LOVER INDEX
#24ハジマリの地−2−
外に出ると、一面、雪。
夏に訪れたときはまるで違った風景だ。
少し前にリリーナを探すよう頼んだトロワからカトルに通信が入った。
動物たちの様子では、リリーナは森の奥に入っていったということらしい。
だから、トロワはそのまま山道から追うと連絡が入ったのだ。
そのため、俺たちもそれに続くために準備を始めた。
ただ、準備を本当にしているのはマグアナック隊にカトルであって、俺自身は身体がこんな調子のために、ほとんど何もしていないに等しい。
本当はトロワに同行したかったのだが、そう言うわけにも行かない。
身体がまるで動かないのだ。これではただの足手まといだ。
こんな俺が共に居ては本当に追いつけなくなる。
だから俺は、ただ、この言うことを聞かない身体を列車まで持っていくことだけを念頭において動いている。重い足取りだ。
ザクリザクリと、雪の中を進む。それでも、隣に居るシルビアの手を借りることはしていない。
そしてそんな俺の腰には、リリーナの刀が差してある。
列車に向っていると、村人たちが次から次へと挨拶に現れた。
俺にと言うより、シルビアにだ。
もう発ってしまうのかとか、折角祭りを用意していたのにだとか、残念だとか、花を持って現れたりだとか、それは様々だ。
ただ、そんな村人の中にはパン屋の娘も居た。
そんな彼女からは礼を言われた。
リリーナが彼女の家の誰かの足の治療をしたとかで、すっかり良くなってきたと。
そんな村人たちの間を抜け、しばらく歩くと列車に辿り着いた。
二車両の小さな列車だが、つくりはとても頑丈なもの。
カトル自ら設計しているタイプのものだ。
そんな列車を、一瞬見、そのままゆっくりと手すりを掴み、乗り込んだ。
ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン
列車はゆっくりと進む。
「ヒイロは、彼女が向っている先がどこか知っていたんだね」
「ああ…あいつが向っていた最終場所だからな…きっとそこだ」
「そうだね…僕も、サンクキングダムって言われて、少し調べてみたんだ」
カトルがトロワに解読を任せていた資料を差し出すとヒイロがそれを受け取った。
「羽ビトの古い本なんだ。まだ全部、解読は済んでいないんだけど、読むだろう?」
ヒイロは渡された資料に目を通す。細かい文字で何ページにもわたり解読文が記載されていた。
部屋に居るのはヒイロのほかはカトルにシルビアにノインだ。
「サンクキングダム。この北の連峰の奥の奥。凍らない湖として有名な湖がその場所みたいだね。天空の湖なんて呼ばれてるけど、深い青の湖としてとても美しいみたいだね」
カトルはそう言うと、数枚の写真をノインやシルビアにも見せた。
資料に映っていた湖は、ノインもシルビアも、どう表現してよいのか迷うほどに幻想的で美しかった。
そんな二人に他にもいくつかの資料を見せた後、カトルはヒイロに向き直る。
「それで、頼まれていたことなんだけど。その刀のこと調べてほしいってことで、調べはしたんだけどさ、どうもまだ革新的なことが何もでてこなくて。その本にもまだ出てきてないみたいなんだ。」
カトルのすまないと言った意味を含ませて言ってくる言葉に、ヒイロが首を横に振る。
「あれはもう必要ない」
「そうなの?意味がわかったってこと?」
「ああ…全部ではないだろうが、一つならば。あれはおそらく、王族の命を絶つためのものなのだと思う」
「命を!?」
驚くカトルの声に、ヒイロは頷く。
ヒイロはゼクスとやりあった、列車でのことを語る。
リリーナが刀を首に当て、ゼクスにどけと言った事などを。
「あいつが、OZ相手に生半可なことで何かを仕掛けるとは考え難い。だから、命を経った後、EARTHが落ち、下に居る奴らを巻き込むことが無い方法なのだと、結論付けた」
そんなことだと知っていたからこそ、あのラファエルが散々反対していたのだと、考えることも出来る。
「そうだね…確かにその可能性は十分あると思う。それによってどんなことになるかとはわかないけどね…うん。そうだね…」
カトルの声が静かに部屋に響く。
うなだれるカトルに、ヒイロはさっさと次のことを言う。
「まあそれはいい。それよりもカトル、ゼクスに対抗できる手は何か無いか?魔導も半端じゃない上、剣の腕だって奴は相当のものだ」
「ああ…そうだね。うん…手ね…」
ヒイロの問に、カトルは難しいといった声しかでてこない。だからノインが代わりに口を開く。
「ゼクスはOZの中でも、トップの腕です。ヒイロ。君だってわかっているだろう?ゼクスの使う魔導剣を止める手立ては無い」
「そうですよね…魔導剣が一番の難問なんですよね。魔導の差も勿論だけど。ゼクスの魔導剣を受け止めるほどの強度を持った刀があればいいんだろうけど…難しいな。強くて、頑丈に鍛えられた剣とか刀なら、この列車にだっていくつかは積んであるけど、ゼクスの攻撃に耐えられるかと聞かれれば、全部怪しいのが本当です」
「そうだな。…あの魔導剣は止めることは不可能だと俺も考える」
列車で渡されたレイピアだって、悪いものではなかった。それでも、粉々に砕け散ったのだ。
「ヒイロ。手があるとすれば、ゼクスからの攻撃は全て受け流すといった方法以外、今は無いんじゃないかな…」
カトルの言葉に、やはりそうなのか。とヒイロは内心で納得した所に、それまで黙っていたシルビアが声をあげる。
「ちょっと待ってください。手はないって、そうではなくて、ヒイロ!貴方はそんな状態なのに、剣を握るつもりなのですか!?」
シルビアの声は、驚愕に彩られたもの。
「当然だ。リリーナが居るんだ。そこには必ずゼクスも居る」
「ゼクスが居るって。そうではないでしょう!?彼女だって、貴方にそんなことをして欲しいだなんて、願っていない!だから、黙ってそこに向っているんだわ!」
「別に俺はあいつの意見を聞いて進んできたわけではない」
シルビアの攻めるような言葉にも、ヒイロは表情を動かすことが無い。
「だったら、そんな身体でゼクス・マーキスと戦って勝てるとでも思っているのですか?」
「勝つのが目的ではない。あいつが捕らわれないことが第一目的だ。シルビア。お前だってわかっているだろう?あいつがOZに捕らわれれば、今度こそ取り返せなくなる」
「それは…!」
「それに、あいつが捕らわれれば、龍の国と戦争を始めようとしているOZにとっては、始める前から勝敗は決まったようなものだ。龍の国が落ちれば、それこそ世界は今度こそ一気に、OZの手によって支配されることとなる。情勢を考えても捕らわれるわけにはいかないだろう」
「そんなこと…!そんなことわかっているわ!でも…でも!」
理由は本当にそれだけ?
シルビアの心に問が上がる。
しかし、それを声に出すことが出来なかった。
「…………………」
部屋が一気に重いものへと変わる。
そんな空気を打ち破るのは、いつだってカトルだ。
「姫。あまり安心は出来ないでしょうが、大丈夫ですよ。僕も出ます」
「カトル様…」
「ゼクスに一対一では、流石に現時点で対抗策はありませんが、僕がサポートで出ます。それに、トロワと合流すれば彼も居ます。三人居るんです。ただやられることは無いはずです」
カトルの言葉にもシルビアは、不安な表情を拭うことが出来ずに居る。
「安易にこんなことを本当は言いたくはありませんが、大丈夫。僕らだって十分強い。ヒイロが、トロワが、それにマグアナック隊も。何よりも、姫だってノインさんも居るんですから」
「……………………」
「それにどうにかしないといけないのも事実ですし。僕らに引く選択肢は確かにありません。だから、気を強くもってください。そんなことでは、これから先、大変なことが次々と、待っていますよ?」
「…はい」
「何しろ相手をしなければならない者は、おそらくOZだけではないと思いますし」
「バートン財団か」
ヒイロの言葉に、カトルは頷く。
「そうなんだ。報告では、湖の辺りにも大勢居るようみたいだし。それを考えると、OZよりも人数の面では厄介かもしれない。報告を聞く限り、建物もあるんじゃないかな」
カトルの言葉にヒイロの表情が曇る。
「あるのだろう。バートン財団はある意味、OZなどよりも、ずっとあいつに詳しい。あの湖についても何か知っているのだろう…」
一瞬明るくなった列車の雰囲気が再び重いものへと変わってしまった。
+
「ようやく、動きましたか」
ドロシーは列車内に描かれた円陣の中心で独り、ほくそ笑む。
ようやく夜になったことで、相手の位置が掴めた。
しかし、掴めはしたが厄介な場所。
相手が列車で来ない場合も確かに想定してはいたが、本当にそちらの方法を取るとは感嘆に値する。
何しろ、ひとりなのだ。
傍に、ヒイロ・ユイはいない。
どうするべきか。
案を練ろうかと思いもしたが、ドロシーは再び口元に笑みを浮かべることで、答えを出す。
考えることなど無い。こちらから迎えに行けば良い。
幸い、今はゼクス様がここにいない。
そうなのだ。ある事情でゼクス様はしばらく戻らないのだ。
絶好の機会。
リリーナ様と一対一で対面出来る、またとない機会。
ドロシーは、心底面白いと、自らの二股に分かれた眉を人差し指でなでるようにして滑らせた。
+
雪は夜になると再び降り始めた。
しかし、列車はそれでも構わずに進み続けた。
トロワからの連絡は何も無い。
そんな外の様子を、ヒイロは窓から眺める。
室内はヒイロひとりだ。
あまり調子が良いとはいえないが、銃の整備をしている。血がこびり付いてしまったために、部品を変えないといけない部分もある。ブラシで汚れを取り続ける。
室内に、ブラシを滑らせる音だけが響いた。
心配か?
ああ、素直に…落ち着かない。
雪の中、あいつは外。
機械人形が共に居ると言う。だから安心しろといわれたが、それでも心配だ。
あいつの手はこの大陸に渡ってからと言うもの、いつ触れても、とても冷たかった。
寒くても寒いと言わないあいつ。
リリーナ。
ゼロが居れば…。そう考えないことは無い。
ゼロが居れば、直ぐにでもあいつと共に居ると言う機械人形を探し出す事だって可能だろうに…そんなこともゼロがいない今では出来るはずも無く。
眉を知らずうちに歪ませていた。
2006/12/31