LOVER INDEX

#24 ハジマリの地−8−

「ゴホォ ゴホォ」
 リリーナが激しく咳き込むようにして、飲み込んだ水を吐き出すが、苦しくてどうしようもない。そんなリリーナの背をヒイロがトントンと叩くようにして、落ち着かせようとするが、せきはしばらく止まらなかった。

 地面から先ほど現れた道へようやく辿り着いたのだ。デキム達が通り過ぎてから既に、だいぶ経つ。
「カトル」
 通信機に向って声を出すが、水に濡れたからなのか、それとも辺りがこんな状況で電波が飛ばせないからなのか、理由は定かではないが、通信機は雑音のみ。
 しかし、次に試してみたトロワにはどうにか繋がった。壊れているわけでは無さそうだ。
「トロワ。俺達はこのまま進むが、そちらはカトルと共に一旦列車まで下がれ。このままでは危険だ」
 辺りの地殻変動は収まる気配が無い。
『進む…それでお前たちは平気なのか?』
「リリーナがこんな状態では、バートン財団の傭兵を突破出来ない。行くしかない。兎に角、行ける所まで進んでみる。それから、シルビアを拾っていってくれ。腕をナイフで刺されている。治療を頼む」
『わかった』
 ヒイロはそれだけを簡潔に告げると急いで、通信を切る。
「リリーナ、行けるか?」
「はい」
 リリーナはそう言うとどうにか立ち上がり、進もうとするが、限界だ。だから、ヒイロがすぐにリリーナを背に負ぶった。勿論リリーナは抵抗したが、そんな時間は無い。
 今立っているこの道だって、いつなくなるかわかったものではないのだ。
だからヒイロはリリーナを負ぶったまま道を走り抜けた。


 雪がいつの間にかだいぶ強くなっていた。
 先ほど現れたばかりだというのに、道には既に雪が積もっている。
 そんな状態だから、背負っているリリーナの身体が震えている。
 当然だ。
 こんな湖から上がってずぶ濡れの状態なのだ。寒くないわけが無い。それでも、自分が着ている服もずぶ濡れのため、どうしようもない。
 そうこうしていると、階段が見えてきた。湖の底へと向っているようだ。
 デキムたちの姿は既にどこにも無い。
 その為、迷わずに降りた。


「!」
 階段を降りた途端、予想もしていなかった光景に俺は息をのんだ。
 そこには街が広がっていた。
 形としては砂の国で見た、会談が行われた旧市街に似ているといえば似ている。形としては円すい。天井部分が大きく、下に向うにつれ、小さくなっている。そんな周りに建物が立ち並んでおり、それははるか下まで続いている。
 そんな街を横目で眺めながら、階段を降りた。
 街はこれだけ長い間、湖の底にあったとは思えないほど、何と表現するべきか、美しいままだ。何故?
 そんな俺の考えが通じたのか、リリーナが声を出してきた。
「湖の水のうち、この消えた部分というか、無くなった部分の水は…厳密には水ではないの…不思議でしょう」
「水ではない?」
「そう。デキム達が探している、部品と呼ばれているモノ」
「EARTHを動かす物とのことか?」
「知っているのですか?」
 ヒイロならば先ほどの会話でもどうにでも予想も立ててきそうだが、そうではないようだ。
「カトルが持っていた羽ビトのかなり古い本に大体載っていた。ハジマリの地の事も、部品のことも。解読は全ては済んではいないがな」
「そんな本が…そうですか…では、デキムたちもその本を持っているのでしょうか…」
 でなければ、あれほど細かい事情を知っていることの説明が出来ない。
「お前には辛いだろうが…そうらしい。その本を解読した奴が、デキムのところでも同じ本を読んだと言っていた」
 だから、この短期間であそこまで読めたのだとも説明してきた。トロワですら、酷く解読が困難な本。
 世界で2冊しか確認されていない本。そのうちの一冊をカトルが、残りの1冊をデキムが所有しているということだ。
「同じと言うことは、デキムが知っていることと同じことをヒイロも知っていると言うことですよね?」
「大体は、同じ所までは読めていると言う話だったな」
「でも、ヒイロはこの湖の水が水ではないと言うことを知らなかった――」
「何が言いたい?」
「話が戻ります。湖の水の話です。あの蒼い水が、全て部品なのです」
「全て?」
「そう。あれは水ではなく、厳密には魔導の塊というか…その水が今、元の形に戻ったから、これだけ大きな穴が出来た。あれはここを隠すために、蓋をしていたようなもの。だから街は濡れている様子も無いし、封印の魔導で、時が止まったままなので美しいままなの」
 そんな時、階段が途切れ、辿り着いた場所は高い建物にはさまれた道。
「……どこに向かう?」
 俺の言葉にリリーナがある一点を指した。
 一番底の中心。

 そんな一点を指すリリーナの指を見ると、白い。
「リリーナ。時が止まっているといったな」
「え?はい。そう聞いていますが…」
「ならばどこかに、服は残っていないのか?」
 ヒイロはそう言うと、驚くリリーナを放ったまま、左右に広がる建物の一つに入っていく。勿論戸は閉ざされているが、けり破る。外での轟音が続いているために、こんな音では少しも気になることが無い。


「ヒイロとリリーナさんがまだ中に?」
 カトルと合流したトロワが状況を説明した。
 空高くまで上がる水しぶきにより、辺りの見通しはどこまでも悪い。更に、日が殆ど落ちてきたために、それはより一層だ。
 OZもこの事態に、さすがに引き下がっていた。
「兎に角一旦オレたちも列車まで下がろう」
 トロワはそう言うと、笛を取り出し、曲を吹き始めた。
 ミディーに、ここにいることを伝えるためだ。


「…これ、泥棒って言いませんか…」
 ボソリと背から告げてくるリリーナの言葉をヒイロが即座に打ち消す。
「停滞温床になりたいのか?」
「………………………………」
 しかし、確かに先ほど入った建物にあった服を着たために、寒くなくなった。置いてあった服は流石というべきか、いつもは開けなければならない、羽を出すための穴が初めからあった。
 そのため、反対にヒイロの背にも意味の無い穴が空いてしまっている。

 ヒイロがリリーナを負ぶったまま、道を駆け抜けた。
 本当ならば、この状態では進みたくはない。 
 だが、リリーナがそれでは間に合わないと言うために、追っている。
「リリーナ。部品とは結局は何だ?」
「大きさ的には片手で持てるサイズだと聞きました。部品と言うよりも、無くならない燃料とでも言えば良いのでしょうか。EARTHにもそれがもう一つあって、それであそこは浮いているのです」
「ならば何故、そこでお前が関係してくる?お前の死と同時にEARTHが落ちる説明には、それではならない」
「はい」
 リリーナはそこで一旦言葉を止めた。
 躊躇ったからだ。話す内容が最大の禁忌であると言うこともあるが、理由は別のこと。
 例え、裏でどんな思惑が絡んでいたとしても、彼個人を巻き込んでしまった。
 それもこんな奥まで。それをさせてしまったのは自分で。
 でも、反対に言えば、ここまで来てしまった。
 ヒイロと共に―――。

 心を決める。
「わたくしの役目は、EARTHにあるその部品とここの部品を繋ぐことにあります。EARTHはどちらか一つでは浮いている事も、動くことも出来ないのです」
「だから、お前の死と同時にEARTHが落ちる」
「そういうことです。そして、この刀」
 先ほど最初の波で流されそうになったが、リリーナはちゃんと放すことなく刀を掴んでいた。
「このEARTHにあった刀が鍵になっているのです。EARTHにあるその部品と契約をわたくしがしたと刻み込まれているそうです。だから、ひとつだけの例外。この刀で命を絶ったときのみ、EARTHは落ちない」
「お前はそのことのためだけに、刀を今まで持ち続けていたのか?」
「……そうです」
 リリーナの声が僅かに沈む。
「王の責任でしょう。自分が死ぬとしてもEARTHを落とすわけには行かない。それに、もともと、反逆者など過去の羽ビトの王たちの中にもやはりそう言う意味で問題のあった方はいたそうで。そんなためにもやはり、王を罰するものも必要だと言うことなのだと思います」
 そんなことを話すリリーナ声はどこまでも落ち着いている。
「ただ、封印が解かれた今、ここにある部品をEARTHの部品へと持って行けば、わたくしが死のうと突然落ちることはなくなると言うわけです」
「そういうことか…だが、それならば、その部品を持っていけばお前は自由になると言うことじゃないのか?」
 ヒイロの言葉に、リリーナの腕がピクリと震えた。
 自由。
 誰に追われることも無く―――。
 ドロシーにも言われた。管理者の立場を退けば…。
 思わず想像して、僅かに笑い声が漏れてしまった。
「リリーナ?」
「すみません…その、夢のようで」
「違うのか?」

「いいえ、そうではなくて……でも、そうですね。そうすれば、…ただ自由に生きる。想像しただけでも、とても幸せでそう…。ヒイロと、ただ何の気兼ねも無く、旅をすることが出来たら…」
 リリーナの明るいのに、どこか達観した様子にヒイロは言葉をはさむことが出来ない。

「でも、そうはならない。わかっています。大丈夫。わたくしは王だから。EARTHを、多くの人たちから任された管理者なのだから」
 自らに言い聞かせるように言うリリーナの声は、既に真剣なものへと変っていた。
「デキム達は、それがわかっていないのです。管理者の本当の意味を」
「リリーナ…」
 それ以降、リリーナは言葉を発することをしなかった。



 リリーナが指していた、底まであと少しだ。



 何十、何百もの戸を封印を破り、ようやく辿り着いた。
 そこはドームのような部屋になっており、中央には丸い池がある。その中心にそれはあった。

「これで、我等の念願がようやくかなう」
 デキムは、深々と息を吐いた。
「デキム様これが…」
「そうだ。これさえあれば、EARTHは我らのものだ」
 デキム達が見つめる先にあるのは、浮いた、青く輝き続ける小さな星。
「こんな小さなものに、あの湖全てが詰まっているのだ。過去の羽ビトたちの技術はどれだけのものだったのか…想像するだけでもおそろしいと思わんか?」
 デキムはそう言うと、池の中へと入って行った。

 そんな所にようやくヒイロたちが追いつく。
「デキム・バートン!」
 ドームにリリーナの声が響くが、デキムは笑みを浮かべるだけだ。
「王女。もう何もかもが遅い。貴方がEARTHの部品である星と契約したように、私がこの星と契約し管理者となる」
 リリーナが勢いよくヒイロの背からおり、デキムへと向って走るが直ぐにデキムの側近たちからの銃弾が飛んできた。
 ヒイロがリリーナの腕を止めなければ、間違いなく銃弾を受けていた。
「デキム・バートン!貴方は何もわかってはいません!貴方では管理者にはなれない!」
「そんな言葉が、真実だとは到底思えん!」
 リリーナの必死の言葉にもデキムは一向に耳を貸すことはせず、まっすぐに輝き続ける青い星へと向って歩みを進める。
 そんなデキムの態度に、リリーナの表情はどこまでも歪む。しかし、それでも、リリーナは言う。 
「デキム・バートン。良いから聞きなさい。何故、わたくしがEARTHの管理者に選ばれたと思いますか?何故、過去、羽ビトたちが王を続けていると思いますか?人だって構わないはずなのに?」
 そんなリリーナの言葉に、デキムの足がようやく止まる。
「わたくしたちが、王に選ばれているのには理由があるのです」
「魔導が強いのだろう?そんなこと誰だって知っている。だが、我らはこうも知っている。過去の王族の中には魔導の力がそこまで強くなかった王が居ることもな。勿論、その王の命は永くは無かったがな」
 事実だ。王族の魔導が強い体質である必要がある理由は、それだけ部品である星から受ける影響が強いため、魔導が強い体質でなければ身体が壊れていく。

「だが、ワシは一向に構わん。命が短くなろうが、OZを地へ叩き落すことが出来れば何の未練も無い。例えワシが死んでも、残った者たちが後を継ぐ」
 どこまでも迷いの無いデキムにリリーナはそうではないのだと、声を張り上げる。
「デキム・バートン!貴方がEARTHについて多くのことを知っているのは真実でしょう。ただ、わかっていない!そうではないのです!選ばれるのは魔導が強い必要も確かにあるでしょう。ですが、そんなことよりも重要なのは、わたくしたちが、魔導が効かないと言う事の方です!」
「…何だと?」
 僅かにデキムの表情が歪むが、それでもデキムは再び歩み始めた。
「止まりなさい!」
「話は終わりだ。大体、王族が魔導が効き難いなど、魔導が強いからこそ反発がおき、起こることであって、問題は無い」
「あの星に貴方が触れれば、溢れる魔導に耐え切れず、直ぐに死んでしまいます!」
 しかし、リリーナの静止も空しく、デキムは迷うことなく、星へと手を伸ばした。
「ほら、この通りだ」
 デキムは星を握り、こちらへと見せ付けてきた。
 そんなデキムを影から、嘲弄するように笑みを浮かべる、一人の存在。
「リリーナ・ピースクラフト。今度こそ。別れだ。これで貴方が死して、EARTHが地上に落ちようが、ワシが再び空へと浮き上がらせることが出来る」
 そんなデキムの様子に、ヒイロが銃を握る。
 これだけの人数をこの装備でやれるか?
 数はおよそ15。しかも、魔導が殆ど残っていないリリーナを庇いながら。
 しかし、それでもやるしかない。
 ヒイロがそんな切羽詰っている横で、リリーナはまるで様子が違う。デキムが握る星を、ただじっと強張った表情のまま、見つめている。
「リリーナ?」
 ヒイロがそうつぶやいた次の瞬間、異変が起こる。
「何だ?」
 デキムが自分の手の熱さに、視線を向けると―――燃え出していた。
「!!!!!!」
 辺りは青白い炎がすぐさま立ち上った。そんな突然の事態に、デキムの側近たちがすぐさま、デキムに近寄り助け出そうとするが、炎は消えるどころかますます強くなった。
「わあぁぁあぁ!」
 辺りに、大勢の叫び声が上がる。
「デキム・バートン!それを直ぐに放しなさない!」
 リリーナが直ぐに飛び出していく。その後をヒイロが追う。
 しかしこの時点でデキムの身体全てが炎に包まれてしまっていた。
 それでもリリーナは池に向って走り続ける。そのリリーナを側近たちも銃で撃つべきかどうか迷っているが、結局撃つことが出来ずにただ、リリーナとヒイロが通り過ぎるのを見送っただけだ。
 しかし、池に入る直前でリリーナが止まりヒイロに振り返ってきた。

「ヒイロ!貴方は池に入っては駄目!魔導が逆流してきます」
「わかった」
 リリーナはそれだけを言うと、ひとり池の中心に向って走り出した。
 深さは膝下くらいなので、走れないことは無いが、進みは遅い。バシャバシャと足を無理矢理前に出し進み続ける。
 そんな間にも、青白い炎はデキムを助けに向った側近たちにも燃え移っていた。
 そんな彼らに向ってリリーナが飛び掛るようにして押し倒す。

 バシャァァン!
 5、6人が将棋倒しのようにして池に倒れこむが、炎は消える気配が無い。
 当然だ。この炎は魔導で起こっている。水で消せるものではない。

 だから、リリーナはデキムの星を掴んだままの手を掴み、デキムたちに流れ込んだままの魔導を自分へと変えようとするが。
「あああああぁぁぁぁぁぁ!」
「リリーナ!」
 リリーナが叫び声と共に、池の中央でデキムたちと同じように意識を失うようにして倒れてしまった。
 即座にヒイロが助けに入ろうとするが、池に入りこもうとした瞬間。
「!!」
 バチバチバチっと、放電したかのような激しい音と光が発し、とてもではないが近づけるような状態ではない。
「リリーナ!」
 ヒイロが再度大声で呼ぶが、ピクリとも動く様子が無い。
「ッ!」
 ヒイロが舌打ちをする。
 辺りでは自分と同じように、困り果てたデキムの側近たち数名。
 しかしそれでも、青白い炎の勢いは大分おさまって来た。
 だから、決める。一瞬で。
 ヒイロは一度、瞳を閉じ、呼吸を整えると―――
 迷わずに池の中へと入っていった!そんな行動に、辺りで残っていた側近たちも、無謀過ぎると、目を見張るが、ヒイロは止まらない。
「ぅ!!」
 足の先から途端に電流が流れてくるかの様に、一気に全身に痺れが走るが気にせずに走った!止まることなど、無い!
 バシャ バシャ バシャと、激しく水滴を飛ばしながら走り続ける。
 池はそこまで大きいものではないために、直ぐにリリーナの元に辿り着きはしたが、手の感覚がない。
「っく!」
 それでも、唇を噛み締め、強引に池から意識を失ったリリーナを両腕で引き上げると、即座に池の外へと向って再び走り出す。
 その際、部品である星はリリーナの手から落ち、池の中へと沈んでいった。

 だが、そんなことよりも今は、ここを出ることの方が余程先決だ。
 あと少し!だというのに、自分の足ではないようだ。
 それでも!
「うぉぉぉ!!」
 転がるようにして池の外へ出た。

 ハアハアハアハアハアハアハアハアハアハア
 ガクンと膝が折れるようにして、リリーナを腕に抱いたままその場でしゃがみこんだ。体力の限界が近い。
 くそっ。
 悪態ばかりが出る。
「リ、リリーナ?」
 息切れをしながらも、リリーナに声をかけるが反応がまるで無い。ただでさえ白い肌がますます白くなっている。血の気がまるで無い。
「おい!リリーナ!」
 痺れたままの腕でどうにか、リリーナを下に降ろす。
 息はしているが、目を覚ます気配がまるで無い。
 体力の限界なのだろうか?
 勿論それもあるだろうが、正直、わからない。様子がどう見てもおかしい。服がまた濡れてしまった。
 俺は自分が着ていた服を脱ぎ、それでリリーナを包み込んだとき―――
「!」
 勢い良く振り返った。
 来る。そいつはカツンカツンと隠すこともせず、この部屋に向って歩いてきている。
 ヒイロの表情が途端に歪む。
 身体の節々の痛み全てを無視し、無理矢理リリーナを再び抱き上げ、直ぐにでも動けるように構えた所に、現れた。
 ゼクス・マーキス。
 ヒイロが即座にゼクスと距離をとるように動くが、ゼクスはそんなヒイロを気にすることもせず、同じ歩調で池へと向った。
 そして、池の真ん中で倒れたままのデキムと側近たち見つめる。
「彼女の忠告を素直に聞いていれば、デキムも死なずに済んだものを」
言葉の割にはまるで哀れんでいる様子も無く、ゼクスは池の中へと入る。そしてそのまま迷うことも無く、沈んだままだった星を拾い上げた。
「たしかにすごい魔導だ」

 そしてようやく、ゼクスがヒイロへと視線を向けた。
「ヒイロ・ユイ。王女は魔導を受けすぎ、激しい虚無状態だ。あれだけ魔導が残っていない状態だったと言うのに、相変わらず無茶をする」
「誰のせいだ」
「そうだな。―――言い訳はせん」
 ゼクスはするどいヒイロの言葉に僅かに苦笑をすると、すっと手を差し出してきた。
「渡せ。お前では救えん」
「断る」
「処置をしなければ彼女は死ぬぞ?」
 そんなゼクスの言葉に、ヒイロの腕が僅かに揺れるが、それでも表情には一切出すことが無い。
「こちらとしては力づくで、奪っても一向に構わないのだがな?」
 やりたければやれとでも、言ってやりたいところだが、この状態でゼクスと遣り合って勝つことは不可能だろう。大体、両手が塞がっている。
 そしてそんな所に、更に現れた。
「!」
 見たことが無い。赤い機械人形―――。
「終わったか?」
「Yes Master」
 ゼクスと機械人形の会話を聞きながら、ヒイロは機械人形の背につまれているものに自然と目が行った。
 刀だ。
 似ている―――リリーナの持つ刀と。
 リリーナの刀が黒ならば、奴が持つ刀は白。
 そんな俺の視線にゼクスも当然気がついているために、わざわざ説明をしてくる。わかっている。だから諦めろと通告をしたいのだ。
「気がついているだろうが、これは彼女が持つ刀と対の存在だ。本来、ここハジマリの地と浮島EARTHをあわせてEARTHと呼ぶ。だが、二つに分かれたとき、核であるこの星と、鍵である刀をそれぞれ二つ作った」
「お前は誰だ?」
「ゼクス・マーキス。OZ上級特佐。知っているだろう?」
 どこか演技ぶった態度でゼクスはそう言うと、刀を機械人形から受け取り、引き抜いた。
「これが最後だ、渡せ。私は彼女をみすみす死なせるつもりは無い。お前を殺してでも渡してもらう」
 ヒイロの頬に一筋の汗が流れ落ちた。

 だがその時、小爆発が起こる!
 何だ、と、ヒイロが視線の先で見たのは生き残ったデキムの側近たちだ。そんな彼らは、行け、と視線で訴えてきた。
「!」
 そして、再びゼクス目掛けて放たれる銃弾と魔導。
 しかし、銃弾は即座に機械人形によって弾かれ、魔導はゼクスには効かない。それでも!
 ヒイロは駆け抜ける。即座に。
 走って 走って 走る!

 そんな駆け抜けるヒイロの背後では即座に大爆発が起こった。
 裏切った。昔。そんな奴らに、こうして助けられた。命を懸けて。
 OZを心から恨んでいるから。それでも!
 ヒイロは歯を食いしばって階段を駆け上がる。

「ヒイロ・ユイ!無駄だ!この場所の地形は、全て把握済みだ!無駄な足掻きは止めろ!」
 ゼクスの怒鳴り声が辺りに響いてくるが、勿論止まるはずなどない。
 息だって、体力だって限界だ。足の感覚だって手の感覚だって、不十分で。それでも、追いつかれるわけには行かない!
 頭ではわかっている。
 逃げ切れない。どう考えても。いくつも、何十も何百も方法を練っても全て潰される。
 この何千、何百もある建物のどこかに隠れるのも良いだろう。
 だが、それだけだ。
 リリーナは死ぬ。
「くそぉ!」
 ヒイロが、本当に苦しそうに声を漏らす。
 それでも走り続けた。通信だって繋がらない。
「!」
 後ろから聞こえる、機械音。追ってきている。あの赤い機械人形が!
 俺ひとりだって、機会人形相手では追いつかれると言うのに、リリーナを抱きかかえていては、終わりだ。
 走りながら、瞳をギュッと一度閉じた。
 決めろ、と。
 再び瞳を開けると、――――足を止めた。
 息をゆっくりと吐き、振り返った。時が止まったままの街には誰一人いない。
 すっかり日も暮れ、辺りは暗く、既にこの数時間ほどで屋根や道には雪が積もっている。
 機械人形の音が次第に大きくなっている。まっすぐに迫ってきている。
 はあと、再び息を吐いた。
 応戦するしかない。
 リリーナが持つか?
 額に知らずうちに皺が生まれていた。
 腕に抱いたままのリリーナを見る。眠ったままで、それは、まるでこのまま目覚めないかのようなほどに、安らかなもので―――
「リリーナ…」 
 耐え切れずに声が漏れた。
「死ぬな…」

 雪が深々と降る。
 そうしてリリーナをヒイロが見ていると、自分たちを包むような影が現れる。
 翼を大きく広げた影が!
「!」
 機械人形などよりもずっと早く上空から襲い掛かってきた、とヒイロが即座に見上げ―――そこに居た人物に、息が止まりそうになる。
 想像もしていなかったことに、思考の全てが止まりそうになるが、どうにか名を呼ぶ。


「ラファエル…!」
 そこに居たのは、聖騎士ラファエルだった。
「ヒイロ・ユイ!姫様はどうしたんだ、一体!」
 そんなことを言ってくるラファエルに対し、ヒイロは即座に決めた。
「魔導を受けすぎ、虚無の状態らしい」
「貴様がついていながら!」
「そんなことはどうでもいい!お前は、リリーナを救えるのか!」
 リリーナの様子にラファエルが怒号の声を上げるが、ヒイロのあまりに切羽詰った強い態度に言葉が止まる。
「おい、ラファエル!お前にはこの状態のリリーナが救えるかと、聞いているんだ!」
 ヒイロの苛立った声が響く。
「ああ。数日、いや数週間かかるかもしれないが―――」
 そんなラファエルの言葉で、ヒイロは決める。
「絶対に助けろ」
 そう言って、ヒイロはリリーナを渡してきた。
 突然のヒイロの様子にラファエルが戸惑っていると、遠くの建物の影から機械人形が現れた。
「足止めは俺がする。だから行け!早く!絶対に捕まるな!」
 そんな様子に、ラファエルも戸惑いつつも、わかったと頷いた。
 それを見たヒイロも、頼むと言うと、リリーナを完全にラファエルへと渡した。
 ただ、一つだけリリーナから借りた。
「すまない―――借りるぞ」
 そう言って、手に持つ物は刀だ。

「おい、ヒイロ・ユイ」
 リリーナを抱き上げたまま既に飛び上がっているラファエルが声を出す。
「姫様は、お前が死ぬことを望んでいらっしゃらない…だから、死ぬな」
 そう言うと、今度こそラファエルは空高く飛んで行った。
 
 それに即座に反応したのが機械人形だ。
 上空に向けて、銃を発砲しようするが、ヒイロがそれを邪魔する。
「はぁぁぁ!」
 体重全てをかけ、機械人形目掛けて、刀を構えたまま突っ込んでいった!
 あまりに突然のことに、バランスを崩した機械人形が階段を転がり落ちていく一方で、今度はゼクスが飛んでいくのが見えた。
 ヒイロが即座に銃をホルスターから抜くと、ゼクス目掛けて発砲する。
 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン
「!」
 機械人形相手にまさか、自分に攻撃を放ってくる暇など無いだろうと踏んでいたために、ゼクスが銃弾の数発を受けることとなった。
 真っ白な翼の一部が赤く染まる。
「ヒイロ・ユイ!」
 そう怒りをあらわにするゼクスにヒイロは更に銃弾を浴びせ続ける。
「良いだろう…そこまで、私と遣りたいと言うのならば、相手になってやろう」
 ゼクスはそう言うと、刀を引き抜き、そのまま突っ込んできた!
 その為、ヒイロも即座に刀を手に構え!
 ガッシャァアァン!

「何故、ここまで邪魔をする!ヒイロ!」
「お前には関係ない!うぉぉぉぉ!」
 体力も気力も全て限界の身体が、悲鳴を上げているのがわかる。それでも、ゼクスの刀を押し返す!
「ここの封印を解いた彼女がここを去れば、ここは再び封印される。急がなければ私もお前もここに閉じ込められることになるぞ」
「ならば、お前もろともここに封印してやるまでだ!」
 ヒイロが懇親の一撃とばかりに、刀を振り下ろした!
 ガシャン!
 そして、そんな中、ゼクスの言葉どおり、上の穴が明らかに小さくなってきている。湖の周りに残っていたリング型の湖が広がっているのだ。
 だからゼクスは機械人形に指示を出す。先に行けと。
 流石に今度はヒイロもそれをとめることが出来ない。

「部品である星を私が取ってしまった今では、今度は、時は止まらない。良いか?ここに残れば、間違いなく死ぬぞ?」
「だからなんだ!」
「何故そこまで、彼女にこだわる?」
 ゼクスの刀が左から右からと襲い掛かってくる。相変わらず、重い上に、早い!
「言ったはずだ!お前には関係が無いとおぉぉ!」
 火花が起きるほどの強い力で刀を振り下ろした!

 ハアハアハア
 ハア ハア ハア

 流石に二人の息が上がってきた。
 そんなゼクスにヒイロが言う。
「大体、そんなに逃げたいのならばさっさといつものように魔導剣を使ったらどうだ?」
 ヒイロの言葉にゼクスが、気がつく。ヒイロに知られていると。
「ああ、わかっている。流石のお前も、魔導が尽きたと見える。あの星を掴むのにかなりの魔導を消費したようだな。しかも、その前には俺たちとやりあっているんだ。流石に限界だろう?」
「本当に、殺すには惜しい奴だ。ヒイロ・ユイ」
 ゼクスが息を整えるように、はいた。
 そんなゼクスにもヒイロは臆することなく、ただ告げる。
「お前はここから出さん」
 ヒイロの群青の瞳が冷たくゼクスに向けられた。


 それから二時間後――――
 ハジマリの地は再び封印により、閉ざされた。



ハジマリの地 終




2007/1/


#30 Earth


NEXT

inserted by FC2 system