LOVER INDEX

#24 ハジマリの地−6−

剣と刀が激しくぶつかり合う甲高い音が辺りに響く。
 ガシャン!ガシャン!ガン!
 時折火花が飛ぶ。
 早い!速い!
 動きも!攻撃も!防御も!何もかもが!
 リリーナには二人の動きについていくのがやっとだ。
「灼熱の炎を司る精霊よ!」
 リリーナの声と共にヒイロの握る刀に火の魔導が発動し、辺りに炎が巻き起こる!

 ブォォン!
 少し離れた地点にいる者たちにすら確認できるほどの火柱が起こる。
「っ!」
 そんな刀でゼクスが振り下ろしてきた剣を、ヒイロは受け流すようにして反らす。
 確かに、リリーナから借りたこの刀はすごかった。
 今まではゼクスの剣に込められていた魔導も全て受けなければならなかったが、リリーナが発動させている魔導により、全てと言うわけにはいかないが、そのほとんどを相殺することができているため、こうやって攻撃を受け流すことが出来るようになった。
 だが、それでもゼクスがまだ優勢であることに変わりは無い。
 ああ。わかっている。
 そうなのだ。こんな状況でも押されている!
「っ!」
 更にゼクスの剣を受け止め続けているせいで、左手がしびれ始めた。そんな隙に、ゼクスは剣に全体重をかけ、俺を一気に壁に追い詰めてくる!
「なっ!」
 しかも、そんな体勢のまま左から蹴りが飛んできた。俺は、反撃をすることもできず、ただそれを避けるのがやっとだ。しかし、直ぐ後ろには壁。どこまでも不利な状況に変わりは無い。
 そんなところに、リリーナの魔導が降ってきた。
 直後、辺りに響く轟音。
 ズドァァォォォン

「!」
 驚愕するほどの速さで発動される連続魔導。
 勿論ゼクスに魔導は効かないが、魔導によって破壊されたのは壁。
 俺が散々追い詰められていた壁自身を破壊したのだ。視界が再び開けた。
 ゼクスの口元が歪んだのと同時に、奴は剣の切っ先が円を描くようにして振り下ろしてきた!
 ガシャン!
 ゼクスの剣を受けたヒイロの膝が、あまりの威力に、ガクンと曲がる。
 重い!今度は反らすことすら出来なかった。

 ゼクスの攻撃がすごいのも確かだが、先程刀に発動したリリーナの魔導が既に切れ掛かっているためだ!
 この刀で魔導剣を使っていてわかったことがある。
 ゼクスの魔導剣の攻撃を相殺するために、同量、若しくはそれ以上の魔導を消費している。だというのに、ゼクスの方はそこまで魔導を消費している感がない。何故?
 だが、こちらはそんなことを行っているために、魔導の消費量が半端ではない! こんなことが続けば、流石のリリーナだって、いつまでも魔導が持つはずも無い!
 しかもこちらはこんな状態のなかで、既に押されているのだ!
 即座に打開の道を探さねばならない!
 ガシャアアン!


 ハア ハア ハア ハア ハア
 リリーナの息が既に乱れてきた。
 本当に二人の戦いについていくには体力も相当ないと駄目だと、今更ながら理解した。
 同じ位置でじっとしていないのだ!
 走って追いかけるのだが、とてもではないが、簡単に追いつける距離ではない!
 それでも、ゼクスの攻撃を止めるためにも、あの刀に魔導を発動させることが出来るのは自分だけだ!
「光の精霊よ!盾となりその身を護りたまえ!」
 リリーナの放った魔導により、ヒイロの握る刀が光り輝く。




                 +



「何故だ、名無し!ヒイロ・ユイが例の任務で姿を消した際!奴のせいで、一番被害を被ったのは、パートナーを組んでいたお前だろう!」
 バートンが叫ぶが、トロワは無表情のまま攻撃を受け流し、笛で曲を奏で続ける。
 トロワの武器の一つだ。魔導が込められた楽器で曲を奏でることで様々な効果をもたらすことが出来る、対大勢用の武器だ。

 既にそのせいで、辺りでは眠っている者、痺れて動けない者など、戦闘離脱者が大勢転がっている。
 だから、バートンはトロワを捉えようと躍起だ。しかし、身の軽いトロワを捕まえるのは容易ではない。
「奴が居なくなった責任を取れと、散々尋問までされたお前が、何故あいつの側につく!」
 バートンの放った銃弾がトロワの肩を掠めるが、笛を吹き続けた。
 トロワはこれまでの間に2、3曲を奏で、わかったことがあった。本来狙った相手は、バートン財団の者たちだけではない。辺りで未だに暴れまわっているサーペントだ。
 サーペントが生物兵器だというのならば、自分のこの攻撃が効かない筈が無い。1体1体は、強いが、倒せない相手ではない。しかし、やはり数が多い。この数を減らす方法を探さねば、この戦局を変えることは難しいと、判断した。だからこそ、笛で大人しくさせようとこの手法を取ったのだが、初めに吹いた2曲はまるでは、まるで効果が無かった。

 そのため、今吹いているのは先程よりも強い力を持った曲。その分、発動させるまでには時間がそれなりにかかるのがこれの難点だ。流石に笛を吹きながらバートンの攻撃を避け続けるのは容易ではなかった。とうとう、銃弾を肩にまともに受けることとなった。
「!」
 血が途端にあふれ出し、体勢を崩したところに、続けてバートンからの銃弾が放たれてきた。折角ここまで続けた曲があっけなく止められそうにその時、トロワの辺り一帯に発動される防御魔導。
「!」
 曲を奏でたまま、トロワの目に映ったのは―――羽ビト。ミディー・アン。
 ミディーは、山のようにいたバートン財団の軍隊を、己の翼で簡単に飛び越えると、トロワの前に降り立った。
「手を貸すわ。名無し」
「ミディー!」
 即座に、バートンの怒号が辺りに響くが、ミディーは気にしない。だが、状況に戸惑っているのはバートンだけではない。曲を奏で続けるトロワだって同じだ。トロワの瞳が「何故だ」と、語りかけてきている。

 だから、ミディーは簡潔に言う。
「借りばっかりじゃ、格好がつかない。だから名無し、急いで」




               +



「ウィナー、直ぐに退かないと、貴様たちはまずい立場になるのではないか?OZとウィナーは戦わないと言う締結を結んでいる。それを知らない貴様ではないだろう」 
 レディー・アンが何の迷いも無く、断言してくるが、カトルは気にせず、二本の剣を操り、OZの兵士に向って突っ込んでいく。

「僕は退きません。退くのは貴方たちの方だ!僕はウィナーと言っても、父とは関係ない。その締結を結んだのは父であって僕じゃない!」
「そんな言い訳が通じると思っているのか!あとあと、面倒になるのは貴様の方だ!構わん!殺せ!!」
 レディー・アンの優しさのかけらも無い声が発せられたのと同時に、一斉に機械人形が突っ込んできた!

「ラシード、こちらも全ての機械人形を出して!兎に角、列車に絶対に近づけては駄目だ!」
 カトルがそう叫んだところに、機械人形が2体突進してくる。
「くぅぅ!」
「カトル様!」
 直ぐに、アウダが助けに入ろうとするが、そんなアウダに対しても機械人形が突っ込んできた。
 早い!
 間違いなく、OZの最新鋭の暗殺人形(モビルドール)だ。従来の機械人形とは違い、戦うためだけに設計された機械人形。
 そんな部隊を相手にしているカトルたち。
 負傷者が後を絶たなかった。
 だが、カトルは2体の機械人形に挟まれながらも、踏ん張り、一挙に発動させる。
「うぉぉぉぉ!」
 突如あたりに轟音が鳴り響くと炎の柱が上がった。




            +



 ゼエゼエゼエゼエゼエ 
 リリーナが肩で息をしながら、だいぶ離れた先で戦い続ける二人を見る。
「何故…あれだけの魔導が…ハアハア」
 思わず声に出てしまう。当然だ。わたくしがあれだけの魔導を発動させていると言うのに、ゼクスはああして未だに疲労も大して見せず元気なのだ。
 自分がこれだけ疲労しているというのに。
 ゼクスの魔導は底が知れないのではないだろうかと半分疑いたくもなる。
 どう対処すれば良いのか、一瞬途方にくれそうになるが、ヒイロが居る。
 ヒイロが今も尚、ああやって戦っているのだ。自分が先にさじを投げるわけには行かない。そのためリリーナは、乱れる息もそのままに、再び魔導を唱え始めた。
「溢れる生命全てを宿した大地の精霊よ!」

 直後、刀に土の魔導が発動する。すると、途端にゼクスの攻撃を受ける腕が軽くなる。
「っ!」
 だがそんなとき、俺も内心で考えていたことをゼクスに告げられる。
「流石の王女の魔導も落ちてきたか」
 ゼクスの言葉に、ヒイロの表情が僅かに曇る。
 ああ。わかっている。初めに比べて、リリーナの魔導が落ちてきている。
当然だ。これだけ立て続けに魔導を唱え続けているのだ。落ちない方がどうかしている。
「初めはどうなるかと思ったが、やはりな…思ったとおりだ、ヒイロ・ユイ」
「何!?」
 ゼクスはそう断言してくると、剣を一気に振り下ろしてきた!
 ガシャァァン!!
「っ!」
 歯を食いしばり、どうにか持ちこたえるが、今ではこの力で刀が折れないことが、ある意味、不思議にも思えてくる。
 俺がこんな状態だから、刀に再び魔導が発動した。
 リリーナ!
「息がまるで合ってない」
「黙れ!」
 戦闘経験の殆ど無いリリーナに突然あわせろと言う方がどうかしている。そんなことよりもこんな状況で、ここまで魔導を発動させている方が余程重要なことだ。

 だが、ゼクスは更に言う。
「しかも、王女には刀の使い方がわかっていないようだな」
「ならば、貴様ならわかると言うのか、ゼクス!!」
 ヒイロが刀を振り下ろすが、ガシャンと軽く受けられる。
「ああ。少なくともお前たちよりはな。そもそも、王女は魔導剣での戦いと言うものがわかってはいない」
「魔導剣の戦い方!?」
「そうだな。試してみるか?」
 僅かに驚くヒイロに、ゼクスは口元に不敵な笑みを浮かべ、魔導を唱え始めた。
 その魔導で、ヒイロはあることに気がついた。
 そうだった!だが、気付きはしても、いまから対処している時間が無い!
 だから、このまま行くしかない!

 ゼクスが魔導を発動し終え、突っ込んできた。
 ゼクスの発動した魔導は風系列で、今俺の刀に発動されている魔導は土系列。

 そうだ。魔導の基本中の基本をゼクスは言っていたのだ。魔導剣とは言え、そんな基本を根底におかずに戦えるはずが無い!
 魔導にはそれぞれ相対する関係のものがある。
 水系列には火系列。風には土。光には闇。
 リリーナにはこのことがわかっていないのだ!
 デュオもカトルも言ってはいたが、リリーナは魔導の基本が出来ていない。
 だからリリーナは、ゼクスが発動していた魔導に対し、特に弱点を突くような魔導を発動することが無かった。それでは、魔導をただ喰うだけで、大した効果も望めないのも当然の結果。
 ゼクスの風の魔導が発動した剣で、一気に俺の刀に宿っていた土の魔導が打ち消された。
「っ!」
 明らかに、そのことに気が付かなかった、俺のミス!
 ヒイロがゼクスと一旦距離をとるために、後ろへと下がる。

「王女。魔導剣とは通常、こうやって使うのだ」
 ゼクスの響く声にリリーナの表情は硬くなるばかりだ。
「しかしだ。折角だからもう一つ、良い事を教えてやろう。私のこの剣もそうだが、お前たちの刀も通常は、そう言う使い方はせん」
 ゼクスの言葉に、今度はヒイロでさえ眉をゆがめる。理解が出来ないと。

 しかしゼクスは言い放つ。驚く二人を放って。
「我等の武器は、六魔導を同時に発動させることが出来る武器なのだよ」
「同時に発動!?」
 リリーナの驚いた声が響く。
「そうだ。そんな魔導を発動できる武器など世界ではそう多くは無い。しかし、その刀はそれが可能なのだ。しかも、私のこの剣よりもずっと優秀にな!」
「そんな……」

「そんなことすらわかってもいないお前たちには、私には勝てん!」
 ゼクスの言葉に、リリーナの言葉が止まる。
 だからこそ、あの刀はあれだけ魔導を込めようとも、いくらでも魔導を溜め込めたのだ。そんなことを知りもしなかった。自分の刀のことなのに!
 リリーナは唇を血がにじむほどに、噛み締めた。
 あまりの自分の無知に言葉が出ないのもあるが、重要なのはもう一つの事実。
 では、勝ち目などこちらには本当に無いのではないだろうか? 
 だって、自分は、水系列の魔導も酷いが、風は…風系列の魔導はまるで使えないといっても過言ではない。
 飛べなくなった羽ビトは、風の精霊の声を聞くことが出来ない―――。

 空を優雅に飛ぶゼクスの姿に、途端に全身の力が抜けそうになった。
 明らかに動揺しているそんなリリーナの傍まで、ヒイロがようやく下がってきた。
「リリーナ!しっかりしろ!まだ終わってない!」
「ヒイロ…でも…!」
「駄目なら直ぐに下がれ!」
 ヒイロの言葉にリリーナの表情が揺れる。
 
 下がれって?
 それはつまり、後は全て任せろと言って来るヒイロに、一瞬頭が真っ白になった。

 だから、必死に声を出す。例えそれがかすれていようが、必死に!
「いえ、ここで…ここで共に居ます!…共に!」
「ならば、ゼクスが何を言ってこようが気にするな!それが例え、事実だとしてもな!自分を信じろ!お前自身を!」
「でも!」
「よく考えろ!お前は強い!世界からあれだけ愛されているお前が、魔導で誰かに負けるはずが無いだろう!」
 ヒイロはそう言うと、突っ込んでくるゼクスに再び応戦する。
「はぁああぁああああぁ!」

 ガシャアアン!

「ヒイロ!」
 もう、ヒイロの手だって足だって傷だらけだ。
 半分見ていられなくなってきた。

 それでも、共にいると言ったのはわたくし自身だ。
 そんなわたくしをヒイロも再び下がれとは…言わなかった。
 散々諦めないと誓って、それでもやっぱり諦めそうになったわたくしを…。

 強い?
 わたくしの一体どこか?
 ヒイロのほうがずっと、ずっと強いのに!
 それでも、それでも!
「…………………」
 自分を信じろ。
 自分などよりもずっと、わたくしのことを信じてくれているということが、どうしようもなく嬉しくて。


 唇をぎゅっと噛み締め、顔を上げた。
 また離れてしまったが、二人が今も尚、交戦中。 
「!」
 リリーナはコートを一気に脱ぎ捨てる。
 途端に冷たい外気で翼の先が凍りそうだ。だが、気になどしない。
 呼吸を整え、雪の中を走り出す!


「無駄な足掻きは止めたらどうだ、ヒイロ・ユイ」
「黙れ」
 あまりに強大な力と力のぶつかり合いで、火花が飛ぶ。激しく。
 バチィン!
「風の魔導も使えない。しかも、魔導の発動者と、刀の使用者が異なるんだ。本来の力が発揮できるわけが無いだろう!」
「だからなんだ!?」
「いくら道具が一流だろうが、お前には一生、その刀は使いこなせん!」
「無駄口が多すぎるんだぁぁぁ!」
「今度こそ、沈めてやる!ヒイロォォォ――――!」
「ゼクスゥゥゥ――――!」
 ゼクスの剣がヒイロに向って一直線に振り下ろされる。
 ゼクスのそんな剣を、魔導が殆ど残っていないこの刀で受ければ、刀は例え砕けないとしても、腕が―――間違いなく、腕が壊れる!
 それがわかっていても、ここをどくことが出来ない理由なんて酷く簡単だ。

 二人のうなり声と共に、刀と剣がぶつかり合う!
 ガシャァァアン!
「「!」」
 直後、ヒイロとゼクスが、同時に気がつく。
 ヒイロの握る刀に魔導が発動した、と。
 リリーナ!? 
 そうやって、事態を二人が把握した、まさにその時―――
「ヒイロ!」
 どんな轟音の中でも、聴き間違えようの無いほどに通る、凛とした声。
「リリーナ!」
「ヒイロ!避けて!」
 リリーナはそう言うと、二人の居る辺り目掛けて容赦なく雷の魔導を落とす!
 躊躇などしない!
 わかっているからだ。
 ヒイロならば、絶対に避けられると。

 そんなリリーナが放った魔導の威力は二人から僅かに離れた湖をも伝わり、湖に居たサーペントたちも一瞬でその動きを停止させるほどに莫大なもの。

 そんな雷の魔導で二人が離れた僅かな一瞬に、リリーナがヒイロ目掛けて走り抜ける。辺りは雪やらサーペントの残骸やらが、飛び散っていて見渡しも悪い。それでも、一直線に走る。髪だって、服だってボロボロだが、そんなことには一切関係なく!
「ヒイロ!刀を!」
「何をするつもりだ!?」
 しかし、そんなヒイロの言葉にもリリーナは耳を貸さずに、まっすぐにヒイロの懐に飛び込むと、ヒイロと共に刀を握る様にして柄をしっかりと掴む。
 ヒイロの血で滑らないように!
「リリーナ!」
 そんなリリーナを即座に邪魔だと、どかされそうになるが、リリーナも動くことはしない。
 そして、直ぐにそんな暇がなくなる。
 ゼクスが来た!
 当然だ。ゼクスには魔導がきかない。
 ゼクスはリリーナが、居ようが止まることなく突っ込んできた。
「っ!」
 ヒイロが隠しもせずに舌打ちをする。こんな体勢で、ゼクスを迎え撃てるわけが無い!
 リリーナの背から覆いかぶさるようにして、刀を握っているような状態なのだ!下手をすれば間違いなく、二人とも死ぬ!
 しかし、そんな時―――
「大丈夫。ヒイロとならば」
「………………………」
 リリーナは自分に言いきかせているのか、ヒイロに向っているのかわからないような声で呟き、ヒイロの息に合わせるように自らも息を吐いた。
 そんなリリーナの態度に、ヒイロも覚悟を決める。第一、もう避けている暇など、どちらにしろない!
 ゼクスは、もう目の前だ!
 ヒイロは力加減など一切せずに、リリーナの身体を自分の方へと引き寄せ、そして―――力の限り、刀を振り上げた!

 ガアァァアシャアァァァァァ!
  
 辺り一帯に刀と剣がぶつかりあう、甲高いが、どこまでも重い音が響く。
「!」
 あまりの重さにリリーナの膝が折れそうになるが、後ろに居るヒイロががっちりと支えている。
 いつ終わるとも知れない、激しい鍔迫り合い。

 強大な力がこもった魔導剣同士のぶつかり合いで、辺りにもその衝撃によって弾かれた魔導がバチンバチンと音を立てて、発動し始める。
 肌にもピリピリとその衝撃がやってくるほどに。
 そんな中でリリーナは必死に刀を握り、魔導を発動させ続ける。ゼクスの強さに対抗するには刀に直接魔導を送り込むしかないと、こんな方法を取っては見たものの、ヒイロが後ろで支えてくれていなければ、間違いなく一瞬で刀ごと吹き飛ばされている。
「諦めろ!退くんだ、リリーナ!」
 ゼクスが容赦なく怒号を込めて告げて来るが、リリーナは答えない。


 背中にヒイロが居る。羽に触れているヒイロの気配。
 ただ、それだけのことで、行ける様な気がするのが、本当に不思議で。
 だから、リリーナは叫ぶ!力の限り!!
「ゼクス・マーキス!貴方は間違っています!刀よ!わたくしの魔導全てを持って、道を進むための力を貸してください!」
 刀に魔導が更に発動するのが握っているヒイロにも直接伝わってくる。
そんな、本当に僅かな一瞬一秒をヒイロは決して見逃さない。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そして―――
 

パッキィイィィィン―――― 

 一瞬だった。
 聞いた事も無いような甲高い音と共に、ゼクスの剣が真ん中から折れた。

「な!」
 ゼクスの口から隠しようもないほどの、驚きの声が漏れる。 
 しかし、そんな僅かによろけたゼクスに対し、ヒイロは隙を与えることなく、更に斬りかかろうとしたとき、自分の前に立っていたリリーナが崩れた。

「…リリーナ!」 
 咄嗟に左手で刀を握ったままリリーナの腰を掴み、右手で銃をホルスターから一瞬で引き抜くと、容赦なくゼクスに向けて放つ!放つ!放つ!
 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
「チィ!!!」
 それによりゼクスも、翼を使って一気にヒイロと距離をとる。 
 しかしそれでもヒイロの攻撃は止むことが無い。装填された銃弾全てを撃ちつくす勢いだ。
 ヒイロのはなった弾丸は、片手だろうが、そんなことは一切関係なく、驚異的な命中率を誇って、ゼクス目掛けて飛ぶ。
「ハァァアアァ!」
 ゼクスも、そんな銃弾を魔導でどうにか、半分以上は防ぐが、全てではない。だからその全てを避けていたときは、本当に二人から遠く離されていた。
「!!」

 そうなってからようやく、ヒイロはリリーナに声を掛ける。
「おい!リリーナ!」
 そんなヒイロの声は、リリーナですらあまり聞いた事が無いような、焦ったもの。
 だから、直ぐにリリーナも反応を返す。
「すみません。…お、思ったよりも魔導の、消費が…激しくて」
 息切れをしながらも、どうにかそんなことを言ってくるリリーナに僅かに安堵し、ヒイロは刀を鞘に戻すと、リリーナに返した。リリーナがこんな状態では、魔導剣をこれ以上使わせるわけには行かない。となれば、刀を持っている意味など無い。
 しかしリリーナは、俺が返した刀も上手く受け取ることが出来なかった。
「手が、痺れてしまって…今でもジンジンしていて」
 そんなことを言ってくるリリーナの表情は上気していて、明らかに苦しいことがわかる。
「ゼクスの刀を受けたんだ。折れていないだけ、ましだと思え」
 ヒイロはリリーナの手を掴み、指を曲げてみたりと動きをみる。リリーナの手や指は、時折けいれんの様にピクリと動きはするが、どこか傷めていると言うことはなさそうだ。
 そんな、自分の手の状態を診ているヒイロをリリーナはじっと見る。
 あんなことがあった後で、自分は動くのもままならないと言うのに、ヒイロはわたくしの身体の具合まで診ている…。

「ヒイロは本当に強いですね…」
「お前ほどじゃない」
 リリーナは心から賞賛の意味を込めて言ったのだが、即座にそんなことを返されたために、自然とこんな状況だということも忘れ、笑いが漏れた。
 そんなとき、ヒイロが突然、リリーナの口元に人差し指を一本つきたて、静かにしろと合図してくる。
 今度は何だと、リリーナが、気がついたときにはヒイロが既に銃をホルスターから抜いていた。

 そして、雪の噴煙が舞う中現れた集団に居たのは―――
「シルビア姫!」
 リリーナの悲鳴のような声が辺りに響く。
「動くな!リリーナ・ピースクラフト!」
 そう叫んでくるのはデキム・バートン。
 そんなデキムはシルビアの背に銃を当て、立っていた。そして、周りに居る傭兵たちの構える銃口はすべて、ヒイロとリリーナの二人に向けられている。
「ヒイロ・ユイ。久しぶりだな」
 しかし、ヒイロは返事をせず、銃をデキムに向って構えたままだ。
「王女がどうなっても構わないのか?お前が散々組織を裏切り続けて護り続けた、王女だろう?銃を降ろせ」
「……………………………」
 だが、それでもヒイロは銃をデキムから反らすことをしない。
 だからリリーナが声を上げる。
「デキム・バートン。貴方の目的は何です。直ぐに彼女を放しなさない!」
 銃を背にあてられているシルビアの顔色は真っ青だ。
「それは、EARTHの部品を渡してからだ。さあ、リリーナ・ピースクラフト。刀は揃った。今すぐにEARTHの部品をこの湖から取ってきてもらおうか?」
「無茶です!これほど、湖の周りにもまだ兵士も機械人形も、大勢の者たちが残っている状態でそんなことをすれば、何が起こるかわかりません!貴方の仲間の方たちも死んでしまうかもしれないのですよ!」
 湖を含む辺り一帯では未だに、激しい戦闘が続いている。

 OZにバートン財団の者たち、カトルやトロワ。それにマグアナック隊を含めた多くの者たち。その中には多くの機械人形も含まれている。
 そんな状態で、今ことを起こせば何が起こるかわからない。しかも、自分の今の状態は酷い。
「良いからやれ!でなければ、今すぐ王女にも、そこにいるヒイロ・ユイにも死んでもらうことになる!」
 リリーナの表情が明らかに歪む。
「流石のお前もこれだけの数をひとりで相手をするのは不可能だろう?」
 デキムは勝ち誇った声で告げた。だが、事実、ヒイロとリリーナには手が残されていない。
 否。ヒイロが独りでこの場を逃れるのは可能だろうが、歩くことも既にままならない様なリリーナを連れてとなれば、明らかに不可能だ。デキムに捕らわれているシルビアなどは論外だ。
「さあ!早くするんだ!リリーナ・ピースクラフト!」
 リリーナは悔しそうに唇をギュッと噛む。
「わかりました。ですから、まず彼女を放してください!」
「部品が先だ!当然だろう!」

「止めろリリーナ。どちらにしろ、シルビアは殺される。デキムはそう言う男だ」
「ですが!」
 そんなことを言っていると、デキムがさらに声を荒げ、ナイフを取り出した。そして、そのナイフを迷うことなく、シルビアの腕に刺した。
「ああぁぁぁぁぁ!」
 途端にシルビアの絹を裂いたような悲鳴が辺りに響いた。
「シルビア姫!デキム!やめなさい!」
 リリーナの怒号が響くが、デキムの怒号が直ぐに帰ってくる。
「早くせんと、王女は更に酷いことになるぞ!ヒイロ・ユイ!リリーナ・ピースクラフトに早くするよう手を貸せ!」
「聞きなさい!良いですか!こんな状態でことを起こせば、制御が出来ずに、貴方たちが今立っているこの場所ですら、崩れるかもしれない!」
「ならばそうならないようにやれ!早くしろ!時間稼ぎなど無駄だ。このままでは、血が流れすぎ、王女の腕は壊死するだけだぞ?」
 リリーナの表情が本当に歪む。
 そんなリリーナの横では、ヒイロが通信機でカトルを呼ぶ。



            +



「シルビアさんが!?」
 カトルの驚いた声が上がる。
 OZに気を取られ、気がつかないうちに列車まで進入を許した?
 だが事実だ。
 カトルが唇を噛む。
「OZ。僕の話は聞いた方が良い!」
 カトルは大声でなるべく多くのOZの兵士にも聞こえるように話す。
「今度は何だ、カトル・ウィナー」
「貴方たちの姫である、シルビア・ノベンタ王女が今、バートン財団に捕らえられ、傷つけられている!こんな所で僕らがやりあっている場合ではないでしょう!」
 カトルの言葉は、狙い通りOZの多くの兵士たちの動揺を誘った。
 王女の人気はやはり伊達ではない。
 しかし、レディ・アンはそうではなかった。
「だからなんだ?」
 そんな言葉に、カトルも表情を思わず硬くした。
「こちらの報告では、シルビア王女は賊にOZを売ったと聞いている。こちら側には保護する命令が出ていない」
 どこまでも迷いも無く言い放つレディ・アンに、流石のOZのほかの兵士たちも言葉を失いそうになるが、そこにノインが現れる。
「シルビア様はそんなことはされてはおりません!」
「おやおや、王女の護衛騎士が居たのに、このざまか」
 現れたノインは、肩や足、他細かい所も血に塗れていた。
「言い訳はしない。兎に角シルビア様を助ける手を貸してくれ」
「駄目だ。我らの目的は賊の始末にある」
「レディ・アン特佐!」
 ノインを含めた、他のOZの兵士からも戸惑いの声が上がるが、レディ・アンの決意は変らなかった。

「ヒイロ…」
 カトルが通信機に向って、なんともやりきれない声を出す。そんなカトルの様子を、通信機を通してやり取りを聞いていたヒイロも直ぐに察する。

 本当に手が無くなった。

         +



 そんな間にも、リリーナは決意を固めた。
 リリーナは刀を杖代わりに、よろよろと立ち上がると湖に向って歩く。湖は僅か4、5メートル歩いた先だ。体力が殆ど残っていないとは言え、それくらいならばさすがに歩ける。
 だが、そんなリリーナに、直ぐに、ヒイロが怒鳴ってきた。
「止めろ、リリーナ!」
「リリーナさん、駄目!」
 後ろでは、シルビアも駄目だと叫ぶが、直ぐにデキムたちによって、口を閉じさせられている。
「デキム!もうやめなさい!ヒイロ!お願いです!だって、他にどうすれば良いの!?どんなにすごい事でも、物でも、人の命とかえることは出来ない!」
「…………」
「わたくしは、彼女が王女だから助けるのではありません。他の人が人質にとられていてもわたくしは同じ事をする!だって、命は何よりも尊い」

 自分と意見が180度違うリリーナ。
 それでも本当に困り果てるリリーナの声に、ヒイロは反論を止めた。
 通信機の向こう側でもレディ・アンたちは助ける気がまるでない。
 この場の流れを変える手段が、今の所ヒイロにはなかった。

 リリーナは湖の岸まで辿り着く。
 そんな湖の周りでは、あちらこちらで戦いが続いている。
 こんな周りに人が残っている状態で、封印を解いても本当に大丈夫なのだろうか。リリーナには自信が無かった。
 一つのことを除いては。
 だから、そのわかっているひとつのことに賭け、封印を解くことにしたのだ。

 ふうっと息を吐いた。こんな風にして、湖の封印を解くことになるとは思わなかった。
 デキムやOZたちは部品、部品と何の疑問も持たずに言っているが、ここにある物の正体を本当に知っているのだろうか…。
 どう判断すれば良いのかわからないが、きっと知っているのだろう。
 EARTHを動かすための部品と言うことに関しては、確かに違いなのだから。

 そんなことを考えなら、リリーナは呼吸が僅かに整うと、刀を鞘から抜く。本当に先ほどのことで、腕がだるいために、刀が重くてどうしようもない。それでも、そんな刀を左の手の平に当て、僅かに引いた。
 すると、すっと薄い皮が斬れ、直ぐに血がにじんできた。
 リリーナは、そんなにじんできた血を刀へと僅かにつけることで、準備が終わる。

 一、二度深呼吸をするように息を吐く。
 鼓動がどうしようもなく早くなってきた。刀を持つ手だって、僅かにカタカタと震えている。
 怖い。そう、怖いのだ。
 何が起こるか、わからないから。
「!」
 そんなとき、そんなわたくしの手に添えるようにして、そっとヒイロが触れてきた。
「ヒイロ…」
「ここに居る」
 そんなヒイロの言葉でリリーナが覚悟を決める。

「ハジマリの地よ。長年の眠りから目覚め、我らにその力を貸してください」

 リリーナは静かな呟きと共に、握っていた刀を湖へとそっと突き立てた。






2007/1/8



#24 ハジマリの地−7−

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