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#24ハジマリの地−4−


 深夜にトロワが戻ってきた。
 リリーナがバートン財団に捕らわれた、という報告を持って。
「どうするヒイロ?」
 カトルの問に、ヒイロは黙ったままだ。
「ヒイロ?」
「…………………………」
 カトルの再三の呼びかけにも、ヒイロは黙ったままだ。そんなヒイロの様子にカトルは眉を寄せる。いつものヒイロならば即座に反応を示すはずなのだ。
 しかし、ヒイロは思考の深いそこに沈んだまま。
 そんなヒイロを、カトルとトロワがどうしたのだといった風に顔を見合わせる。





 あの山から移動される間、目隠しをされた。それが次に取られたときは、部屋に置かれた椅子に縛り付けられていた。無論。結界を施された服ごとだ。

 そこは司令室のような部屋だ。ガラスの向こうでは何か作業を続けている者達。そんな者達を見ていると、わたくしに向って歩いて来る人物達。
 正直、まだ焦点が合ってはいないが、知っている人物がその者達の中に居る。
 トロワ・バートン。
 船に居た、ヒイロにきつく当たっていた人物だ。
 そんな人物を含めた者達が戸を開け、中へとやって来た。
 その中の一番の年長者が挨拶を述べてきた。
「はじめまして、プリンセス」
「貴方は誰です」
 リリーナはきつい視線を向ける。
「私はデキム・バートン。貴方を誰よりも欲していた。だが、ようやく手に入った…ようやく」
 デキムは、感慨深く言う。
 そんなデキムを見ながら、リリーナは内心で思う。
 バートン。では、隣に居るトロワ・バートンと血縁者なのだろうか?そう考えたものの、そんなことはこの場ではどうでも良いことで、今は他にもっと考えなければならないことがあると考えを改めた。
「貴方方はわたくしを捕らえて、一体どうしようというのですか」
「決まっております。OZに打って出る。これは遠い昔から決まっていたことだ」
「わたくしが居た所で、情勢が大きく変わることなどないと言うことはわかっているでしょう?無用な血が流れるだけです」
「そうならないために、我々は手を用意している。過去のことを繰り返さないためにな」
 デキムはどこか、含ませたように言ってくる。
「さ、それでだ。聞きたい。刀はどこにある?」
 デキムの言葉に、リリーナはびくりとする。
「そう。我らは知っている。刀は鍵であろう?湖から部品を取るためのな」
  リリーナの顔色がさっと変わる。
「何故、…貴方は誰?」
「だから言ったであろう?ワシは誰よりも、貴方を欲していた者だと。我らが、EARTHを求めていたのは数年などという短い期間ではない。何十年だ。そんな我らが、そんなことを知らないわけが無いであろう?文献。言い伝え。他様々なことを研究している」
「…………………………」
 リリーナの言葉が止まる。
 そんなリリーナをどう思ったのか、デキムは更に言う。
「おかしなことを考えても無駄だ。貴方のことは全てわかっている。そう。ドクターJを知っているな」
「…?」
 何故その名がここで出てくるのか、理由がわからない。
 しかし、次の瞬間驚愕の事を言われる。
「ドクターJは我らの仲間だ。本来、貴方のことを連れ去るために送り込んだ。だが、あの鉄壁の守りのEARTHの前ではそれは不可能だったがな」
「そんな…」
 思わず、リリーナの声が漏れる。
 ドクターJが彼らの仲間…。自分ことをずっと診て来た医者だ。
 世間話などをする機会は本当になかったが、それでも、自分を知る数少ない人物で…。何と言うかその…裏があるとか、OZだからとか、そう言うことを考えたことが無い人物で。そんなドクターJと繋がりがあった。
 そんな昔から?
 …自分はこの人物たちに、はたして勝てるのだろうか。
 いや、そう言うことではなく。
 まるで、考えがまとまらない。
 それ程までに、リリーナの衝撃は大きい。


 しかしそんなリリーナに、デキムは更に言う。
 そして、そのことで今度こそ、頭が真っ白になった。
「そして、そんなドクターJの部下が、ヒイロ・ユイだ。そんな奴らの上に居たのが我らだ。理解したか?どう足掻いた所で、全ては無駄だ」

 今、何と言った?
 聞き間違えではない。
 嘘。
 聞き間違えであって欲しい。
 いや、事実だ。だから受け入れないと。
 わかっている。でも…
 ヒイロ・ユイ…

 あの、ヒイロが、ドクターJの部下?
 え…嘘。
 だって、聞いていない。そんなこと。
 ドクターJの名前だってヒイロの口から一言だって出なかった。

 いや、待て。
 落ち着け。動揺を誘っているのだ。
 嘘の可能性だって十分ある。
 相手はこちらの同様を狙っているのだ。
 しっかりしなさい、リリーナ。
 リリーナは必死に自分を叱咤する。

 それでも、嘘だと言えないことが多すぎて、…納得できることが多くて…言葉がどうしても弱くなってしまう。
 だから、ヒイロは自分のことをあれほど知っていたのだと。世間では発表されていない些細なことですら、彼は知っていた。
 唇をギュッと噛む。
「だからなんです!今も繋がっているといいたいのですか!?第一、ドクターJの部下だなんて。もし、彼らが貴方と繋がっているとしたら、何故もっと早く、わたくしを差し出さなかったのですか。しかも、ヒイロは以前の組織からもずっと追われていた。そんなヒイロがひとりで、わたくしを連れている意味が無いでしょう」
 どこまでも見た目では、毅然とした態度でリリーナは反論する。
 そうだ。落ち着け。ヒイロの行動を考えれば、納得も出来ないが、つじつまが合わないこともあるではないか。

 だから、いいから、頑張れ。頑張れ。泣くな!

 繋がっているというのならば、何故、バートン財団に引き渡さなかったのだ? バートン財団の船でだって、ヒイロはわたくしのことを隠し続けたのだ。そこにいる、トロワ・バートンにさえ。
 リリーナの視線がより鋭くなる。
 しかし、デキムの態度は余裕そのもの。
「言い方が悪かったな。奴らと、ワシらは方法が少しだが違うのだ。組織は同じでもな。だから、そんな彼らが、貴方をワシに差し出すわけが無い。だが、最終目的は同じだ」
「………同じ」
「そうだ。貴方を捕らえるのが、我々か、奴らかといった違いだけだ。しかも…本来ならばもっと前に、貴方のことは我らが手にすることが出来たと言うのに…奴らが邪魔をしおった」
「いい加減なことを言うのは止めなさい!」
 自分がEARTHに居た当時、そんな誰かが襲ってきただとかといったことは、一度もなかった。
 そう。あるとすれば、あのときの一度だけだ。

 少女を…星のお姫様だと、思い違いをしてしまうほどに美しく生きていた人と、出会ったときだけだ。
 彼女と出会い、自分はじっと力強く生きようと、励まさされ続けたのだ。

「いい加減?とんでもない。あの二人が居なければ、OZはここまで大きくならなかった…我らがあそこで止めていさえすれば…。同じ組織だというのに、奴らは…」
 デキムは苦虫を潰したような表情を浮かべたかと思った次の瞬間には、不適な表情へと戻っていた。
「良いだろう。少し、教えてやろう。ヒイロ・ユイが組織を裏切った話は知っているだろう?」
 リリーナは微動だにしない。後ろで立つ、トロワも面白い話が聞けそうだと、黙ったまま、壁に寄り掛かっている。
「あの日、我らはOZの武器製造工場の全てを破壊することになっていた。あそこを破壊すれば、一気にOZの体勢を崩すことが出来たはずだった」
 デキムが話す件は、初めの頃、デュオから聞いた任務のことだ。ヒイロはそこでの任務の全てを放って、その夜居なくなったと。そしてしばらくしたある日、OZに王室護衛騎士として現れたと言う。
「ですが、それが一体何の関係があるのですか!ヒイロは姫の暗殺作戦があるからと、動いたという事ではないですか!」
 しかし、そんな全てを否定しようとするリリーナの言葉にもデキムは動じることが無い。
「そうだ。その作戦こそ、我らが仕組んだことだ」
「…なんですって」
 リリーナの表情が一気に曇る。
「OZの重要基点を破壊し、そちらで手一杯となり、正常に機能しなくなったEARTHに、攻め入る。今考えても、上出来な作戦であろう?確かに、それでも落とすことは不可能だろう。だが、姫を殺すことくらいは問題ないはずだ」
「…姫を…シルビア姫を殺すことに何の意味があるですか!意味など無いでしょう!貴方たちは人の命を一体なんだと思っているのですか!!」
 リリーナの怒号が部屋一杯に木霊する。
 しかし、デキムは不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「そうか…これでは、あのヒイロ・ユイも苦労すると言うものだな。純粋すぎる」
 デキムの言葉にリリーナは、一瞬怒りで我を忘れそうになる。
「無論。我等の目的はシルビア王女ではない。初めからワシは何度、貴方だと言った?」
「!」
 デキムの意味することをようやくリリーナ悟った。
「そうだ。我らが指す姫と言うのは、貴方のことだ。リリーナ・ピースクラフト」
 リリーナの思考の全てが止まる。
 そんなすっかり表情を失ったリリーナにデキムは言う。
「我らが、製造工場と共に殺そうとしてたのは、貴方のことだ。そして、そんな貴方の部屋に行くためには過ぎなければならない通路があるのだ。二つ通路があった。だが、一つは確実に取れなかった。ドクターJも通っている通路だ。そんなドクターJと違う方法を取っている我らを貴方の機械人形である、あの老人が通すとは考え難い」
 パーガンのことだ。パーガンがわたくしの部屋への鍵として役目も持っていたなどと初めて知った。本当に、いつだって自分は護られていたのだ。あの中に居ようと…。
「だから、もう一つの方を我らは取った。それが、OZの王族が住む棟。シルビア王女の部屋と言うわけだ」
「!」
「王女の部屋には貴方が居た部屋へと続く通路があったのだ。それも今ではヒイロ・ユイによって破壊されたがな…」
「……………………………」
「これでわかったであろう?ドクターJたちは、貴方を殺さず、言うことを聞かせることでEARTHを手に入れ、OZを潰そうと考え、それに対し我らは、EARTHを地上へと落とし、OZを潰そうと考えた。意見の相違だ。しかし、そんな相違も貴方が手に入った今となっては、何の違いもない。ドクターJたちに言えば、彼らも直ぐにこちらに付くだろう。無論ヒイロ・ユイもな」
「……………………………」
 リリーナには言葉が出なかった。

 だから、護ってくれていたの?
 だから、共に…居てくれたの?

 ヒイロ…。
 任務だったのですか?

 いや。覚悟していたはずだった。だって、周りからあれだけ、何かあるから気をつけろとか、止めておけと忠告されていた。

 でも、耳に入らなかったのは誰だ?
 理解している風にして、本当の意味で理解していなかったのは誰?
 わたくしだ。

 だって、ショックを間違いなく受けている。
 でも、そこで気がついた。
 本当は思い出したくもなかった。
 それでも、こんな場面で、助けられる。
 誰もが認めていた。
 嘘で塗り固められても、全てをだますことなど出来ない。
 だから、信じることが出来る。
 ヒイロの姫に対する愛は本当だったのではないかと…。

 リリーナは、ギッと相手を見つめる。

「貴方は彼を、ヒイロをわかっていない。ヒイロは貴方の思うようには動かない」
「どうかな…ワシ以上に奴を知っているものも少ないと思うが?」
 その言葉を最後に、デキムは表情を改めた。
「さ、話は終わりだ。刀はどこにある?」
「刀はありません。人に差し上げました」
「嘘だな」
「真実です。既にOZに渡っているでしょう」
 迷いが一切無いリリーナの言葉に、デキムの表情が僅かに歪む。
「王女。それがどういうことか理解しておるのか?」
「ええ、無論です」
「では、刀もないのに、ここに何をしにきた?」
「それは…」
 リリーナの言葉が止まる。
 本当に自分は何をしにここに来たのだろう…。しに来たことといえば、こうして捕らえられているだけ。
 そんな、黙ってしまったリリーナにこれ以上何を言おうと、効果が無いと悟ったデキムは次の手へと出るため、部屋を後にし、部下に刀の行方を調べろと指示をだした。

 そんな部屋に残された、リリーナとトロワ・バートンと、見張りの部下数名。

「あの時は、すっかり気が付かなかったよ。あいつの女だって位にしか考えていなかった。本当に」
「………………………」
 リリーナは視線を向けることもせず、相手をしない。
 しかし、トロワもそんな彼女を気にすることもない。
「あんた、羽ビトの王女なんだろ?だったら折角だ。翼を見せてくれよ」
 トロワはそう言い、結界の描かれた拘束具に触れようとするが、即座に見張りの部下に止められた。
「おやめください。この女の魔導は相当なものだということです」
「黙ってろ!別に裸にしろとか、そんなこと言っているわけじゃないだろ?翼を見せろって言っているだけだ」
「ですから、その服に触れることをお止めしているのです。触れてはなりません!」
「何だ?お前ら怖いのか?こんなただの女が?魔導がいくらすごかろうが、ただの可愛げもない女だ」
 トロワはそう言うと、リリーナの首元をつかみ、椅子ごと引っ張る。
 リリーナは身構えるが、魔導も使えない上、動くことも出来ないのだ。そのため、できることといえば、視線をぎっと向けるだけだ。
「ほら、俺に何かしてみたらどうだ?」
 トロワ・バートンの挑発にもリリーナは何の反応も見せることが出来ない。
「ほら、見ろ。ただの無力な女だ」
 トロワはそう言うと、つかんでいた首元を離すと、ガタンと鳴らす椅子の音と共に、ようやくリリーナが開放された。
 それにより僅かに、ほっとリリーナが息を吐いた次の瞬間――
「!」 
 ガシャァアン
 リリーナは椅子ごと床に倒れるほどの衝撃で頬を叩かれた。
「トロワ様!」
 即座に、部下が声を荒げるが、とうのトロワはどこ吹く風とばかりに、気にする気配もない。
 床で椅子ごと倒れたリリーナはピクリともせず、意識を完全に手放していた。

 そんなリリーナの椅子につながれた縄や、拘束服を脱がせると小さな翼が現れた。
「ほら、簡単だろう?お前たちはこんなことも出来ないから、駄目なのだ」
 駄々をこねた子供が、その願いが叶ったように、トロワは満足そうな笑みを浮かべた。





2006/12/31

#24ハジマリの地−5−

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