LOVER INDEX
#0X■BITTER
lostシリーズ オフのLOVER 終了後
わたくしはチョコが好きだ。
EARTHにいたときは感じたことも無かった。
でも、旅の間、ヒイロと共に食べていたら、気がついた時には本当に好きになっていた。
そんなチョコレートが――何故だろう?
この街では沢山の店頭に並んでいた。
今までそれなりに沢山の街を村を旅してきたが、こんなことは初めてだ。
この街にいる理由はEARTHへの食料と水の補給。本来は自給自足も可能なEARTHだったが、何しろ先の戦いでそんな設備は全て壊れてしまった。
JAPにはまだまだ着きそうも無い。
兎に角、そんな状態なので、わたくしも休憩時間の短い時間ではあるけれど、街を見ているというわけだ。
そんなときに気がついた。
小さな店だろうとチョコレートが店頭に並んでいるということに。
あと、白い薔薇も。種類は様々。
間違いなく違和感。何しろ、今は戦争終結戦直後で世界規模で物資も滞りがちだ。
だと言うのに、間違いなく嗜好品であるはずのチョコレートと薔薇だ。中には行列が出来ている店までもがある。
わたくしでなくとも、何か意味があるのだとわかる。
だから聞いてみる。野菜が多く並べられている店の主人に。
すると笑顔で丁寧に教えてくれた。
この街に昔から伝わる有名な物語が起源らしい。
ある城の庭に咲いていた白い薔薇の王子様の話。
城には美しい王女がいた。その王女は美しい白い薔薇たちが咲く庭で、午後の時間を過ごすことが日課だった。
だが、一つだけ決まりごとがあったと言う。
それは本を読むにしてもお茶を飲むにしても、必ずチョコレートを用意したこと。
王女はビターで甘く、ゆっくりと口の中でとろけるチョコレートをとても好んでいたからだ。
白い薔薇の王子はそんな王女に恋心を抱いていた。
それは王女が庭を訪れるたび、心が震える程。
だが、王子は花で王女は人。想いを告げることは不可能だ。
しかし、その王子にあるとき奇跡が起こる。
空から流れ星が落ちてきた。そしてその星には力があった。
小さな願いを叶える力だ。
気がついたとき、王子は人になっていた。凛々しい男性の姿だ。
星は言う。期限は日が昇るまで。星たちが支配する時間のみに許された時間だ。
そしてそこへ、何やら騒がしい庭を不審に思った王女が様子を見にやって来たと言う。
だが、白い薔薇の王子は僅かだけ戸惑った。
はたして、薔薇の自分が想いを告げて良いものかと。
だが、そんな黙ったままの白い薔薇の王子に、王女は春の花のように微笑を浮かべた。
だから王子はもう、迷うことは無かった。
すぐに、抑えきれない想いを王女に告げた。
自らが薔薇であること、あなたをいつも見ていること、とても――愛していることを。
王女はそんな王子の誠実さにすぐに恋におちた。
彼らはたった一日の恋だ。
だが、人生最良の日。他のどの日とも比べることが出来ない。
それから王女は庭を訪れる度、白い薔薇に優しくキスをした。
その王女の横にはチョコレートはもう無かった。
まとめると、そういう話らしい。
だがわたくしは、二人のことよりも、驚いたことは別のことだ。
そう――流れ星のことだ。
「星のヒトが地上に?そして、薔薇に命を?!一体、どれだけの魔導を?いつのことですか?」
「え!?何言ってんの、作り話だよ。おとぎ話!しかも、気にするのはそこじゃなくて」
わたくしはいたってまじめに聞いているのだが、店主に大笑いをされる。何故なのか、理由がまるでわからない。
そして、店主は言う。
「つまりこの話は、白い薔薇の王子。彼さえいれば、王女は甘いチョコレートはいらない。そう言う事なんだよ」
「え!?ですが、話には流れ星。つまり星のヒトが」
「だから星の話はいいの。おとぎ話につきものの魔法使いみたいなもんだよ。どっかから適当に出て来るんだよ」
「適当?でも星のヒトですよ!?」
リリーナは眉を軽く寄せるも、店主も聞いてはいない。
「いいかい。この話は真実の愛さえあれば彼女は貴方の虜。それで、それにあやかって男性は白い薔薇を愛の証として渡す。で、女性はチョコを渡す。これはもう必要ない。って話なの」
「――――必要ない話」
「そうだろう?キスは甘いチョコ以上に甘いだろ?それこそ、ぶちゅーって、さ。今日はそこいら中で、お楽しみだよ」
「え!?」
ニヤニヤとそんな事を言う店主の言葉に、リリーナは辺りを今一度見回した。
すると先ほどまでは気がつかなかったが、確かに白い薔薇を買っているのは男性でチョコレートを買っているのは女性だ。
そして、言われてみれば抱き合っている人もキスしている人も大勢いる。
だがそうなってくると気になることが、もう一つ出てきた。
「するとこのチョコは、女性は食べられないのですか?」
「まぁ、一応イベント的にはそう言う事になるね」
「…………………………」
あっけらかんとした店主の言葉にわたくしは絶句した。
そんなわたくしの横で店主は、白い薔薇が女の子は貰えるんだから良いじゃないの等と言っている。
「…………………………」
ちっとも良くない。
「ほらほら。EARTHのお姫様も、折角のお祭りなんだから。これ、おススメだよ」
そう言って店主が差し出してくるのは、少し上等なチョコレート。
この翼のせいで、今ではどこに行っても正体がすぐにばれてしまう。
わたくしはため息を殺し、ポーチから財布を取り出した。
そんなことがあり、わたくしはその店でチョコレートを買うことになった。
折角の祭りだ。参加をして楽しめと言われたが、わたくしが購入したこれは、自分用だ。
確かに祭りを楽しむことは重要だ。それはわたくしも同意見。
しかし、今は―――リリーナは、いつもよりはだいぶ低い位置に浮かぶEARTHに視線を向ける。
現在のEARTHの状況で、祭りやイベントを楽しんでいる者などいるとは思えなかった。
嘘ではない。
何しろ、EARTHは想像以上に故障や不具合が日々発生し、兎に角大変なのだ。それこそ猫の手も借りたいと言って、デュオなどはEARTHにいる猫を実際に捕まえてきては、ヒイロに見せていた。
「……………………………」
まぁ、ここだけ考えれば祭りを楽しむ余裕もありそうであるが、そんなことは無い。デュオ自身、何日徹夜が続いているかわからない程。
だから、わたくしは本当にそう思っていたのだ――祭りなど楽しんでいる者はいないと。
思わず足がぴたりと止まった。
「…………………………」
わたくしは、はじめ――あまりに驚き、声が出なかった。
宿泊所に戻ると、そこは白い薔薇を、チョコを抱えた者たちで溢れていたからだ。
無論、キスも。
「朝までは誰も、持って…無かっ…たのに」
若干戸惑いながら辺りを見回している所に、
「あ!リリーナ様」
「!」
わたくしは驚いて横を見た。
そこには整備士の男性が立っていて、差し出された。
「ば、薔薇ですね」
「受け取ってください」
目を若干白黒させているわたくしとは違い、彼は満面の笑みで…。
だからわたくしも、驚くままにお返しをしなければ、とチョコレートを一粒渡してしまった。
あとから考えればこれがいけなかったのだが、後の祭りだ。
そう。すっかり人垣が出来てしまったのだ。
わたくしのチョコが欲しいと、大勢の人が集まってしまったのだ。
一体、何をそこまでこのチョコが欲しいのかさっぱりわからない。
確かにいつもよりは上等なチョコレートだが、わたくしの他、客はいなかった…はずだ。
それともひょっとして、あの店は有名店だったのだろうか?
しかし、そんなチョコレートもわたくしが次、気がついたときにはすっかり無くなっていて…残った物は左手一杯の白い薔薇の花だった。
「…………………」
兎に角わたくしは――、一粒もまだ、食べていない。
はぁと、ため息が出た。
それでも、皆さんが息抜きを少しでも出来ているようだったので良かったとも思う。
チョコはまた次の機会で良いと思えるほどに。
そして部屋へ一度帰ろうとしたとき、丁度機関室から下りて来たヒイロと目が合う。
当然ヒイロはわたくしが左手一杯に持つ、白い薔薇にも視線が行く。
「――すごい量だな」
ぼそりとヒイロがつぶやいた。
「皆様からいただいたのです。本当に綺麗で、美しい薔薇の花。わたくし、皆さんからこんなにいただけるなんて考えていなくて」
「白い薔薇の王子とチョコレートは、企業が製品を売るために世界的に広めた行事だからな」
相変わらずなヒイロの物言いに、笑いそうになった。
でも、流石ヒイロだ。知っているらしい。だから聞いてみる。
「話も知っていますか?」
「さわり程度ならば」
「ではこのイベントに星のヒトが絡んでいることは?」
ヒイロの眉が微かによせられる。
「…それは知らないが、星の?だが、それが何か?」
「問題ですよ!だって、星のヒトが地上に下りていた」
ヒイロには何をリリーナが言いたいのかまるで理解できない。
「しかも、星、ひとつでとなると、星のお姫さまと言うことになります」
どういう理屈でそうなるのかは、まるでわからない。
しかも、星のお姫様――良い記憶がない単語だ。
「この街には星が落ちているのかもしれません」
星が?落ちて?そんなことは聞いたことが無い。
第一、あの物語は企業が作った作り話だろう?とも、思う。
だが、リリーナの考察はまだ続く。
しかし、ヒイロはそこで気がつく。
つまりリリーナ的には、白い薔薇の王子の話よりも、その中に出てくる星の話の方が、興味があると言うことだ。
だからヒイロは油まみれの手袋を脱ぎ、腰のポーチを探った。
そして見つけた物をリリーナの目の前に差し出す。
それは油紙に包まれた小さなチョコレート。
「え」
瞳を大きく開き、本当に驚くリリーナにヒイロは眉を寄せた。
「食べたかったんじゃないのか?」
ヒイロの問いにリリーナはさらに驚く。
「え!いや。はい。そう思っていました。でも、何故――わかったのですか?」
何故って――…ヒイロはため息を殺す。
この日に薔薇をそれだけ持っているくせに、薔薇の話に興味がないと言うことは、本来チョコは自分のために買ったものと言う事。
説明する気もおきない。
だからヒイロはとても素っ気無く言う。
「別に」
当然リリーナは納得しない。
「説明になっていません」
お前に言われたくはない――と、内心で思う。
そしてやはり素っ気なく、告げる。
「いらないのならばしまうが?」
「!」
リリーナは一瞬驚いた後、たずねる。
「良いのでしょうか?これ、ヒイロがもらったものではないのですか?」
ヒイロが今度こそ本当に嫌そうな顔をした。
だからリリーナは頬を微かに赤く染め、礼を告げた。
その後ヒイロも一息をつくために二人でお茶をもらった。
そのまま外で立ったままだが、お茶をする。
建物内は物資の整理管理とで、この時間はまだ人であふれているためだ。
日が暮れて来たために、辺りは夕焼けに包まれる。
「街はどうだった?」
「独特な木の家に、服装。とても素敵」
「古い町だからな」
お茶に口をつけると、良い香りがした。
煙突から煙がのぼりはじめ、夜の時間が近づいてきた。
そんな光景を眺めている時、リリーナが唐突に言った。
「別に、薔薇の話に興味がなかったわけではないのです」
先ほどの俺の言葉の意味をつかんだらしい。
だが、そんな事をまだ気にしていたのかと、俺はリリーナに視線を向けると、空を見ていた。
「別に良いだろう?星の物語が好きでも」
「そうではありません。今、考えていてわかったのです」
「何を?」
リリーナの瞳が空から俺へと向けられる。
「チョコレートはわたくしにとって、イメージが強すぎるのです」
「何の――?」
「貴方のです」
当然だと言ったリリーナに対し、若干虚をつかれるヒイロ。
何故、そうなる?
「ですから、一日だけの逢瀬など、わたくしは嫌なのです」
リリーナは瞳をそっと閉じた。
「だから、あまり関心が行かなかったのだと思います」
「―――――――――――」
声が出なかった。
「それでも、わかることもあります」
リリーナは瞳を開け、再び空を見る。
「一度、知ってしまうと、チョコレートがいらないという気持ち」
リリーナの透き通った声が静かに耳に残る。
だから、ヒイロの眉が大きくゆがむ。
「…………………………」
これはつまり――考えをまとめる為にお茶を飲む。
それでもやはり心は同じで。
出る結論は―――
これは、誘われているんだろうか?
2010/2/14