LOVER INDEX
#24ハジマリの地−3−
息を吐くと、真っ白だ。
辺りは一面の白銀の世界。
本当に静かで。聞こえる音といえば、わたくしを乗せ、朝からずっと歩き続けている機械人形の音だけ。
それ以外は、この世界は無音だ。
瞳を閉じ、機械人形の音に意識を集中させる。
どれくらい来たのだろうか?
街はとうの昔から、既に見えない。わたくしが街を経った時間が夜明け前と言うこともあったが、今はすでに太陽は真上だ。
空をそっと見上げる。
本当はひとりで行こうと思った。
ハジマリの地へ。
でも、わかっている。わたくしには、ひとりでその場所まで辿り着ける保証が無い。
街を半分盾に取られているようなこんな状況で、そんな無謀な方法を取ることは出来なかった。だから、カトルさんが自分に付けていてくれた機械人形に頼んだのだ。
連れて行って欲しいと。
そのため、現在わたくしは、機械人形の本来荷物置きとして、設計されている場所に腰をかけ、山道を進んでいる。
雪は降ってはおらず、晴れてはいるが、風はとても冷たく、体感温度はかなりの低さだ。そのため、防水シートで包まるようにしてじっと座っている。
辺りの景色は、想像も出来なかったような壮大なもの。一面、高い連峰がはるか先まで連なり、言葉が出ないとはこのことだ。
街を出てから機械人形の歩みは止まることが無い。朝食のときも、このままの体勢で携帯用のエネルギーメイトを食べたくらいだ。機械人形にいくつか詰まれていたのだ。それは、少し凍っていて硬かったが、気にならなかった。
ヒイロと旅をしていたときでさえ、ゼロに乗ったまま食事をしたことなど無い。はしたないことは、わかっている。
それでも、止まっている時間が無いのだ。
そんなわたくしを乗せ、一定のリズムで進む機械人形に揺られ雪原を進む。
ヒイロは目覚めただろうか?
きっと、目覚めている。
痛みを痛みとして捕らえることに、酷く欠けている人だから。
わたくしのこの行動を彼が知らなければ良いと、心から願った。休んでいて欲しいから。ゆっくり、眠っていて欲しい。
あんな血に塗れた姿など、二度と見たくない。本当に怖かったから。
そのことを思い出した途端、身体が震える。
だから、意識を止めた。
そしてその日の夕方になっても、わたくしを乗せた機械人形は、未だに黙々と歩き続けていた。進んでいるこの場所には、道も何も無い。獣道といったものも勿論無い。わたくしたちはただ、目的の場所へと本当に一直線に向っているためだ。
そのため、途中雪原から山道へも、凍った滝なども過ぎた。進むのにとても苦労もしたが、回り道をしている暇など無い。
兎に角、一刻も早く着くことが前提だ。
このまま進めば、約束の3日以内には辿り着くということだ。
機械人形の説明では、ハジマリの地へは列車を利用すればそこまで苦労せずに辿り着けると教えてくれた。
だが、勿論そんなものを利用するわけには行かない。
わたくしは、OZに捕まるわけにはいかない。
遠くで、ドサリと雪が落ちる音が響く。
「………………………………」
心細い?
少し。
はあ、とリリーナは息を吐いた。
刀が無いと、腰がこんなにも軽い。
旅を始めてからずっと、腰に差していた刀が、今は無い。
瞳を閉じた。
隊長に言われた。
条件があると。助ける代わりに、刀をと。
迷いなど無かったといえば、嘘だ。
それでも、ヒイロが助かった今では、良かったと思う。
皆には…特にパーガンには、あわせる顔が無いが。
リリーナは再び大きく息を吐いた。
雪が再び降り始めていた。
そんなことが、次の日も続いた。
だが、変化は突然訪れた。
2日目の夜。同じように山を移動中のことだ。何の前触れも無く、機械人形が警告を発してきた。
「辺りに23名の反応」
リリーナの全身に一気に緊張が走る。
目的地まではあと少しだというのに!
機械人形に走るように告げる。雪の上では走るのは危険だと、歩いて進んできたがそんな場合ではない。
すると、走り出した途端、木々の間から機械人形目掛けて、魔導が放たれた。
「!」
リリーナは突然のことにその反応についていくことが出来ず、機械人形は直撃を食らうこととなり、機械人形ごと、木々に突っ込むこことなった。
ガシャァン
「きゃ!」
リリーナが機械人形から振り落とされ雪に突っ込む。
しかし、リリーナは直ぐに起き上がると、辺りを見回した。
木々が深く、辺りに誰もいないように感じられるが、再び魔導が放たれた。
しかし今度は反応についていき、放たれた魔導をリリーナは即座に打ち消した。しかし、既にその前の魔導で、機械人形は完璧に沈黙しており、今の魔導を打ち消そうが意味など無かったようだ。
「誰です!」
リリーナは声を上げる。
すると、1人が木々の間から姿を現した。
「ドロシー」
リリーナの表情が一層鋭いものへと変わる。
「こんばんは、リリーナ様。ゼクス様からの伝言をお受け取りになったと言うことですね?ですから、このドロシーがお迎えに上がりました」
そう優雅に、頭を下げてきたドロシーを放ってリリーナは走り出した。
目的地へと、向って!
だが、そんなリリーナの進む先に次の瞬間、OZの兵士たちが現れた。
「!」
銃をこちらに向けられているために、リリーナの足は止まる。
そんなリリーナに対し、後ろからドロシーの声が上がる。
「可哀相な可哀想なリリーナ様」
「!」
ドロシーの言葉に、リリーナが勢いよく振り返った。視線の先ではドロシーが冷たい笑みを浮かべていた。
「リリーナ様の周りでは常に血の雨が降る。だというのに、リリーナ様はそれに対し、見ていることしかできないのだわ。屍を乗り越えなければ前に進めない可哀相なリリーナ様」
「何が言いたいのですか?」
リリーナの声に対し、ドロシーはそれに答えることはせず、それでも尚、話は続く。
「なりたくも無い、羽ビトの王族などに生まれ、一生囚われの身」
「……………………」
リリーナは、ドロシーの言葉の真意を上手く掴むことができずにいる。
そんなリリーナにドロシーは言う。
「リリーナ様。いっその事、王族を辞められてはいかがですか?」
「先程から何が言いたいのですか、貴方は?」
「このドロシーがリリーナ様の代わりに、EARTHの管理者。つまり、羽ビトの姫になりましょう」
「なっ!?」
リリーナの瞳が驚愕に開かれた。
「何の問題も無いでしょう?それがゼクス様の望みでもあります。そうすれば、何の価値も無いリリーナ様は、この先OZからも、他の組織からも狙われる事など無い。全て解決ではありませんか」
ドロシーは何の問題があると、何の迷いもなく言う。
「ドロシー。それは違います」
しかしリリーナが即座に強く否定を示すが、ドロシーの笑みは消えることが無い。
「違わなくありませんわ。リリーナ・ピースクラフト様。元々、わたくしがそうなるはずだったのですから」
「貴方が?」
リリーナの声が疑問だと響く。
「私の家系も王族と縁のある者なのです。それもとても近い。私の祖先の中には、現に管理者だった者も居ると言いますし。EARTHの管理者に選ばれるのは、王族関係者の中から選ばれるのが、昔からの慣わしでしょう?別に直系だとか、そういうことではないでしょう?そんなことにこだわっていては、とうの昔に羽ビトなんて滅びてしまった」
「だから、わたくしに、貴方にそれを譲れというのですか!?」
「ええ。本来、EARTHとの契約をする権利が私にもあったのだから。でも、私には兄弟が、姉妹が誰も居なかった…それだけの理由で、私は管理者からはずされた」
「…………………………」
「OZは妹である貴方を管理者とし、人質のようにして兄を利用するはずだった。リリーナ様に何かあったとき、すぐにでも交代が出来るようにと、待機させるはずだった。幼い子供と違い、知恵がついた大人を、管理者とするには、引き換えるものを持っていたほうが良いに決まっている。しかし、その兄は直ぐに、EARTHから逃げられた」
「…………………………」
「つまり、こんな状況下では、管理者がリリーナ様であろうが、私だろうが、関係のないと言うこと。しかも、今のOZとしては、リリーナ様よりもOZの考えに賛同している私の方が適任だわ。おわかりになりましたでしょう?わたくしが管理者となれば、リリーナ様は自由だわ」
「それは出来ないわ。ドロシー」
自信満々に言ってくるドロシーにリリーナは静かに答える。
「何故?EARTHは既にOZのものだわ。リリーナ様が管理者に何の意味があると言うのでしょうか?例えハジマリの地へと赴いて、EARTHを動かすための部品を手に入れたとしても、動かすためにはEARTHに行かなければ意味がないのですよ?」
「だからなんですか。それでも、わたくしはこの責任を誰かに転嫁しようとは考えてはおりません」
リリーナは内心の動揺が表情に現れないようにとだけ努めた。
彼らはやはり知っていた。王族関係者だけが知っているはずのこと。部品がここにある事実を。
ハジマリの地には、ドロシーが言ったようにEARTHを動かすための部品があるのだ。わたくしはそれを取りに来たのだ。EARTHは浮かんでいるから駄目なのだ。だから、それを地上へと安全に降ろすためには部品が必要だ。わたくしはそう結論付け、取りに来た。
その部品まであと少しだと言うのに…。
「何も出来ないリリーナ・ピースクラフト」
辛辣なドロシーの言葉にも、リリーナは動じることは無い。
「では、貴方ならば世界を変えることが出来ると言うのですか?」
「ええ。世界は一度戦争をした方が良いのだわ。圧倒的なEARTHの力を見せ付けてやるべきなのです」
「……………」
リリーナは一瞬、更に反論しようとも考えたが、この短時間でドロシーにこれ以上何を言っても無駄だと、頭を切り替えた。
ハジマリの地へと行く理由まで知られているのならば、急がなければならない。彼らよりも先に見つけなければならない。
取るためには、条件があるが、そんなことを考えるのはもう止めた。
相手はそんな条件など全て無効化しかねないOZだ。
どんな手を使ってくるかわからない。
部品だって、取られる可能性はゼロではないだろう。
だから、急ぐことにした。
しかし、そうなるとまずここをどうにかして突破しなければならない。
だから、無理にでも走り始めた。
突如、目の前に居たOZの兵士たちも、襲い掛かってくるが、魔導を放つ!
手など抜かない。
バァァァアン
僅かに空いた隙間から走り抜ける。
何かあったら、全力で行け。
わかっている。
ヒイロの言葉を今は信じてただ進む。
わかっている。わたくしは、力ばかりが強い、バランスのまるで取れていない、未熟者。経験がまるで無い新兵のようだと、ヒイロに言われたことがある。
少しだけ、懐かしく感じた。
そんな事を言ったヒイロは、わたくしは戦うなと言って来た。
邪魔だからと。
でも、それでも、共に歩んでくれた。
どうしようもない自分を支えてくれたヒイロと、ゼロ。
涙が出そうだ。
世界が、誰もが、わたくしを羽ビトの王として接してきた中、彼らだけが違っていた。
歯を食いしばって雪の中を走り抜ける。
即座にOZが後ろから追って来るが、勿論止まったりなどしない。
雪に何度も足が取られる。膝よりも深く、雪に足が何度も埋まるがそれでも走った。
諦めては駄目だ。
しかし、その直後、わたくしは本当に未熟者なのだと思い知らされる。
ただ、願うだけでは駄目なのだ。
わたくしは走りぬけた勢いのまま、ある場所に足を踏み入れた瞬間、景色が変わった。
「!」
即座に理解する。
結界だ。
勿論、魔導はわたくしには効かない。
だがそれは、通常の魔導。
EARTHで捕らわれるときにも使われていた、世界に存在するたった2つだけだが、それでも、これだけわたくしたちを束縛する魔導。耐王族用の秘密の魔導だ。そんな魔導が地面に張られていた。
途端に全身に重力がかかり、地面に倒された。
「!」
自分を捕らえていたOZだ。その魔導を知っていてもおかしくは無い。だが、耐王族用の魔導はそう簡単に張れるものではない。高度で、時間も技術も相当に要するものだ。それを、今ここでOZがはっていたとは考え難い。
ならば、これの正体は…。
「ドロシー様」
突然の事態に指示を仰ぐ兵士の言葉にドロシーが答える。
「わかっています。直ぐに下がりなさい」
ドロシーは忌々しいとばかりに、唇を噛む。
このまま突っ込むことも考えたが、数があちらは圧倒的に多い。
バートン財団のものだ。
バートン財団が次々と、今、陣の上に倒されたリリーナの周りに集まり、直ぐにその姿が見えないほどの人数が現れた。
だから、ドロシーたちは即座に下がる他無かった。
下がる判断を少しでも遅らせれば、自分たちの退路も塞がれることとなる。
「っ!」
忌々しいと言う思いだけを残し、ドロシーは下がった。
リリーナはどうにか、辺りの様子をうかがう。
周りには大勢の男が自分を囲むようにして立っている。
しかし、結界の中には決して入ろうとはしない。
OZではない。
それでも、彼らがつけているマークに覚えがある。
船に乗ったときに見た。バートン財団だ。
そのことに気がついた直後、上から布が降ってきた。
「ぐほぉっ!」
思わず声が漏れた。
重い。
全身を今まで以上に縛られた。
耐王族用魔導の残るもう一つ。
耐王族の用の魔導とは、要は魔導を封じる為のものだ。
それ以外には決して効果を発することが無い。
王族をその場にとどめるための結界と、移動する際の結界。この二つが耐王族用の魔導だ。
そんな布をかぶされた直後、結界の一部を消し、男達が中に入ってき、わたくしはすんなりと布かと思われた、結界が施された服を着せられると、抵抗らしい抵抗も出来ずに捕らわれた。
2006/12/31