LOVER INDEX

#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー9


『こちらOZのレディ・アン特佐だ。ホワイトファングに今すぐ告ぐ。我々の鳥を返して貰おう。この要求が呑まれない場合、今すぐ列車を攻撃する用意が我々にはある。三十分だけ待ってやる』
 スピーカーから何の感情も読み取ることが出来ない、冷淡な声が流れる。


「この放送が今から7分程前に、教会のチャンネルの全てに対して流されたのです」
 先程甲板に、ラファエルを呼びに、駆けつけてきた年若いシスターは顔面蒼白で、そう告げる。
 シスターが現われた後、甲板に居た三人も、あまりのシスターの様子に戦いを途中で止め、通信室にやって来たのだ。
 通信室にいた者たちは、ヒイロの存在に誰もが一瞬身構えもしたが、今は列車の方が最優先事項だとのラファエルの声により、そちらに意識を集中したている。
 通信室には、ジェイクの応急処置が終わったのであろう、デュオも居た。
「どうしたらよいのでしょうか!ラファエル様!?聖都からはラファエル様の指示に全て従えと。もう、私、私は!」
 年若いシスターは、とうとう耐え切れずに両手で顔を覆ってしまい、他のシスターによって通信室から連れ出された。
 

「どういうことですか!?列車とは、わたくしが初めに乗る筈だった教会の列車のことを指しているのでしょう?」
 そんな、事態が全く理解できないリリーナは強い視線をラファエルに向け、説明するよう求める。
 すると、部屋の中心で端末を休むことなく操作し続けているデュオがラファエルよりも先に口を開く。
「まぁ簡潔に言うと、お嬢さんには隠してたけど、今朝早くからずっと列車は攻撃を受けていて、そのカーンズたちの列車が完全にOZの手に落ちたってことだ」
「デュオ!」
 ラファエルから叱咤の声が飛ぶがデュオは気にしない。
「今更隠しておく必要も無いだろう?それで、OZは列車が囮だってことは解ったが、肝心のお嬢さんの居場所については全く掴めていないって状況だ」
「ならば今すぐ、こちらから連絡を入れるべきです!彼らの目的はわたくしなのだから!」
 デュオの言葉にリリーナはラファエルに声を大にして言う。
「姫様、それは出来ません」
「出来るとか出来ないではありません!私が直接話します」
「姫!どうか、ご心配には及びません。これらも全て、我々は想定しております。ですから、この後、どう動くかも万事決まっております。お任せください」
 ラファエルは力強く言う。
「任せろって、ではどうするつもりですか!後、20分もありません!わたくしが納得出来るように説明してください」
「解っております。相手はあのOZです。生半可なことでは対抗など出来様はずもありません」
 そこでラファエルは一旦、言葉を止め、覚悟を決めたように落ち着いた声で言う。
「ですから、我々はこのまま進みます」
 余りのラファエルの落ち着きように、リリーナは一瞬、虚をつかれたように聞き返す。
「―――進む?」
「はい」
「つまり…列車は見捨てると言うことですか?」
「そうです」
 ラファエルは一瞬の迷いも無く、答える。
 そして、そんなラファエルに対し、リリーナは怒号をこめ反論する。
「納得出来ません!却下です!」
「納得して頂こうとは、我々も考えてはおりません。ただ、これは我々の覚悟の問題です。姫にお使いし、御身を御守りする事が我々の使命です」
 ラファエルの言葉に、一瞬、絶句した。
 列車を、皆を、全て見捨てると本気でラファエルは言っているのだろうか?
 いや、ラファエルの落ち着きようを見ても、その場限りの発言では無いことが良く解る。
 だから、これ以上ラファエルに何を言っても無駄だろう。
 ここ数日共にしただけでも彼の誠実さは嫌と言うほど身にしみているから!
 時間はもう無い!
 
 リリーナは勢い良く通信室に居る他の者達を見回すが、皆、ラファエルの言葉が全てだと反論をするものさえ居ない。


「デュオ!」
 リリーナは声をかけては見るが、デュオは済まないと言った表情で、軽く首を横に振る。
 その為、リリーナは今度、すぐ横に立つヒイロに助けを求めるように声をかけるが、表情を変えることも無く、冷淡に告げられる。
「悪いが、力は貸せない」
「何故です!列車と連絡を取るなど貴方なら簡単に出来るでしょう?」
「お前にとっては、奴らの言うとおり、列車を捨てるのが最善の道だ。ここで下手に連絡を入れれば、逆探知され、お前の居場所が再び奴らに知られることとなる」
「そうならないよう、努力します!」
「無理だ。ここ数週間を思い出せ。砂の国でお前が素性を現した後、どれだけ襲撃にあった?いい機会だ。奴らも覚悟の上での行動だ」
「いい機会!?覚悟!?これが!?」
 ヒイロはそんなリリーナの悲痛な叫びに対し、どこまでも冷淡に切り捨てる。
「どっちにしろ、自業自得だ。ホワイトファングの奴らや教会の奴らがどうなろうが俺の知ったことではない」
「ヒイロ!」
 ヒイロはそれ以上何も意見はないとばかりに口を閉ざし、リリーナの方もこれ以上は時間の無駄だと話すのをやめる。
 
 どうすれば。
 リリーナの握り締めた手の平には焦りから、うっすらと汗をかいている。
 必死に打開策を練ってみるが、目の前に広がる機械を自分が操作して列車に連絡を取るなど、どう考えても不可能だ。
 そして、ここに居る誰も自分に手を貸してくれる気配も無い。


 時計を見る。
 あと15分も無いだろう。
「姫様が悪いわけではありません。本当にお気になさらないよう、お願いいたします」
 ラファエルが再度、言い聞かせるように言ってくるが、自分は、そんな案を受け入れることが出来ない。気にするな、なんて、無理だ。
 自分の知らないところで――これでは、シスターヘレンと同じだ!

 しかし、このままでは放っておいてもその道に進むことになる。
 リリーナは苦しむように、表情を歪めたまま力なく俯く。
 無力だ。どうしよう無いほどに!!!!
 通信室はどこまでも静まり返り、端末を叩く音だけが響く。


 どうしたら、一体どうしたら!
 このままでは、あの時と同じように、また自分のせいで多くの…――多くの…。
「あの時―――」
 リリーナは何かを探るように静かに呟く。

「姫様、さあ、一度お部屋にお戻りください。ここは我々が…シスター、姫をお連れして」
 だがリリーナの思考は全く別の場所だ。
 そんなリリーナの僅かな変化にヒイロは眉を寄せる。
 …なんだ?

 自分を逃がす為に全てを捨ててくれた彼ら。
 ヒイロやデュオやカトルさんや多くの他の誰よりも前からずっとわたくしを支えてくれた彼ら。
 そうだ。
 わたくしにはそれしかない。
 そうじゃない。それがある。まだ動ける!
 
 だとしたら、悩んでいる場合ではない――――
 後ろに回した手の中で、必死に魔導を練る。
 こんな、魔導もろくに使えないような今の状態で、ここにいる彼らの隙を付くなど、皆無に等しい。
 だから、失敗は許されない。失敗は。
 
 リリーナはゆっくりと顔を上げると、はっきりと告げる。
 
「ラファエル…それに皆様。―――気持ちは、嘘ではなく本心から嬉しいです。ですが、わたくしは人として、そのような者たちを差し出すような真似は出来ません」
「姫様?」
 ラファエルはいぶかしむ様にリリーナを見る。
「解ってください。わたくしは出来ることをします」
 リリーナはそう言うと、勢い良く手の平を開くようにしてそれまで練っていた魔導を解き放つ。
 突如、目が眩むほどの光の粒が辺りに飛び出た!
「っ!姫!!」
 しかし、リリーナはその隙に通信室を勢い良く飛び出した。
「姫!?あ!お待ちください!」

 ラファエルも視力が完全に回復するのを待つ前に、急いで後を追う。
「おい、ラファエル!ちょっと待て!」
 デュオが大声で叫んだ所に、ヒイロが鋭く割り込んでくる。
「デュオ!お前はそこに居ろ」
「はぁ!?居ろって、お前―――今のお嬢さんの魔導全然効いてねぇじゃん」
 デュオが見る限りでは、ヒイロの瞳は迷うことなくこちらをまっすぐに見詰めている。
 辺りでは未だに、今の光源により視力が回復しないと、硬く瞳を閉じている者ばかりだと言うのにだ。
 まぁ、かく言うデュオも効いてはいないが、リリーナに対して彼は背を向けていた。
 そんなデュオに対して、ヒイロは更に指示を出す。
「今すぐ、通信システムを全て開けておけ」
「開けろって、お嬢さんがまさか外部と連絡を取るとでも?いくらなんでもそれは無理だ」
 この状況でこの通信室を通さずに、外部と連絡をとるなど殆ど皆無だ。それも列車の居る場所までなど、悩むまでもない。だが、ヒイロは言い放つ。
「いいから、さっさと言う通りにしろ。あいつは決めたら、そう簡単には譲らない。絶対に。それに、あいつに魔導を使われたら、相手をするのがやっとだ。いいか、だから備える。チェンネル11で連絡する」
「備えって、あ!ヒイロ!」
 デュオが、そう反論をしようとしたときには既にヒイロは、通信室から出て行っていた。
「はぁ、全く。クソォ!これで、お嬢さんを連れてきた借りは無しだからな」
 デュオはヒイロにも聞こえるようにそう大声で叫ぶが、返事は無い。

 後、10分。

 勢い良く船内を駆け抜けるリリーナ。
 彼女の力を借りるしかない。まだ、出会って3日もたっていないが、それでもここに居る機械人形の中では彼女との時間が一番長い。彼女の秘密の声をまだしっかり言葉として理解出来ているとは言いがたいが、それでも、今から他の機械人形たちに頼るなんて方が、もっと無謀だ。
 だから、バスルームに向かう。
 一昨日の晩。聖堂で会ったときから、自分の身辺警護だと言って、ずっと傍に居た機械人形の彼女!
 ジェイクによって壁に一突きにされてしまった、機械人形の彼女の元へ向かって!
 
 後ろから数人誰かが追いかけて来る。
 追いつかれるわけには行かない。
 羽が濡れている今の自分の魔導は、全く当てにならないから。
 今、通信室で放った魔導だって、酷いものだった。それでも、出ただけましだ。
 どちらにしろ、そんな状態で、ラファエルは勿論のこと、ヒイロを足止めするなど不可能だ。
 絶対に!
 それでもようやく、バスルームが見えてくる。
 そして―――!
 
「ジェイク!」
 バスルームの前には全身の至る所を、包帯で巻かれたジェイクや兵士達が壁にもたれるようにして立ち、驚いたようにこちらを見ていた。
 そんなジェイクにリリーナは、拒否を許さないような強い口調で言う。
「力を貸してください!」
「何だよ、突然?」
 ジェイクはすっかり始めの頃の敬語はどこに行ったのか、突然の事態に困惑するばかりだ。
 しかし、リリーナは構わず更に告げる。
「カーンズさんは貴方の上司でしょう?彼らを何とか、数分で構いません。ここで足止めをお願いします」
 ジェイクは、その言葉で何となく事態を悟り、思わず失笑する。
「本気かよ?足止めって、あんた、オレたちに何されたか解ってんだろ?助ける気かよ?」
「当然です」
 一瞬の間もなく、答える。
「―――足止めってオレを信じるのか?」
「貴方は、聖騎士なのでしょう」
 リリーナの余りにまっすぐで迷いの無い返答に、ジェイクは一瞬引く。
 自分が断るという選択は、考えもしていない。
「では、頼みます」
 リリーナはそう言うとジェイクの横を通り過ぎ奥の部屋へ向かった。

 ジェイクはその後姿をただ呆然と見詰める。
「――――――――嘘だろ…」
 信じられない。
 全てが―――。
 何故、ラファエルたちの決定に反対をするのか、その理由すら、全くわからない。
「姫は、わがままで…強情で…」
 ジェイクは独白のように呟いた。


 リリーナはバスルームにたどり着くと、そこは先程と何も変わっていなかった。
 吹き飛ばされた扉も通路に散らばったままだし、ジェイクの切り落とされた片翼も床にそのままだ。当然、機械人形も壁に一突きにされたままだ。
「聞こえますか!」
 早速リリーナは機械人形に声の限り呼びかけ、耳を澄ます。
 しかし、何の反応も無い。
「お願いです!貴方の力を貸して欲しいのです」
『――――――――――』
「今、わたくし達が動かなければ、大勢の人が死んでしまう」
『――――――――――』
 廊下からは剣が、魔導が、交わされる音が聞こえ始めた。
 音からしてどうやら、ジェイクの他に兵士達も足止めに加わってくれているのだろう。

 リリーナに焦りの色が更に現れ始める。
「わたくしは、リリーナ・ピースクラフトです。わたくしは貴方の名すらまだ聞いていない!お願いです!シスター・ヘレンの言葉で動いてくれた教会を、ホワイトファングの皆をわたくし達が助けなかったら、ここに居る意味など無いでしょう!」
 リリーナは力の限り叫ぶが、機械人形が反応する気配はまるで無い。
『――――――――』
 ガァン!!
 リリーナは苛立ちの余り、左手を壁に叩きつける!
「お願い―――ほんの少しだけでいい。目を覚まして」
『――――――――』

「……パーガン…みんな」
 リリーナは、苦しそうにそう呟き、ぎゅっと瞳を閉じる。
 が、次の瞬間、勢い良く瞳を開け、機械人形をじっと見詰める。
「微かな…音、―――何?」
 扉も先程吹き飛ばされたこの部屋は、外の音が遮断されることも無く、ダイレクトに伝わってくる。
 だから、とても聞き取りづらい。
 それでも、聞こえるのは事実。

 だから、目の前のことに意識の全てを集中させる。
『――――――――――』

「――――…聞こえます……大丈夫。心配いりません。貴方のおかげで、わたくしは無事です。はい」
 泣きそうになる。
 彼女の反応だ。間違いなく。
 
 彼女は、ジェイクに一突きにされた直後からずっと、わたくしの身を案じていたのだ。だというのに、そのことにわたくしは全く気がつかなかった。機械人形たちの秘密の言葉はとても聞き取りづらい。慣れていない者たちに対しては、尚のことそうだと言える。

「こんな状態の貴方に頼むのは、酷だということは十分承知しているのですが、今すぐ外部と通信をしたいのです」
 リリーナは瞳を閉じ、じっと微かな音に聞き入る。
「電力の残量が無い?だから、記憶メモリー内の電力を使うことを承諾しろと…?」
 機械人形はその通りだと伝えてくる。自分がその許可をすれば通信が可能だと言う。
 つまり、その電力を使用すると言うことは記憶メモリーを維持することが出来なくなり、イコールそれは機械人形の死。
 機械人形は自らの死に繋がる事を選択することが出来ない。

 あと、5分―――


「ジェイク!そこをどけ!」
 ラファエルが力の限り叫ぶが、ジェイクたちが道を譲る気配はまるで無い。
 更に、力ずくで通ろうにも、右腕の義手が完全に壊れている状態での剣技ではジェイクの魔導を打ち破るには、全く事足りないようだ。
 かと言って、ジェイクの方も片翼が切り落とされ、右肩はヒイロに先程剣で貫かれたあと、簡単な応急処置のままだ。更に、左手だって銃で打ち抜かれてまでいるのだ。とてもではないが、応戦できるような状態ではないのも一目瞭然だ。

 そこに、ヒイロがたどり着く。
 そして、現状を一瞬で把握すると、思わず舌打ちをする。
 ラファエルにジェイク、他、兵士やシスター達までもが道を塞いでいる。
「っ!」
 相手をしている暇などないと言うのに!
 あいつが何かしようとしていることは、解った。こちらがどれだけ反対しようと、外部と通信を取るだろうと。
 だから、通信室で何かしら行動を起こすと。
 だが、外部と通信を取るには通信室以外では無理だ。
 俺ですら、現在、別の場所にあるゼロと連絡を取る為には、通信室のシステムを利用しているほどなのだ。
 一体、バスルームなどで、何をするつもりなんだあいつは!?

 
 そこに、デュオから通信が入る。
『ヒイロ、聞こえるか?』
 ヒイロは、耳につけた通信機の音量を調整する。
「ああ、どうした?」
『悪い知らせだ。お前の読みどおり、方法は解らないが、外部と連絡を取ってる』
「相手は誰だ?兎に角、すぐ止める」
『頼む。相手はすぐ調べる。解ったら、音声をそちらにも回す』

 ヒイロはデュオとの回線を切ると、一息つき、銃に手をかけた。
 
  ++++++++++++++
 

 大理石の床に置かれた、重厚な机の上に料理が次々と運び込まれる。
 部屋の半分が床から天井まで届くガラスの窓で覆われ、窓の向こうは一面空だ。
「トレーズ様。スープをお入れいたします」
「ああ、お願いするよ。だが、まずはレディファーストだろう?シルビア姫の後でいい」
 トレーズがそう答えると、機械人形は一礼し、机の端に座るシルビアの方に向かって行った。
 トレーズ・クシュリナーダ。現在OZの総帥に位置する人物だ。
 EARTHの一室では定例の夕食会が行われていた。
 参加している人物は軍の上層部に王室の者達だ。

 機械人形がシルビアの元にたどり着き、皿にスープを注ぎ始める。
「ありがとうございます。トレーズ様」
「いや。貴方の様なお若い方では、この様な年老いた者達ばかりの夕食会では、毎回息が詰まるでしょう?」
「いいえ。世界の情勢を知るためには良い機会だと考えております」
 シルビアは静かにそう答える。
 トレーズはその答えに、どこか含んだような微笑を浮かべる。
「そうか。では、いつでも我々に遠慮せずに、君の考えを言いたまえ」
 トレーズはそう言うと、さあ食事を続けようと、ワインを口に含む。
「トレーズ様」
 シルビアにスープを注ぎ終えた機械人形が戻ってきた。
「ああ、そそいでくれて構わんよ」
 トレーズは正面を向いたまま、そう指示を出すが、機械人形はスープの入った大きなスープボールを抱えたまま止まっている。
 そんな機械人形の様子に、トレーズは顔をそちらに向ける。
「なんだね?」
『―――――』
 機械人形は止まったまま、一点を見詰めている。

「どうしました、トレーズ様?また、機械人形の調子が良くありませんか?」
「どうやら、そのようだ。ツバロフ、すまないが食事の後で構わん。彼女の修理を頼む」
 トレーズは苦笑するようにそう告げる。
「ええ。勿論です」

 しかし、二人がそう話している途中で、スープボールを持ったままの機械人形が再び動き出した。
 その様子に、辺りから笑い声が漏れる。
「ツバロフ。どうやら彼女は君には診て欲しく無いようだぞ」
「そうだ。嫌だといって、再び動き出したのだろう」
 ツバロフをからかう様に、数人から笑い声が上がる。
「オイ、誰かすまないが、彼女を下がらせてくれ」
 トレーズがそう、外に控える者を呼んだ次の瞬間、当の機械人形が突然問いかけるように口を開いた。
『トレーズ・クシュリナーダ?』
「今度は何だね?そうだ。私はトレーズ・クシュリナーダ。認識プログラムまで壊れたかね?」
『貴方に、話があります』
 そんな機械人形の様子に、更に急いで兵士がやってくる。
「申し訳ありません、トレーズ様。すぐに下がらせます」
 しかし、トレーズは右手を微かに上げ、やって来た兵士を止める。
「面白いではないか。私に話?そうか。構わんよ。一度、機械人形とも話をしてみたかった」
 そんなトレーズの様子に、部屋に居る他の人物も食事の手を休め、面白い余興だとばかりに視線が二人に集中する。
「それで、君の名は?」
 トレーズが笑いながらそう問いかけると、一瞬の間があった後、機械人形の口はしっかりとある名を告げた。

『わたくしは、リリーナ・ピースクラフトです』

 突如、辺りから激しい笑い声が起こった。これ以上の余興はないとばかりに、次々と馬鹿にした笑いが起こるが、それとは逆に、トレーズの表情は一気に真剣なものへと変わる。
 そして、急いで事態を把握するよう手振りで指示を出した。
 そんなトレーズの様子で、ようやく、声を上げて笑っていた者達もただ事ではないと、表情が真剣なものへと変わった。

+++++++++++

『突き止めた!』
「どこだ!」
 ガシャン!
 ヒイロは、容赦なく次々と立ちはだかる兵士を倒していくが、何しろ、ラファエルと自分の二人では流石に限界がある。
『浮島「EARTH」!間違いない』
「!!」
『兎に角、音声をそちらにも回す』
 その言葉の後、ヒイロは通信機のチャンネルを別へと回す。
 
「ゼロ!今すぐ、船から発せられている電波を追え!」
 その後、数秒の間があった後、機械音声での返答がある。
『――音声称号――了解』
「相手はEARTH。OZはすぐに逆探知を狙ってくる。どんな手でも構わん、引き伸ばせ」
『…―――了解』
「同時に、逆探知を利用させてもらう。コードX18999の作戦でいく」
 ヒイロは詰まること無く次々と作戦を告げる。
『―――了解』
 
 通信を切る―――そして!
 
 ガン!
「どけっぇぇぇえ!!!!」
 ヒイロの怒号が辺りに響き渡った。
 
 
+++++++++++ 

 EARTHの一室では突然のことに大騒ぎだ。
 しかし、トレーズの話し方はどこまでも余裕で溢れている。
「随分と、久しぶりだな。心配していた。だが、元気そうで何よりだ」
『そんなことはどうでもいいことです。今すぐ、貴方の部下であるレディ・アンが行っている作戦の中止を要求いたします』
 リリーナは即座に本題に入る。何しろ時間がもう無い。
「レディ・アンの?こちらには、まだその作戦が伝わっていないのだが、いいだろう今すぐ調べてみよう。少し待ってくれないか」
『いいえ。そんな時間はありません。その場ですぐに貴方ならば連絡を入れることが可能なはずです』
「確かにそうだが、こちらとしても連絡を取るには準備も必要なことは理解して欲しい」
 トレーズの目の前では、OZの兵士達が少しでも話を引き伸ばすようにジェスチャーで知らせてくる。
 逆探知が目的だ。
 しかし、リリーナの反応も早い。
『レディ・アンは現在、教会が所有する列車を盾に、教会に対しわたくしを30分以内に差し出せと要求してきています。そして、その残り時間はもうありません』
「こちらでも、まだ連絡は取れてはいないが、作戦内容については只今確認が取れた。どうやら、貴方の言うとおりの作戦が現在取られているようだ」
『教会とわたくしは何の関係もありません。ですから、今すぐ、その作戦を中止するように指示を出してください。これは、わたくしに対する明らかな侮辱です』
 そう話すリリーナの口調は常に無いほどに、強い。
「確かに真実ならば、そうなるな」
『間違いなく真実です。私と教会は何の繋がりもありません。それとも、教会側から、わたくしと関係があると、発言でもありましたか?』
「いや…。そうだな―――いいだろう。一旦、この件は保留するようレディ・アンに伝えよう」
 トレーズはそう言うと、部下に指示を出す。
『保留?』
「そうだ。つまり、我々はいつでもこの作戦を再会させることが出来る、と言うことだ」
『もし、そんなことをすれば、わたくしは全世界にこのことを告げなければなりません。全く関係の無い者達を、手にかけたと』
 しかし、リリーナのそんな言葉でもトレーズは全く動じることも無く、余裕を崩さない。
 そして、目の前の兵に目を向けると、もっと電話を引き伸ばして欲しいと要求してくる。
「やりたければ、やりたまえ。こちらとしては一向に構わん」
『どういう意味でしょうか?』
 いぶかしむリリーナに対し、トレーズはどこまでも余裕だ。
「例え列車がどうなろうと、我々が貴方を保護するために取った行動だと何とでも説明がつくと言うことだ。つまり、現在、多くの賊の手によって命を狙われている姫君である貴方を何としてでもお助けする為の行動で、責任を全てホワイトファング辺りにでも押し付ければ、世間は納得することでしょう」
『そんなばかげた話、誰も信じはしません』
「だが、事実だ。相手が教会では世間も納得しないだろうが、ホワイトファングとなれば、何の問題も無い。証拠など、どうにでもなる」
 トレーズは何の悪気も感じさせず、そう告げてくる。
「聡明で、純粋に平和を愛する貴方の、砂の国でのあの行動は、既に全世界が知るところにある。危険な世界から貴方を保護する行動は誰もが納得するでしょう」
『―――――…』
 自分の行動全てを利用されている。
 リリーナの言葉が止まる。
「何を悩む?貴方が我々の元に戻れば全て解決だ。しかし、どうしてもというのであれば、貴方一人の為に多くの人間の血が流れるのも、また、良かろう。王とはそういうものだ」
『――――』
 勝手なことばかりを言う!
 それでも、――――全て読まれている!
 わたくしが列車を切り捨てることが出来ないことを。
 それに対し、OZは列車などどうでもいいのだ。
『――――――』
「尊い犠牲があってこそ、国は栄えると言うものだ」
『トレーズ・クシュリナーダ!貴方と言う人は!!―…あっ!――』
リリーナがそう、怒号こめた声を上げた次の瞬間、突然通話に雑音が混じり、リリーナの言葉が突然消える。
 
 
 ザーザーザー
 
「リリーナ嬢?」
 トレーズが呼びかけるが、全く反応が無い。
 しかし、通信が途切れたわけではない。
「どうだ?場所はつかめそうか!?」
 トレーズが兵士に確認を入れる。
「いえ、現時点では欧州のあたりと言うことまでしか」
「それは、解っているのだ。問題はその後だ。あとどれくらいだ?」
 そして兵士が、トレーズの言葉に答えるよりも前に、再び機械人形の口が動く。
『残り、およそ45秒と言うところだろう?』
 突然の口調の変化に、一気に空気が変わる。
 機械人形は言葉は伝えても、声色までは変化することは無い。話す声はどれも機械人形が本来設定されている声色ということになる。
 つまり、声だけでは相手を判別することは不可能だ。機械人形は電話ではないのだ。
「誰かね?すまないが、彼女との話の途中なのだ。代わってもらえるかね」
 トレーズが訊く。
『悪いが、それは出来ない。これからの交渉は俺が相手だ』

+++++++++++++++

 ガン!!!!
「!」
 激しい音で突然、現実に戻された!
 リリーナは即座に部屋の入り口に目を向けるが、相手は止まることなく突っ込んできた。
 ヒイロ!
 そしてわたくしは、構える間も、声を出す間も無く、通信を行っていた機械人形から引き離された次の瞬間には、床にうつ伏せに押さえつけられていた。
「ヒイロ!」
「少し、黙れ!」
 ヒイロは膝で背中に回させた腕ごとリリーナを、動かないよう押さえつけると、すぐに横の機械人形へと視線を移す。
 何だ一体!?
 こんな、壊れた機械人形で一体、どうやって通信をしていたと言うのだ!?
 自分の耳に装着された通信機からは、トレーズから尚も、どうしたと問いかける声が未だに続いていると言うのに、目の前のリリーナが通信を行っていたと思われる機械人形からは何の音も発せられてはいない。
「デュオ、回線をこちらに回せ」
 詳しく調べている時間は無い!OZも逆探知を狙っているのだ。ゼロに引き伸ばさせているとは言え、そろそろ限界だ。
 この間も、リリーナは尚も暴れている。
 そして、デュオから返答が入る。
『ああ、ちょっと待て、―――いいぞ』
 
 その時、部屋にラファエルやジェイク他、大勢が流れ込んできた。
 そんな彼らに向けヒイロは止まれとばかりに容赦なく銃を足元目掛けて発砲する。
 
 ダァン!
「お前!」
 ラファエルが怒りを込めた瞳で睨んで来るが、ヒイロは耳につけた通信機の向こうの相手、トレーズとの会話を開始した。
 
 
「残り、およそ45秒と言うところだろう?」
 ヒイロは時計を確認しながら答える。

「悪いが、それは出来ない。これからの交渉は俺が相手だ」

 
『ヒイロ・ユイ。君かね?』
 トレーズは口調と、状況から判断する。
「今すぐ、列車から手を退け」
『ふ。どうした?君らしくもない』
 トレーズは、相手がヒイロになろうが余裕を崩さない。
 しかし、そんなトレーズに対してヒイロは、どこまでも冷淡に答える。
「悪いが、話すつもりは無い。退くのか、退かないのかそれだけ答えろ」
『彼女が戻りさえすれば、退こう』
「そうか。では交渉決裂だな」
 ヒイロはそういうと、何のためらいも無く通信を切った。
 
 プツン


++++++++++++++

 
「トレーズ様、切れました」
 通信の担当として、呼ばれたメーザーだ。
「ああ。それで、場所は掴めたか?」
「維持でも、つかみます!」
 メーザーはそう答えると、端末でデーターをはじき続ける。


++++++++++++++


 一方、船では。
「ヒイロ!」
 リリーナが、怒り心頭でヒイロを怒鳴りつけてくるが、ヒイロは相手にしない。
「デュオ!急いでカトルと連絡を取れ」
『は?急げって、やっては見るけどよ』
 デュオはブツブツ言いながら、一人通信室で作業を続ける。

「ヒイロ・ユイ!姫を止めてくれたことは感謝しよう!だが!今すぐ姫を解放しろ」
 それまでは、自体が自体なだけに黙っていたラファエルだが、通信を切ったことで声を荒げる。
「お前らは邪魔だ、すぐ出て行け!相手をしている暇は無い」
 ヒイロの声には優しさのかけらも無い。
「ふざけるのも、いい加減にしろ!」
「出て行かないつもりならば、こいつにその代わりになってもらうか?」
 ヒイロは視線で押さえつけたリリーナを指す。
「お前が、姫に?出来るものか」
 ラファエルは確信を持って告げるが、ヒイロは即座に、フッと軽く口元を緩ませる。
「どうかな?」
 ヒイロはそう冷たい微笑を浮かべながらそう言うと、リリーナの折れた右の指を容赦なくつかむ。
「あああ!!!!!!!!」
 突如リリーナを襲う、激しい痛みにより激しく暴れるが、ヒイロにがっちりと、押さえつけらている為、ビクともしない。
「止めろ!」
「だったら、さっさと出て行け」
 しかし、それでもラファエルたちはどうするべきかたたずんでいる。
 それを見て、ヒイロは更に酷薄な笑みを浮かべると、今度は何の警告もせず、リリーナの折れた指を一気に曲げる―――
「あヴぁ!!!!!」
 音とは呼べないような声が出る。あまりの痛さに脂汗が額に浮かんできた。
 どれだけ声を出すまいと、リリーナが試しては見ても、これだけ不意打ちのように痛みがやってくる上、その痛みが尋常ではないのだ。
「姫!」
「気にするな。骨の1,2本折れたくらい大したことじゃない。この部屋に居るのは8人か。だったら、残り7本か。良かったな。2本残る」
「お前は!!」
「2日前、聖堂の前でも言ったな。俺は気が短いんだ」
 怒り狂うラファエルに対し、ヒイロはどこまでも冷淡だ。
「ヒイロ!」
 空気がピンと張り詰める中、リリーナが絞り出すような声で、いい加減にしろとばかりに叫ぶ。
「お前も少し黙れ!ここに居る奴らを一人ずつ殺すぞ」
「ヒイロ!!そこを、つぅ…―――退きなさい!!!」
「リリーナ!!!」
 ヒイロの脅しにも、リリーナは全くビクつく様子も無く、翼は怒りを表すようにピンと立ち上がってまでいる。
 そんな二人の様子にとうとうシスター達が耐え切れずに叫び始める。
「もうやめて!わかりました!出て行きますから!さぁ、ほら、ラファエル様も!」
「いや、―――でも!くそぉぉ!」
 ラファエルは今にも刺し殺さんとばかりに睨み付けながら、シスターたちに引きずられるようにして連れ出された。
 

+++++++++++++++++


「トレーズ様!出ました」
「どこだ?」
「ポイントX18999です」
 書類を大量に抱えて報告にやってきたメーザーは、間違いないと伝えてくる。
 
 ポイントX18999。
 
 欧州に面する海上に設置されている、一つのアクセスポイントを指し示している。
「あちらは、逆探知は不可能だと考えておりましたが、OZの最新機器により苦労しましたが特定しました」
「そうか」
「はい。ですが、X18999だけでは、まだ相手の位置を完全に絞ったとは言えず、更に相手は常に動いている船です」
「つまり、どうしろと?」
「はい。ポイントX18999にある通信システムを使い、船の正確な位置を特定します。そうすれば、その後、相手がどれだけ動こうが、追えます。相手にはこちらが調べているとは気づかれません」
「そうか」
 トレーズはそう言うと、何かを考えるように黙った。その様子にメーザーは眉を僅かに寄せる。
「何か気になることでも?」
「いや、随分と簡単すぎると思ってな」
 トレーズのその言葉に、メーザーは一瞬驚愕とする。
「トレーズ様、そうはおっしゃいますが。X18999のポイントも、我々が数百人単位で各機関が動き、最新鋭の機器でようやくはじき出した数値です。決して簡単に出したわけではありません」
「ああ。勿論。君たちの行動には感謝している」
 トレーズはそれでも、思考をめぐらせる。
「トレーズ様。今、動かなければ間に合いません。相手がX18999のポイントから少しでもずれた場合、別のアクセスポイントを探すのはほぼ不可能です。その間に逃げられます」
 トレーズは机の上で手を組んだまま、部屋の端に居るゼクスを呼ぶ。
 突然の事態に、急遽呼び出されたのだ。
「ゼクス。君はどう思う?」
「……相手はヒイロ・ユイです。罠かと」
「だが、これしか方法が無いのも事実だ。彼女を聖都に連れていかれるわけにいかない」
 いくらOZとはいえ、世界中で一番の信仰者を抱える聖都には、そう簡単に手が出せないのだ。


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「ヒイロ!いい加減にしてください!通信を切るなんて!!痛っ!!」
 部屋にはもう誰も居ないというのに、ヒイロは未だに折れた指に触れたまま何かを続けている。
 しかし、既に余りの痛みで感覚が麻痺しており、どの右指を触られても殆ど一緒といった感じだ。
「クリスが命を懸けて繋いでくれたのです!それを!!」
「そうか」
 怒鳴り続けるリリーナに対しヒイロは、大して興味もないように適当に受け流しながら黙々と作業を続ける。
「そうです!ですから、今すぐかけ直します!!」
「心配ない。どうせ、待っていればあちらからかけて来る」
「あちらから?これだけ待っても、かかってこないでは無いですか!」
「間違いなく、かけてくる。自分の価値をもっと知れ」
 ヒイロは断言して言う。
「それでも、かかってこない場合はどうなるのですか!」
「列車の奴らが死ぬだけだ」
「ヒイロ!」
 リリーナは背中で自分を抑え続けるヒイロをどけようと力を込めるが、全く動く気配も無い。
「もう!」
 リリーナは悔しさから唇をぎゅ、っと噛む。
 そして、そんなリリーナの様子にヒイロは少し前から感じていた、あることを訊く。
「リリーナ、お前…まさか、――魔導が使えないのか?」
 リリーナはその途端、本当に僅かだが翼がビクリとする。
 注意していなければ解らないような変化だ。
 だが、ヒイロにはそれで十分だった。途端に声色が僅かに焦ったものへと変化する。
「何かされたのか?」
「何も、されてはいません。魔導だって使えます。先程だって貴方も見たでしょう?」
「見た?まさか先程の通信室での魔導を指しているのではないだろうな?」
「どこか、おかしな所でもありましたか?」
「―――――――」
 リリーナは内心の焦りがばれないよう必死に平常心で話し続ける。翼が水で濡れると魔導が使いにくくなることを、ヒイロには知られてはいない。
 当然だ。
 これは、まっさきに命に関わる重要なことだ。絶対に知られてはならない。
 だが、ヒイロは確信を強める。
「そうか。だったら、さっさと魔導で俺をはじき飛ばすなり、何なりすればいいだろう?」
「!!!」
 リリーナは言葉が止まる。
「どうした?」
 鼓動がとんでもなく早い。この事だって、ヒイロには間違いなく知られているだろう。
 こんな状態でヒイロをごまかすなんて、どう考えても不可能だ。私が今、魔導を使えないと、疑惑としてではなく、断言したうえで、挑発してきているのだ!
「――――――――――」
 
 
 そんなところに、助け舟が入るかのごとく、デュオからカトルと通信が繋がったと連絡が入った。
「この話はまた後だ」
 ヒイロはそういうと、通信機のチャンネルを合わせる。

「カトルか?」
『ああ。何?』
 カトルも何かしら事態を察しているのか、話が早い。
「普段の借りを返す。これからOZのマスターデーターベースに目を光らせておけ」
『…と言うことは、EARTHの本体のことだね。……解った。ありがとう。気をつけてね』
 カトルはそう言うと、早々に通信を切った。
 
 
「先程から一体、何の話をしているのですか?」
「しばらくすれば分かる。だから少しはおとなしくしていろ」
 ヒイロは本心からそう言うと、ようやく押さえ付けていたリリーナを開放する。
「?」
 リリーナはようやく開放されたことにより、ノロノロと起き上がり、散々痛みつけられたことにより今でもジンジンと痛みを訴えてくる右手をさすろうと、視線をあわせる。
 すると、ジェイクによって折られ、おかしな方向に曲がっていた指は元に戻り、隣の指に固定されるように、細い布で巻かれていた。
 どれだけ酷い状態になっているのかと心配していたのだが、…治療されていた。
 だから知る。
 先程のあれは、決して痛みつけられていたのではなく―――治療してくれていたのだと。例えそれが、かなりの荒治療だったとしても――――。

 僅かに驚くリリーナにヒイロが苛立った様に告げてくる。
「あとで、もっとしっかり固定してやる。だから触るな」
「え、あ。はい」
 
 そこに、再びどこからか通信が入る。
 直後、ヒイロの表情がリリーナですら驚くほどの美しい笑みへとかわる。
「…………ヒイロ?」
 そんなヒイロの様子にいぶかしむように問うリリーナに対し、ヒイロの笑みは更にゾクリと寒気がするほどに酷薄なものへと変わり、そして―――
「これで、お前の勝ちだ」
「え?」
「さ、相手をしてやる」

++++++++++++++
 
 
「どういうことだ?」
 トレーズが現状を報告しろと、問うが、兵士達もそれどころではない。
「やられました」
 メーザーが叫ぶようにして告げる。
「罠だから、十分注意しろと言ったであろう?」
「はい!ですが、これは、罠とかそういう次元ではありません」
 メーザーがそう事態を説明している間も、休むことなくそこいら中から事態を大声と機械音が知らせてくる。
「というと?」
「ずっと以前からOZのプログラムに、長い期間をかけて組まれていたものが発動しているのが、現在の状態です」
「つまり、彼が王室護衛騎士の時期にと言うことか」
 トレーズは独り言のようにそう呟くと、笑みを浮かべる。
「はい!我々が]18999にアクセスすることにより、この防衛システムの全てがダウンするプログラムが発動するように仕組まれていた模様です。その為、現在全てのデーターベースが無防備です。このままでは機密事項も含め、全てを外部に知られます。既に現在、何件かのアクセスが入り込んでいる状態です。放っておけば、続々と増えることになるでしょう」
 メーザーをはじめとした兵士たちが休むことなく端末を操作し続けるが、全く防衛システムが回復する兆しも無い。
 EARTHは現在大混乱だ。
「どうにかならんのか?」
「EARTH全ての主電源を切るしか…しかし、それをすれば、世界中の機械人形他、正直、どうなるか予想がつきません」
 つまり、打つ手が無いとメーザーは告げてくる。

 そこに待っていた相手からようやく、連絡が入った。
「トレーズ様」
「来たか。代わろう」
 そう言うと、トレーズはゆったりとした動作で受話器を受け取る。
「まずは、賞賛を送ろう。ヒイロ・ユイ。だが、こんな脅しが我々に効くとでも思っているのかね?」
『勿論、思ってはいないが、放っておくわけにも行かないだろう?確かに、数日かければ復旧もするだろうが、それまで果たして、情報屋達は気付かずいると良いがな』
「それでも放っておくと言ったらどうするかね?」
 トレーズは何かを試すように問うが、ヒイロの口調はどこまでも高圧的だ。
『問題ない。次の手に出るだけだ。この状況を世界中に次々と流し続ける。お前たちがこちらの要求を呑むまで』
「大きくでたな」
『くだらない脅しは、効かないと思え。俺にとっては列車などどうでもいい。教会もホワイトファングも、あいつと比べれば何の価値も無い』
「では、これは彼女のための行動かね」
 問いかけるトレーズに対し、どこか自らを嘲笑する様にヒイロは言う。
『違う。自分のためだ。あいつを利用する上で多少なりとも貸しを作っておいた方がこの先、有利だからだ。それ以外に理由は無い』
「そうか。それでは、つまり、リリーナ・ピースクラフトと君は聖都やホワイトファングとは何の関係もないと?」
『ああ』
 トレーズは確認するように言い、ヒイロは即答する。
「……………………」
 トレーズはしばし考えるように辺りを一度見回した後、告げる。
「いいだろう」
 この状況では聖都に行かないと言う条件で手を打つべきだと判断したことと、素直に自分たちの裏をここまでかいてやってのけたヒイロの手腕に賞賛を送った結果だ。
 トレーズの方としても、OZのシステムがこれだけ無防備な状態で話をこれ以上長引かせるつもりは無い。

 しかし、その決定に辺りから様々な声が上がるが、トレーズからのご苦労だったという一言により辺りは一気に静粛を取り戻すのだった。


「どうした?気に入らないようだな?」
 トレーズは自分の決定に納得しないかのように、隣に黙ったまま釈然としないように立つゼクスに声をかける。
 ただ、顔の上部を仮面で覆われている為に表情までは伺えないが―――。
「トレーズ。私にこの件。任せてもらえないか?」
「ほお」
 トレーズはゼクスの言葉に、心底意外だといった感じで見詰める。
「出来るかね?」
「すぐに向かう」
「いいだろう。では、彼女も連れて行くといい。彼女ならば、機械など必要なく、彼らを見つけ出せる。君の役に立つだろう」
「ですが、彼女は今は確か南州の戦地にいるはずでは―――」
 ゼクスは思い出すように告げるが、トレーズは問題ないという。
「戻るよう言ったのだ。そして、昨日到着した。占星術師ドロシー嬢がな。これで彼らも逃げ場はあるまい」
 それから、トレーズとゼクスは中断していた夕食を取る為に別の部屋へと下がっていった。

 そして、そんな様子を黙ったまま、他の者達と共に鋭い視線で見つめていたシルビア。
「ノイン」
 シルビアの呼びかけに後ろに控えていたノインが、顔を寄せてくる。
「私も動きます。ここに居ても、彼らの人形になるだけだわ」
 シルビアの常に無い様子の変化にノインは眉を僅かに寄せる。
 そして次の一言に、一瞬、耳を疑うのであった。
「彼らの元に行きます」




2006/1/6


#14星と空とを海で割ったようなプルシャンブルー10

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