LOVER INDEX

#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー6


 僅かな物音で目が覚めた。
 物音に耳を澄ますと、それはすぐに収まった。
 
 だから再び瞳を閉じる。
 
 あと少しで今日が終ろうしている。
 今はただ、待つしかない。
 
 
 
 
 ホワイトファングをなめていたつもりは無い。
 こうなる事も…半ば理解もしていた。
 
 そう…オレは解っていた。
 それは、予測なんてレベルではなく、――確信していた。
 
 あの時、あいつが聖堂に行けば、連れ去られると。
 ホワイトファングからの提案を全て断るという、あいつの意思を知った瞬間、そう判断した。
 
 奴らはもう黙ってはいないと。
 
 
 それでも、オレは止めることをしなかった。
 それがあいつの意思だから。
 あいつは聖堂に行き、奴らと話しをすると言うのだ。
 ならばオレは、それをただ受け入れるだけだ。
 
   
 そんな時、フッと嘲笑が出た。
 今更何だ?
 
 経緯、理由、言い訳としか取れないようなことを、つらつらと述べている自らに問う。
 お前は、力づくでも、止めるべきだったのか?――と。
 お前は、力づくでも、止めたかったのか?――――と。
 
 馬鹿な―――それこそ無意味だ。
 
 それではOZと何ら変わりが無い。
 あいつの意思を無視する行動に、何の意味がある?
 
 そんなことをすれば、OZと同じだ。
 
 
 素直にそう判断している―――
 だから、今までだって、そうしてきた。
 出来る限りあいつの意思を優先してきた。
 
 
 だというのに、自らの中で反論する声が存在するのも確かで。
 あいつの手を離すことに、躊躇いが無かったといえば嘘だ。
 その想いは確かに在った。
 聖都に行くかどうか、あいつの意思を知る前だった時ですら、不意に、――行くな、と告げそうになる自分に、驚愕を通り越して半分呆れた。
 
 
  だから、そんな自らに嘲笑しか出ない。
 所詮は、OZと同じではないかと。
 本当はオレも、他の奴らと同じように、あいつが欲しくて仕方が無いのではないかと―――
 
 あいつの意思を尊重すると訴える冷静な自分と、あいつが欲しいと訴える貪欲なもう一人の自分。
 どちらも本心で嘘ではない。感情に身を任せた結果だ。

 
 ふと思い出した。いつだったか、まだドクターJの元に居たときだ。
 あの頃は一日中訓練に明け暮れ、ようやく眠れるというときになると必ず誰かがやってきた。
 それは、男だったり女だったり、時には数人でやって来た。

 金が無く、更に外出が制限されていたあそこでは、欲求は内部で発散するしかない。

 そう言う意味での相手として、オレは良く選ばれた。

 奴らの殆どは、ただ欲求を満たす為だけにやってくる。
 それでも中には、オレを自分のものにしようだとか、自分をオレのものにして欲しいと要求してくる奴も居た。

 奴らは、抱けば自分のモノになると言う。
 ケタケタと薄笑いを浮かべながら訴えてくる奴らに対して、オレの方は大抵指を動かすことすら億劫なほどに疲労していて、一刻も早く奴らを黙らせる方法のみを思案し、機械的に実行していた。

 そんなことが続いていると、いつの頃か、オレには個室が与えられた。これ以上、人を減らされては敵わないと。

 そんなことをしても、やはり来る奴は来た。高嶺の花だと。ガードが高くなればなるほど、自分のモノにしたいだとかイロイロ言っていた 。
 
 あの頃は何も感じなかったが、今ならば聞いてやる。
 お前らは本当に、抱くだけで手に入ると思っているのかと。


 
 
 抱くだけで手に入るというのであれば、とっくに抱いている。
 今すぐ、この瞬間にも抱いている。
 例え、どれだけ泣き叫ばれようが、抵抗されようが、それこそ汚い手を使ってでも、意思など構わずに抱いている。
 一度では足りないというのであれば、壊れるまでだって、抱き続ける。
 
 力づくで組み敷いて、抱いて抱いて抱いて―――。
 
 そんな簡単な事で、オレのものになると言うのであればいくらだって実行する。
 
 その方がどれだけスムーズに事が運ぶか解らない。
 あの頑固で、どれだけ不利だろうが譲ることを、逃げることをしないあいつ。
 そんなあいつを、オレのものに出来るというのだ。
 オレの意思のまま従うというのだ。
 どれだけ、楽に事が運ぶだろう…。
 
 
 
 
 ―――しかし、それはありえない。
 そんなことをしたところで、何にもならない。
 
 所詮抱いたところで、それだけだ。
 何も手に入ることはない。
 
 
 ――――あいつを手に入れることなど出来ない。
 
 
 
 
 
 そこまで考えて、あまりに不毛だと再び嘲笑を浮かべる。
 
 本当に、どうかしている。
 
 
 
 確かに、貪欲な自分は昔から存在する。それは、様々な場面で。それでもその度、そんなものは無意味だと、切り捨ててきた。そんな感情は理解できないと、一笑に付してきた。

 だから、いつもと同じように切り捨てる。
 あいつを力づくでも止める自分など、切り捨てる。
 あいつを自分のモノにしようなどと言う自分を、切り捨てる。 
 
 どうかしている。
 
 それでも、今はまだ良い。
 切り捨てられるのだから。
 解らないのが―――これを、切り捨てることが出来なくなったとき。
 
 
 
 
 
 ヒイロは瞳を開け、辺りを見回す。
 暗く、空は分厚い雲で覆われている。
 
 
 
 やはり、待つのは性に合わないらしい。
 だから、くだらないことばかりが、浮かんでくる。
 全く。
 舌打ちしか出ない。
 
 あいつは自らの言葉で奴らに告げる事があるからと、行ったのだ。
 例え奴らにそれを告げた後、捕まると解ってはいても、オレがその行動を止めるという選択肢は存在しない。
 だから、現在の、この状況以外の道は無かった。
 仮定など意味が無い。今が全てだ。
 
 そして、あいつは、聖都リーブラには行かないと告げてきた。
 これが、全てだ。
 
 そう決めたあいつの真意を、詳しく知ることは出来ないが――聖堂に行くと決めたのもあいつならば、聖都リーブラに行かないと決めたのもあいつ。
 だとしたら、オレが取るべきことは決まっている。
 
 確かに列車を使ってくるかどうか、疑いは持っていた。だからある程度、船は想定は出来た。
 しかし、まさか法王の電話まで無視するとは――素直に予想を超えた。
 列車ならばもっと早く行動を起こすことも出来たが、船ではそういう訳にも行かない。
 
 世界が本気になっている。
 
 
 ヒイロは、鋭い視線で空を見上げ、しばらく動きを止める。
 やはり待つのは性に合わない。
 そして、何よりも――約束もある。それが一方的であったとは言え。思わずため息が出そうになる。

 悪いが、オレは右耳にまで穴を開けるつもりは毛頭無い。
 
 ヒイロは一人そうごちてから、冷徹に告げた。
 
 
「はじめる」
 
 空は先程よりも更に厚い雲がかかっていた。


2005/4/26


#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー7

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