LOVER INDEX

#23冷たくない雪―1―

深夜眠っていると、ゼロからの通信で、貨物室へとやってきた。

 列車は相変わらずの徐行運転。
 ただ、この天候だ。動いているだけましということになる。

「それで――気になることとは?」
 直後ゼロのモニターに電源が入り、ヒイロの表情がわずかに曇る。
 モニターに映されているのは、現在列車が走っている、この雪山地域一帯だ。
 そして、その中に熱源反応がいくつも出ている。
中には付近の小さな町や村も含まれているだろうが、もう少し詳しく調べないことには、何も言えないのが現状。
 それだからこそ、俺が呼ばれた。
 雪山で散々リリーナを引き上げるのにバッテリーを予想以上に使用したため、残量が少なく、計算して進まなければならない現在。付近の状況を知るために、ゼロがアクセスポイントに接続する行動一つとっても、重要なことだ。ゼロのバッテリーは列車では充電が不可能な類。

 それら全てを考慮した上で俺は、更に調べろとゼロに指示を出す。
結果が出るまでに数分を要するが、部屋には帰らずここで結果を待つことにした。
 確かに部屋よりもかなり冷えるが、耐えられないほどではない。
 静かな貨物室内で、軽く息を吐くと、白へと変わる。
 そんなとき、ふと、見つける。ゼロの塗装の一部がはがれていた。
 EARTHを出発したときは、新品だったゼロも今では傷だらけだ。大まかなメンテナンスは行ってはいるが、細かい傷までは流石に手が回るはずも無い。
 いつでも自分たちは追われている身だったから。

 そんな、塗装が薄くなっている部分に何気なく触れた途端、ゼロのセンサーに引っかかったようで、反応が返ってきた。
 どうやら、リリーナが後部座席にいる際、大体この辺りに足を乗せているのだと。
 加えて、わずかに驚いたのが、リリーナ自身から既に、この塗装のはがれに関し、ゼロに詫びが入っているらしい。通常これだけ使っていればこの程度の磨耗は当たり前のことだ。
 そんなことに対し、いちいち詫びを入れるなど、呆れたと言えば呆れたが、思うこともある。
 リリーナはゼロを本当によく見ている。

 そうしていると、結果が出た。
 やはり異常だと。
 つまり、敵だということだ。


「リリーナ」
 眠っていたリリーナに、声を押さえて呼びかけると、直ぐに目を覚ました。
「ヒイロ…」
「すぐに動けるか?…何かがこちらに向かっている」
 俺の言葉にリリーナは、一瞬、瞳を揺らした後、静かにわかりましたと答えてきた。
「OZでしょうか…」
「まだ、そこまではつかめてはいないが…あの数では、おそらくは」
 俺が棚から少ない荷物を下ろしていると、リリーナの方もベットからのろのろと起き上がった。
 寝起きは決して悪くない彼女だが、如何せん、深夜だ。熟睡している所に突然動けと言われれば、それなりに辛いのも分からなくは無い。
 ただ、時間も無い。
 リリーナにジャケットを渡した。寝具に着替えるということは無い。いつでも常に動けるよう、当然のことだ。
「ありがとうございます。冷えますね…」
 リリーナがジャケットの袖に腕を入れると、服も冷え切っていてとても冷たく、今までベットの中で暖められていた身体には、それが余計に強く感じられた。
 リリーナの用意が出来るのを待つ間、厚いカーテンの隙間から外の様子をうかがうと、雪が変わらず降っている。それでも、夕方よりは大分弱まったようだ。
 現に列車も今までの遅れを取り戻さんばかりに、通常程早くは無いが、一定の速度で進んでいる。
「列車から降りるのですか?」
 俺が振り返ると、リリーナは手櫛で髪を整えていた。
「そうなることになるかもしれないが…相手の位置が完全に把握できていない今はしばらく様子を見る」
 この雪で、どうしても辺りの状況に関するデーターの状況が悪いため、細かいことまでつかめないのだ。
 だが、それは相手だって同じはずだ。例えそれがOZであろうと、発信機もつけていないこちらの正確な居場所など分からないはずだ。
 しかも列車に乗っているという記録は全て消している上、ここいらはまだ奥地とは違い、列車もそれなりに数が走っている。
 ここは様子を見るのが得策だ。
「ゼロはこの寒さで、突然行っても動きそうですか?」
「問題ない。今行って、エンジンはかけてきた」
 残り少ないバッテリーも燃料も消費することになるが、襲われたとき動けないようでは意味が無い。
 電気もつけられていない個室でじっと息を潜めるヒイロとリリーナ。
 ヒイロは変わらずカーテンの隙間から外の様子をうかがっており、その横ではリリーナがベットにちょこんと座っている。そんなことが数分も経つと、リリーナにとろとろと睡魔が襲ってきた。
 
 眠い。
 雪のせいもあるのだろうが、外がとても静かなため、一見、敵が現われる気配も無い。
 だが、ヒイロがそう言うのだ。敵が来るのは、間違いない。
 それはわかっているのだが…今にもこのままの姿勢でも寝そうな、自分。


「………………?」
 再び振り返ると、座ったまま寝ていた。
 眠れるときに寝ておくべきだ。
 彼女の背に毛布をかけてから、ゼロに連絡を入れる。あれから半時ほど経ったが、何の異常も今の所見られない。どうなっているのかと、現在の状況を伝えるよう連絡を入れるのだが、反応がまるで無い。
「?」
 明らかに不信。
 妨害電波の類で連絡がまるで取れない。それはつまり、既に列車に入り込まれていることを意味する。

 俺は黙ったままリリーナを起こし、辺りの気配に全神経を傾けながら廊下へと出た。
 廊下はやはり深夜で、誰ひとりいないが、息を潜めたままゼロの置かれている後部車両へと向った。
 そして、何事無く2車両目を出ようと戸を開けようとしたとき、誰かが今、俺たちが歩いてきた車両の方から現われた。
 俺は黙ったままリリーナを自分の背に隠すようにして、今現われた人物へと視線を向けた。

「…………………」
 無表情な俺に対し、相手はこちらが振り向いたことにより、いたく満足気な笑みを浮かべている。
 ああ。そうだ。データー上ではあるが、知った顔だ。
 OZのロゴを隠しもせず、その女は優雅な笑みを浮かべたままこちらを見つめている。
 ドロシー・カタロニア。
 戦場においてこの名を知らぬ者がいないほど、血にまみれた羽ビト。


「はじめまして。リリーナ様。ドロシー・カタロニアと申します」
 ドロシーの声が深夜の列車に静かに響き、優雅な動きで深く頭を垂れた。
「ドロシー…?」
 リリーナが隣に居る俺にしか聞こえないほどの大きさの声で、呟く。
「このドロシー、リリーナ様をお迎えに参りました」
 すると突然、世界が変わる。
「!」
 ヒイロが舌打ちをかみ殺した。
 早い。
 今まで列車だった場所がまるで別の場所のような感覚を受ける。ドロシーの力によりその場を完全に支配したのだ。魔導とはまるで違う、星の配列を読み、場を支配する力。
 一気に片をつける!
 ヒイロの瞳が鋭くドロシーに照準をあわせた瞬間、明らかに自己主張するように鳴らされ、近づいて来る硬質な靴音。
 カツン カツン カツン カツン カツン カツン

 目の前のドロシーから瞳を反らさぬまま聴力に意識を集中させる。
来る。
 何が?とは、問う気にもならない。
 ああ。わかっている。
 奴だ―――

 音もさせずに戸が開き、現われた。
 ゼクス・マーキス

 …あ…。
 リリーナの瞳が、僅かに開いた。
 あの時の…羽ビト。

 現われたゼクスに対しドロシーが道を譲るように数歩、頭を下げながら後ろに下がった。
「手は出すなよ」
「勿論ですわ、ゼクス様」

 そんな二人の様子を、半分放心したように見ていたリリーナに、ヒイロが一気に呼びかける。
「リリーナ!」
「!はい」
「行け!」
 リリーナはヒイロの突然の言葉に、驚いたように問い返すが、返事は―――無い。
 呼び止める間もなく、ヒイロが現われた二人目掛けて銃を放ちながら突っ込んだ。
「ヒイロ!」

 ドロシーの口に笑みが浮かぶ。
 自分の場で銃など無意味だ。

 ヒイロの銃から放たれた弾丸全てが、数メートル飛んだところでピタリと止まり、落ちる。
 だが、ヒイロは放ち続ける!

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン

 そして、何の躊躇も無くまっすぐ突っ込んでくるヒイロに迎え撃つため、ゼクスがすうっとドロシーの前に出、右手を差し出し―――

 ピシィ

 辺りにとんでもない爆音と衝撃が走った。
 ゼクスの放った魔導により、ヒイロが後ろへと吹っ飛ばされた。

 相殺魔導などまるで約立たなかった。
 ガシャーーン

「ヒイロ!」
 焦ったようにヒイロの元へ近づいてきたリリーナに、苛立ちの声を上げる。
「行け!ゼロにレッドワンと言え」
「でも!」
「行け!」
 ヒイロが怒鳴り、リリーナの背中を戸の外へと向って押し出した。


 その場が一瞬静寂に包まれた。
 ヒイロが気配をさせずに、立ち上がると、口元についた血を無造作に拭う。
「すぐ行かせるとは、相変わらず判断は良い様だな。お前ではこの場は直ぐには抜けられんが、彼女には何の拘束にもならないからな…」
「……………………………」
 そんなヒイロの足元に、細剣(レイピア)がズバっと突き刺さった。
「取れ」
 ゼクスがただ命令をする。
「お前と私では銃など必要ないだろ?」
「……………………………」
 先程拭った口元から再び血がにじみ出てきた。口の中が完全に切れている。
 ヒイロが無表情のまま細剣を床から難なく抜き、だらりと掴んだまま視線を二人へと向けた。


 ハア、ハア、ハア
 先程まで寒くてどうしようもなかったはずなのに、寒さなどまるで感じない。
OZだ。いつもと同じようにOZが来た。

 違う、いつもと同じではない。
 ヒイロの様子でもそれはわかるが、鼓動がはやくてどうしようもない。自分でもどうしたのか理解がまるで出来ないほどに、落ち着かない。
「あ!」
 痛い!右足の小指を角に力一杯引っ掛けた。
 危なく転ぶ所だが、そんな場合ではない。

 一刻も早くゼロの元に行き、伝えなければ。
 レッドワン レッドワン レッドワン レッドワン レッドワン レッドワン
 忘れないように、間違えないように、何度も何度も頭で、口で繰り返す。
そうじゃない、落ち着かないから、何も他に浮かばないから繰り返しているのだ。

「ゼロ!!!!」
 声をお腹の底から、張り上げた!



 ガシャン!
「っ!」
 両腕で握った細剣を歯を食いしばり、ゼクスの長剣を受けた。
 とんでもない力だ。
 驚くほどの力を長剣にかけ、振り下ろしてきているというのに、ゼクスはその直後同じような力を保ったまますかさず、次、次、といった具合に攻撃を仕掛けてくる。
「!」
 ゼクスの剣を振り上げた一瞬の隙を突いて、細剣をしならせるほどの速さで攻撃を仕掛けるが、――避けられ、反対にゼクスの左のひじがそのまま顔に入った。
ドカッ

 クソ!
 わかっている、あの女がはったこの場のせいではない。この場は銃だけに作用している。他には何の作用も無い!

 ゼクスはそういうハンデをことごとく嫌う。
 体重をかけ、ゼクス目掛けて突っ込んだ。
 ガシャン!
 ゼクスの剣は、魔導剣。
 この間、剣を交えたラファエルも魔導剣ではあったが、腕の差は歴然だ。

 右の蹴りが入るが、軽い。
 対格差により、リーチが違う。ゼクスとの身長差が大きな壁。
 魔導を放つが、効果が無い。
 試したことは無かったが逸話は真実だったらしい。そうゼクスもリリーナと同じように魔導がまるで効かないという逸話があるのだ。

 先程から攻撃は確かに入るが、致命傷には繋がらない。
 ゼクスは強い。
 剣の腕でもそうだが、魔導の腕でもOZで右に出る者はいないほどだったのだ。

 つまりは、世界一だと言っても、過言ではないだろう。
 そんな奴が来た。

 教会、バートン財団、とうとうOZも譲れないというわけだ。
 細剣を折れても構わないという勢いでゼクス目掛けて突き出した。
「うぉぉぉぉ!!」
「ヒイロ・ユイ!決めさせてもらう!!ああああああああ!」




「ゼロ…何を言っているの?逃げる?わたくし一人で貴方に乗って逃げろと?」
 衝撃で、耳を疑いそうになるが、真実だと告げられる。
 レッドワン。
 それはヒイロがゼロにわたくしひとりを連れ、今すぐその場から離れろと指示していたコード名だった。
「どうして」
 頭が真っ白になる。
 自分は何のためにここに来たのだ?
 ヒイロが伝えろと言ったからだ。だって、それはヒイロを助けるためのモノであって、自分を逃がすためだけの言葉などと考えもしなかったから反論もそこそこに、まっすぐここに来たのだ。
 ゼロが早くしろと告げてくる。
「でも」
 反論するわたくしに、ゼロは更に衝撃の事実を告げてくる。先程から、あの二人以外に、何か正体不明の干渉をずっと受けていると。
「あの二人以外にまだ誰か居るのですか!?」
 そんな時、列車に反論を一切許さない声が響く。

「来るんだ、リリーナ」
「!」
 息が止まった。
 ヒイロの声ではない。あの羽ビトの男の声だ。
「嘘」
 ヒイロは?

 ヒイロ?

 ヒイロ


 わたくしは、この瞬間まで、本当の意味で考えていなかったのだ。
 あろうことか、まるでわかっていなかったのだと、知らされる。
 倒れることがあるなど―――ヒイロが負けることがあるのだというとを。

「!」
 突如走り出すわたくしに、ゼロが普段とは違い音声ではっきりと、わたくしの行動を否と断言してくるが、耳に入ることなど無い。
 ヒイロ!

 少し前に走って来た廊下を大急ぎで戻る。
 そんな間、再び声が響き渡る。
「今すぐに来るんだ!リリーナ!」

 怒りで唇を噛み切らんばかりの勢いで走る。
 あのOZの男。
 ゼクスと呼ばれていた羽ビト。

 カトルさんに連れて行かれた森深い城で出会った男。
 自分を星の王子と名乗った羽ビト。
 星の王子?
 どこが?
 羽ビトの国『サンクキングダム』に伝わる物語を羽ビトの彼が知らないとは言わせない!
 星の王子は星の世界から、一人、星の姫のためだけに地上に降りた者だ。
 それは決して、サンクキングダムを滅ぼしたOZに手を貸す者ではない!

 ヒイロ!

 戸を一気に開けた。

「!」

 そこは、廊下に備え付けられていた椅子や装飾品などが散乱し見る影も無い場所へと変貌しており、そんな車両の真ん中に居た。
 血塗れのヒイロがうずくまる様にして倒れ、ゼクスがそんなヒイロの頭を踏みつけている。
 ヒイロの表情は血に濡れた髪が顔に張りついておりわからない。
「ヒイロ!」
 リリーナの声にヒイロが反応する。
「リリー…ッガ!」
 しかし、全て言い終えることが出来なかった。
 ゼクスが黙れと足に力を込めたのだ。
 足が震えているのがわかる。
 口を手で覆ってしまいそうな光景。

 そんな唖然としているリリーナに対しゼクスは冷淡に言う。
「さあ来るんだ、お前が素直に来れば、殺さない」
「すぐに、その足をどけなさい!」
 震える足を叱咤し、叫ぶが、即座に否定される。
「反論は許さない。これは命令だ。リリーナ」
 ゼクスの足に再度力が込められる。ゴリゴリと容赦なくヒイロが踏みつけられる。
 見ていることができず、思わず目をつむってしまった。

 わたくしの言葉など、何も意味を成さない。
 OZはどうして!
 わかっている。そんなことを言っている場合ではない。奇麗事では通じない相手。十分わかっていたはずなのに。現実を受け止めなければならない。
 ヒイロが、こんな短時間でこんな状態なのだ。
 いや、だからこそ、あのとき、逃したのだ…。迷いもせず、ヒイロは自分に逃げる道を示した。
 何もわかっていなかった自分―――…本当に自分はどうしようもない。
 負けることも、相手の強さも何も見ようとしていない、自分。
 でも何故ヒイロは、あの場で共に闘うことを選択してくれなかった等、わからないこと言いたいことは山ほど。
 だが、自分はそんなヒイロの選択全てを駄目にしたことだけは確かなのだが、その方法を私が選択するかどうかは、関係ない。
 既に、潰してしまったのだから。

 この責任は、取らなければならない!


 右手で躊躇することなく、魔導を放ったが、信じられないことに一瞬にして無効化された。
 驚愕。自分の魔導を弾かれるなど、初めてで。
「リリーナ」
 ゼクスが苛立ったように声を上げるが、リリーナだって退くことは無い。
「足をどけなさい!」
「リリーナ、いいから行け!」
 ヒイロが血でむせながら叫んでくるが、そんな言葉は聞きたくない。逃げろ?
 ヒイロを置いて?

 だから、いつか言われた言葉を思い出す。
 何かあったときは、思いっきり行けと言われた、あのときを。

 魔導を再び放つ!手など抜いていない。
 だが、またもや直ぐに無効化されるが、気になどしない。効かないのならば次の手に出るだけだと、ヒイロいつだって言っていた。
 ヒイロはいつだって、諦めることをしないのだから。
 腰に刺さったままの刀を一気に鞘から抜いた。
 その瞬間、マスクの下でゼクスの眉が僅かに歪む。

 相変わらず、刀は重い。
 刀の腕が酷いなんて知っている。
 使ったことなんて無いのだから!
 それでもこの刀は他の人が持つものではないのだ。
 だって、この刀は!

「もう一度言います、その足を今すぐどけなさい!でなければ、わたくしがヒイロの代わりになりましょう」
 そう言い、リリーナはまっすぐに刀を自分の首にあてる。
「彼が死ぬ必要などありません。必要なのはわたくしでしょう?」
 リリーナの言葉にはまるで迷いが無い。
 そんなリリーナを今まで黙っていたドロシーが、どこか嘲るように笑う。
「リリーナ様。私をガッカリさせないでください」
 しかし、リリーナの視線はゼクスから動かない。
「見え透いた脅しだわ。リリーナ様が死ぬ?EARTHが落ちてそこに住む者、その下に住む者を見殺しにする様な真似を取るでしょうか?それも、たった一人と引き換えに、大勢が死ぬのですよ?」
 しかし、そんなドロシーに反し、ゼクスは足をヒイロからすっと下ろした。

「ゼクス様?」
「下がりなさい。今すぐ、この車両から出て行きなさい!」
「調子に乗るな、リリーナ。お前は私と来るんだ」
「OZの言いなりにはなりません!早く下がりなさい!早く!」
 リリーナが首に当てた刀が首を僅かに切ったのか、血が刀をつたって、いつの間にか床に滴り落ちていた。
 ポタリポタリ

 その様子に、ゼクスは数秒黙った後、くるりと背を向けた。
「一旦隣の車両に下がるぞ。ドロシー」
「ゼクス様?」
 驚くドロシーを相手にはせず、来たときと同じようにカツンカツンと靴音を鳴り響かせ、ゼクスは隣の車両へと移っていった。


 ゼクスが隣の車両に完全に移ったのを見届けると、ヒイロへと一気に駆け寄った。
「ヒイロ!」
 そんなリリーナに対し、ヒイロは罵倒を抑えるのである意味必死だ。
 だが、今はそんな時ではない。
 わかっている。
「っ!」
 起き上がろうと力を込めるが、全身が鉛のようだ。
 あのとき、細剣は粉々に砕け、ゼクスからの魔導剣をまともに受けた。
 クソッ

 そんなヒイロの横からリリーナが血にまみれることにも一切気にとめず、治療を開始しようとする。
 が、それをヒイロがとめる。そんなことよりも肩を少し貸せと、リリーナの力を借りてようやく立ち上がった。
 思わず苦痛の声が漏れた。
「ガッ!」
「ヒイロ」
 心配してくるリリーナを無視したまま、肩を借りて強引に歩き始める。
 グチョグチョ
「ヒイロ無理です!」
「黙って歩け」

 逃げ切れるか!?
 否。
 先程ならばそれも可能だったはずだ。
 何故戻ってきた!
 罵倒する言葉が、喉まで何度も何度も、あふれ出る。
「!」
 血で滑り、頭から床に叩きつけられそうになるが、それをリリーナが床に腕をつく事により避けられた。
 受身すら取れない己。
 足手まといだ。
 自分で自分の命を絶つ。先程のリリーナと同じ選択。
 そうすれば、リリーナは行くか?
 そんなことを考えている横で、リリーナがひとり立ち上がろうとしたせいで、バランスを崩すこととなった。リリーナでは俺の体重全部を支えるのは不可能だから。
 ぐちゃ
「あ…リリーナ!」
 床に倒れこんだリリーナを助け起こそうとするが、腕が重く、動きのあまりの遅さにリリーナに触れるよりも前に彼女が起き上がり、振り返ってきた。
「ヒイロ」
 所々に血がついてしまっている。
 そんなリリーナにまっすぐに見つめられる…瞳に何の揺るぎも無い。
強いな。
「歩きながら治療はしていますが、傷が深くて一気に直すことが出来ないのです。だか――」

瞳も声も確かに強いが…僅かに震えているリリーナ。
「行くぞ」
「え?あ、はい」
 リリーナの腕を取り、立ち上がった。


 生きているのだ。
 そうだ。
 まだ動ける。
 誰よりも抵抗する。戦い抜いてみせると、遠い昔に誓った。
 ああ。お前より。
 リリーナ・ピースクラフトよりも。


「ゼロ!」








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