LOVER INDEX
#18王と占星術師と王女
抑えきれずに、フッと笑い声が漏れた。
楽しくて仕方が無い!
美しいプラチナブロンドの長い髪をした少女は、遥か下に見える地上を眺めながら思う。
そして、勢い良く振り返ると、それにあわせて、彼女の長いストレートの髪も大きく広がる。
「やはり空から見る風景は格別ですわね」
彼女は至極満足したように、部屋の中心で地図を眺めるゼクスへ言う。
「すまないな、ドロシー。EARTHには南州から戻ったばかりであっただろう?」
ゼクスと話す美しい風貌の彼女の名は、ドロシー・カタロニア。世界屈指の占星術師である。
戦場における彼女の腕はそれこそ多々様々だ。
そしてそんな彼女は、純潔の羽ビトだ。
「構いませんわ。最近では南州も落ちる頃でしたし。それに、今回のこと。迷惑どころか逆に、感謝の限りですわ」
ドロシーは心底幸せそうに言うと、窓の淵に優雅に腰を下ろす。
「ほお」
「不思議ですか?世界のどこよりも安全で平和なEARTHに居たがらないことが?」
ゼクスは視線を地図からドロシーへと移す。
「だって、退屈なんですもの、あの国は。私は戦争が大好きなんです。必死に戦う者こそが、本来の人の姿だと思いませんか?」
ドロシーは強烈なまでの瞳の輝きを放って、言い放つ。
ゼクスは黙ったまま、そんなドロシーの言葉を聞いた。
二人が今居るここは、OZ所有の飛行船。
EARTHを出発して半日経つ。
行き先は言うまでも無い。
OZが現在全力を持って探している、羽ビトの王女。リリーナだ。
そんな、ゼクスが率いる部隊にトレーズの意向によりドロシーが同行しているのだ。
「ですから、EARTHなどに居るよりもずっと幸せです。しかも相手は、ユイ…いえ、今はリリーナ様ですか。羽ビトの王族の生き残り。美しい我らの王女様。フフフ。是非、お会いしたいですわ」
ドロシーは悪魔でも魅了しかねないほどに深い笑みを刻む。
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吐く息が、驚くほど白い。
ここまで白くなるなど、はじめてのこと。
本当に世界は美しく、不思議。
「リリーナ、外は冷える。ゼロは当分下りてこない。あの店にでも、入っているといい」
隣のヒイロが指差す先には、船から下りてきた者達で溢れる店があった。
わたくしとヒイロを乗せた船は1時間ほど前に港に着き、今は荷として積み込まれているゼロをまっているのだが、どうやら荷の中でもかなり下に格納されているために、当分出ては来ないらしい。
確かに、ヒイロの言うとおり外は寒い。
だが―――
「大丈夫です。待ってます」
「病み上がりで無茶をするな。この先は、今までよりも更にきつくなる」
「ええ。それは分かります。でも、待たせてください。ゼロにとても会いたいのです。船でもずっと会えなかったから」
リリーナは懇願するように言う。
「それならば、出てきたらすぐに―――」
そんなとき、ヒイロの言葉を遮るように、ドクトルSがちょっと来て欲しいと声を掛けてきた。
「………………」
ヒイロは無表情のままそちらの方へと視線を向けると、ドクトルSは船の上から書類を持ち、サインをしろというジェスチャーをしてくる。
「大丈夫。わたくしはここでゼロを待っていますから、行ってください」
リリーナがそう言うと、ヒイロはドクトルSの元へと向っていった。
ふう、と息を吐く。
少し前から、さらさらと雪が降り始めた。
港がある街の建物の屋根には雪がかなり積もっている。
ここは完全に冬だ。
EARTHとは大分違う。EARTHでも雪が降ることはあったが、こんなにも積もることは無い。だから、わたくしにとって、この街の景色はとても新鮮に写る。
木々も緑の葉ではなく、白い雪の葉をつけているようで幻想的だ。
雪の上を歩いたのも、先程が初めてで。
本当に遠くまで来たと、思い知らされる。
リリーナは、ただ、水平線の向こうへと視線を向けた。
EARTHはどちらの方角なのだろうか―――?
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列車特有のガタンゴトン、という規則的な音がとても心地良い。
自分が今まで乗ってきた列車のどれよりも、音が静かだ。
列車の旅は慣れている。
私の移動はいつだって列車が殆どだから。
列車がとても好きなのだ。
空だって、飽きる。
一般の者にしてみれば、それは何と我侭で傲慢な感想だと、誰もが言うだろう。
それでも、普段あれだけいつも空にいるのだ。飛行船での移動よりも列車の方が好きだというのは理解して欲しいと願ってしまうのは我侭だろうか?
だが、今の時代。空の旅は巨額を要する。技術が無いわけではない。燃料費が桁違いに高いのだ。流石のOZですら、飛行船は使っていても飛行機を使うことはしていない。とてもではないが、国家の経営が成り立たなくなる。
それもあって、空を飽きたなんて言葉は口にしてはいけない言葉だ。
分かってはいるが…。
はあっと、溜め息をついた。
「シルビア姫」
「!」
突然かけられた声に、びくりとする。
「お疲れになりましたか?」
自分を気遣うようにして、そう声を掛けてくるのはカトル・ラバーバ・ウィナー。
世界でも有数の企業。ウィナー財閥の当主。
自分を砂の国で助けてくれた、マグアナック隊の人たちも彼の部下だ。
この列車にも数人乗っている。
「いいえ。景色に見とれていただけです。カトル様は本当にすばらしい列車をお持ちなのですね。OZにだって、こんなに静かな列車はありません」
「とんでもない。この列車のエンジンはまだ開発中で、まだ改良の余地はあります。さ、お茶でも淹れしましょうか?僕もそろそろティータイムにしようと思っていたんです。姫は何が好みですか?珍しいお茶もありますよ」
カトルはそう言うと執事を呼ぶ。
「美味しい」
紅茶を一口飲んだシルビアは、自然と言葉が出た。
シルビアのその様子にカトルも、優しく笑みを浮かべると、自らも紅茶に口をつける。
「ありがとうございます。カトル様」
「いいえ。気になさらないでください。ついでですから」
カトルは本当に、なんでもない風に言う。
「それでも、本当に助かりました。あんな、突然押しかけた、私の願いをお聞きしてくださり…真実、助かりました」
賭けたのだ。砂の国でも力を貸してくれたウィナー家を。カトルを。
シルビアは目を僅かに伏せる。
「丁度僕の方も、彼らの元に行こうと思っていたので、都合が良かった」
カトルは優しく微笑む。
あの日、ヒイロによってもたらされたOZの莫大な情報を整理しているときに客として、シルビアとその護衛であるノインの二人がカトルの屋敷を訪れたのだ。
力を貸して欲しいと。
ヒイロのいる場所を教えて欲しいと。
そんなシルビアの覚悟にカトルは微笑むことで答えた。
「それで、カトル様。彼らの居場所の特定は出来たのですか?」
「いえ。今いる位置は、大体は掴めますが。彼らの移動は早いですからね。先を読まない限りは絶対に追い着けないでしょう」
自分が直接改造した機体である『XXXG−00W0』は、少し手を加えれば積雪でも難なく進んでいく。そのような改造は、ヒイロならば何の問題もなくやってのけるだろう。
「だから、確実な場所を掴まなければなりません」
「はい…ですが、何か手が、おありなのですか?」
どこか含むように告げてくるカトルに、シルビアは不思議そうに尋ねる。
「少しは。まあ、僕もいろいろ手を尽くしてますから。これを見てください」
カトルは脇から1冊の古ぼけた本を取り出した。
「砂の国の市場の片隅で、1000縁(えん)で売られたいたものです」
「はい」
シルビアはよく意味が理解できないまま、とりあえず返事をする。
「この本は、とても貴重な物で、世界でも現在までに確認されているのはたったの2冊です」
「え!そんな貴重な物なのですか。でも、1000縁で売られていたと」
1000縁では、食事が一度出来る程度の金額だ。
「そうなんです。面白いでしょう?砂の国はそう言う国なんです。だから僕はあそこがとても好きなんです。常に物が、情報が、人が動いている。この本も、マグアナック隊のみんなが見つけてきてくれたものなんです。羽ビトのとても古い本です」
カトルはパラパラとページをめくる。
「文字もものすごく古いもので、読める者も世界でもそう多くありませんが、大丈夫。彼らの元に近づく頃までには、内容の解読も進むでしょう。今、ラシードたちに古い知り合いと連絡を取ってもらっている所です。彼と連絡が取れれば、ヒイロが言った言葉の意味も、他にもいろいろ掴めるでしょう」
「彼から何か謎かけを?」
「ええ。内容は教えられませんが…いつでも、彼の頼んでくる仕事は難しいものばかりで」
そんなカトルの言葉にシルビアは、クスクスと笑い声をもらす。ヒイロらしいと。
簡単なものならば、彼ならば迷うことなく自ら解決してそうだ。
「でも、そんな難しい仕事でも、カトル様は請ける事が出来るのですね。」
「いえ…僕だけでは無理です。ある知り合いを探さなければならないほどに厄介です。その彼は世界中を周っていて、なかなか足取りがつかめないんですよ。でも、世界屈指の解読技術を持っている。それは、人の文字だけじゃない。彼は動物や植物たちの言葉だって理解することが出来るんです」
カトルはページをめくりながら説明する。
サンクキングダム。
とりあえず、何とかしてこれだけは解読しなければならない。EARTHを指していないことは、分かっている。。
他にも、数個仕事を請けてはいる。
同時進行で進めていこうと考えてはいるが、難しいことに変わりは無い。
今では、羽ビトの情報は本当に手がかりが少ないのだ。
EARTHを占領され、世界に逃れた彼らは生きるために重要な文献、美術品等を売るしかなかった。
カトルは瞳を閉じた。
「動物や…植物まで…知り合いにそんな方までいらっしゃるのですか?カトル様はすごいですね」
シルビアは心のそこからそう告げるが、カトルはすごいのはその知り合いで、自分はそんなことは無いと柔らかく笑う。
「僕がすごいのだったら、貴方はもっとすごいですよ。OZから出るなんて、相当な覚悟が無ければ出来ないことです」
「そんな…。私はただ、あそこにいても何の力も無く、何も出来ない自分が嫌で――」
シルビアは言葉に詰まる。
OZにいても、何の力も無い自分。
平和をと、訴えているおじい様を少しでも支えられればと、自分なりに頑張っては見たが、世界は目に見える変化も無い。
そんな時に、出会った彼女――――。
どこまでもまっすぐに、世界を見、感じていた。
砂の国での会談でも、代表たちは私のために、話を合わせてくれたわけではない。
そんなことは分かる。彼女に合わせてくれたのだ。
旧市街で、彼女の味方など誰もいないあの場で、一歩も退くこともなく、彼らに堂々と言い放った彼女に。
間違っているのだと、何の躊躇いも無く―――。
「カトル様。砂の国で彼女と話をしました」
シルビアは紅茶を見つめたままポツリとこぼす。
「魔導士だそうです―――。あの彼と共に居るなんて…本当は相当の腕なのかしら?全然そうは見えないのに。王女様にだって見えなかった―――いいえ。気が付かなかった…」
カトルは黙ったまま、自嘲するようなシルビアの言葉を聞く。
「彼は何故、彼女と共に居るのでしょうか」
「貴方は何故だと思うのですか?」
「分かりません―――でも、彼は、譲れないことだと言っていました」
「そうですか…譲れないこと―――僕も、真実は分かりません。ただ、言えることもあります」
「言えること?」
「はい。彼はああ見えて、意外と義理堅い。とてもね―――」
カトルは様々な過去を思い出しながら紅茶を口に含む。
そんなカトルをシルビアはただ、見つめた。
「確証があるわけではありませんが、何かあるのだと思います。彼女と。リリーナさんと。それは、もしかしたら、彼の根底を揺るがすほどの何かがあったのかも知れない」
シルビアの表情は無意識だろうが、僅かに悲しいものへと変わる。
「これはあくまで推測です。第一、リリーナさんはちっともそんな感じじゃない。初めて僕の屋敷で彼と会ったときも、彼女は彼のことは全く知らなかった。それどころか、彼個人に関しては、気にもかけていなかった」
「知らない…」
しかし考えてみればそうだ。彼女はずっとEARTHで拘束されていたのだ。
それは、生まれてからずっとだという。
「更に、あの頃の彼らの関係は本当にひどい物でしたから」
「ひどい?」
「ええ、本当に思い出しても笑ってしまうほどに、最悪でした。シルビア姫。貴方に接する様な態度とはまるで違いますよ」
カトルは、笑いをこらえるの必死だ。
これだけ時間もたてば、流石に微笑ましくもなる。
が、当時は本当にそれどころではなかった。関係も最悪なんてものでは収まらない。
それこそ劣悪とでも言えば、当てはまるだろうか?
それくらい、ヒイロは彼女に、容赦が無かった。
だが、今、笑えるのは何故か。
ようやく、思い当たったからだ。
あれは、ヒイロの本音だったのではないかと。
彼は普段から、口数が極端に少なく、思いを口にするなど本当に無い。
他人はもちろんのこと、周りに興味も関心も何も示さないのが彼だったからだ。
だが、そんなヒイロのあの激情ぶり。それは、あれだけの怪我を負っていながらに、無茶をする彼女に対し、激怒していたのではないかと――――。
確かに、それにしては、いささか強烈過ぎる言葉だとは思いもするが、あのときの彼女にはあれくらい言わないと、効果も無かったのかもしれない。
「貴方とヒイロの関係に感じた、甘い関係とは違い、あの二人は仲間、同士―――そんな言葉の方が何となく合うような気がします」
カトルは静かにそれだけを言った。
++++++++++++++++++++++
「バートン財団は、未だにお前を許してはおらん」
ドクトルSは書類を書きながら、嫌味でも忠告でもなく事実を言う。
辺りに居る者からは、荷物の受け取り承諾書に必要事項を記入しているようにしか見えない。
「やはり知っていたのか」
ヒイロは大して驚いた風でもなく告げる。
ドクトルSはリリーナの正体を知っていた上で、船では隠していたということだ。
連れが女だとは思わなかったなどと言っていた事も、これで全て納得がいく。
ドクトルSともあろう人物が知らないはずが無いのだ。
世界でも、最重要機密人物であるリリーナのことを。
「何故、この船にした?――もし、途中で奴らが彼女に気がついたらどうするつもりだ」
ドクトルSは含みを持って言う。
それに気がつかないヒイロではない。
だが、ヒイロは悪びれる様子も無く、当たり前のように告げる。
「そのときはそのときだ」
「全く、ドクターJがお前は回りくどいような真似はせんと言っておったが本当じゃな。ばれたときは、全員皆殺しというわけか?」
ヒイロは無言のままだ。
「話はそれだけならば、もう行くが?」
「ああ。そうじゃな。彼女も一人では心配じゃろ。だが、最後に一つだけ」
ドクトルSは書類を渡すようにして、ヒイロに寄る。
「バートン財団に気をつけろ」
「…………………………」
「確かに、当時の財団の主だったメンバーはお前に潰されたが、幹部は現在でも、機能しておる」
+++++++++++++++++++++++++
カツンカツンと、靴音が聖堂中に響き渡る。
聖堂の中はいつ来ても呆れるほど静寂で、正直息が詰まる。
だから、自分は心底この職に向いていないのだと、本心から思う。
だが、以前は皆が居た。自分の帰るところは間違いなく、あそこただ一つだった。
マックスウェル教会。
自分の家だった―――。
今はもう無い。焼け落ちた。
ならば、ここは自分にとって第二の家と言えるのだろうか?
否。
家はあそこだけだ。
ここには何もない。
例え、教会の総本山のである聖都リーブラとはいえ、自分にとってはそれまでだ。
そんなことを考えながら、聖都の中心に高々とそびえたつ聖堂を進む。
ようやく目的の場所へと、たどり着く。
木漏れ日が指し、辺りはどこまでも穏やかだ。
「遅くなって悪かったな。来たぜ、みんな」
彼独特の、明るく、軽快な口調だ。
「最近お前らは、どうだったんだ?どうせ、シスターヘレンから、叱られてばっかだろ?あははは」
静かに、笑い声が辺りに響く。
「―――そうだな。オレは変わらず。シスターが知ったらどやされそうな事ばっかだけど」
デュオの声だけが静かに響くだけで、一向に返答はない。
それでも、デュオは話し続ける。
「そうそう、…お前らについて、結構、嘘もついちまった。お嬢さんに、お前たちの数人は生き残った何て言っちまったけど…―――」
マックスウェル教会での件で、生き残りは誰も居ない。
デュオは視線を地面に落とす。
「許してくれよな。まあ、お嬢さんの心を軽くする嘘だ。それに、俺たちが真実を言わない限り、誰も分かりやしない。そう考えれば、そこまで悪くないだろ?」
マックスウェル教会に子供が何人居たかなど誰も知らない。
自分と、あの教会の者以外は誰も―――。
デュオの声は、いつもと変わらないように明るいが―――どこまでも悲しい。
そんな彼に、ゆっくりとやって来た老人が声を掛ける。
「デュオ、泣いても良いのだ」
「ああ。でも、男の子なんでね―――」
デュオは振りむくこともせず、皮肉めいて言う。
デュオは老人が近づいて来た事に気がついていたが、放っておいた。
逃げる理由は無い。
そもそも、自分はこの人物に会いに来た。
それと、この場所にくるために来たのだ。
老人がゆったりとした歩調でデュオに近づいてくる。
足があまりよくないのだ。
ここ最近は特に調子が良くないと、ラファエルが言っていた。
そんな人物を、わざわざ出向かせてしまった。
また、シスターヘレンに大目玉をくらいそうだ。
デュオは苦笑する。
「安心しなさい。皆、穏やかに眠っている」
老人のしわがれた声でも、ここは本当に良く通る。
「ああ。心配していない。他の誰かで無く、爺さんが送ったんだからな」
デュオはゆっくりと顎を引くようにして振り向くと、老人と目が合う。
「デュオ よく戻った。おかえり」
冬の弱い木漏れ日の中、老人は足の痛みなどおくびにも出さずピンと立っている。
そんな老人に対し、デュオはそれまでの陽気な態度とは一変した、真剣な声で答えた。
「―――ああ。そっちも元気そうでなによりだ」
無数の十字の形をした石碑が立ち並ぶ中、二人は数ヶ月ぶりに再会する。
「悪かったな、来てもらっちゃって。部屋で待っていれば俺の方から行ったのに」
「いや、私は自身でお前を迎えに来たかったのだ」
デュオは、老人のそんな言葉にどこまでも不意をつかれ―――胸が熱い。
自分はこんなやさしい言葉に慣れていない。全く、困ったものだ。
「そんなこと言ってて、良いのかよ?昔と違って今は法皇だろ?俺なんか迎えに来てたら仕事がたまる一方だろ?」
「お前に心配されるとはな」
フォフォフォっと声を上げ、法皇は柔らかな笑みを浮かべる。
「報告は聞いた。大変だったな―――列車も先程無事着いたそうだ」
「そうか、そりゃ良かった」
デュオは法皇の歩調に合わせるようにゆっくりと歩く。
「それでお前とゆっくり話したいのだがな、お前にお客様が来ておる」
「客?ああ、OZが早速来たって訳か」
「他の神官や私も直接話したのだが、お前にどうしても会いたいそうだ」
「へいへい。随分とオレも有名になったもんだ」
デュオは両手を上げながら、呆れたように言う。
OZも相当必死と見える。
「塔に通している。私との話はその後だ」
「ああ。OZじゃ仕方ないな。だけど、オレに対応させるってんだから、爺さんも相変わらず人使いが荒いこった」
笑顔でそんなことを言ってくるデュオに、法皇は怒るどころか声を上げて笑う。
「帰ってきたばかりで、済まないな。その代わり、夕食は私が用意しよう」
「へいへい。せいぜい、教会のご馳走を期待しないで待ってるよ」
「ああ。期待しているといい。だから酒はお前が用意しなさい」
「へ?」
デュオは突然の法皇の言葉に、ぎょっとした視線を向ける。
なぜなら、法皇は酒をあるとき以来、飲んではいない。
法皇に選ばれたときから飲んではいないのだ。
それは決まりだと、自らにずっと課していた。
だから、デュオはようやく気がつく。
「仕方ねえな。爺さんのために、特上の酒を街で見つけてきてやるよ」
デュオは軽く片手を振りながら、塔へと今度こそ向った。
―――悲しんでいるのは、自分だけではない。
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リリーナの元へと戻ると、不思議な光景が広がっている。
船から荷はとうの昔に、全て下ろされ今では荷解きすら始まっている中―――
リリーナは、ひとり、オレが去ったときと同じ場所で立っていた。
まさか―――。
思わず、内心である仮定が浮かぶが、直ぐに否定する。
それは『まさか』などではなく、確実にそうだと断言できるから。
気がついていない。
リリーナはゼロが既に船から降ろされていることに気がついていないのだ。
ゼロは俺によって、これでもかと言うほどに一種、過剰なまでに頑丈に梱包した。
教会の船からゼロを操作する際、船の揺れ等で壊れるなどあってはならないことだったから。何しろゼロを乗せた船に、自分は乗船していないのだから。
だが、そんな過剰な梱包もどうやら無駄ではなかった。
風の精霊により通常では考えられないほどの船の状態の中でもゼロは故障することも無く、俺の指示に答えたのだから。
そんな、箱詰めされたゼロにリリーナは気がついていないのだ。
隣、一メートルも離れていない場所にあるというのに、リリーナの視線は船の上だったり、海だったり、作業中の者だったりと。
間違いなく作業員は、ゼロをあそこに置いていった折、リリーナにその旨を伝えていったはずだ。
それでも、気がついていない彼女。
理由は分からなくは無い。
リリーナでは、この大陸の言葉を聞き取ることが難しいのだ。
確かに共用語も通じはするが、殆どが現地の言葉が強い。
まあそれでも、いつものようにあいつのことだ。そのうち耳が慣れていくだろう。
今更問題ではない。
だが、そんなあいつは、他人から見れば殆ど迷子。
あれでは、さらってくれと誘っているようなものだ。
「全く。だから、店に入っていろと言ったんだ」
ひとりぼやく。
そうしてヒイロは、雪が降り注ぐ中、リリーナへと向って歩きだした。
2006/3/17