LOVER INDEX
#24 ハジマリの地−5−
わたくしが捕らわれてから3日が経った。
頬の痛みはだいぶ引いたが、そんなことよりも心配なことは村のことだ。
OZが出してきた期日など当の昔に過ぎてしまった。
村は大丈夫だろうか…。
床で寝転んだまま考える。
腕は後ろで繋がれたまま。
体力が落ちているのがわかる。
食事だってここは、酷く粗末なものを出されるのみだ。
こうなって初めて、ヒイロの言葉が身に染みてくる。食事は取れるときにしっかりとって置けということを。
身体が本当に重い。
そんなところに、トロワが部下を引き連れ現れた。
トロワがここに現れるのは、3日ぶりだ。
「来い」
トロワはそう言うと、わたくしを部下の者たちに両脇から支えるようにして、どこかへ連れて行かれた。
「どこへ行くのですか?」
「ついてくればわかる」
そう言って、トロワは行き先を決して告げようとはしなかった。
しかし、戸を開けた先は外だった。
「あ…」
思わず声が漏れた。
戸の向こうに広がる景色は、湖だった。
わたくしが目指していた…そう。ここはハジマリの地だった。
そんな湖の上に張り出すようにして木で作られた足場の上を、トロワはまっすぐに進み、端まで来ると止まった。
「何でも、親父はお前の刀の行方がどうしても掴めないそうだ」
「………だからなんです?言ったでしょう。OZに渡したと」
リリーナはキッと睨みつけるが、トロワはああそうだなっと軽く返事をするのみだ。
「まあ、そこでだ。試して見ることにしたわけだ。別の手を」
「別の手?」
リリーナは訳が分からないと、眉を寄せる。
「そうだ。この湖はEARTHの管理者である王を待っているのだろう?それを示すために、自らの血をつけた刀が鍵となって、門を開くというわけだろ?」
確認するように言ってくるトロワの言葉をリリーナはただ黙って聞く。方法まで知っている。しかしそのことに驚くことは既にしない。確かに彼らは自分のことを知り尽くしている。
「それにしても、寒いな。さ、ではさっさとやっちまうとしよう」
「?」
いぶかしむリリーナを放って、トロワは腰からナイフを取り出すと、リリーナの手の平を自分に向って差し出すよう、部下に指示を出す。
突如、嫌な予感がする。
「!」
そして思った通りのことをされた。
ナイフで左の手の平を斬られた。
痛い。
しかし、そんなリリーナの感情など勿論気にせず、トロワはリリーナの血がついたナイフを湖に浸して見るが変化はまるでない。
「やっぱり、駄目か」
当然だ。普通のナイフでよいのならば刀など何の意味もないではないか。
斬られた手がズキンズキンとする。
「おい。どうにかしろ」
トロワが凄んでくるが、リリーナにだってどうしようもない。
「刀が無い限りわたくしだってどうしようもありません」
「お前、自分の立場がわかってるのか?」
「どういう意味でしょうか…」
「お前は、ここをどうにかするしか生きる手立てが無いんだぜ?直ぐに殺されるって事だよ。これでわかったか?理解したか?」
嘘ではない。それはわかる。だが、そうは言われても、無理なものは無理だ。
「何度言われようが、無理なものは無理です」
ハッキリと答えるリリーナ。そんなリリーナにトロワはそうか。と呟くと、突然リリーナの胸倉を掴むと湖に叩き落した。
「なっ!」
一瞬、スローモーションにかかったような錯覚に陥った後、やってくる冷たい水の感触。
ザバァァアン
「ゴヴン」
嘘だと思いたかった。
しかし、間違いなく、湖に落とされた。
必死にもがくが、服が、身体に繋がれた鎖が重く、ただ沈んだ。
そんなリリーナの様子をトロワが上から笑い続ける。
「血が足りないんだと思ってな。ほら。早くしろよ。本気を出さないと、死ぬぜ」
湖に沈んだリリーナに向ってトロワが声を上げる。
そんな、トロワの様子に、部下たちは待機したままだ。
そして、一分もすると、トロワは部下が持っていたリリーナにつながれている鎖を受け取り、沈んだままだったリリーナを引き上げた。
ゴホンゴホンとむせ続けるリリーナに、トロワは更に言う。
「ほら、目を覚ませ。王女様。ヒイロに聞かなかったか?俺たちの組織は、甘くないって?」
しかし、リリーナに反論できる余裕はない。息を吸うのに必死だ。
「あんたが道を開くまで俺は何度だってやるぜ?」
そう言うと、リリーナの反論など一切待たずに、再び湖に落とされた。
バシャァァン
「!」
既に湖の水が冷たいのか冷たくないのかさえ解らないほどに、感覚が死んでいる。
しかし、どちらにしろ、このままでは!
「ゴポゥツ」
本当に死んでしまう!
瞳をギュッと閉じた。こんな所で。
「もう終わりか?歯ごたえのねえ…」
湖の中から、もがく気配が無くなったリリーナにトロワは溜め息を吐く。
「ほら。後は任せた。俺は、親父に報告に行ってくるから、後数回は試して、何か知っていることがあれば、はかせろ」
トロワはそう言うと鎖を部下にわたし、さっさと部屋へと戻っていった。
即座に湖から引き上げられるリリーナは、抵抗する力どころか、意識が僅かに残る程度だった。
+
「バートン財団に捕まった?」
ゼクスが身体をふきながら部下であるオットーへと聞き返した。ゼクスがようやくOZの列車に戻ってきたのだ。そして、リリーナが捕まった経緯を聞いていると言うわけだ。
「はい。ドロシー様が現在もその存在を感じてはいるそうですが…姿は一向に確認できません」
オットーはそう言うと、列車の窓からある一点を指しながら光学望遠鏡を差し出してきた。
「湖に沿うようにして造られている、バートン財団の建物が見えると思います。そこに捕らわれているようですが、入るのは難しい…人数の差がまず大きいのもありますが…殆ど要塞です」
ゼクスは望遠鏡を覗きながらオットーの言葉を一つ一つ確認していく。
確かに、攻略には時間がかかりそうだ。一日二日であの建物が造られていると言うわけではない。奴らはこの湖の意味を知っていて、ここに要塞を、いつかの日のために、作っておいたと言うことだ…。
「特佐、我らも3日前に応援は呼びましたが、なにぶん、山深いため、まだ到着はしておりません。レディ・アン特佐の部隊がこちらに向かっていただいているようで」
「レディ・アンか…」
「それから、特佐。ウィナーの列車もこことは逆の方向に位置する斜面に待機しております。ここからでは、肉眼で確認は出来ませんが、しかし、あちらも手が無いと言うことなのか、動く気配がありません」
「そうだろうな。あちらも手を練っているのだろう。オットー、ご苦労だった。少し休むと良い」
「いえ…」
オットーはそう言うと、下がっていった。
だから、部屋にはゼクスひとりだ。
「確かに攻略は困難だな…」
ゼクスは再び呟く。しかし、顔が仮面で覆われているために表情を読むことは不可能だ。
「リリーナ…」
+
「…オレが潜入しても良いが…彼女に辿り着くまでには数日かかってしまうだろうな。それでもというのならば、試してみるのも悪くはないが…」
トロワがこの辺りの地形を見ながらぼやく。
「そうだけど…トロワ、今は止めておいた方が良いと思う。僕らと行動をしているのをバートン財団は掴んでいるよ」
「そうだな」
トロワがそう呟いたとき、丁度ヒイロが何かを持って部屋に入ってきた。
「ヒイロ。傷の調子はどう?」
「問題ない」
ヒイロは簡潔にそう言う。勿論誰が見ても、そんなヒイロの言葉は嘘だとわかるが、それ以上深く聞くことはしなかった。
そんなヒイロは、さっさと部屋のすみに置かれた椅子に座り、持ってきたものを分解し始めている。
ヒイロが持っていたのはライフル。
「この距離で、狙うつもりか?」
トロワの僅かに驚異を込めた問に、当たり前のことを聞くなとばかりにヒイロはあえて答えなかった。
そして、そんなヒイロの様子に、トロワは知らずうちに口元に笑みを作っていた。
「心配だね…」
「バートン財団はあいつを本気で殺す気だ。生かしたまま利用しようなどと、考えるような奴じゃない」
ヒイロは淡々と言った。
事実だ。だからこそ、ドクターJたちと最後まで意見が別れていたのだから。
殺せるときに殺しておけと。
「そうだな…最近、動きが活発になっていたとは思っていたが…まだ諦めていなかったとはな」
トロワは何の感情を含ませずに言った。
「それでどうするの、ヒイロ?」
カトルが改めて聞いた。いつでも出撃できるよう準備はしてある。
出せるだけの機械人形も武器も装備もだ。ただ、あちらの状況がつかめないこともあるため、ここにとどまっている。
「動きがあるまで待つ。だが、夜になっても何もないようならばこちらから打って出る」
「圧倒的にこちらが不利だが…仕方あるまい」
トロワが静かに呟いた。
「わかった。それで良いよ」
カトルは優しく微笑んだ。
+
もう、指一本だって動かすことが出来そうに無いほどにリリーナは疲労していた。
何度湖に沈まされたか、解らない。
身体が、温かさを求め、ずっと震えている。
そのことで、寒いのだと言うことが解ったほど、状況を掴むことが酷く困難な今の自分。
だから、話しかけられていることになかなか気がつくことが出来なかった。
知った顔だった。少し前、娼館でヒイロと対峙していた羽ビトの女性だった。名はミディー・アン。
「良い?服を脱がすわ。でも、大人しくていてよ…。本当は気を失わせてやれって言われているんだから…」
ミディーはそう言うと、湖の水ですっかり濡れてしまったわたくしの服を着替えさせ始めた。
大人しくも何も、寒すぎてなのか疲労しすぎてなのか…抵抗などまるで出来なかった。本当に寒い。
どうしたら良いのだろう?
わかっている。どうにかして、逃げ出さないとならない。
どうやって?
機会を見つけて。
ただ、逃げ出した後、わたくしひとりで、捕まらずにことを成し遂げることができるのか?
わからない。
ヒイロに…会いたい。
もうどれが真実なのかわからないが…それでも、今はただ、ヒイロに会いたい。会って、弱気な自分を叱咤して欲しい。
わがままだ。
本当に自分勝手で、どうしようもない子供のままの自分。
受け入れることが出来ていないのだ。
ヒイロが彼らと同じ組織…ということに。
その組織から賞金だって賭けられているのに…意見の相違だと言っていた。
任務だったの?
今までの全てが?
命令されていたから、ゼロも壊せたの?
冷酷な奴だ。簡単に裏切る。血も涙も無い奴だ。顔色一つ変えずに殺される。
ぼうっとした頭に、様々な言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく…。
ここに来て世間のヒイロの評価など、本当にどうでも良いのだと思っている事に、わたくしは気がついた。
あのどこか悲しそうな、それなのに強い瞳が好きで…心配で。
例え、今までの全てが…任務で動いていたのだとしても…それでも、ここまで来たヒイロを信じたいと思う自分のこの気持ちに嘘は無い。
例え馬鹿だと言われても、間違っているといわれても…自分を信じていたいと思う。
例え任務とは言え、わたくしと共に歩んでくれた時間に嘘は無い…。
夕暮れの中、風に吹かれてただ、わたくしのわがままに付き合って、共に歩いてくれた日のことを何となく…思い出した。
ヒイロが居て、ゼロが居て…ほんの少し前のことなのに、ずっと昔のことのようで…。
ゼロ。
そうね。気弱になっていますね。駄目ですね。
乾いた笑いが漏れる。
旅の間はいつだって、ゼロがこっそりと励ましてくれていたのに、今はもう、貴方もいないから、ちょっと心細くなってしまって。
いろいろあったから。短い期間で。
心の整理が全くついていなくて…。少し、驚いてしまっね…。
少し、寂しい。ううん。よくわからないけど…すごく。寂しい。
こんなわたくしでは、ゼロにもパーガンにもお父様にもお母様にも叱られてしまうわね。
王なのだから。
ドロシーが代わってやると言っていた。
ドロシーも王族関係者だって。ゼクスにドロシー。二人も関係者が残っていたの?
誰もが管理者になれるわけじゃない。管理者となった者が次の王なのだ。
わたくしの場合はたまたま父も管理者だったというだけで…。あまり知られはいないが、魔導の力がある程度ある王族の中から決めると、パーガンは言っていた。ドロシーもピースクラフト家の様に魔導の力の強かった一族の家柄なのだろう…。
でも、わたくしには彼女のいう世界が正しいとは思えない。認めることなど出来ない。
うん。そうだ。しっかりしないと。
何と言われようが、わたくしは王に選ばれたのだから。
運命とかそう言うことではなく、王に選ばれてよかった。
うん。大丈夫。今は独りだけど、大丈夫。
EARTHを出てきたことを思い出せ。
諦めるわけには行かない。
ヒイロはいつだって諦めることをしなかった。
そんなヒイロと共に居たわたくしだ。
少しくらい、あのしぶとさをわけてもらおう。
唇をギュッと噛んだ!
「ちょっと。大丈夫?」
ミディーは服を脱がせている間、ピクリとも動かないリリーナを流石に不安に思った。
「ねえ?」
反応が尚も無いので、顔を覗き込もうとした直後。
「な!」
身体がまるで動かない。
そんなミディーの視線の先では、それまでピクリとも動かなかったリリーナが、しっかりとした足取りで立ち上がっていた。
「ちょっ…と!止め…めなさっい!」
ミディーは声を出そうとするが、声も上手く出すことが出来ない。
そんなミディーの目の前でリリーナは戸へ向って歩き出す。
勿論部屋にも耐王族用の結界がはられている。
それでも、魔導が発動しているこの事実。
きっといける。水に濡れて、駄目なときは駄目だ。しかし、今はその反対だと言うことだ。
キレている状態なのだと自分でも解る。
リリーナは戸に手をかけ、ノブをゆっくりと回す。
「!」
突如あたりに、激しい魔導の摩擦によって起こる電撃が生じるが構わずに回す!
+
突然、付近一帯に響き渡るほどの轟音が起きた。
動いた!
バートン財団の建物で何か動きがあったことが、ヒイロたちにもゼクスたちにも一気に伝わった。
「何だ!」
デキムが声を上げると、どこからか結果が破られたと言う報告が飛んできた。
「信じられん…どうやって、あの結界を」
デキムが驚くのは当然だ。歴代の王たちですら耐王族用の魔導を破った者などいない。破れるようでは、意味がなくなってしまう。
自我を失い、統率力を失った王を止めるために存在する魔導なのだから。
「すぐに捕まえろ!」
そんなデキムのげきが飛ぶ一方で、今度は別の兵士から敵が現れたという報告が来る。
デキムがモニターに目を移すとそこに居るのは
「ゼ、ゼクスか!クッ。直ぐにサーペントを出せ!」
辺りは一瞬のうちに、戦場へと化した。
「ヒイロ!」
トロワとカトルと共に列車から出て行こうとするヒイロを、シルビアが呼び止めた。
「光の魔導よ。彼を護りたまえ」
シルビアが光の魔導を発動する。
「護りの魔導を施しました。もう止めません。だから無事で」
「いいか。お前も自分を護ることだけを考えろ。この場でお前を護ることが出来る者が少ないんだ」
「心配はいりません!私ももう逃げません」
そう力強く言って来るシルビアをヒイロは一瞬じっと見た後、そうか。とだけ答え、トロワとカトルを追うようにして出て行った。
ヒイロは外に出た途端、目に入った。
「サーペント…あの男のやりそうなことだ」
OZが開発したものでも、こうやって裏では流れてくる。所詮バートン財団はいつの時代でも、取り付く先を変え、信念も無く動いている企業集団なのだ。
ヒイロがそんなことを思っていると、トロワが状況を言って来る。
「数は軽く100体。どうする?」
「突破する」
「だろうね。君なら言うと思ったよ」
腰に2本の剣を差したカトルは笑顔だ。
そう意見がまとまると、まだ完治していない身体の悲鳴を無視したままヒイロは斜面を駆け抜けた。
彼らが向う先には、体長25メートル以上の蛇のような生物兵器。
サーペントがあたりを埋め尽くしていた。
「プリンセス…貴方の登場はまだ早い。何故、大人しくしていられないのです?」
「わたくしは止めるために出てきたのです。誰かの言いなりになるために、EARTHを出たわけではありません」
部屋を出た後、直ぐに見つかり、こうして再び捕らわれてしまった。
だが、構うものか。捕らわれたら、再び逃げ出せば良い。
もう、諦めることなどしない。しないから…。
大丈夫。
「お一人で世界を変えられるとでも?」
「一人ではありません。多くの国や人々が賛同してくれています。戦うことを、血を流すことを、人々は望みはしません」
「貴方がどう思うが勝手だが、現実を見たらいかがですかな?」
デキムはそう言うとモニターの先の外を指差した。
「貴方が原因で奴らはこうやって戦っている」
モニターの先では、いつだったか、デュオが蛇ミミズと呼んでいたモノと人が確かに戦っている。
小さすぎて、相手が誰かまでは判別が出来ないが、OZと、それにカトルさん達なのだと言うことは解る。
あの中に、ヒイロは居るのだろうか…。
「流石に我らも同時に二つの部隊を相手にするには少々、苦戦を余儀無くされていたが、それも貴方が見つかったことでそれも解決だ」
「?」
「連れて行け」
デキムはそう言うと、外へと続くデッキへと向かった。
『カトル様!デッキにリリーナ様が』
「え?」
二本の剣を自在に操り、敵の機械人形を倒しながらカトルは横目で確認をする。
「リリーナさん!」
カトルは即座に、二人にも通信機を通して状況を伝える。
『特佐!デッキを』
オットーからの突然の通信にゼクスは、デッキへと目を向けると、機械人形に捕らわれたリリーナがいた。
そのことにより、戦場が一瞬、止まった。
そこに拡声器を通したデキムの声が辺りに響き渡った。
『OZにウィナー。今すぐ退け。貴様たちに拒否権は無い。でなければ、すぐにここでリリーナ・ピースクラフトには死んでいただくこととなる』
「馬鹿な…デキムめ。殺すだと?そんなこと出来るわけが無い」
デキムの言葉に、レディ・アンは嘲笑する。周りのOZの兵士たちも誰もが、同じ意見だ。
それでも、OZは動きを止めた。
いくらでも嘲笑は出来ても、話の内容が半信半疑の状態だからだ。
完全に殺さないと言いきれなければ、動くことが出来ないのが真実だ。
動きが止まってしまった。
EARTHが今すぐ落ちると言うことは、それほどまでに戦局の流れを変えてしまうことを意味する。
ゼクスの方も、上空で止まったまま、どうするべきか思案したままだ。
このまま突っ込んでも良いが、リリーナの首筋には剣が、頭には銃を突きつけられている。
カトルたちだって状況は似たようなものだ。
剣を握ったままトロワと背中合わせにただ、たたずむことしかできなくなった。
周りには二人を取り囲むようにしている、サーペントたち。
「参ったな…負け戦かな…」
「そうかもな…」
そんな誰もが手を失いつつある中、突如、辺りに響く銃声。
「「「「「!」」」」」
直後、リリーナの首筋に当てられていた剣が吹っ飛ばされた。
「キャ!」
リリーナは思わず瞳を閉じてしまった。しかし、はじかれた剣はリリーナに触れることすらない。
続けて間髪いれずに銃声。
次に弾かれたのは、リリーナの眉間に当てられていた銃。
どこから!?
この距離で!?
寒気を覚えるほどの正確さ。一歩間違えれば、リリーナを撃ち抜いてもおかしくないほどの距離。
その場に居る誰もが状況を確認しようとする中、リリーナとデキムだけが悟る。
「「ヒイロ」」
「直ぐにサーペントを集結させろ!構わん!リリーナ・ピースクラフトを今すぐ殺せ!」
デキムが叫ぶ。
リリーナにデキムが言ったことは嘘ではない。ヒイロの恐ろしさを本当の意味でデキムは知っている。
前の作戦の折、リリーナを殺すと言うことに反対したドクターJ達の駒であるヒイロ・ユイはどこまでも徹底していた。EARTHに襲って行った暗殺者たちを殺すだけでは飽き足らず、バートン財団が当時持っていた部隊の殆どをOZを利用することで壊されたのだ。
だから叫ぶ。
間違いなく、奴がいるのだこの中に!
報告では動ける状態ではないと聞いていたと言うのにだ!デキムの顔が苦痛に歪んだ。
「ヒイロ・ユイを見つけた場合、即殺せ。ここに、近づけるんじゃない」
サーペントが襲い掛かってくると、カトルもOZも再び交戦をはじめた。
「ヒイロ…何で」
この中に居るのだ。ヒイロが。
そのことが解った途端、鎖で手足が繋がれ、機械人形に拘束されたままだが、それでも、不思議と、恐怖が途端に消えてしまった。
銃弾は今も尚、こちら向け、放たれている。後ろに居る機械人形に何発も命中している。
それでも、本当に怖くないのだから、不思議だ。
そんなとき、見つけた。
当然だ。だって、一直線に突っ込んできている。
こちらに向かって。ビックリする。素直に。
二丁の銃を構わず撃ち続けている。額から血が流れている。
「ああ…」
思わず声が出てしまった。もう良い。ここまできてくれただけで十分だから。そんな血塗れにならないで欲しい。迷いの無い瞳で…。
大丈夫。
あとは、わたくしも自分でどうにかする。どうにかしますから!
そう思いリリーナは鎖を解こうと力の限り、魔導を練る。
ガシャン!
「!」
横を見ると、バートン財団の兵士たちが建物中から飛び出し、わたくしに向って走ってきた。
そんな誰もが、銃をこちらに向けて放とうとしていた。
しかし、その誰もが、辿り着く前に撃ちぬかれた。
辺りに鮮血が飛び散る中、響く、わたくしを呼ぶ声。
そんな声にこたえるように、自然とわたくしの口が開いた。
「ヒイロ」
ゼエゼエゼエ
汗や血で、前髪が額に張り付いてしまっている。
隣では、わたくしを捕らえていた機械人形の残骸が転がっている。
そんなところで、なんでもないように渡された。
「あっ…」
ズシリと重い刀。
「二度と、手放すな」
頬が熱くなるのが解る。
もう、どうにも、隠しようが無い。
「行くぞ」
礼を言う暇も、何か言葉を発する暇も無く、そのままヒイロに続いて走り抜けようとしたわたくしを、ヒイロが咄嗟に後ろに戻した。
「!」
ゼクスだ。上空からそれはまるで天使の如く降りてきた。
ヒイロが腰に付けていたもう一本の剣を抜いた。
「ヒイロ・ユイ。何度やったところで同じことだ。貴様では私には勝てん」
「言いたいことはそれだけか!」
ヒイロはそう言うとゼクスに先制とばかりに突っ込んで行った。
「ヒイロ!」
リリーナの脳裏に、再びあの列車でのことが浮かぶ。
駄目だ。このままではまた、あの時と同じことが起こる。
「!」
リリーナが魔導を練る。
そうだ!どうこう言っている前にいいから、動け!
集中しろ!真剣に!真剣に!真剣に!
ヒイロはわたくしが護ると、初めに約束した。
わたくしも護りもするが、自分も護ると。
絶対に破ることなど出来ない約束だから!
そんな彼らの後ろからはバートン財団の兵士達が今にも襲いかかろうとしてた。
しかし、それを直前で止められる。
トロワだ。
「悪いな。お前たちの相手はこのオレだ」
「名無し!」
そう叫ぶのはやはり、トロワだ。
「何故そちらに肩入れする!?お前には関係のないことだろう!?何に対しても興味も持っていなかったお前が何故、そちら側につく!」
「さあな…そうしたいと思ったからだ」
レディ・アンの部隊にはカトルが指揮するマグアナック隊があたっている。
青く美しかった湖が血で染まっていった。
「はぁっぁあああ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
ガチャン!ガシャン!ヒュン!
ヒイロとゼクスの激しい剣の攻防が始まる。
それでもあの時と同じように、ゼクスが優勢なことに変わりは無い。
まだ、ゼクスが魔導剣を使っていないためにこうして、やりあうことが出来ているだけだ。
一撃一撃が重く、早い!
ゼクスは、前のときに斬りつけた箇所にも容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
「!」
「どうした?戦いとは非道なものだろう!」
リリーナが途中魔導を放とうともするのだが、次から次へとサーペントも襲ってくるのだ。それを撃退するだけで手一杯になってしまっている。
しかし、直後、ヒイロが吹っ飛ばされた!
「ヒイロ!」
剣を地面につきたて、肩で息をしていた。
「ヒイロ!前の怪我だって治っていないのに!」
「うるさい!どけ」
ヒイロに何を言おうがまるで聞いてもらえる気配が無いため、リリーナはヒイロの前に出るようにしてゼクスに視線を向ける。
「ゼクス・マーキス!何故こんなことをするのですか!貴方はサンクキングダムの騎士だったのでしょう!」
「プリンセス。お下がりください」
「本来ならば、貴方が、貴方が!わたくしと共にこちら側に立っている道だってあったはずなのに!貴方は!」
リリーナはヒイロから先程受け取った刀を抜く。
もともとゼクス・マーキスはわたくしが、自分で決着をつけると言ったではないか。
王族関係者なのに、裏切り、OZに加担していた罪。
「改心せず、これ以上、非道なことを続けると言うのならば、わたくしは貴方を殺さねばなりません!サンクキングダムの王として!」
叫ぶようにして言うリリーナの言葉をゼクスは、ただ聞いた。
「…私にはこの道しか残されてはいないのです。プリンセス…」
そんなゼクスの呟きは、この騒音の中では直ぐにかき消され、リリーナの元に届くことは無かった。
そして、ゼクスは魔導を練り始める。
「!」
離れていてもゼクスの魔導のすごさがいやと言うほど解る。
わたくしに、彼の魔導剣を止めることなど…可能なのだろうか?
ヒイロが剣で押されるほどの相手なのに!
そんなとき、不意に後ろか引っ張られた。
「ヒイロ!」
「下がれ。お前では無理だ」
「下がるのはヒイロの方です!」
「何度も言わせるな!」
ヒイロが苛立ったように叫ぶが、リリーナはそれ以上に悲痛そうに叫ぶ。
「ヒイロ!貴方は本当に、自分で護りたい人を護るべきだわ!」
「…何だって」
ヒイロの眉が一瞬にして歪んだ。
しかし、そんなヒイロにリリーナは声を搾り出すようにし、言う。
「任務とか、命令とかそう言うことではなく!貴方は自由だと…自由だと言うことを知って欲しい」
「……………リリーナ」
そこにゼクスが突っ込んできた。
「「!」」
だからヒイロは、リリーナに有無を言わせず今度こそ、力ずくで後ろに下がらせ、自分が前に出た。
「ヒイロ!だからわたくしは!」
即リリーナが反論をするが、ヒイロは落ち着いた声でそれを止める。
「悪いが、俺にはお前の言うことがわからない」
「ヒイロ!」
「ただ…俺は」
ヒイロは剣を握り締めると、息を整えた。ゼクスの剣を受け止めるために。
そんなヒイロの脳裏に浮かぶのは遠い昔の景色。ベットの下で見た光景。頬を殴られ、乱暴に連れ戻されたあの日の光景だった。
「俺はあの時から、二度とお前の背を見ることだけはしないと、決めたんだぁっぁ!」
叫び声と共に振り下ろされてきたゼクスの剣を、ヒイロが受け止めた。
「ッ!!」
食いしばるが、きつい!
受け流すようにして反らすなど、やはり理論上は可能でもゼクス相手では不可能だ。
第一、 後ろにはリリーナがいる。避けることは出来ない。
「クゥゥ!」
力が強く、ぶれることも無いほどに安定しているゼクスの剣を受け止め続けるのは容易ではない!
「!」
ヒイロの握っていた剣が、ビシリと嫌な音を立て一気にひびが入った。
まずい!このままではこの間と同じことの繰り返しだ!
どうやっても、避けようが無い!そう俺が考えた直後、今にも折れそうだった剣が眩いばかりの光を放ち始め、それにより、一気にゼクスの剣を押し返すことが出来た。
その変化に、ゼクスの方も僅かに驚きを隠せずにいるようだが、俺は奴との距離を少しでもとるために後ろに下がった。
すると辺りに残ったサーペントが襲い掛かってきたおかげで更に距離が開いた。
ある意味、助かった。
握っていた刀が、今の一撃でやはり真っ二つに折れた。
そして、少し距離をとってからようやく、視線を向ける。
今の変化をもたらした原因へと。
「何ですか!そんな目で見ても駄目です!」
俺が握った剣にリリーナが魔導を放ったのだ。ゼクスと同じ魔導剣。
「わたくしの背を見ないだなんて、そんなことひとりで勝手に…勝手に決めて…!」
リリーナの強気なのに、どこか…そうあまりに悲痛そうな声に、ヒイロは言葉を失う。
「……………」
「だったらわたくしだって、貴方を護ると決めています!共に行くと決めた日から!だから、二度とひとりで戦うのはやめなさい!」
「リリーナ…」
「わたくしだけ…わたくしだけ逃がすだなんて…!居なくなってしまうのは、ゼロだけで十分だわ!」
ヒイロは初めて、ゼロが居なくなったことで、リリーナがどれだけ悲しんでいるのかを知った。本当に、リリーナは今にも泣き出してしまいそうで。
血に塗れた右腕で握っていた折れた刀をすっと離した。
カシャンと、乾いた音が静かに響き…そして―――
「!」
ビクンと拒絶なのか、震えるのが解った。
理由はわかる。触れられることに慣れていないのだ。
だが、放っておいた。
「…?!…ヒイロ?」
リリーナが戸惑った声を上げてくるが、それでも、気にしなかった。
わかっている。
無意識ではない。そうしたかったから、―――した。
ただ、抱きしめたかった。
こんな状況下でこんなことをする自分が信じられないが…それでも、この血に塗れた腕だが、そんな自分の腕でただ、リリーナを抱きしめたかった。
首筋に顔を埋めるとひやりとするほどに冷たかった。
「…ヒイロ?」
「そうだった、契約だったな…お互いを助けることが」
リリーナは耳元で発せられる、どこか擦れた様なヒイロの声にドキリとする。だから、どこかぎこちない話し方になってしまう。
「忘れていたのですか…」
しかし、そんなどこか拗ねたようなリリーナの声に、ヒイロは苦笑しそうになった。
ゆっくりと顔を上げ、リリーナと視線を合わせる。
「そうではないが…お前を戦わせたく無い」
「それはわたくしが、羽ビトの王だからですか…EARTHを任されている管理者だからですか?」
ヒイロはそうではないと、ゆっくりと首を振る。
「お前がリリーナだから、戦わせたくないんだ」
「言っている意味がわかりません。大体、そんなことを言っていて、ヒイロひとりでどうにかなる相手ですか?ゼクス・マーキスは?」
「どうにかする」
「どうにかでは困ります。でも、二人でならきっと大丈夫。これまでだってどうにかやって来たのだから」
リリーナが、やわらかく微笑を浮かべた。
しかしそれでも、動こうとしないヒイロに対し、リリーナはさっさと行動に移る。
「これを使って下さい」
そう言ってリリーナが差し出してきたのは、刀だ。
リリーナがいつも大事そうに持っていた、あの古い刀だ。
「悪いが、そんなボロボロの刀では、あいつの一撃に耐えられるかどうかわからない」
「いいえ。この刀は折れません。大丈夫。わたくしを信じてください」
リリーナは強い口調でそう言う。
「わたくしがその刀に魔導を込めます。それならば、ゼクス・マーキスのあの剣にも多少は対抗出切ると思いますが、どうですか?」
ヒイロはそんな提案をしてくるリリーナに対し、反論をしようとしたが、そんな暇は無くなった。
すばやく後ろを振り返るとそこには、サーペントを初めとした機械人形の全てを倒したゼクスが立っていた。
「…どうやらその方法しかなさそうだな」
ヒイロはそう言うと、リリーナから刀を受け取ると、鞘から一気に引き抜いた。
「!」
鞘から引き抜かれたその刀は、青く輝いていており、いつもの古い刀とはまるで違っていた。
「大丈夫。その刀はわたくしの全魔導を持ってしても足りないほどに魔導を溜め込める刀です。ゼクスがどれだけすごい刀を持っていようが、相手ではないはず」
リリーナの言葉どおり、刀を握るだけでも、どれだけの莫大な魔導を溜め込んでいるかが、はかり知れないほどに強大なものだ。
「大丈夫。貴方がわたくしを護ってくれたように…わたくしも貴方を護ります」
そう言うと、リリーナは胸の前で詠唱を唱え、陣を組み始める。
ヒイロですら、リリーナが魔導を使うのに詠唱や陣を組むなど初めて目にする行動だ。
そんな二人の様子にゼクスは、眉を僅かに上げた。
「その刀で来るか…だが、ヒイロ・ユイ。お前にそれが扱えるのか?」
「さあな」
そんな二人の言葉が合図になったのか、再び交戦が始まった。
2007/1/1