さざるを得ないと言ってはいた。わたくしの存在自体が秘密なのだから、条件にしたくても表に出すことは出来ない。だからそれは、尚更だろう。

 しかし、相手はあのOZなのだ。いくら姫の願いとは言え、損しか出ない取引は絶対にしてはこない。わたくしから言わせれば、表面上は無条件としていても、暗黙の了解で条件は存在しているのではないかと認識していた。だからヒイロもそう考え、一人では『EARTH』には行かないのではないかと考えていた。
 ヒイロの恩赦の条件には、デュオの言う、わたくしの居場所についての情報だけではなく、わたくし自身が必要ではないかと、ヒイロに直接聞くべきだった。解ってはいた。だというのに…わたくしは、このことを明確に聞くことが出来なかった。
 
 逃げていたのだ。ただ、逃げていたのだ。もし、それについて、そうだと答えられたとき…自分はOZに行くことは出来ない。かと言って…ヒイロと争うことなど…論外だ。
 
 だが、それでもデュオはヒイロは恩赦を受けると言い切った。
 あのデュオがわたくしでも考えることを考えないはずがない。そんな全ての事情を承知しているであろうデュオが、ヒイロは恩赦を受けると判断していたことを知って、多少不安があったにしても、わたくしは大丈夫なのだろうと判断したのだ。わたくしが共に行かなくて大丈夫なのだろうと。
 姫との仲も少しだけだが聞いた。だから、大丈夫なのだろうと。それどころか、何故わたくしと共に居るのか、今朝は疑問にも思ったくらいだ。

 …別れを…そう…覚悟もしていた。
 
 だが…やはりそうなのだろうか…。
 急激に胸が苦しくなってきた。  

 少し前の自分に呆れる。ヒイロは自らが決めて『EARTH』に向かった…。だから大丈夫だと。わたくしは、…ヒイロだから大丈夫だと、全て自分に調子の良い様に勝手に思い込んでいただけなのではないのか?

 ヒイロの身は本当に安全なのだろうか。
 



 無表情のまま黙ってしまったリリーナに対し、ジェイクは嫌味な笑みを浮かべたまま更に何かを言おうと口を開きかけた次の瞬間、それまで横で黙っていたデュオが先に口を開く。
「全く、お前の話っていつ聞いても呆れるね」  
 ジェイクがデュオに対して鋭い視線を向けるが無視をする。
「お嬢さん、兎に角場所をずらそう。体が冷えてる」
「デュオ。いえ、その…」
「ここは、海の上なんだ。どちらにしろお嬢さんの刀だってどこにも行きやしない。それにヒイロも心配ない」
 デュオは詳しくちゃんと話すからと説明する。
 デュオの言葉にリリーナは静かに頷いた。
 寒さなど、言われるまで全く気がつかなかった。確かに手は氷のように冷たい。

 頭を冷やせ。冷やせ。冷やせ。

 確かにヒイロのことも、今更悩んだところでどうしようもないことだ。ここは既に大海原なのだから…。


 刀のことも、少しひっかかるものの、ひとまず置いておくことにした。



 わたくしとデュオとジェイクの3人はデュオの部屋に向かうことになった。わたくしの部屋は、先程わたくしが派手に扉を含め、いろいろなものを壊してしまった為に、今、掃除をしてるとかで。ラファエルはそちらに向かった。本当にラファエルには申し訳ないことこの上ないというか。
 そして元来た道を戻っていると、先程私が部屋同様に壊してしまった甲板に出るための扉を機械人形が修理していた。
 だから、その横を通るときに一言すみませんと頭を下げた。  
 昨日からどこかおかしい。
 本当はただ、結界を解除するだけで良かったのに…扉ごと吹き飛んでしまった。魔導の制御が上手くいかない。昨晩もそれで教会の廊下にあった鏡を1枚割ってしまった。
 歩きながら右手を見ると包帯が巻かれている。自分で巻いたものとは比べるのが申し訳ないほどにずれない上、解けてくる事が無い。  
 

 そんな時不意に前を歩くデュオから声をかけられた。
「お嬢さんは本当に落ちついているね」
「ん?―――そうでしょうか?」
 リリーナのあまりの毒気の無さにデュオは苦笑しか出ない。
「ああ。だって普通ならさ、ヒイロの心配とかよりももっとさ、…オレに対して文句とか無い?結構、いろいろ言われると思って、これでも覚悟はしてたんだけど」
 デュオの言葉にリリーナはただただ驚く。
「わたくしが、デュオに文句?とんでもありません。感謝はあっても文句なんて。―――確かに、こんな所に連れて来られたことに関しては納得もいってはいませんが、OZも迫っていたというし…何よりもわたくしに隙があったからです。誰かのせいと言う訳ではありません」

「え…」
「ヒイロにもいつも言われていたのですが、――わたくしは甘すぎると…本当にそうですね。少し反省しないと」
「甘い…」
 自分を連れ去った相手に、理由は自分のせいだと言い切る彼女。そんな風に言ってくるとは考えてもいなかった。彼女は本当に、驚くほど自分に厳しい。

「ですが―――確かに、理由は知りたいですね。貴方が動いている理由くらいは」
 リリーナはそう言うと僅かにデュオを見る。
「教会からの指示ですか?」
 教会からの指示ならば、そこに属していると言うデュオは流石に断ることは出来ないだろうと考えたが、デュオは間をおかずに首を横に振ってきた。 
「違う…――でも…そうかな…」
「…よく解りません」
「そうだな…何ていうか…うん」



「へぇ。『死神』でも気を使うことがあるのか」
 デュオが何というべきか悩んでいるとき目の前を歩いていたジェイクが驚いた様子で言ってきた。
「はっきり言ったって、何の問題も無いだろ?」
「ジェイク」
 デュオはジェイクが言わんとしている事を一瞬で理解し、名を呼ぶ声には「口を閉じろ」という意味を含ませているが、ジェイクは聞かないふりをする。

「姫君、彼はヘレンから頼まれたんですよ。そうだよな、デュオ?」
 ジェイクは歩みを止めデュオの方に向き直る。
「馴れ馴れしく、呼び捨てなんて、して欲しくないね」
 デュオの声は驚くほど低い。それに対してジェイクは面白くてどうしようもないという感じだ。
「怖い怖い。呼び捨てにしただけでそこまで怒るってことは、さぞ姫君には怒り心頭でしょう?」
「冗談。何を勘違いしているのか知らないけど、オレはお前に怒ってるんだ」
 デュオは瞳で尚も黙れと告げているが、ジェイクは先程の甲板の件が相当、癇に障った。

 自分は姫との会話を本当に楽しみにしていたのだ。いろいろな意味で。
 これは報復だ。

「姫君良かったですね。彼は許してくるそうですよ。ヘレンを殺した姫君を」
「!?」
 リリーナはジェイクの突然の言葉に頭が真っ白になった。

 何?
 わたくしが知るヘレンとはシスター・へレンしか存在しない。その上デュオに関わっているとなれば彼女しかいない。その彼女が死んだ?
 何が何だか全くわからない。
 わたくしのせいで?ならば…わたくしと話したから?わたくしと会ったから?OZだろうか?
 そうじゃない。そんなこと関係ない。  
 そうではなくて!  

 そんな時何の前触れもなく、デュオの笑い声がした。
「本当に、お前って少しは頭使えよ。お嬢さんのせい?ッハ。じゃ、先週死んだケイティは誰のせいなんだよ?」
「へぇ、強がっているのか?」
 ジェイクは尚も面白そうに告げてくるが、デュオは反応しない。
「死なんて世界じゃ、溢れてる」
「それが、教会の教えか?本当に悲しいのはお前だろ?」
 ジェイクは素直になれと、今度こそ嘲弄を隠しもしない。

 だが、デュオは言う。それもいつもと変わらない屈託の無い笑顔で。
 
 「オレは死神だぜ?死を伝える死神がいちいち死で悲しんでいたら世話ないぜ」
 
  デュオはそう言うと、再び部屋に向かって歩き出し。
  リリーナはそんなデュオをただ見詰めた。
 
 
 部屋に着くとデュオはジェイクが、部屋に入ることを拒んだ。

 しかし驚いたことに、そのことに反対をしたのがジェイクではなく、周りにいたシスター達だった。この船はどうやら教会の持ち物らしく、乗組員にはホワイトファングの者たちの他、シスターや神父たちが数多くいる。
 そんなシスター達から駄目だと言われた。デュオは教会の人間で、教会では一つの部屋に異性が二人だけでいることは禁止されているらしい。他にも聖職者は異性に触れてはいけないとかいろいろ言われたが、デュオは適当に答えていた。こんなとき本当にデュオは教会の人間なのだろうかと、疑問に思う。大体、シスター達にそんなことを今更言われたところで、既にあとの祭りだ。
 一部屋で二人だけで食事をしたこともあるし、旅の間、沼にはまったりだとか転んだりだとか、手を借りたことなど数を数えたらそれこそきりが無い。



 彼女にはホットミルク淹れ、自分は珈琲を淹れた。
 見るからに彼女は冷え切っていて、このまま風邪でも引かれたら、それこそ殺される気がする。
 ―――あいつに。

 

「オレは教会から、ホワイトファングに力を貸すように言われているんだ。で、その教会に最初にそう願ったのがシスター・へレンで。お嬢さんに力を貸して欲しいって」

 本当は話すつもりは無かった。
 だがこうなってしまっては仕方が無い。
「お嬢さんがさ、シスター・ヘレンと会った日、ちょうどオレも教会に電話したんだよ。本当にすぐ後」
「そうだったのですか。なかなか顔を見せないと笑っていました」
「ああ。オレも電話で言われた。いっつも本当に小言ばっかなんだよな」
 デュオは思い出すように話し続ける。
「まぁそれで、その電話の最中にどうやら、まぁOZが来たみたいで―――結果、教会は焼き払われた」
 理由は聞くまでもない。OZはわたくしを探しているのだ。

 こんなとき、本当になんと言えばいいのか、言葉が一つも出てこない。
「…―――…その…―――……彼らはわたくしを探して、教会に……」
「ストップ。さっきも言ったろ?お嬢さんのせいじゃないんだから、謝るのは無し」
 デュオは苦笑するように言う。
「でも…!」
「駄目駄目。大体へレンだって、お嬢さんが自分のせいでそんな顔しているなんて知ったら、今度はオレがただじゃ済まない」 
「…そうでしょうか…」
 リリーナはミルクの入ったカップを見詰めながらポツリと言う。
「ああ。当然。大体、誰かのせいって言うんならOZだろ?」  
 
 デュオの言いたいことは頭では、解ってはいるのだ。
 『EARTH』を出たときから、犠牲が出ることは、覚悟をしていた。現に今回が初めてというわけではない。その度、これが乗り越えられないのならば、再び昔のように『EARTH』に戻るしかないと自分自身に問いもする。
 そしてわたくしは、その度、前に進むことを選らぶ。
 だがそのそれは、乗り越えたわけでもなく乗り越えられない訳でもなく、中途半端なままの結論で。
 
 人々が求める強い王としては、それは間違っているのかもしれない。…それでも…やはり…人として悲しいものは悲しい。

 だから今回も、例え中途半端だろうが進むことをわたくしは選らぶ。それこそ、今更、引き返すくらいならば今まではなんだったのかと言うことになる。

 終わらせるために自分は進むのだ。  

「ありがとうございます…」  
 ようやく一言、声を出すことが出来た。

「ああ。ヘレンもその方が絶対喜ぶ」
 デュオの声は明るく、確信に満ちている。

「それから一つ、お嬢さんは勘違いしているようだけど、別にヘレンは、逃げようと思えば逃げられたんだと思う」
「え?」
「だって、現に結構子供は助かっているんだ。まぁ、駄目だった奴も数人はいるけどさ。町の人の話じゃ、ヘレンは子供を逃がしていて逃げ場を失ったって言ってた」
 リリーナは教会を訪れたときに見た子供たちを思い出す。元気に走り回っていた彼ら。
「そんな逃げ場を失った中でへレンは、最後聖都に電話をしたんだ。お嬢さんを助けて欲しいって。力を貸して欲しいって」

「そんな…」
「本当にさ、昔っからそうなんだよ。自分のことよりも人のことばっかり気にしててさ…―――オレも散々助けられた」
 そう言うデュオの表情は、少しだけ悲しいように見えた。

「だからさ、そう言う意味でもお嬢さんがそこで謝るのは違うと思うんだ。これはヘレンの意思だから。自分で決めたことで、誰のせいでもない。それだけは譲れないというか、オレの勝手な言い分だけど。兎に角、お嬢さんは笑顔で進んでもらいたいわけよ。ヘレンもそれが、望みだったと思う。俺はそう思うことにしている」
 デュオは笑いながら告げてくる。

 彼とシスターヘレンの優しさに言葉が出ない。
 本当に自分はどこまで幸せ者なのかと、泣きそうになる。

「デュオはすごいですね。人の心を癒す魔法の言葉を沢山知っています…神父の才能があるのですね」
「冗談だろ!?止めてくれよ。そんなこといわれると『死神』の名がすたるよ」  

 デュオはどこか照れながらそう言う。
 だから、さっさと話題を変える。
「まぁそんな訳で、ヘレンから話を聞いた聖都がその直後、直接オレに要請してきたわけよ。兎に角、一度お嬢さんを聖都に連れて来いって」
「直後…だとすると、大分前ですね…」
「そう、お嬢さんがちょうど何だ?カトルとパーティーに出たとき辺りかな。ヘレンの頼みじゃ流石に断れない」
「…あの…では一体、今まで何故実行しなかったのです?」
 デュオの話だと、大分前から自分は聖都に行くことになっていたらしい。
「それは、聖都にオレから直接説明して、動くのを待っていてもらったんだ。確かに、ヘレンの言う通り、お嬢さんの状況は安全とはいえないけど、それでもお嬢さんにはお嬢さんの事情もある。だから少し様子を見てくれって」
「ん?それでは、デュオはその…わたくしが聖都に行くことは反対なのですか?」
「ああ。オレはどちらかといえば反対」
 そう言うデュオは苦笑を浮かべている。

 正直驚きだった。
 デュオは甲板で見たときから、完全に彼ら側についていると思っていたから。
 しかし、そうでもないらしい。
 
「でもオレがそう思っていても、オレが何か意見したところで教会もホワイトファングもそうそう意見を変える連中じゃないからな。それでもまだ、教会はいいとして。うるさいのがホワイトファング。かなりもめた。でも、まぁ法王様がオレ側についてくれて何とかなった。結構条件は出されたけど」

 デュオは何でもない事のように告げてくるが、法皇様?
 やはりデュオは、教会の中でも相当上の立場なのだろうか?
「まぁでも仕方ないか。お嬢さんは何しろあのヒイロと一緒だからな」
「デュオ、条件とは何です?」
「兎に角お嬢さんの状況を逐一把握していること。つまり、一緒に行動しろってことだな。だっていうのに、あの野郎が勝手にほいほいと夜中のうちに出発しやがって。まぁオレも悪かったけどさ…だけど!こっちの気も知らないで…本当にあいつはいつもいつも…」
 そう言うデュオの右手は握りこぶしを作り、ふるふると震えている。

 確かデュオと別れたあの晩は、夜更けにヒイロに出発すると起こされたのだ。OZが来たからと、デュオは別にOZに追われているわけではないから置いていくと……しかし裏では、まさかそんなことになっていたとは…。ヒイロはこのことを知っていたのだろうか?
 リリーナはミルクを飲みながら、静かにデュオが落ち着くのを待つ。

「…オレがまんまとヒイロに、置いてきぼりをくったおかげで、ホワイトファングはもう黙っていられないって、動き出しちまうし。オレと別れてからすぐ、龍の国にも襲われただろ?」
「ああ…はい…突然…」
 わたくしの羽の生え変わりとかのせいで体調が悪かった時のことだ。
「あれは、ホワイトファングが、龍の国に独自で助けを求めたんだ。力ずくでも構わないから、お嬢さんを確保して欲しいと…。まあ、結果それも失敗したけどな」

 ようやく納得がいった。だからあんな場所で突然彼らは現われたのかと。
 だとすると、気になることが出てくる。
「龍の国に…――では、砂の国に竜紫鈴(ロンシリン)が…龍の国の代表である竜紫鈴(ロンシリン)本人が居た理由はその為ですか!?」  

 竜紫鈴(ロンシリン)は相当のことがない限り、絶対に龍の国を出ないことで有名だという。そんな竜紫鈴(ロンシリン)が、別の国である砂の国に居たのだ。
 ホワイトファングに頼まれて、自分を捕らえることが目的だったのだろうか?
 
 しかし、デュオはそれについては否定する。
 あれは間違いなく龍の国の意思だと。流石のホワイトファングでも他の誰かならばまだしも、竜紫鈴(ロンシリン)本人を動かすことは不可能だという。  
 デュオの予想だと、竜紫鈴(ロンシリン)は確かに、わたくしを捕らえることも考えてはいたのかもしれないが、そんなことよりもただわたくしを見たかったのではないかと言う。あのOZが血眼になって探しているというわたくしを。
 それから、わたくしは知らなかったが、竜紫鈴(ロンシリン)とサンクキングダムの最後の女王。つまりわたくしの母に当たる人物だが、彼らは個人的にとても親しかったらしい。それもあって、わたくしと会ってみたかったのではないかと、デュオは言った。
 そして、わたくしと会った後の竜紫鈴(ロンシリン)の様子を見る限りでは、龍の国は手を引いたと。

 
「でもそれでは、ホワイファングはどうしたのですか?話を聞いていると、助けを求めた龍の国が手を引いた後、彼らが黙っているとは思えないのですが」
「ああ。奴らが黙っているわけがない」
 デュオは心底疲れたように言う。そこまで簡単ならば、苦労などしない。
「次、奴らが持ち出してきた案は、ある意味一番厄介なヒイロをお嬢さんから離す作戦」
「ヒイロが一番厄介?」
「ああ」
 デュオはコーヒーを見詰めながら少し悩む。どう言うべきか。
 リリーナはそんな様子のデュオをただ見詰める。
「…何というか…これは教会もホワイトファングも共通のことだけど。どっちも、ヒイロを全く信じていないというか…まぁ普通に考えれば確かにそうだ言えるといえば言えるけど」
 そう言う意味では、教会もホワイトファングのどちらもヒイロから過去にかなりの痛手を受けている。信じろというほうがどうかしている。
「でも、どうやって引き剥がすかが問題になった。口で言ったところでまず意味がない。カトルの屋敷でそれはオレ自ら実証済みだし。かと言って力ずくは論外。理由はヒイロが相手って言うのが何よりもだけど、第一そんなことをヒイロに対してやったら、お嬢さんの信用をまず無くしちまから」

「ああ…はい」
 確かに、ヒイロに対してそんなことをやられたとしたら、その組織に共に来いと言われても、わたくしは信用しなかったと思う。
 しかし、どちらにしろ今では信用もすっかり半減してしまっているが、デュオは何が言いたいのだろう。


「それでさ―――その…丁度良いというか良くないタイミングというか、OZのお姫さんが砂の国に来てたじゃん。シルビア姫が」
「ええ、確かに―――ん?…え!?シルビア姫って、それではまさか、護衛の件を言っているのですか?…だってあれは、偶然!?それとも、シルビア姫の護衛の件はホワイトファングがそうなるように裏で操っていたのですか!?」
 リリーナは間髪をいれずに、驚きを隠せない様子で告げてくる。

「ああ…半分くらい」
 デュオは苦笑を浮かべて言う。
「半分って…そんな―――」
 リリーナが思わず言葉に詰まる。全く解らないと。
「うん――まぁ、ホワイトファングとしても一種の賭け。対話も駄目。力も駄目。だとしたら残された方法は少ない。そこで丁度良く居るシルビア姫。だけど簡単にはいかない。以前一度、OZを辞めてからお姫さんと接触する機会があったにもかかわらず、ヒイロは会いもしなかった」
 そうだ。他の人は知らないと思うが。ヒイロは姫から直接手紙まで貰って置きながら、それを自分では開くことすらしなかった。
  
 デュオは静かに珈琲の入ったカップを見詰める。
「で、ホワイトファングはあることに目をつけた。あの時シルビア姫って、ヒイロやお嬢さんが砂の国に来る前から、命を狙われていたじゃん」
 リリーナは黙って頷く。  
 確かにそれに間違いはない。OZがそうなるように仕組んだとヒイロが言っていた。そして、その者達からシルビア姫の身を護るためにヒイロは護衛についたのだから。
「でもその刺客が、大した奴じゃなくてさ。まぁ、それをみるとOZも本気でお姫さんの命を狙おうとしていたわけじゃないのかもしれないけど」
「大した?…でもヒイロは、刺客にはかなりの手練の者が居るって…ああ。そう言うことですか」
 リリーナは自分で言っていて途中で気がつく。
「そう。ホワイトファングは、刺客にまぎれて正体がばれないよう自分たちで姫を襲うことにしたんだ。ヒイロにお姫さんの身が、かなりまずいって思わせるために。それはオレがやったから間違いない」
「オレがって…デュオが!?」

「ああ…なにしろ相手がOZだから、やつらに任せて失敗したとき教会にまで被害も及ぶし…かと言って、やつらだって言ったところで止めないだろうし。大体、中途半端じゃ、あのヒイロを騙すなんて無理」  
 だから、本当は姫の髪の毛でも切ってこいだとか言われていたが、ノインはそこまでは許さなかった。腕の骨を折る程度で止めておいた。第一あれ以上やれば正体が間違いなくばれるだろう。

「それと、教会とは関係なく…オレもヒイロがどう動くのか興味があった」  
 デュオはどこか含むように言う。

「…興味…?」
 リリーナは、一体何をっと、不思議そうに聞き返す。
「本音を言えばオレは、ヒイロは護衛にはつかないと思ってた」
「え…―――何故?」
 リリーナは、デュオの答えが意外だと疑問の声を上げる。
 デュオはその声に、困ったように笑ってから、なんとなく、と簡単に答えた。リリーナはその答えに、更に解らないと、不思議そうな表情を浮かべる。
 

「まぁでも、オレの予想に反して無事、ヒイロが護衛なんか引き受けちまったおかげで、ホワイトファングはここぞとばかりに教会に訴えるわ。ヒイロはOZと繋がっているとか理由はイロイロ。まぁ、確かにあれじゃOZと繋がっているって言われても仕方ないけど。おかげで、流石の教会も動かざるを得なくなった」

 確かにそれはそうだ。元OZの王族護衛騎士がOZの姫を護衛…。どんな言い訳が出来るのだろう。

「それでも、オレは何か事情があるのかもしれないからとは言ってはみたんだけど…」  
 そう話すデュオの声を聞く限りでは、それも上手くいかなかったことが伺える。
「結局そのすぐ後、突然沸いて出た、例の恩赦の条件のせいで、オレの話なんて取り付く島も無くなった。だから、現在こんなことになっている訳で」  

 恩赦の条件。つまりわたくしだ。世間には出ていないらしいがヒイロの無罪放免と引き換えにわたくしをOZに引き渡すことがその条件。  
 そしてデュオの言う、こんなこととはつまり、強制的に船に乗せられ聖都に向かうことになっている現状のことだ。  
 ようやく、今回のことが見えてきた。
 
 つまりこういうことだ。
 シスター・ヘレンからわたくしの事を聞いた教会とホワイトファングはどうするべきかを悩んだ。初めはデュオの言葉に従ったが、わたくしたちがデュオを置いて出発したために、ホワイトファングは傍観を止め動き出した。龍の国に助けを求めたり、姫を襲ったりといろいろしたと。  
 それに引き換え教会はわたくしの行動を、しばらくはただ見守って置こうとしていたが、共に行動をしていたヒイロがイロイロあってOZの姫であるシルビア姫の護衛をしてしまった。  
 だからヒイロはOZと繋がっていると。OZにわたくしが捕らえられたのでは元も子もない。それでも、デュオが何か事情があるからと何とか宥めてようとしている間に今度は、わたくしの身と引き換えの恩赦の話がでた。流石の教会も静観をすることが出来なくなったと。
 
 まとめるとそういうことなのだろう。
 確かにヒイロの現在の状況は、デュオの話を聞く限りでは、かなりまずい状況だという。嘘ではないだろう。デュオだけでなく、サリィも言っていたのだから。
 
 だからそんなヒイロの状況を知っている者から見れば、間違いなくわたくしは取引の材料として差し出されると考えるのは無理のないこと。普通のことだ。
 加えてその条件を出しているのが、シルビア姫なのだ。
 ある意味、疑いようがない。
 
 教会もホワイトファングもその他全ての者たちは、ヒイロがわたくしと引き換えに恩赦を受けると確信しているということだ。
 

 確かに思い出してみれば、ヒイロ自身も初めの頃に、わたくしにそう断言もしている。
 何かまずいことが起きたら、迷わずわたくしを差し出すと。

 …だが、今までそんなことは一度もなかったが。
 そして今回も。

 リリーナはミルクの入ったコップを掴んだまま瞳を閉じ、ゆっくりと天井を仰ぐ。
 本当に自分の知らないところで一体何が行われていたのか。
 疑問が次から次へとあふれ出してくる。
 リリーナはため息をつきたい衝動を無理矢理押さえ込み、口を開く。最初にした質問だ。
「それで、デュオが今回この件に手を貸した一番の理由はなんですか?教会からの、シスター・ヘレンからの命令だからですか?それとも、本当はデュオも、ヒイロが恩赦を受けるためにOZにわたくしを差し出すと判断していたからですか?もしくは、全く別の理由?」

 デュオの話を聞いていると、彼は今までは教会やホワイトファングの意見に反対をし、わたくし達を裏でも表でも協力をしてきてくれたというのに、今回から教会側に手を貸すことにしたのは何故なのか。それを聞きたい。
 
 リリーナは視線をそらすこともせず、まっすぐデュオを見詰めてくる。デュオはそんな彼女の態度に内心感嘆の声を上げた。

 彼女には適当な言葉だけでは誤魔化すことが出来ないらしい。デュオは静かにそのことを悟った。

 デュオも一番初めに言われた質問は勿論覚えていた。だが、あえてその話題に触れるのを避けていたことは否めない。
 自分は逃げも隠れもするが…嘘は言わない――
 唯一、自分が昔から譲ることが出来ないことだ。確かにまったくついていないといえば、それこそ嘘だ。だがせめて、自分のコトについてくらいは嘘をつきたくはないのだ。だから、話題を避けていた。
 逃げることはする。しかし、彼女はそれを許さないらしい。
 デュオは口元に諦めの笑みを浮かべる。

「あえてその中から答えるのならば、全く別の理由」
 仕方がない。
「まず、教会からの命令なんて実は既にどうでもいいんだ…本当は、ヘレンも神父も居ない教会なんかに居ても意味がないから、さっさと出ようと思っていたくらいだし。だけど、こんなことになっていたから、まだ居たほうが情報も入る上、それこそオレにしか出来ないことだから教会にまだ居るだけだし」
 デュオの呟くように告げてくるこの言葉でリリーナは、デュオの中でのシスター・ヘレンと神父の存在の大きさを再確認する。

「それから、前にも言った通りヒイロは少なくとも恩赦と引き換えにしてお嬢さんをOZに渡すなんて事はしないと思う。良いとか悪いとかじゃなくて、あいつの性格からそれはない」
 ヒイロはシルビア姫に忠誠を尽くすことはあっても、OZに忠誠を尽くすなんて事は一度だってなかった。そのヒイロが、姫の名を借りたとは言えOZの命令に従うような真似をするとは考えられないからだ。

 リリーナはデュオの迷いの無いその言葉を聞いてどこかほっとする。デュオのヒイロに対する気持ちを知ることが出来、素直に嬉しかったのだと思う。
 そんなことを話すデュオを見ていて、言いたいことが解ってきた。
 それは解ってきたというより、別に以前から知っていることなので、落ち着いて考えてみれば当然のことだと納得することで。  
 だからリリーナは、今更そんなことに気がついたのかと、ひとり微笑する。  

 
 気がついた後では、当たり前のことだった。

「…………デュオは、ヒイロが心配なのですね」

 デュオは、突然呟かれたリリーナの言葉に話し続けていた口の動きが止まる。  

「デュオはわたくしのことも親身になって心配してくれているのと同時に、ヒイロのことも、とても気にしている――――だから、現在も教会に居つづけ、今回のことも手を貸している」
 デュオはリリーナの唐突な言葉に僅かに驚き、苦笑する。 

 自分は別に、ヒイロが心配だとかそんなことは一言も告げてはいない。
 だというのに、彼女は迷いも無くまっすぐ見つめ、告げてくる。

 やはり、自分は彼女が苦手だ。

「お嬢さんはたまに、嫌になるほど聡いね」  
 本音だった。
「そんなことありません」  
 リリーナは笑いながらそう答えると、デュオは本当に嫌そうに答える。
 
「ああ、そうそう、もう認める。確かにオレはお嬢さんも心配だけど、それと同じくらいあいつも心配」
 
 半ばやけになって告げる。これこそ言いたくなかったことだ。
 それこそ、ヒイロが知れば余計なお世話だと一括されることも解りきっていることだというのに。
 それでもやはり、放っておけないのだ。
 クソッ
 
 
 リリーナはどこか照れを隠すように話す、そんなデュオの様子に思わずクスリと、笑い声を漏らす。
 つまりはそう言うことだ。
 
「このままじゃ、ただでさえ世界中から追われる身だっていうのに、それに教会が加わることになる。今度こそ恩赦どうこう言っている場合じゃない」

「でも、それはデュオだって同じことでしょう!?わたくしと行動すれば同じような立場に―――」
「いや、だからオレはもぅ決めたから良いんだよ。自分の意志で決めたことだから。OZに対して我慢の限界が来たから。人の庭に入って好き放題やりやがって…全く」
 デュオは笑いながら彼独特のどこか明るい話し方で言う。悲観しているわけでも投げやりになっているわけでも無く、もう決めたと。
「何というか…――お嬢さんにこんな言い方はどうかと思うんだけど…やっぱり…その…ヒイロの一番はお嬢さんじゃないと思うんだ…」
「ええ」  
 一番はシルビアさんだ。
 そんなことはサリィだって言っていた。  
 ヒイロが心配だと知った今ならば、デュオが言いたいことは解る。
「他に大事なものがある状態で、お嬢さんと行動を共にするのは無理だ。引き返すなら今が最後だと思う」
 最後かどうかは解らないが、確かにわたくしと行動するには命を含めリスクが高すぎる。

「デュオは本当にヒイロが好きなのですね」
 その言葉にデュオは心底嫌そうな表情を浮かべる。
 そうだった。思い出してみれば、彼女は初めからそう言っていた。先程、突然胸の内を悟られたことで既に半分こちらの負けだ。
「…ああ、まぁそうかな。お嬢さんが言う好きとはだいぶ違うけど…」
 どこか疲れた様に告げてくるデュオに、リリーナは反論する。
「違いませんよ。だって、こういうことですよね?デュオはヒイロが危なっかしくて見ていられない。だから、放っておけないと。恋のキューピットを買って出たと!」

 リリーナが微笑みを浮かべながら告げてくる言葉に今度こそ、ポカンと開きそうになる口をデュオは必死に引き締める。
「危なっかしくて、放っておけない…って。それはどちらかといえばヒイロのお嬢さんに対す態度だとオレは思うんだけど…」
 デュオはそこまで言って、ちょっと待てよ、と思考する。
 よくよく考えてみれば自分も似たようなものなのか?ヒイロがリリーナを放っておけないように、自分もあの不器用で、そう言う意味で世の中を上手く渡っていくことが出来ないヒイロを心配しているというのは、結局同じことなのか?

 そこまで考えて再び思考を止める。冗談じゃないぜと。例え結論が同じようなものだとはしても、何だって彼女が言うと、自分はこんなに可愛らしく仕上がってしまうのか、泣きたくなる。恋のキューピットなんて呼ばれた日には死神の看板を下ろす日も近い。デュオは半分泣きたい気分を吹き飛ばすように、ここぞとばかりに腹にたまっていたものをぶちまける。


「もぅ、やめやめやめ!兎に角お嬢さんは、オレが護ってやるから!第一、あの野郎は最初の頃から納得いかなかったんだよ!ちゃんと本命の女がいるくせに、理由も何も言わないでお嬢さんを護るとか言われても説得力がない」
 デュオは一人そう言い切る。
「え!?あの、デュオ。別にヒイロはわたくしを護るために一緒にいるわけではなく、共に助けるという盟約で…」
 リリーナがぼそりと告げるが、デュオは相手にしない。
 彼女は何と言おうが、ヒイロは間違いなくリリーナと初めて会った日に、言ってきた。

 自分が護ると。

 訳が解らない。一体なんだというのだ。
「だけど流石のあいつも今度ばかりはびっくりしたろう!オレも本気で動いたからな!」
 デュオは満足そうに腰に手を当てる。

 そんなデュオの横では、リリーナがデュオの言葉に内心文句を言い続けている。ヒイロが、護る?危なっかしくて放っておけないから自分と居る?大きな勘違いというものだ。
 先程から一体何なのか。ラファエルといいデュオといい…護るだとか…危なっかしいだとか…女の子だとか…。
 
 少なくともヒイロとは、お互い助け合うという約束で…。
 リリーナとしてもいろいろ反論したいところもあるのだが、自分と同じようにヒイロが心配なのだと訴えるデュオを見ていると、自然と笑顔になってしまう。そんなことはとりあえずどうでも良い事だと。
 
 
 
「でも何だか、事後で申し訳ないのですが、沢山お世話になったみたいですね…ありがとうございます。事情を知っていればわたくしも力を貸したのですが―――兎に角、デュオがそんなことをしていてくれたなんて…驚きました」
 リリーナは苦笑を浮かべて言う。
「いや…事情は話せないからな。話したことがどこからか漏れたとき、今度はオレが教会に居られなくなる。そうなると情報も来なくなるからな…」
「確かにそれはそうですね。わたくしは皆さんと違い、芝居が上手くないですから」
 その言葉に全くだ、とデュオが笑う。
 
 
「それで、デュオ。ヒイロなのですが…『EARTH』に行ったということですが、本当に大丈夫なのですか…?」
 リリーナは心配そうに聞いてくる。
「…ああ…そのことなんだけど…」  
 デュオはどこか言いにくそうにしている。
「そのこと?」
 リリーナがそう呼びかけたとき、ノックをする音が響いた。


 やってきたのはシスターの一人だった。
 簡単に夕食を用意したから来いと、別に大丈夫だと断るリリーナを無理矢理連れて行ってしまった。
 
 だからそのまま部屋に残されてしまったデュオは、一人珈琲を飲む。
 
 

 なぁ、お前………本当はどうなんだよ?
 デュオは内心ごちる。
 先程リリーナに言おうとしていたことだ。
 
 ヒイロは本当に『EARTH』に向かったのだろうか?
 
  確かに報告ではヒイロは『EARTH』行きの列車のチケットを買い、更にサリィに『EARTH』に行くと話していたという。
 だが実際列車に乗り込んだヒイロを誰かが見たわけではない。
 結局宿からヒイロが出た途端、監視役の奴らは全て撒かれた。これは想定をしていたことだ。だからこれは問題ではない。問題なのは、それが想定以上に早かったということ。
 かと言って、自分が監視に付くわけにもいかなかった。ラファエルでは彼女を捕らえることは不可能だ。そして、他の…ジェイクを含めたホワイトファングの誰かにそれを任せる気は元々ない。だからヒイロに撒かれたことはある意味仕方の無いことだ。

 いくらデュオがカーンズの指示よりもずっと早く行動を起こした所で、やはり限界がある。船の出発にしても、人を集めるのにも、それなりに時間がかかる。
 だから少しでも長い時間ヒイロの動向を知りたかったのだが、結局作戦を始めてから早々にそんなことが起きた。
 そんな訳で、仕方なくいろいろ情報を集めたところ、列車のチケットを買ったことが解っただけなのだ。それも、列車が出発した後に。
 しかも、こちらが調べることを解っていたのかあいつが買った列車の券はプラチナ席。誰が問い合わせをしようが、乗車の有無は勿論のこと素性その他一切解らないようになっている、世界のVIP専用の特別席のチケットだ。
 感嘆する限りだ。



 はじめから、あいつが今までと同じように任務で行動しているのであれば何の問題も無かった。
 任務でリリーナと行動していたのであれば、流石に依頼人側も教会が出てきたとなれば大抵引き下がるが常だ。
 それに例え引き下がらなかったとしても、任務が完了さえすれば事が済むのだから。再び姫の下に戻ることも奴ならば可能だろうし、別の道もあるだろう。
 
 だがそうではない。散々カトルが多くの情報屋のデーターと照合しても何も出てこなかった。カトルがそう言うのであれば間違いない。
 つまり、ヒイロは誰の命令でもなく自分の意思で彼女と、リリーナと行動しているということだ。

 何があいつを、そこまで動かしているのだろう?
  正直な所、その要因となるものが全くわからない。

 だから、それほどの関係ではないのであれば、今、手を引けと暗示を含ませた今回の一連の行動。
 
 国際法の元、全てを許してやるという恩赦。
 つまり、今ならば許してやると言う最後のライン。
 あれほど一途に護り続けていた姫の下に戻れる最後のチャンス。

 戻ることに際し、リリーナが気がかりだというのであれば、オレが面倒を見てやると。ヘレンのこともある。オレの方が適任だろう?


 デュオは静かに瞳を閉じる。  
 本気だ。  
 あいつの本音を引き出すには命がけだ。
 
 あいつは本当に、『EARTH』に行ったのだろうか?


 デュオは、一つ息を吐く。
 








 一人で食べる夕食は考えてみれば久しぶりで。
 砂の国でヒイロが姫の護衛に付いていたときも誰かしら必ず居た。だから『EARTH』以来だろうか?
 
 
 部屋に戻ってみると、綺麗に片付けられていた。
 
 薬が残っているのか未だに僅かだが、身体がだるいせいで食欲もあまり無いが食べなければ駄目だ。
 初めの頃、カトルさんの屋敷でヒイロに言われた言葉が頭を過ぎる。食事を取らなかった自分に対して言った彼の一言。
『ハンストのつもりか?』と。

 今考えれば、あの頃の自分は本当に余裕が全く無かったのだと思う。独りだったと。

 食事を取らなかったのは、元とは言えOZにいたヒイロを含めその知り合いであるカトルさんたちのこと、やはりあの時はまだ信じることが出来なかったのだ。それに加えて、確かに食欲も無かった。
 しかしそんな自分に対してもヒイロは容赦が無い。
『食べなくても、OZに捕らえられない自信があるというのであれば構わない。だが、そんなことも出来ないようなお前がそんな真似をしたところで、無意味だ』と。

 確かに内心怒りもしたが、全くその通りだったので、それからわたくしは、どんなに苦しくても食事は必ずした。
 旅の間も。どんなに疲れ切っていても無理矢理食べた。

 だから今も食べる。


 それにしても困った。本当に困った。
 自分のこの先のことを、まず考えなければならない。デュオはああ言ってはいたが…………この先どうするべきなのか、自分は決めなければならない。解ってはいるのだが、頭を占めるのはシスター・ヘレンのことで―――。
 
 解ってはいるのだ。だけど…簡単に納得できることでもない。
 しかし、いつまでも嘆いているわけにも行かない。それこそ…デュオにも言われたが、ヘレンに叱られてしまう。
 
 でも…居なくなってしまった。居なくなって…。
 

 机にポタリと雫が落ちた。

 リリーナはすっかり抜け落ちた表情のまま、静かに雫を落とす。
 しかし、嗚咽をもらすことは無い。


 本当は、わたくしは昔からよく泣く。パーガンも人前で泣くなとは言ったが、一人で泣いてはいけないとは言わなかった。だから泣いた。どうしようもない程に、悲しいのだから仕方が無い。

 
 この旅の最初の頃。泣かないと決めたが…やはりよく泣いた。散歩に行くとか適当な理由をつけては、よく泣いた。腫れたままの目でも夜だから誰にも解らないと、自分に言い訳をしては泣いていた。

 それでもしばらくしてからは、そんなことも無くなった。
 傍には彼らが居た。

 だからだろうか?今、とても会いたいと思うのは。
 こんな予想外の自分の気持ちに正直驚いた。我侭な願いだと、自らを笑いもした。
 それでも、会いたいと思う気持ちは収まらない。
 
 …当然なのかもしれない。
 自分にとってこれほど長い間、同じ人物と行動したことなど無かったのだから。
 
 部屋には静寂ばかりが流れる。
 
 過去を振り返れば、別れは突然やってきた。
 いつもそうだ。
 わたくしにとって別れは、日常のことだった。
 ずっと…。

 だから平気。
 うん。大丈夫…大丈夫…いつもと同じだ。

 部屋に毎日やってきた鳥が、突然居なくなってまったときと同じ。
 昨日と全く同じ姿だというのに、中身が全く別のものになってしまった機械人形の彼らと同じ。
 パーガンやあの場に居た彼らと同じ。


 そうだ同じだ。それに、ヒイロは彼らとは違い、生きている。
 これは大きな違いではないか。
 別れは同じでも、彼は生きている。


 ようやく自らの出した答えに満足したのか涙を止め、リリーナは中断していた食事を続けた。







2005/4/19


#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー6

NEXT

inserted by FC2 system